第70話 恵みの島④
本日二回目の投稿です。
よろしくお願いします。
光る二つの赤い瞳。
視線を上げざるを得ないほどの巨躯。
重厚感ある吐息と、漂う独特な獣臭。
そして、その唸り声から伝わってきたメッセージ。
(モう、時間が無い……。“角熊”ノ誇りを失ウわけには……)
ナンキャンへ向かう途中、森の切れ目に差し掛かると、それは居た。
踏み込むなと言われた領域だが、俺は言われた通り踏み込んでいない。
街道からそちらに目をやると、そこにいたのだ。
うっかり足を踏み入れたならアウトだろうが、俺は未だ街道にいる。
つまりはセーフだろ?
え? ダメ? そんなこと言ってる場合じゃない?
(オレは……オレのまマで……)
ズシン、と地が震えるほどの衝撃を伴って、その巨体が屈んだ。
二足から四足へと移行し、尚も瞳を妖しく輝かせた大熊。
驚きと恐怖で動けずにいる俺など眼中に無いといった感じで、ブツブツと独り呟いている。
よく見ると、その額には欠けた角らしきものがある。
なるほど、「角熊」か。
……って、違ーう! そんなこと悠長に考えてる場合じゃなーい!
早く逃げなきゃ! 動け、俺の脚!
あれがモンスターでも野生動物でも、どちらにせよ敵わないのは明白。殺される。
だが、そうして恐怖に震える俺を余所に、その大熊はクルリと方向転換をして、領域の奥地へと消えて行った。
あとにポツンと残された俺はというと、恐怖に足が竦み、その場にへたり込んでしまっていた。
た、助かった……?
なんだか、森の切れ目に近付くにつれ、周りの通行人が見当たらなくなっていたから、嫌な予感はしていたのだ。あからさまにフラグ立ってない?とか思ってしまった。
そこにあの大熊のご登場ときたもんで、ああ、フラグ回収したナーなんて現実逃避を開始しましたとも。
いや、即逃げろよ、俺。
しかし、何だったんだ?
あの感じ、あれはモンスターだった……?
未だ狂気に抗っているように見えたけど……?
……なんにせよ、俺には何も出来まい。対峙した時点で殺される相手だ。
気を取り直して立ち上がり、移動を再開する。
その直後にすれ違った二人組の歩行者が「さっき、こっちから凄い気配しなかった?」なんてヒソヒソと話すのが聞こえたので、やはりあれはモンスターだったのだろう。
自らを「オレ」と称していた彼、角熊というモンスターに思いを馳せつつも、気付けば俺は“山郷の村、ナンキャン”へと到着した。
「はあ? 森の切れ目にモンスターだあ?」
ナンキャンの入口に立っていた見張りらしき男性に、さっき見たものについて話したが、鼻で笑われてしまった。
「あのなあ、この島にモンスターが出たなんて、ここ数年で一件も報告されて無いんだぞ? いくらあそこが危険地帯だからって、それは無いんじゃないか?」
「で、でも……」
「大方、ビビり過ぎて幻覚でも見たんだろ。まあ、この村の特産品の穀物麺でも食べて、ゆっくりしていきな」
こっちの話をまともに取り合ってくれない彼に愛想を尽かし、仕方なく村の役場へ行って報告してみたが、結果は同じだった。
本当に見たんだと言っても、「ある日、森の中、熊さんに、出会った♪……のね?」とジョークで躱され、笑いものにされて終わった。
そのことは謝罪を受け、村で使える特別割引券みたいなものを貰ったが、嬉しくない。
本当なのになあ。
「まあ、万が一そんな巨大なモンスターが出たら気配で分かるし、一応警備兵にも伝えておくから、心配せずに先に進みなさい」
そう言う職員さんだが、俺の話など信じていないだろう。
やるせない気持ちのまま、役場をあとにして、村の飲食店へと入った。
そんな俺に救いを与えてくれたのは、馴染みのある食べ物だった。
「蕎麦!」
「は? いえ、穀物麺ですけど?」
店主さんはそう言ったが、どう見ても蕎麦にしか見えない。
この村の名産だという、山の中腹で採れる穀物をすり潰した粉を練った生地を伸ばし、細切りにしたものなのだとか。
蕎麦じゃん。
「ああ、すみません。うちの故郷の料理にとても似ていたもので」
「ふむ、“ソバ”ですか。良い響きですね。「いつもあなたの傍にある」料理ということですな? その名称、真似させていただいても?」
異世界なので、誰にも文句は言われないだろう。二つ返事で了承しておいた。
ちなみに蕎麦の由来は「傍」じゃなかったはずだけど、詳しく知らないから訂正しなくていいか。
そっちの方がこの世界では馴染みやすそうだし。
店主さん曰く、北の地方では珍しくない食材なのだが、それを特産にまで押し上げたこの村としては、いつまでも穀物麺では味気が無いと悩んでいたそうなのだ。
折角、麺状という画期的な案に辿り着けたのだから、この村発祥だと言い張れる名称を日々考えていたんだとか。
それを、こんなあっさり決めてしまっていいものなのか?
「フィーリングで、これだ!と思ったのですよ。村の議会で話し合ってからになりますが、これでより大々的に宣伝して行けます。ありがとうございます」
あとで故郷と揉めないか心配はされたが、うちの家族内での呼び名みたいなものなので大丈夫、と誤魔化しておいた。
ひと段落したところで実食してみたが、やはり味の方もクセは強いが蕎麦で間違いなかった。
これで味が饂飩だったりしたら、流石に納得いかなかっただろうが。
――――この一件がきっかけとなりこの“ソバ”は、数ヶ月後には村に留まらぬ名物となっていくのだが……それもまた別のお話――――
満足したところで店をあとにし、山の幸や民芸品が並ぶ夕市をひと回りしてから、村の宿に宿泊した。
久々に日本食を食べたみたいで、落ち着くなあ。
そのお陰なのかその夜は、ぐっすりと眠ることが出来たのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
異世界生活二十五日目。
早朝から乗合馬車にて次なる地、“漁業の町、スレウトラ”へと旅立った。
すぐ横に急な斜面が続く山道の移動だったので少し緊張はしたのだが、道中も変わりはなく平穏な旅路だった。
ふと斜面の反対、山の方を見て、昨日の角熊のことを思い出した。
だが、その後で食べた蕎麦の思い出にかき消され、その後は思い出すことなくスレウトラへと辿り着いたのだった。
一変して、景色は海。
漁港というよりは海水浴場に近いイメージの、砂浜が広がっている。
沖合には、何か巨大な柱のようなものが聳え立っていた。
まるで、天にも届きそうなそれが気になり、近くにいたお爺さんに聞いてみる。
だが……
「はあ? 何も見えんぞ?」
「えっ? あんな巨大なもの、見えないはずが……」
「ボウズ、ワシを揶揄っとるのか?」
お爺さんは目が悪くなったかと離れた場所にいた若い漁師さんや手伝いのおばさんにも声を掛けてくれたが、その全員に、それは見えていなかった。
「ボウズ、あまり年寄りを揶揄うもんじゃないぞ?」
「これでも漁師の端くれだし、目は良い自信あるが、何も見えんな」
「あたしもだねえ。まったく、人騒がせだわ」
何故か、俺にしか見えていない?
一体、何が起きているんだろう?
蕎麦の名前の由来は実の形からだったかと思いますが、少なくとも傍ではないはず。
至高の一品、蕎麦。大好物(本来の意味で)です。
蕎麦アレルギーの方、ごめんなさい。
次話は明日6月16日の20~22時頃に投稿予定です。
どうぞ、よろしくお願いします。




