第2話 異世界転生
本日三回目の投稿です。
異世界転生。
漫画やゲーム、ラノベなどではよく見かけるジャンルだ。斯く言う俺も暇さえあればその手の漫画やラノベを読み漁り、その手のゲームに勤しんでいた。
もちろん勉強の合間にで、学業第一なのは言うまでもない。
嘘ではない、本当だ。
さて置き、異世界転生を告げられて魂の状態なのも忘れて右に左に歓喜の舞を舞った俺を、女神様は若干残念なものを見る目で見守ってくれていた。
肉体は無くとも、イメージで伝わってしまっていることを失念していた。
仕方ないじゃないか、異世界転生なんて聞いたら誰しもそうなるでしょ?
一通り喜んで落ち着くと、女神様がこれまた若干残念なものに語りかけるように声をかけてくれた。
浮かれてすみませんでした。だからもう許してください。
落ち着きを取り戻した残念な子に、女神様が転生についての説明をしてくれた。
転生後も前世と同じ身体、同じ年齢であること。
転生する世界は、地球と似たような気象環境なので問題なく適応出来ること。
人類ももちろんいるが、文明は中世ヨーロッパに近く、地球と違って魔法やスキルが存在する所謂“剣と魔法の世界”であること。
注意事項として、転生したことは他者には話さないこと、などだ。
因みに身体は、前世で死んだ日を参考に再構築してくれるそうだ。
現代日本と違う文明社会に不安はあったが、転生後もサポートしてくれるそうなので安堵した。
それでどんなサポートが受けられるのか聞いたら、『それは転生してからのお楽しみ♪です。ニコリ』と言われたので、安心感が少しだけ遠退いた気がした。
相変わらず表情変わらないし。
転生直後に危険が無いような場所を見繕ってくれるということで、いきなり危険な目に合う心配はなさそうだ。
その代わりに、人が住む場所までかなり移動が必要なので心構えをしておいて、とも言われた。
まあ、体力は人並みにはあるし、大丈夫だろう。
この時はそう思っていた。
『それでは転生のための準備をするので暫く寛いでていいですよ』と女神様に言われた。
だが、ここには何も無い。
見渡す限り地平線が続く……なら未だしも、本当に何も無いのだ。
地平線すら無く、見渡す限り謎の空間が続いていた。
最近授業中に暇だった時、適当に辞書を引いて遊ん……勉強していて《一望無垠》という四字熟語を見つけたのを思い出した。
一望垠無しとは、正にこのことか。
また一つ賢くなった気がしたのだが、何故か再び女神様が残念なものを見るような目をしていたのが謎だった。
魂の状態なので眠くもならなかった。
ゴロゴロしようにも、ちょっと筋トレなんぞしようにも、身体が無い。
八方塞がりだ。
試行錯誤の末に女神様に相談したら、『もぅ、仕方のない人ですねぇ』と艶っぽい声で言い、どこからともなく大型のツインベッドを出してベッドメイクを始めた。
『私とイチャイチャしたかったってことですよね? 正直にそう言ってくれればいいのに』と、そのベッドに横たわって、こちらに手招きする。
いえ、身体が無いので遠慮します、と伝えておいた。
冗談にしても脈絡なさ過ぎて付いて行けず、思春期男子とはいえ、照れ恥ずかしがる暇も無かったし。
『えー、ノリが悪いですねー。じゃあ、転生後に説明するつもりでしたが、向こうの世界のお勉強でもいたしましょうかー?』
明らかに声のトーンが下がり、テンションだだ下がりの女神様。
俺はどうしたら良かったのでしょう?
転生の準備には支障無いと言うので、結局準備が完了するまでの間、女神様から異世界の基礎知識をレクチャーしてもらった。
どのくらい時間が経ったのか、女神様から『準備が出来ました』と告げられた。
準備と言っても何をしていたのか俺には全く分からなかったのだが、とうとうその時がやって来たらしい。
『それでは名残惜しいですが、転生を開始します』
そう言う女神様にお礼を言って感謝を伝える。
転生のこともそうだが、楽しく過ごさせてもらえたのも女神様のおかげだから。
するとすぐに、眠気に似た感覚に囚われ、徐々に意識が遠のいていった。
目の前の女神様の姿が、薄れ行くような……。
最後に、女神様が微笑んだ、そんな光景を見た気がした。
光が満ちていく。
落ちている気がするけど、何も怖くない。
誰かがすぐ傍にいる気がする。
それが誰なのか考え始めた辺りで、俺は意識を手放した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……どのくらいの時間が経っただろう。
目を開くと、辺りは真っ暗だった。遠くの方に光が見えている。
土のような苔のような、独特の匂いが感じられる。
自分の指や手が動く感覚があり、その手が地面に触れているのも分かる。
頬も、胸も、腹も、足も、その存在を感じられる。
ってことは、もう魂ではない。再び肉体というものを得られたみたいだ。
つまりは、無事に転生したんだ。
“異世界”へと。
全身の感覚から察するに、俺は今、硬い地面の上でうつ伏せで横たわっているみたいだ。
手のひらを地面につけて力を入れ、ゆっくりと体を起こしてみる。そして、いちいち動作を確認するように膝を折って座り、そこから一回背伸びしてみる。
痛みや違和感は無く、そのまま俺の体って感じだ。
一度魂の状態を経験したせいなのか、自分の体に対して懐かしさに似た感情がある。
真っ暗なので、自分の手すらぼんやりとしか見えない。
暫くそのままボーっとしていたら、徐々に目が慣れ始めたようで、段々と周りの岩肌のような壁や地面が見えてきた。
ゴツゴツとした感触、ぬるぬるとした感触、ひんやりとした感触などがこの身に伝わってくる。
一度死んだので、五感が刺激されるたび、感動を覚える……と感傷に浸ってみたが、死の記憶が無いのでそれほど感動するわけでもなかった。それよりも冷えた地面と冷気で体が冷えてて寒気を感じる。
転生していきなり風邪なんてひきたくはないので、近くの壁際まで手探りで進み、壁に手をついて立ち上がった。ここがどこなのか分からないが、さっさと移動しよう。
周囲を、目を凝らして見てみるが、遠くに光が見える以外はよく分からない。
なんとなく、子供の頃に田舎の祖父母の家に行ったときに遊び場にしていた山の麓の横穴を思い出した。あれは、ここまで広くはなかったが。
ということは、あの光が出口だ。そう当たりをつけ、とりあえずそちらに行ってみることにした。
岩壁に触れるたびに感じるぬるぬるとした感触、これは苔か何かだろうか。
こちらの世界にも苔があるのか知らないが、そうでなかった場合、俺は今、何に触っているんだってことになる。
……うん。これは苔で決まりだ。精神衛生上、それ以外は考えないようにしよう。
そんなことを考えながら歩いていると、出口がはっきりと見えるようになっていた。
その向こう側に空の風景が見える。
足元もしっかり見えるようになったので、視覚を頼りに日の光の下へと足を速める。
一瞬、一段と眩しい陽光に、右手で目を覆う。
どうやら強い光にまだ目が慣れていなかったようだ。
手を外し、ゆっくりと両目を開くと、視界いっぱいに草原の風景が飛び込んで来る。
見渡す限り、地平線の彼方まで続く草原。そして、広がる空。
それが、俺にとって初めてとなる異世界の景観だった。
その景色に感動したのか、転生に感動したのか。はたまた、肉体の感覚に興奮したのか。
……もしくは、新しい世界を見たことで、もう家族に会えないという現実を痛いほど実感してしまったからなのか。
その全部が理由だったのかもしれないが、抑えきれず胸の奥から溢れ出した感情に身を任せるように、訪れたばかりの異世界で、泣いた。
止める理由も思い当たらないし無理に止めようとはせず、涙が枯れるまで泣き続けた。