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第29話 孤児院⑤

本日もよろしくお願いします。

今日は一本だけになりました。


「それでは改めまして、当院へようこそ。私が院長です、とは言っても私一人しかいませんけどね。 彼には姉貴と呼ばれていますが、彼の()()()にあたります。どうぞ、よろしく」


 取調官さんのハトコというこの孤児院の院長さんは、彼と同じくオグロジカの獣人のようだ。

 美人系というよりかわいい系のお姉さんだ。一人でこの孤児院を切り盛りしているらしい。

 取調官さんはそんな彼女を気遣って、時々差し入れしたり手伝ったりしているらしい。

 やっぱりこの人、いい人だ。 天邪鬼だけど。


 因みにこの情報源は言わずもがな、狸親父……もとい狸の取調官さんだが、内緒だ。


「で、早速本題だけど、姉貴、この子預かれる?」


「無理に決まってるでしょ……ゴホン。失礼しました。当院は見ての通り、私一人で何人もの子供たちを世話している状態です。残念ですが、これ以上増やすのは難しいですね」


 オブラートに包み直してくれたけど、無理に決まっているようだ。

 うん、ここ入った時点でそんな予感はしていた。建物もそこそこボロいし、何より人手が足りていない。

 取調官さんの手伝いがあって漸く回せているって感じがする。

 入口からホールや炊事場を覗きつつ応接室に来たのだが、子供たち自身もせっせと働いている姿が目に映った。過労死するレベルではなさそうだが、この状態にシュリもお願いしますとは言い出せないよ。


「まあ、だろうと思ったぜ? 一番の問題は金だろ?」


「あなたは、そうストレートに……」


 なんでも、ここの収入源は寄付と役所からの微々たる補助金、院長さんの内職が主で、なんとかやりくりしているそうだ。

 なかなかの修羅の道を行っているようで。尊敬します。

 

「まあ、確かにそれが一番の理由なのは間違いありませんよ。ええ。それに、それが解決したとしても、私一人で見れる人数にも限りがあって、子供たち自身の手を借りてもギリギリで、間もなく独り立ちして卒業する子がいるからこの先なんとかなるような状態なんです。お力になれなくてごめんなさいね」


「そんなに大変なら、人を雇ったりしないんですか?」


 俺が何気なく言った言葉に、その場の全員があんぐりと呆れ顔を見せた。シュリまでも。


「おう、今の話聞いてたのか? 金が無いのが一番の問題っつってるのに、雇った人間の給金はどうすんだよ?」


「あ、そっか。じゃ、じゃあボランティアを集うとか?」


 今度は俺の「ボランティア」という言葉が分からなかったのか、全員が首を傾げた。

 ボランティアの意味を説明したところ、今度は再び呆れ顔が勢揃いした。

 みんなさっきから息ピッタリだね。アハハ。


「……あ・の・な? ただ働きしたとして、そいつはどうやって生活していくんだよ? 少し考えて喋れ、な?」


 Oh……。

 この時代には考えられない行為なのか、ボランティア。

 やっぱりそこまでの余裕は無いのか? それとも行為自体はあっても、翻訳スキルではボランティアとは訳されないとか?


 まあ、取調官さんも身内じゃなかったら手伝いには来ていないのかもしれないし、大勢の人から少しの時間ずつ手伝ってもらうというのも駄目か。現代日本のように治安がいいわけではないから、大勢が頻繁に出入りをしていたら犯罪の危険もあるよね。


 うん、これは早くも諦めるしかなさそうだ。


「すみませんでした。よく考えもしないで、勝手なことを言って」


「あなたが謝ることなんて無いわよ? うちの馬鹿も言い方がキツくてごめんなさいね」


「馬鹿って何だよ。大体、姉貴もいい歳なんだからいい加減ここ畳んで、結婚相手でも見付けろよ」


「五月蠅いわね! 余計なお世話よ! あなたこそ、お役所の彼女とはどうなってるのよ? あ、これ秘密なんだっけ? 私はとっくに気付い……あれ?」


 院長さんは、彼にしてやったりという感じで言ったのだが、それはさっきバレたばかりのホットなネタなのでここにいる全員が知っていた。原因は俺。マジすみません。

 それにしても、院長さんも気付いていたんですね。マジ憐れ。


「そ、そそそ、それより、マジで今いるガキ共で終わりにしたらどうだ? 姉貴がそこまで無理する必要なんて無いだろ? そこそこ器量もいいんだし、他で働けって」


 取調官さんは、シスコンな勢いで彼女の心配をし、自分のいい人っぷりを披露している。

 けど、彼の言うことにも一理ある。尊敬はするけど、彼女の人生なのだし、他の道もあるだろう。


「私の人生なんだし、私の思うままやるわよ。全員は無理でも、助けられる分は助けるわ。心配してくれてありがたいけど、決して無理してるってわけじゃなく、自分の出来る範囲でしかやってないから」


 おお、言い切った。なんかカッコいいな。

 それに比べてオグロジカの取調官さんは、「べべべ別に心配なんて」とツンデレっている。カッコ悪い。

 あーでもない、こーでもないと言い合っている二人に、狸の取調官さんも茶々を入れ、シュリも笑っている。貧乏でもしんどくても、こういう空気っていいな。


 うーん、これは……


『駄目です』


 まだ、何も言ってません。

 けど、アルル様の予想通りです。


 俺は、こう考えようとしていたのだ。

 こちらの世界に来て、沢山の親切な人たちに助けられてきた。 この二人にしても、院長さんだって。

 だから俺も、シュリの件がなかったとしても、何か自分に出来ることをしてあげたい。そう思った。

 そして、俺には確実にこの孤児院の力になれる方法が、一つあるのだ。


『駄目です。この前言ったことを、もう忘れましたか?』


 そうだ。シュリの時にも言われたのだった。

 これは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 アルル様に申し訳ないから、勝手なことは出来ない。


 だから……


『だから、私の許可を得られるように頑張る、と?』


 はい。どうしたら許してもらえますか?


『……いいですよ。好きにしなさい』


 はい、好きにすればいいんです……ね?

 あれ? 許可出た?


『咲也さん、もう心が決まっていますよね? 諦めさせる労力も無駄ですし、ここで心をへし折っても私が悪者みたいで嫌ですし、どうせ苦労するのはあなた自身なんですから、好きにしなさい。一応は駄目と言って止めてみましたが、最初から分かってはいましたよ。お人好しの塊さん』


 ……ああ、ここにもいた。

 この神様も、なんだかんだ言って、結局いいひと()なんだった。


『よ、余計なこと言ってると、心変わりするかもしれませんよ? さっさと済ませなさい。先はまだまだ長いんですから』


 はい! ありがとうございます!

 許可を貰えて憂いも無くなったので、考えていたことを実行に移す。

 魔法鞄の中を()()確認して、段取りを頭の中でシミュレーションして、心の準備をして、俺は皆に向けて口を開いた。


「あ、あの!」


 ぎゃあぎゃあと賑わっていた応接室が、俺の声でピタリと止んで、シーンと静まり返った。


「なんだよ? また何か思いついたのか?」


 オグロジカの取調官さんが茶化すように聞いてきた。

 だが、それはスルーさせてもらい、真剣な顔で皆に、こうお願いをした。


「お話があります。院長さんと二人きりにしてもらえませんか?」



 

明日も21時頃の予定です。

ああ、仕事サボりた……いえ、何も言ってませんよ?

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