第79話 水墓の地①
遅くなり申し訳ございません。
よろしくお願いします。
異世界生活三十三日目。
朝目覚めると、リヨンド島が見える位置にまで来ていた。
入港、そして着岸。
乗客たちが列をなして港へと降り立つ。
俺もその列へと加わり、港へと降り立つ。
入国手続きのため、係員の指示に従って進み、こじんまりとした事務所のような部屋へと通された。
指示に従って身分証を提示し、書類に必要事項を明記……って、これ、高校受験の時を思い出すわ。
事務的な作業感とかそっくりだ。
そうして必要な書類を書き終わると、今度は別室で面接官の先生との面接試験が始まった。
いや、違う。面接は面接だが、入国審査だった。
質問は簡単なもので、出身、種族、入国の主目的、犯罪歴などを聞かれるが、嘘プロフィールを述べるのも慣れたものだ。
……これ、ポイントカードのポイント減っているんじゃなかろうか?
ともあれ、無事に面接を終えて暫く待たされると、すんなりと名前を呼ばれて入国許可を貰えた。
いやあ、嘘ついてるとはいえ、情報に不備が無くて犯罪歴も無ければ早いものだなあ。
「それにしても珍しい名前だね。ハル・ノサクさん?」
不備あったー!
違います、ハルノ・サクヤですと訂正して直してもらった。
シュリもそうだったけど、なんで皆、人を木こりのヘイヘイホーにしたがるのかね?
行方不明だったヤの字が無事に帰ってきたところで、港から町へと向かい、旅を続ける。
港町ネガトゥ。
この国の北の玄関口とも言える小さな町。
ここが日本の某空港であれば、国の玄関口なのだから、多種多様な国の様々な人種の利用客でごった返していたことだろう。
だが、ここは異世界。元々どの町も様々な人種でごった返しており、今更だ。
強いて違いを挙げるなら、他の町が賑やかだったのに対し、この町は厳かな雰囲気があるとでも表現しようか。静まり返っているというわけではないのだが、なんだか皆落ち着いた雰囲気とも言える不思議な空気を身に纏っているのだ。
なんか、この中でいつものような失敗はやらかせないなと身が引き締まる思いになった。
さて、そんな町も、観光という意味ではあまり充実してはいないようだ。
店や街並みも、他の町と大差無い。
なので、早々と次の町へ向かう準備を始めた。
今回は珍しく、いきなり中心都市へ向かう。
と言うのも、マップで確認してみたところ、この島は中心都市が島の真ん中にあって、そこから南北それぞれに例の水墓というものがあるらしいのだ。キツネザルの人情報。
さらに、中心都市の東西にはそれぞれ港町があり、何処へ行くにも中心都市経由で行くのがスムーズなのだと教えてもらった。ありがとう、キツネザルの人。
因みに、この島を出るのに向かうのが西の港、今いるのは東の港だ。
「中心都市行きの乗合馬車、間もなく出発でーす!」
タイムリーに、乗合馬車の連絡をして、係の人が町中を走り抜ける。この辺は他の町と変わらない雰囲気で、ホッとする。
それより、だいぶこちらの世界にも慣れてきたので分かるが、この感じだとあまり出発までの時間の猶予は無いようだ。港町の出口方向を確認し、急ぎ足でそちらへと向かう。
乗合馬車が停車している場所へと辿り着くと、数台が並んだ馬車の列はどれも定員ギリギリといった感じで、なんとか滑り込みセーフだったようだ。
「はい、少し詰めてください」
そう言われて奥へと押し込まれると、隣にはかなり巨乳なお姉さんが座っていた。
詰めろと言うが、この人に密着しろと言うのか? チェリーな俺には少し刺激が強いんだが……
「お兄さん、詰めて詰めて!」
……待った無し。
相撲取りのようなおばさんに突っ張りを浴びせられ、否応無しに席を詰めさせられる。
隣のお姉さんと肩から肘までが、ピッタリとくっついてしまっている。
うわあ、俺の二の腕のすぐ向こうに、小高い丘が見えるヨー?
ヤバい、意識したら緊張して来た。
平常心平常心と、自分に言い聞かせるが、こういう時には黙って見てないのがあのお方なのだ。
『うわあ、見てください? こんな時代だからブラジャーなんてそれほど普及してないし、なんだか真ん中にピンク色のものが透けて見えません?』
カッと目を見開いてしまったが、目線は正面のまま。なんとか耐えたぞ。
いかん、平常心だ。俺は紳士だから、見ちゃ駄目だ。
『ちょ、ブラしてないのにあんな谷間出来るって、凄くなーい? アルル、ちょーシコいんですけどー! テンアゲー!』
くっ、我慢だ! 見てみたいとか、何で急にギャルっぽくなったとツッコミたいとか、なに興奮してんだよともツッコミたいとか、色々我慢だ!
『てゆーかこの子、絶対誘ってない? フェロモン、空前絶後だわー。マジまんじー』
最早、言いたいだけだろ! 危うく声を出しそうなのを、必死に堪える。
『てゆーか誰か紳士とか言っちゃってない? マジウケるー。どんだけー!』
いや、「どんだけー」はギャルと違うわ!
そんな猛攻にもなんとか耐えつつ、馬車は出発した。
俺は周りから見たら羨ましがられる状況のはずなのに、鼻の下を伸ばすでもチラ見するでもなく苦悶の表情を浮かべて何かに必死に耐え、拳を握りしめていたので、同乗していた男性たちからは不思議そうな目で見られていたのだが、この時の俺が知る由もない。
『ピヨピヨ! ほーら、咲也さん? あと五センチ左の肘を動かせば至福な感触が伝わってきますよ? 馬車が揺れた弾みで、お行きなさい?』
『デロレローン! いやいや、肘でなんて女性に失礼過ぎる! ここは礼を失しないよう、両手の親指から小指までの十本で、三揉みくらいはしておきなさい!』
一人で天使と悪魔の声をやっているアルル様に「どっちも最低だ!」と言いたいのを我慢し、俺は中心都市までの道中を耐え続けるのだった。
てゆーか神が誘惑するなや!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「つ、着いた……」
げっそりとして転げ落ちるように馬車から下車し、中心都市バラテライノという町の土を踏んだ俺の目に、幻想的な街並みが映し出された。
それはまるで、テレビでしか見たことのないヨーロッパの大聖堂のある街並みのようで――――
――――だが、アルル様の弄りに疲労した俺には、その美しさも半減して見える。
『……ごめんなさい。流石に調子に乗り過ぎました』
あ、謝った。
いや、まあ、お陰で邪な視線を送らずに済みましたから。逆に。
昼食を摂り、町を散策してから、全知全能の図鑑を開いてマップを確認する。
水墓を見に行こうとは思うのだが、この島には二か所あるらしく、どちらから見に行くかで少し悩むのだが、まあ近い方からでいいだろうと気分で決めることにして、先に南の町へ向かうことにした。
この島、人口が多いようには見えないのだが、何故か乗合馬車が異様に混んでいるように見える。
なにか特有の理由があるのかもしれないが、南の町へ向かう馬車もほぼ満員となっているのを目の当たりにし、諦めて歩くことにした。
この島はその性質上、モンスターが侵入しないようにと島全体に魔法で結界が張られているらしく、道中は世界一安全だという。元々、結界が無い時代でも出現したことは無いそうなのだが。
前の国の例があるので油断大敵ではあるが、通行人も多いし、角熊の時のように道中に危険な領域があるってわけでもない。
勇気を出して行ってみよう。
今回は余計なことを考えなかったお陰か、フラグが立つということも無く、道中も平穏無事だった。
南に位置するパラダ・ラヴァという町に到着した俺は、町と寄り添うように佇む巨大な湖の姿を目にしたのだった。
急に来て何時間も長居する親戚は滅びればいいと思いませんか……?
おっと、失礼しました。愚痴は駄目。ダークサイドが漏れました、すみません。
次話は明日午前の投稿予定です。
どうぞ、よろしくお願いします。




