第1話 始まり
本日二回目の投稿です。これが第一話となります。
誤字脱字、矛盾等気付きましたら、ご指摘いただけると嬉しいです。
………………?
ふと、誰かに呼ばれた気がして目を開けると、俺は不思議な場所にいた。
何も無い場所。
地面と空はあるけど、普通とは違う。
地面は青く澄んだ水面のよう。俺はその上にいた。まるで水面の上に透明な硝子が張ってあり、その上にいるような感じだ。
空は雲一つなく、青く澄みわたっている。だけど距離感が全く掴めない。すぐそこにあるような、果てしなく遠くにあるような。
一言で纏めると、つまり「不思議な場所」だ。
ここは一体、何処なんだろう。
現実ではあり得ないから、考えられるのは夢の中か。
とは言っても意識が妙にはっきりしていることもそうなのだが、いつも見ている夢とは何かが違う。それが何かは分からないけど、ともかくこれは夢じゃないと思える。
夢でないなら、あとは、まさかとは思うけど……
……俺はいつの間にか死んで、あの世に来たってことかな。
……………………。
……なーんてね。そんなことがあるわけ――――
『概ね、正解です』
――――不意に、正面から声がした。
さっきまで誰もいなかったはずなのに、俺の前には一人の女性が立っていた。
その女性は、とても美しく魅力的な人の姿をしていた。だが、直感で彼女が人間だとは思えなかった。
『初めまして。私の名前はアルルと申します。簡潔に説明させていただきますと、神です。女神です』
直感が当たった。
俺は、何故か神様の前にいた。突然すぎてわけが分からない。
呆然としていたが、本当に神様なんだとしたら最上位の敬意を払わなければ不味いよね?
でも、神様に対して日本の礼節って通じるのだろうか。そんなことが頭を過る。
『敬う心がちゃんとあれば、言葉遣いや姿勢はいつも通りで構いませんよ。表面上だけ丁寧な方が問題でしょう? ニコリ』
神様は口で「ニコリ」と言ったものの、無表情なままで立っていた。
む、無表情キャラ? その「ニコリ」が何か怖いんですけど。
とにかく、無理に取り繕わなくてもいいってことか。国語の成績も悪かったし、ホッとした。
『はい。暴言やセクハラ発言ならともかく、多少のことは気にしませんから、安心してください』
流石に神様に暴言なんて吐かないでしょ。セクハラ発言って、そんな度胸もないし……
……あれ?
そこで、ふと違和感を感じた。
さっきから俺は一言も発していないのに、神様が返答している……?
もしかして、いや、もしかしなくても、心を読まれている?
『はい。イメージも伝わりますから、変な想像をするとセクハラになりますので。ご注意ください』
なるほど。……変なことを考える前に気付いてよかった。
それにしても、さっきからセクハラに関して厳しいですね。
あと、もう一つ違和感があった。どうやっても声が出せないのだ。声どころか、喉を触ろうとしても手も動かない。
今の俺は、一体どういう状態なんですか?
『あなたは今、魂の状態です。動かそうにも、肉体はもう存在していませんよ』
え……?
あー、それってつまり……。
すぐにピンと来てしまった。さっき『概ね、正解です』と言っていたし、俺の予想が当たっていたということか。あまり認めたくはないけど、そういうことなのか。
『はい。ご察しの通り、あなたはお亡くなりになりました』
ズバリと告げられた。ショックで目の前は真っ白に――――
――――ならず、打ちひしがれて倒れることもなく、割と平然としている。
自分が死んでいたなんて事実は相当ショックなはずなのに、何故だ?
『魂の状態なので、肉体があるときほど大きな感情の揺れは起きないんですよ。おかしいとは思いませんでした? こんな美少女と一緒にいて心臓が高鳴らないなんて』
その例えは、ちょっとアレだと思うけど……まあ、そうなのか?
女神様は小柄な女性の姿で、天女様のような恰好をしている。割と薄着な感じだし、自分で言うのもなんだけど、普段なら思春期真っ只中である俺はドキドキして冷静ではいられなかっただろう。
これが魂の状態なのか。
『そうですね。普段のあなたなら私のセクシーさに、一瞬で鼻血ブー確実でしたね』
鼻血ブーって。今どき、うちの父親でも使わない。
あと、俺は鼻血ブーしませんよ?
しっかし、随分砕けた感じの神様だ。
最初はもっと神々しくて威厳のあるのを想像していたのだが、堅苦しくなくて助かる。
きっと、こちらが緊張しないように気を遣ってくれているんだろう。
『そういえばさっき、私のことを無表情キャラとか考えていましたね。神に向かって無礼です。天罰を与えます。あなたは地獄行きです』
うえええー!?
『なんちゃって。冗談ですよ。ゴッドジョーク。ププーッ』
ビックリした。本気で。
大きな感情の変化が起きましたけど?
女神様は俺を和ませようとして、敢えてやってくれているに違いない。きっとそうだ。そうに違いない。
そうだと言ってください、女神様。威厳とか尊敬の念とかが何処かへ旅立つ前に。
あと、『ププーッ』って笑うなら、表情変えてください。本当に無表情キャラじゃないですか。
『さて、お巫山戯はこの辺にして、そろそろ本題に移りましょう』
急に真面目なトーンで話し始めた女神様に――とは言っても表情は一貫して変わらないのだが――少し緊張した。女神様が話す本題が何を指すのか、察しが付くから。
さっきのは冗談だとしても、ここに呼ばれた理由を考えれば真っ先にそれが浮かぶ。
『……春野咲也さん。あなたは16歳という若さで亡くなってしまいました』
とは言え、想像でしかないけど。
『あなたには、転生してもらいます』
やっぱり。
死後に神様の前に立つ理由なんて、天国行き地獄行き、それでなければ転生を告げられるのがお決まりだと思った。というか、それぐらいしか浮かばなかったんだけど。
『通常の転生では記憶も経験も全てリセットされて、真っ新な魂になります。ですがあなたの場合、生前の功績により特別に、今の記憶を引き継いで転生させてあげちゃいます』
なるほど、記憶が引き継がれる…………って、何!?
突然そんなことを言い出した女神様に、また冗談なのかと疑いの目を向ける。けど、冗談を言っている雰囲気ではない。
……本気? 特別? 何が?
『そもそも普通に転生させるなら、こんなところに呼んだりしません』
生前の功績と言われても心当たりが無い。
俺はごく一般的な高校生だったはずだ。
死んだ時のことは思い出せないが、少なくとも普段はこれと言って特記できるような事柄もなく過ごしていたことは憶えている。
ならば、女神様の言う生前の功績とは何だ?
お年寄りに席を譲ったり、迷子の子供を助けたり、そんな感じの所謂善行なら身に覚えが無くもない。けれど神様から特別視されるほどのことかと考えると、それは大袈裟だろう。
まさか、人違いでは?
『間違うわけがないでしょう。まあ、混乱するのも無理はありません。あなたに死んだ時の記憶が無いのは、私が消したからです。記憶を維持して転生するのに、死の記憶なんて嫌なだけでしょう? どうしても思い出してみたいなら戻してあげてもいいですが……』
死の記憶……?
それを想像してゾッとし、女神様に向かって全力で首を左右に振る。とは言っても体が無いのでイメージだが。
女神様、ありがとうございました!
『どういたしまして。それで、その死の間際に起こった出来事において、あなたはとても善い行いをしたわけです。私も胸がスッとし……いえ、まあそれは置いておいて』
ん? 胸がスッと? 俺は何をしたんだろう。
『自覚が無いかもしれませんが、それ以前にあなたは善行を日常的に行っていました。それらを総合的に評価した結果、こうして魂を呼び寄せて私直々にお会いするだけの価値があると思ったわけです』
そうなんですか。正直、全く覚えていないので、身に余る光栄としか思えません。
褒められて恥ずかしくなり、照れ隠しに眉を掻こうとしたが、そういえば体が無かった。
それにしても、ありがたい。
つまりは生き返る、いや、生き直せるってことですよね?
不意に、家族の顔が頭を過った。もしかして、また皆と会える?
『残念ですが、そうではありません。あなたは確かに死にましたから、死を無かったことにするわけにはいきません。元の世界に転生させると色々と問題が発生するので、それも許可しかねます。出来ないわけではありませんが、事実や在り方を捻じ曲げると未来に影響してしまうので、極力やりたくないんです。理解して、諦めてください』
そ、そうなのか……。
まあ、そうですよね。
そんな話を聞いていたら、俺の出来の悪い頭が未だ考え至っていなかった現実に、思考の指先が届いてしまった。
そっか、「皆とはもう会えない」のか。
死ぬって、あっけないものなんだな。
父さん母さんにまだ親孝行できてないし、桜姉と美咲も悲しむだろうな。家族の悲しむ顔なんて、嫌だな。
分かってる。
もうどうしようもないと分かってはいるんだけど、やっぱり悲しいし、寂しい。
魂になってあまり感情が出ないにしても、それでもやっぱり…………
……ちょっと待って?
女神様、今、「元の世界に転生させると」って言った。
俺の頭はもう一つ、とある可能性に思い至った。
漫画やラノベ、ゲームなどが身近な高校生の俺には馴染み深いジャンル。
神様、これはもしや――――
『はい。春野咲也さん、あなたの生前の功績を称え、生前の記憶はそのままに、今までいた世界とは別の世界へ行っていただきます。そこで新たな人生を送ってください。所謂……』
――――所謂、「異世界転生」だ。
俺は漫画やラノベでしか見たことのない異世界転生を、自らが経験することになったのだ。
それは実感の伴っていなかった死の事実を吹き飛ばし、俺の頭の中を埋め尽くすには十分事足りた。
神様の御前というのも忘れ、俺のテンションは急上昇していったのだった。