第50話 二番目の島へ
遅くなってしまい、申し訳ありません。
本日も、どうぞよろしくお願いします。
シュリたちと別れた後、俺は乗合馬車で移動し、無事に港町アノサへと辿り着くことが出来た。
今回の道中ではモンスターと遭遇することはなかったので、穏やかな旅路だった。
シュリとも、商人さんとも、それから二号さんともまた会いたいな。
そんな風に後ろ髪を引かれながらも、港町アノサの町中へと歩を進めて行く。
……そういえば、二号さんにちゃんと説明するの、忘れてた。
ごめん、一年後にちゃんとするから。きっと。
港町アノサは二回目だが、前回は救護室に寝ているばかりだったから、ちゃんと町の中を見るのは初めてだ。
アノサの門を潜った正面には、港まで続く大きな道路が通っている。
基本的にこの町は、船舶に関わることが中心で動いているので、荷物の運搬をする商人や労働者、渡航する人々、船舶の運用管理に携わる職員などが大半を占めるらしい。
これは、以前の道中で商人さんとの世間話の中で教えてもらったことだ。
なので、他の町のように服飾品や装飾品、嗜好品、贅沢品などが並ぶ店はほとんど見当たらない。
店の軒先に並ぶものは、港関係者のための新鮮な食材、航海に必要な消耗品や日用品、それと酒類が主だ。
もしこの町をシュリと散策していたら、かなり退屈だったかもしれない。
とは言え、一般向けの商品を扱う店もあるにはあるようで、ふらりと立ち寄ってみた。
だが、べらぼうに高い。
買うのは止めておこう。お金の無駄だ。
結局、普通の値段の食料品を仕入れるだけで、買い物は終了した。
港町ゆえの新鮮な魚介類、豊富な果物類などは満足だったけどね。
港の賑わいに興味を惹かれ、そちらへと向かってみる。
するとそこには、大きな客船が――
――って、あれ?
アルル様、ここって、中世ヨーロッパくらいの時代のはずでは?
なんで、こんな近代的な船が?
そこにあったのは、想像していたような帆船ではなく、近代的な動力船だった。
『こちらの世界は島々ばかりですから、船での行き来が必要不可欠です。それ故に、あなたの世界よりは遥かに進歩して見えるでしょうね。実際は部品や設計技術では遠く及ばない部分もありますが、何せ魔法がありますからね。科学の発達したあなたの世界とは全く異なる技術文化も見ることが出来ますよ?』
なるほど、凄い。魔法を利用した動力船か。
そう言われてから改めて見てみれば、外観の素材はメタリックな現代的ではなく、木製のようにも見える。ただ、木でもない気はするが。
あとで、乗った時に見てみよう。
『因みに、あなたが今見ているのは隣国へ渡るためのものです。隣の島へ向かうのは、右手奥のアレです』
そう言われて右に目線を移すと、そこには本来の想像に近いタイプの帆船が停留されていた。
なんだよ。ガッカリ。
アルル様に教えてもらいながら、船に乗るための手続きを済ませる。
身分証があるので、何も問題は無く、スムーズに事が運んだ。本当に、いいのかなあ?
あまり考えないようにして、出港まで町の食堂で食事をしつつ時間を潰し、いよいよ目的の客船へと乗り込む時となった。
「おや、お兄さんは何しに行くんだい?」
乗船の客の列に並んでいると、前にいたおばさんが話しかけてきた。
貴族ではなさそうだが、上品な雰囲気の淑女といった感じの山羊っぽい人だ。
「俺は旅をしていて、隣の島を経由して、その先を目指そうと思っているんです」
「おや、そうなのかい。キノエには何処から来たの?」
「キノエ?」
その地名らしきものが分からず首を傾げると、おばさんは目を見開いて驚いていた。
「はあ? あなた、今いる島の名前も知らなかったのかい?」
「Oh……」
今更ながら、気にしなさすぎだったな、俺。
そりゃあ名前ぐらいあるか。ここはキノエ島って言うのか。
初めて知ったナー、アハハ……。
これから出るタイミングで知るって、やっぱり阿呆でした、俺。
「これから行く島の名前がキノト島なのも、まさか知らなかったとは言わないわよね? ここの兄弟島なのよ?」
当然、知らない。
引き攣った愛想笑いで誤魔化そうとした俺を見て、その淑女は呆れ顔で色々と教えてくれた。
親切心がありがたくて、心に染みるナー。
だが、この時の俺は失念していたのだが、彼女のお陰でキノエ・キノトの島の外輪が全知全能の図鑑のマップに表示可能になっていたのだった。
行ったことのある町に限っては、そこからズームアップするように表示可能だということも、後に船内で気付くのだが、この時は微塵も気付いていない。
おばさんとの世間話に夢中になりながら、俺は初めての異世界の船へと乗り込んだのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うわーっ、いい眺めだなー」
船が出港して間もなく、今まで過ごしてきたキノエ島を一望して見納めた。
短い間とは言え、初めての異世界生活を支えてくれた地だ。感謝せねばなるまい。
さらに言えば、初めての一人暮らし……いや、一人旅か。
それを支えてくれたとも言える、大切な場所でもあった。
そんな風に感慨にふけって、ボーッと島を眺めていると、段々と眠気を催してきてしまった。
今朝は早起きして、なんだかんだとここまで気を張っていたのもあるから、緊張の糸が切れてしまったことで一気に疲れが出たのだろう。
中学生の時、部活の大会終わりなんかは家に帰るとこうなっていたっけ。懐かしい思い出だ。
船内には客室があるのだが、当然現代の客船のような個室完備なわけもなく、三段ベッドのような個人スペースらしきものが並んでいるだけだった。
ベッドと揶揄したが、寝心地は野宿とそう大差無い。
とは言え、体を預けられる場所というだけでもありがたくはあったので、空いているスペースで横になることにした。
盗難防止のため、荷物は全て魔法鞄に収納しておいたのだが、それでも不安ではあったので鞄を枕代わりにすることでがっちりと守りを固めた。
これでひと安心と思うと余計に眠気に襲われたので、船の揺れに身を委ねながら、眠りへと落ちて行った。
目覚めたら、次の島かもしれないな、なんて思いながら。
……
ふと、現実と夢の狭間で、これまでの旅路や人との交流が脳裏を過った。
それはまるで、走馬灯のようでもあった。
今は、狭間を通り越して夢を見ているのかもしれない。
門番さん、保安官さん、宿屋さん。
取調官さん、担当官さん、院長さん。
衛兵さん、傭兵さん、他にも大勢。
それに、商人さん、二号さん。
沢山の人たちにお世話になった時の思い出が、蘇ってくる。
そして、シュリ。
……そういえば、シュリという呼び名は、俺が付けたんだっけ。
そう思ったところで、ふと、気付いた。
なぜか、これまで疑問に思わなかった、とある事実に。
――――なんで……?
なんで、俺は――――
――――誰にも、名前を訪ねなかったんだっけ――――
――――そこで、俺の意識は消失した。
夢だったのか、幻だったのか、はたまた、現実のことだったのか。
次に目覚めた時、その内容も、抱いたはずの疑問でさえも、夢で見た内容のように酷く朧気になって、俺の頭の中からは消えてしまっていた。
俺は、消えたことすら忘れて――――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『……ふう。危ないところでした』
女神は、独り呟いた。
『無意識との狭間には、私の施しは効きませんからね。ギリギリ眠ってくれて助かりました』
彼女の視ている先に眠るは、異世界からの旅人。
彼女の、想い人。
彼女の、玩具……?
『その時が来るまで、彼にはありのままでいてもらわないと。脳や精神を弄りませんと言った手前、嘘つきになってしまいますからね』
彼女は、神。
その思惑も、感情も、読み取ることは難しい。
だが――――
『……いずれ、正直に話します。嫌われるとしても、覚悟の上です。これも、あなたのためですから。どうか、お許しください、咲也さん』
――――その声には、悲しみが混じっていたような気がした。
次話は5月29日予定です。
以下挨拶ですが、長いので、興味のある方だけ、どうぞ。
無事、五十話達成出来ました。ありがとうございました。
これも、アクセスしてくださった皆様や、感想をくださった皆様のおかげでございます。
本当に、心から感謝申し上げます……
……いや、ひとつ嘘をつきました。
無事ではありません。前話のあとがきに、「前倒ししま~す」なんて余裕こいたこと書いておきながら、本来の予定日ですらギリギリになるという体たらく。
どうか、お許しを。
一応説明(見苦しい言い訳)をしますと、昨日投稿しようとした際に、重大な矛盾(ミス)を発見してしまったのであります。
昨日は仕事の疲れもあり、頭が働かず、直しが思うように進まず……。
そして、今日の仕事終わり。
結局、前半部を丸々書き直すことで漸く完成したわけなのですが、いや、その、つまり……
……ごめんなさい。
ともあれ、物語はひと段落。皆様のおかげなのと、本気で感謝しているというのは本当に本当なので、改めて感謝申し上げます。
ありがとうございました!!
これからも引き続き楽しんでいただけるように、適度にふざけて行きたいと思いますので、興味のある方は暇なときに読んでいただけると幸いです。
それでは次話、5月29日の投稿をよろしくお願いします。




