第6話 第一町人発見
本日二回目の投稿です。
「三十キロもの旅路、お疲れさま! よく頑張った、俺!」
森を抜けて、遂に町の姿を視界に捉えて興奮した俺は、そうやって自分を褒めていた。
長かった。本当に長かった。
アルル様なら『大袈裟ですねー』とか言いそうなところだが、現代っ子なのに弱音も吐かず頑張ったことは称賛されていいと思っている。
誰も褒めてくれる人がいないし、せめて自分で称えるくらいは許されるだろう。俺の人生では間違いなく最長記録なのだから。
「はは、今夜はぐっすり眠れるな。絶対に宿で泊まりたいよ」
そう呟きながら、残り僅かとなった旅路を歩んでいく。日暮れまではまだ余裕があった。
因みにアルル様、もとい全知全能の図鑑は鞄の中だ。
よく考えたら魔法の鞄なんて便利な物があるのだから、いくら軽いとは言え、わざわざ分厚い本を手に持って歩かなくてもよかった。
そのことに気付いたのは、森に入り片手が塞がって歩きにくさを感じたからなのだが、アルル様に相談したところ……
『え、今頃気付いたんですか? ここまで二十キロ歩いてて言い出さないから、話し相手がいなくて淋しいからなのかと……』
……だってさ。読心どこいった?
すぐに鞄に収納させていただきましたとも。
鞄に入っている状態では会話は出来ないので、困ったら取り出してくださいと言っていた。
鞄に入っていても全て見ているからすぐに対処出来ますし、とも。
見られたり聞かれたり読まれたりしていることに関しては、もう諦めた。というか、神様なんだから当たり前のことなのだと自分に言い聞かせて納得させた。
見方によっては、常に見守っていてもらえているわけで過保護なくらいだ。
まあ、なるべく自分で対処出来るように頑張らないと、本当に過保護の子になってしまいそうで怖い。
そんな思案に暮れていると、町の外壁がはっきりと見えてきた。
段々と近付くにつれ、外壁の一箇所が開いているのが確認出来、それが門なのだと分かるまでそれほど時間は掛からなかった。
その門の脇に、門番らしき男性が立っているのが見える。その姿を目にして、鼓動が速まっていく。
遂に異世界の人と初交流だ。ドキドキしてきた。歩き過ぎの動悸とは別で。
遠目に見る分には地球人と同じようにしか見えない。ファンタジーなゴブリンやリザードマンじゃなくてホッとした。
一歩一歩近づくほど緊張感が高まり、唾を飲み込む。向こうも気付いていたようで、少し身構えたのが分かった。冷静に冷静にと自分に言い聞かせ、気を引き締める。
お互いに声を掛けられるくらいまで距離が縮まり、再び唾を飲み込む。
さあ、異世界コミュニケーションの時だ。勇気を出して、行こう!
「こ、こんにちは!」
「×××××、×××××××××」
「え?」
「×××、××××××××?」
「えーっと…………ハロー?」
「……」
「……」
暫し、沈黙が走った。
俺も、走った。
森へ向かって。
「××、×××××××! ×××××××××、××××!」
多分、止まらんと撃つぞ、怪しい奴め的なことを言っているのだろう。さっきまでの疲れも足の痛みも構わず、全力で森まで走る。
息も絶え絶えに森へ辿り着いて後ろを振り返るが、誰も追って来てはいなかった。
息を整えながら、鞄から全知全能の図鑑を取り出す。
『何をやってるんですか?』
「アルル様」
異世界転生では当たり前のことで、何気にスルーしていた。
だけど冷静に考えたら普通気付くよね。今回はアルル様のせいではない。
「言葉が通じません」
『見てたので知ってます。あと、毎回私が何かしてるみたいな言い方はやめてください』
言い方っていうか、心の声だけど。
『いや、まさか森を抜けてそのまま行くとは。どうするのかおもしろ……心配して見てましたが、まさかまさか何も考えていないとは恐れ入りました』
「絶対分かってましたよね?」
いや、確かにノープラン過ぎた。過保護どうこう考えてる暇があったら、確認しておいてもいいことだった。何で当たり前のように通じると思ったのか、過去の俺よ。
森の木を背に、へたりと座り込む。
「異世界転生って、転生先では会話出来るようなスキルが標準装備されてるものじゃ……」
『甘えない』
「……ですね。すみません、甘く見てました」
まじかー。もしかして一から勉強しなきゃいけないってこと?
英語すら苦手なのに、異世界語なんてマスター出来るのか?
てゆーか、話せるようになるまで野宿なのか……?
そんな絶望も、アルル様の言葉で希望へと変わった。
『そんな鬼みたいなことしませんよ。スキルで取得できますから、安心してください』
スキル万歳! 某教材も真っ青な簡単修得だ。
転生前、魂の状態の時に簡単に教えてもらっていたが、ここは剣と魔法の世界。魔法とかスキルは当然のように存在していた。
この世界の魔法は、マナというものを利用して様々な現象を引き起こす術。修得には長い時間が掛かるし、才能も必要だそうだ。ゲームでお馴染みだから何となくは分かる。
今重要なのはスキルの方だが、これは生まれつき持っていたり生活していて手に入ったり様々な取得方法があるらしい。
取得済みのスキルは通常失われることはなく、自分の意思でいつでも発動出来るようになるとか。
中には特殊なもので、取得から以後、常時発動し続けるパッシブスキルというのもあると言っていた。
『言語を理解するスキルは、まさにそのパッシブスキルに当たりますね。正確には《翻訳スキル》と言います』
良かった。このまま原始的な生活を強いられるのかと冷や汗をかいたよ。
ホッとしたら、ふと、さっきの門番さんとのやり取りが頭を過った。
そういえば怪しい奴と思われたままだろうし、スキルがあったとしてもこのままだと町に入れなくなったり、最悪の場合だと衛兵さんが捕まえに来るのでは?
「スキル取得って、どのくらいかかるんですか? もしかしたら町の衛兵さんが……」
『あなたの勘違いです。さっきの門番は、通訳出来る人を連れて来るから待っていてほしいと伝えようとしてたんです。もっとも、咲也さんの言葉を通訳出来る人は、この世界には存在しませんが』
読心で俺の考えなどお見通しという感じで、被せ気味に言われた。
そうだったのか。それにしても黙って逃げてしまって悪いことをしたな。
だけど日本語……こちらの人からしたら異世界語だから、どうしようもなかったよな。スキルが手に入ったら謝らないと。
『それでは、《女神印のポイントカード》を出してください』
「ポイントカード?」
さっき結局使い方が分からなくて諦めた、あのカードか。
アルル様に言われるままに鞄からポイントカードを取り出す。
『このカードは、あなたの善行や特別な行いに対してポイントという形で評価を付けるカードです。咲也さんの専用アイテムで、他の人は扱うことが出来ません』
アルル様の説明を聞きながら手の中の虹色のカードを眺める。俺の専用アイテムってわけだ。
『必要な物品やスキルなどがあれば、そのポイントと交換してあげようと……つまり善い行いをした分、ご褒美をあげようというわけです。例えば、善行一回に対して一ポイントみたいに』
なるほど。良い行いをすればするほどポイントが貯まるってことか。
買い物をすればするほど、その金額に応じてポイントが貯まる前世のカードを思い出した。
「そう考えると、ポイントのために善行を積むのって、なんだか欲に塗れてるみたいですね。そんな考え方をしてしまってますが、貰ってもいいんですか?」
『ポイントのためであろうと何のためであろうと、善行は善行ですよ。偽善と言う人もいるかも知れませんが、より多くの善行を積もうとすることが悪いわけないでしょう。確かに世俗的には思えますが』
なんだか聖職者やお坊様みたいな人たちに申し訳ない気もするけど、まあ神様がいいと言っているわけだし、素直に頂いておこう。
『そういう人たちも割と欲塗れだったりしますし』
……今のは聞かなかったことにしよう。
『それに、例えばポイントのために他人に迷惑を掛けたり、自らの善行を生み出すために誰かを貶めたりしたら、それはもはや善行ではありません。私が全て見ていて、その私が評価するのですから』
あー、確かに神であるアルル様からの評価ってことは、見せ掛けだけの善行モドキは通用しなさそうだ。
そんなこと、するつもりもないけど。
『はい、咲也さんなら心配いらないでしょう。そもそもそんな人物なら、最初から転生させていませんから』
うっ、不意打ちで褒められて、なんだかこそばゆい。
「そ、それより、どうやって使うんですか、このカード」
『あらあら、照れちゃいましたかー。初心ですねー』
くっ、スルーしてもらえなかった。
「じゃ、じゃあ、特別な行いっていうのは何をしたらいいんですか?」
『ああ、それはいずれ時が来れば詳しく説明します。実際に相対してからの方が理解しやすいですから』
うん? よく分からなかった。
『今は気にしないでください。それより、今はまず、カードを契約者登録します。カードを見てください』
言われた通りカードを見てみると、虹色のカードの真ん中辺りに、一円玉ほどの大きさの白い丸があらわれた。
『その“スポット”に指で触れて、自分の名前を言ってください。それで登録完了となります』
「早っ!」
《スマホで簡単登録》すら霞むほど簡単だ。流石神様のアイテム。
『こんな手続き無しでも勝手に登録してもいいんですけどね。一応、咲也さん本人の承諾を得ておくべきかと思いまして』
ちょっと怪しい業者の人みたいなことを言ってるけど、これ契約して大丈夫だよね?
『ダイジョウブでスヨー』
「怪しいです」
まあ、いつものアルル様でもある。こういうやり取りにも慣れてきた。
……慣れていいんだよね?
『ダイジョウぶデすヨー』
……不安は残るが、恐る恐るアルル様に言われた通りに“スポット”に指で触れ、名前を言う。
「春野咲也」
次の瞬間、カードが輝きを放ち膨れ上がった。
どんどん膨れ上がると、それは巨大なドラゴンの姿へと変化し――
――なんてことは無く、“スポット”がスッと小さく萎んで終わりだった。
指を離すと、何も変わらない虹色のカードがそこにあった。
『だから、漫画の読み過ぎです』
ファンタジーに期待し過ぎでした。こういうところではサプライズは無いんだよね。
『やってほしいですか? 町からも見えかねない距離の森に、謎の巨大ドラゴンが出現するサプライ……』
「すみませんでした。俺が間違ってました。カードの続きをお願いします」
危なかった。自ら墓穴を掘るところだった。
『そんな面倒なことしませんから安心してください』
出来ない、とは言わないんですね。
『それでは登録も終わりましたので、そのカードは咲也さんが契約者になりました。使い方は後ほど詳しく説明しますので、取り急ぎ《翻訳スキル》だけ取得してもらいましょう。冗談抜きに日が暮れます』
そう言われて空を見上げると、だいぶ日が傾いていた。