第192話 ミス
本日もよろしくお願いします。
「何をやっとるんじゃ、御前。いくらなんでも、殿に申し訳が立たんわい……」
「……はい。仰る通りでございます、貴方様。主様、今回のことは深く反省しております故、罰は如何様にも……」
「お、大袈裟だって。罰なんか与えないから落ち着いて?」
新・異世界生活六十五日目の朝。
一晩中語り明かしていたというイチとミルーガが、眠たそうにしながらも俺のところに謝罪に来ていた。
別にそれぐらいなら、たまにはいいじゃないかと思うんだが?
(ますたー、ボクのせいなの。スライムの感覚でいつまでも話し続けてたから、ミルーガさんはボクに付き合ってくれてただけだから、悪くないの。罰ならボクにして?)
「師匠!? そのような……」
「いや、罰とか与えないって。今までだってそうだったでしょ? てゆーか、夜通し語り合うくらいいいんじゃない?」
「なんと懐の広い……! これ、殿のご慈悲に感謝しようぞ?」
「は、はい、貴方様。主様の器の大きさ、感無量にございます。なんとお礼を申し上げて良いものか……」
「だから大袈裟だってば! イチもミルーガも楽しく話してただけなんでしょ? なら悪いことしてないんだから、謝罪も罰も必要無し!」
そもそも、俺はただの仲間。殿とか呼んでるけど、この中の誰にしたって主従関係は無いのだ。
モモこそ立場は奴隷だけど、それだって契約上そうなだけだし。
だから、度が過ぎない限りは何をしたって迷惑じゃないし、そんなに遜る必要も無いだろう。
だが、彼らにしてみれば俺は自分たちの守護者のようなものらしく、そんな人物に迷惑がかかりそうなことは小さくても大問題だったみたいだ。
ちゃんと休まなかった所為で、道中で迷惑をかけたりとかな。
「……まあでも、ちゃんと休む時は休まないと駄目なのは確かだね。ミルーガもイチも、今日はマイルームで休んでて。探索は二人を抜きで行くことにしよう」
「そんな! そこまでのご迷惑をかけるわけには。大丈夫です、この程度で戦えなくなるほどヤワでは……」
俺の提案に食い下がるミルーガに、オロクが割って入った。
旦那様、どうするんだろう?
「御前、殿の厚意じゃぞ? 足手纏いにならぬよう、従っておけい」
「ですが……!」
「それに、殿なら一人二人欠けても支障無いわい。どれ、御前が駄々をこねるなら無理矢理にでも休ませんといかんから、儂も探索に参加出来なくなるのう。殿、申し訳ないが……」
「ちょっ、あ、貴方様!? わ、分かりました! 分かりましたから、貴方様はしっかり主様に付いて行ってください! もう……!」
おお、流石は旦那様。上手く言い包めた……のか?
不満そうなミルーガだったが、今日のところはロルとボルとともにマイルームで過ごしてもらうことに無事決定した。
双子は彼女の見張り兼、彼女の気を紛らわすためだ。一人でいたら、外が気になって休めないだろうからね。
念のため、出られないように彼女たちのマイルームをココナに施錠してもらう。音声のみココナとやり取り可能だから、何かあれば伝えてもらうとしよう。
「いい? しっかり休むのも大事なんだから、外は気にせず休日だと思って休んでね?」
「はい。中で反省して参ります」
「なんか、結局お仕置きしてるみたいになっちゃったな……。ロ、ロルとボルもはしゃぎ過ぎてミルーガを起こさないように、気を付けるんだよ?」
「うん! 母上を見張りながら、魔法の特訓するの!」
「僕も! 次の時は、上様をビックリさせるんだー」
「少し出来たからって、調子に乗らないで? ボルのくせに生意気ー」
「なんだと!? ガルル……」
「喧嘩しなーい」
こういうところはちょっと心配だけど、まあ大丈夫だろう。
二人のランクなら暴発とかの心配も少ないし、魔法に関してならミルーガが一緒にいたらより安心だし。
子守りしながらでも、ミルーガなら上手く休めるだろう……と思いたい。
(ますたー、ボクはスライムだから休まなくても大丈夫だよ? それに、悪いのはボクの方だったのに休みまでもらうなんて出来ないから……)
「だから、悪いとか無いって。イチ、気を遣い過ぎだよ。「ちょっと夜更かしし過ぎたから、今日は不参加でよろしくー」ぐらい言っても大丈夫だよ?」
(ぷ、ぷる!? それは流石に……)
そんなイチの反応にクスクスと笑いながらも、少しでも休むようにと、何度も謝る彼女を自分のマイルームへと行かせた。
こちらもココナに施錠してもらうことにする。彼女は中で独りになってしまうが、帽子に擬態中のココナとなら話せるからな。イチなら、ある程度休息を取ったら出て来ても良いし。
あとは、イチもミルーガも、どちらも戦闘中とかに突然出られたら危ないってのもあるから、施錠してあると安心だよね。
そんなこんなで、今日の山の探索三日目は俺とモモ、オロクの三人だけとなってしまった。ココナを入れても四人。
まあ、たまにはこういうのもアリだよね。無理しない程度にやって行こう。
今日は山地の北方面、向かって左側一体の浅い層を探索しようと思っている。
深く入らないのは人数が少ないこととは関係無く、奥には例の「スプリガン」がいるからだ。
オロクに大体の場所を確認して、なるべく近付かないようにしなければ。
「とは言っても、「それ」も僅かずつとはいえ移動しておりますからな。儂が知る情報が正しいかどうかは……」
「ああ、大丈夫。俺とココナの気配察知の範囲に入れば、反応が出るから。大体で大丈夫だよ」
「おお、そうでしたな。便利なものです。しかしながら殿、相手は名持ちの存在。くれぐれも油断めされぬよう……」
「ありがとう。俺もそんなの相手にしたくは無いし、慎重に行くよ。とりあえず、あまり近付き過ぎないようにしようね」
「うむ、それが良いでしょうな」
今日は、ただでさえ人数が少ないのだから。
君子危うきに近寄らずと言うし、気配察知に引っ掛かりすらしないくらいに距離を取れればベストだな。
そう思いながら探索を開始すると、早速森猿や角猪などの反応が出た。
どの個体もやはりレベル20以上と高めで、他の生息地とは違うと感じる。
油断せず、交渉決裂したら即封印だ。
「……殿、悪いことは申しません。この辺りの怪物種は交渉など無駄ですから、さっさと封印してしまうのがよろしいかと」
「うん、ありがとう。でもね、こればっかりは俺の信念みたいなものだから、やらせて?」
「し、しかし……」
「オロクさん、無駄よ。この人、こう見えて頑固なとこあるから。私たちも何度も言ったけど、そればっかりは拘ってるみたいなのよ」
「ココナ殿……。左様か、ならば……いや、しかしなあ……」
それでもなお引っ掛かるのか、オロクは渋い顔をしている。
俺のことを心配してくれているのだろうけど、仲間交渉だけは全員と公平にやっておきたいからな。
許せ、オロク。こればっかりは。
そうしてモンスターとの戦闘を繰り返しながら進んでいると、ついに恐れていた事態に直面することとなった。
気配察知に大きな反応が出てしまったのだ。
「げっ。この感じは普通のモンスターじゃないな……」
「殿? どうされました?」
「いや、たぶんコレが例の「スプリガン」ってやつだと……」
そう口に出した瞬間、背筋に寒気を覚えた気がした。
オロクの言ってたこと、意外に当たりかもしれない。
「……名前を呼ぶのは止めておこう。嫌な予感がする。えーっと……「それ」が気配察知に引っ掛かったんだ。前に他の名持ちのモンスターを捉えた時と同じ感じがしたから、間違いないと思う」
「なんと!? 他の名持ちと遭遇したことが!?」
「ああ、うん。休眠中とかで動かなかったけどね?」
とにかく、「それ」から遠ざかろうと満場一致で意見が揃ったので、気配察知を意識しながら山道を進む。
すると間もなく、気配察知からその反応が消え失せた。
「ふう、もう大丈夫そうだ。ドキドキしたよ」
「ええ、やはり以前より麓に近い側に移動しておったようですな。「それ」は人の恐怖で活性化するという噂ですので、近付いて姿を目にしようものならどうなっていたことか……」
「ホントだね。うっかり名前を口にした瞬間、寒気がしたくらいだからね」
「……厳密に言えば、それが“名前”というわけでは無いのですが」
「え? ……あ、そうか」
オロクの言葉で改めて考えてみて、ハッと気付いた。
以前見たロックゴーレムに「サン」という名前があったように、この「スプリガン」も種族名なのだろう。
今まで「スプリガン」が“名前”だと勘違いして話していたけど、それとは別に名前があるってことか。
「……殿、「それ」の膝元ですので、この話題はもう止めておきましょう」
「うん、そうだね。無事に離れたみたいだし、さっさと山を下りよう……うげっ!」
「ご主人様!? 何事ッスか!? まさか……」
急に俺が苦悶の表情を浮かべたので、話の流れで「スプリガン」が動いたとでも思われたのだろう。
だが、そうではない。理由は他にあった。
俺たちの進行方向から、まとめて三体ものモンスターが向かって来るのが分かったのだ。
「いや、ごめん。「それ」とは関係無いよ。ただ、前方から三体のモンスターがまとまって向かって来てるからさ。それで思わず、ね」
「ああ、そうでしたか。ならば、儂らもついに活躍の場が来たかの?」
「そうッスね。昨日の特訓の成果を披露するッスよ~?」
「披露出来るほどの成果がまだ無いじゃろ。さて、殿? どのようにいたしますか?」
オロクの問いかけに、俺はいつもの調子で何気無く答える。
「とりあえず最初は、いつも通りに交渉してみるよ。その後交渉決裂したら、その時は手伝ってもらえるかな?」
その言葉に、オロクが顔をしかめる。
彼は改めて、俺に苦言を呈して来た。
「殿、今回ばかりは諦めませぬか? 「それ」とも近いですし、三体となれば危険も大き過ぎるかと」
「ああ、オロクさん。大丈夫ッスよ。ご主人様なら、三体くらいならどうとでもなる……というか、以前もなってたッスから」
「……しかしなあ……?」
「まあ、油断したりしないから。無理そうだと思ったらすぐに動くし、任せてくれないか?」
「……承知しました。ならばモモ殿、いつでも動けるようにしておこうぞ?」
「了解ッス! まあ、心配してないッスけどね?」
そうして俺たちは、その三体のモンスターたちとエンカウントすることとなったのだが、やがて見えて来たその姿はよく見慣れたゴブリン、グレムリンと、なんとオロクの同種の狼であった。
▶ハイドウルフ
名前 [なし]
種族 [モンスター
〔隠密狼〕]
レベル [24]
スキル
噛みつき、引っ掻き、威嚇、遠吠え、
気配遮断、奇襲、嗅覚強化、聴覚強化、
体当たり、爪撃、火属性魔法の心得、
土属性魔法の心得、生命力上昇、
瞬発力上昇、移動速度上昇、走破、
物理攻撃軽減、火属性魔法耐性、
毒耐性、狂化耐性
所属 [xxxx]
うわ、やっぱり強いな。
これは、さっさと交渉してしまって――――
――――だが、この時既に、俺は致命的なミスを犯してしまっていた。
いつもなら[鑑定失敗]と表示される所属が、[xxxx]と表示されたことに気付いていなかったのだ。
そして、オロクの助言に従わず、意地を張った俺の大きなミスの結果――――
(グガ!? 人間!?)
(それと並び歩く同族……だと?)
(「アノ方」ニ、オ伝エセネバ! オ前タチハ行ケ!)
「……は?」
――――立ち塞がるゴブリン。
そして、その向こう側の獣道を二手に分かれて駆け上って行くグレムリンと狼。
そのモンスターたちは、俺の想像し得なかった動きを見せたのだった。
「殿! マズいぞ! 彼奴ら、「それ」の下に知らせに行くつもりだ!」
「ご、ご主人様!? ど、どうするッスか!?」
「……くっ! 二人とも、逃げて行った方を追える? すぐに俺も追いかけるから!」
「承知! 儂は同種の方を!」
「じゃあ、自分がもう一体を追うッス!」
「ごめん! 無理しないでね! 足止めだけでいいから!」
次の瞬間、オロクは一瞬で藪に突っ込んで走って行き、モモも昆虫人族の特性の跳躍力を活かし、上からモンスターを追って行った。
俺も、さっさと追いかけてフォローしてあげないと。
「ねえ、俺の仲間になる気は無い?」
(グギャ!? 馬鹿ナノカ人間…………イヤ、待テ。ソノ話、詳シク聞イテモ良イカ?)
「……流石に分かるよ、時間稼ぎだって。悪いけど一刻を争うし、その意思無しと見なさせてもらうよ!」
今回は申し訳無いけど、悠長にしてる暇は無い。
瞬動で背後に回り、腕で取り押さえて封印スキルを発動する。
【《怪物種封印スキル》を使用しました。〔ゴブリン〕の封印に成功しました】
【自己領域の残量は99.86%です】
「よし! 先にモモを追って…………あれ?」
だが何故か、俺はふらりと地面に伏せてしまっていた。
その理由はすぐに分かった。俺の腕には、今しがた付いたばかりの引っ掻き傷が残されていたからだ。
「くっ! 《麻痺引っ掻き》か!?」
焦って封印したせいで、麻痺や鈍化などの状態異常をかけていなかったからだ。
封印される今わの際に、苦し紛れにスキルを使われたか。
たぶん最下位ランクだったのだろう、俺には《麻痺耐性・中》があるから、すぐに動けるようにはなった。
だが、だいぶ時間をロスしてしまったぞ。
さらに焦りながらも、モモが進んだ方向に瞬動で向かい、間もなくモモが追っていたグレムリンを封印することにも成功した。
今度は油断せず、麻痺させてからだ。さっき信念とか話したばかりだけど、交渉も無しでごめん。
「ご主人様! 私たちは後から追うので、オロクさんを!」
(ボクももう大丈夫だから、モモさんに付いてるよ!)
俺が駆け付けた時、そこにはモモと一緒にイチがいた。
緊急事態ということで、モモの頭に乗っていたココナが出してくれたのだろう。
「ありがとう、モモ、イチ。それにココナ。でも、ミルーガたちまで起こす必要は無いから……」
「分かってるわよ! スライムのイッちゃんだけ! いいから心配しないで行って!」
「……分かった、ありがとう! 今のところ周囲にモンスターの気配は無いけど、気を付けて追って来てね?」
そう言い残し、次は気配察知を頼りにオロクと狼に向けて走り出す。
どうやらオロクが追跡してくれているようだが、地の利が向こうにあるのか、先行されてしまっている。
そしてマズイことに、その先には「スプリガン」の反応が再び出現してしまっていた。
間もなくオロクに追いつくと、声をかけて先を急ぐ。
「すまん、殿! 碌に足止め出来んかったわい!」
「いや、充分だよ、ありがとう! あとは任せて!」
そうして間もなく、俺は瞬動でその狼の前まで回り込み、無事に封印することに成功したのだった。
なんとか間に合ったか、危なかった……。
そう思い、ふと気配察知でスプリガンの反応がある方向に目を向けた時だった。
▶スプリガン (状態:半休眠)
名前 [フィアー]
種族 [モンスター
〔鑑定失敗〕]
レベル [34]
スキル [鑑定失敗]
所属 [鑑定失敗]
「……え?」
それは、単なる偶然だったのだろうか。
ちょうど立ち並ぶ木々の隙間が繋がるように、俺の位置からピンポイントで、視線の先に“その姿”が映ってしまったのだ。
最早、条件反射のように発動した鑑定で得られた結果だったが、それすらマトモに頭に入って来ない。
ただ、震える足で立っているのがやっとだった。
何故なら、遠目で見えた“その姿”に、俺は――――
(…………ガ……ア……? ……美味な感情ダ……)
――――迂闊にも、“恐怖”してしまったから。
俺の恐怖を糧に、「それ」が瞼をゆっくりと開いていた。
次話の投稿は、11月25日の夜の予定です。
どうぞ、よろしくお願いいたします。




