第185.5話 一家との出会い/オロク:前編
※本編(184~185話)がありますので、ご注意ください。
どちらを先に読むかはお任せしますが、どちらから読んでもたぶん大丈夫です。
怪物種、隠密狼。
儂は、そんないちモンスターとして生を受けた。
自分がいつから存在しているのかも定かでは無いが、それなりの時を生きて来たような気はしている。
他の生物を襲い、狩り、それを日々の糧として生きる。マナさえあれば生きられるとはいえ、生き甲斐は必要なのだ。
怪物種にとって、他の生物を襲うことこそが存在理由であり、生きる楽しみでもある。
中でも、人間は特に襲い甲斐があり、同族たちと協力して襲いかかる時の興奮と言ったら他に比べようの無い相手であった。
その日も我らは徒党を組み、人間の集団を襲う。だが、この日の相手は少し勝手が違っていた。
どういうわけか、ターゲットの人間たちに攻撃が通用しないのだ。
後になって知ったのだが、物理攻撃を防ぐ術の使い手とやらがいたらしい。
儂とて多少の魔法の心得はあれど、この時はそんな術のことなど知らず、焦りもあってか力押しで何とかしようと足掻いていた。
だが、それでは力及ばず、我らの仲間たちは一体、また一体と倒されて行く。
我らは怪物種だから、いずれまた生まれ落ちるであろう。だが、それでも死ぬのは怖い。
死にたくない一心で、儂は最後まで足掻いていた。
そんな時だった。
仲間の一体が、魔法ならこの相手に通用すると漸く気付き、起死回生の一手を打ったのだ。
その怪物種は、儂と同じ隠密狼であった。
だが、彼女は全身が真っ白な毛で覆われており、とても――――
「xxx! xxxx!」
――――気付くと、人間たちが劣勢を悟って逃亡を図っていた。
いつもなら奴らを狩るまで追い続けるところなのだが、今回はこちらの被害も甚大。
やむなく、奴らが引くのを見送るしかなかった。
「先ほどは助かった。感謝する」
「いえ、お互い無事で何よりでございます」
彼女は、とても美しかった。
真っ白なその姿に、儂は目を奪われ…………いや、何でもない。
そんな彼女となんとなく行動をともにすることになったのは、単なる偶然だ。
決して、儂が彼女に付いて行ったわけでは無い。断じて。
真面目な話をすると、彼女はその真っ白な姿ゆえ、目立つ存在であった。
だからこそ、魔法という強力な武器を鍛えて身を守る必要があったのだろう。
だが、それでも敵わない相手も時に存在する。
彼女は魔法の扱いに長ける反面、物理攻撃力には難があったのだ。
「グワゥ!? 魔法が効かない!?」
「xxxxx、xxxxxxxx、xxxxxx!」
「クッ! 寄るな、人間ッ!」
以前とは逆に、魔法の通じぬ相手には、彼女は無力であった。
その人間が何を言ってるかは分からないが、大方「その美しい毛皮が欲しい」などという下衆な内容だろう。
だが、そんなのは儂が許さん!
「ガウッ!!」
「xxxx、xxxxxxxxx、xxxxx!?」
「あ、貴方様……!」
傷だらけになりながらも、儂はその人間を退けることに成功した。
そんな儂に、彼女は惚れたのであろう。
いつしか儂らは、お互いを補い合うように連れ立って歩き始めていた。
け、決して儂が彼女に惚れて尻尾を振っていたからでは無い! 断じて!
そうして二体で属する群れを変えながら、儂らは流れ流れてとある山へと住処を移していた。
その山は、大いなる存在、名を持つ我らの上位の存在が住まう地であった。
我らには、いつからか見当も付かないが、とある命令のようなものが届くようになっていた。
それは、その「名を持つ存在」の傍では、一層強くなっているように思えた。
『他の種族を滅ぼせ』
それはつまり、我ら怪物種以外の種族を見かけたら、迷わず殺せという命令。
怪物種にとって、他の生物を襲うことこそが存在理由であり、生きる楽しみでもある。
それが命令の前からなのか後からなのか、それも今となってはもう分からないし、そんな命令が何故頭の中に届くのかすら分からなかったが、我らはそれに疑問を持つこと無く、それに従って生きていた。
なんとなく、遠い昔、我らはこうでは無かった気もするのだが……。
そんな生き方に変化が現れたのは、この頃からだったかもしれん。
彼女とともに歩むようになり、いついかなる時も彼女と寄り添って暮らしているうちに、儂は彼女に深い愛情を抱くようになっていた。
人一倍目立つ存在の彼女を守りたい一心で、儂は自らを鍛え、強くなっていった。決して彼女を儂より先には死なせまいと。
出来ることなら、生まれ直すことなくいつまでも彼女とともに在りたいと。
そんなある日、儂らは信じられない光景を目の当たりにすることになる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それは、いつものように彼女と寄り添い、休息を取っていた時のこと。
「ウ、ウゥ……」
突如、彼女が苦しそうに唸り声を上げ始める。
どうしたのかと彼女に目を向けると、漸く儂はその異変に気付くことが出来た。
儂と彼女の間に、マナの奔流が現れていたのだ。
「こ、これは……?」
「グウゥ……」
苦しむ彼女を見守りながら、儂はそのマナの流れを辿ってみた。
それによると、どうやら儂から流れ出たマナと、彼女から流れ出たマナが混じり合い、それが再び彼女の中へと注ぎこまれているようであった。
恐らく、魔法の扱いに長けた彼女の内で、何かが起こっているのだろう。
「いったい、何が起こっているのだ!? 御前、大丈夫か!?」
「ウグゥ、な、何かがウチの中で、形を成しております……」
「何?」
彼女の言っていることの意味が分からず、儂は彼女の体をジッと見た。
だが、マナの流れにしても肉体の変化にしても、儂には全く分からない。
ただ、何となく、直感があった。
これから、何かが起ころうとしているのだと。
だから、儂はオロオロするのを止め、彼女の傍で彼女を見守りながら、彼女に寄り添った。
それを妨げないよう、余計なことはせず、ただ待つことにした。
彼女も同じ気持ちだったのだろう。
儂と同じように、その流れに身を任せて何かを待っていた。
何故だか、その先に起こるのは、悪いことだとは思えなかったのだ。
……
そうしてどれくらいの時間が経ったのだろうか。
少なくとも、一度沈んだ太陽が再び昇った後ではあった。
マナの流れは、彼女の中からさらに外へと漏れ出し始めていた。
そして、それは大きな塊となって、なにかになろうとしているようだった。
「ヘッヘッフー、ヘッヘッフー」
彼女の奇怪な呼吸も、苦しさからなのだろうとスルーし、マナの流れ出る出口となっていた腹部をさすってやる。
その時、不意に流れ出たマナの塊が縮小を始めた。
「ワウッ!?」
「キャア!?」
刹那、眩い光が走り、その塊は凝縮されて小さな二つの塊へと変わっていた。
儂と彼女の異変も終息し、辺りには再び静寂が戻っていた。
「…………キューン?」
「…………ワフゥ?」
突然、その二つの塊から音が聞こえ、ジッと目を凝らしてそれらを見つめる。
すると、それらは頭を上げ、儂らの存在に気付くと、こちらに向かって予想だにしなかった言葉を放ったのだった。
「……はは、うえ?」
「……ちち、うえ?」
「「……は?」」
「母上ー!」
「父上ー!」
「「……はあ!?」」
理解不能だった。
突如出現した二体の子狼が、儂らのことをそう呼んで駆け寄って来たのだ。
だが、戸惑う儂を余所に、その子らに飛びつかれた彼女の方は、キョトンとした表情ながらも案外冷静であった。
「これは……噂には聞いたことがありましたが、ウチら怪物種も稀に子を生すことがあるそうでございます。もしかしたら、ウチと貴方様のマナから生まれたのが、この子たちなのかも……」
「なんと!? そ、そんなことが……?」
「はい。その証拠に、ウチはこの子らに、何とも言えぬ情愛を感じております。これが伝え聞く“母の愛”というものなのでしょうか……?」
「い、言われてみれば、確かに愛おしい感じはしないでもないが……」
そう呟いた儂の顔を、二体の子狼がジッと見つめていた。
「父上! ワゥン!」
「父上! ヒャイン!」
「グウッ!?」
「父上? クゥ~ン?」
「父上? クゥ~ン?」
「ハ……ハーイ、父上じゃよー?」
「あ、貴方様!?」
「……ハッ!? 儂は何を!?」
無意識にデレデレとニヤけていた自分の表情に気付き、慌てて取り繕う。
だが、間違いないようだ。これが親の愛というものか?
彼女の若干冷ややかな視線は受け流すとして、どうやら本当に、儂らは子を生したようなのであった。
怪物種とは本来、一度その存在が確定すると、永遠に消えることの無い種族である。
死ぬことはあっても、再び生まれ落ちることでいつまでも存在を続ける生物なのだ。
故に、他の生物のように繁殖行動を取ることは無いし、必要性も無い。
だが、儂は知らなかったが、怪物種もこうして子を生すことがあるらしい。
この子らが成長し、一人前の隠密狼となった時、彼らもまた生まれ直しの運命を背負うのだろうか?
儂には分からないことだらけではあるが、願わくば、彼女とこの子らが幸せであってほしいものだ。
そんなことを考えるようになっていたのだが、それがとても大きな変化だとは、儂自身全く気付いてはいなかったのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「「父上ー!」」
「なんじゃー? 儂と遊びたいのかなぁー?」
「貴方様……」
「ハッ!?」
そんな儂を、彼女もクスクスと微笑ましく眺めてくれるようになっていた。
この子らが生れ落ちて数日が経った頃だろうか。
儂らは、無邪気なこの子らに完全に心を奪われていた。
他の生物の子育てというのを垣間見たことがあるが、子の食い物を得るために狩りに勤しむ必要があるとは気の毒だと思う。儂ら怪物種は、食いはせど、食う必要はあまり無いのだ。
だから、狩りに出かける必要も無く、ずっと子らとともに遊んであげ……もとい、父の背中を見せてやることが出来るというわけだ。
儂らの子は、双子の姉弟であった。
なんでも、生れ落ちて先に形を成した方とか、先に目を開けた方とかで、自分が姉だ兄だで争っていたのだが、儂が「先に声を発した方」と提案したことで争いは終結した。
弟の方は、ひと言目に「ちちうえ」と儂を呼んでくれていたので、心苦しくはあったのだが……。
そんな我らを、通りすがりの同族たちが興味深そうに眺めていた。
中には声をかけてくれる者もいたのだが、それは良いことばかりとは限らない。
「子だと? それは珍しいな。同族とはいえ、一度食ってみたいものだ」
「ソんな珍しいもノ、どうセ生まれ直ルなら一度くらいコの舌に乗せてミても良いトは思わんカ?」
そんな仲間からの言葉に、ただならぬ感情が沸き上がる。
かつての儂なら、そいつらと同じことを考えたのだろうか?
だが、今となっては嫌悪感しか無い。
これが所謂「父性愛」というものか?
「貴方様……」
不安そうな表情を見せる彼女もまた、同じような気持ちを感じているのだろうと分かる。
そんな彼女を安心させたい想いもあり、諦めの悪い同族を何体か手に掛けた。
「どうせ生まれ直るのだから、構わんのだろう? なら、貴様らが消えるがいい!」
そうして牙を立て、不埒者を屠ることが幾度となくあった。
いつからだろう。
儂の牙は、同族以外に向くことはあまり無くなっていた。
……
そうして月日が経った頃、この子らの噂は山々の至るところへ余すことなく広がりを見せ、同時に不穏な空気も広がりを見せていた。
「おいおイ、かつてはともに人間と闘り合った仲じゃねーカ? ひと口くらいいいダロ?」
「失せろ、下郎ども! 獣か人間でも食っておればよかろう?!」
「なに、少し飽きてしまってな? 口直しにちょうどいいだろう?」
「貴様ら……!」
儂らは、同族を狩ることで着々とレベルを上げていた。
そのお陰もあって、以前なら敵わなかった相手にも勝ることが出来たのは不幸中の幸いと言える。
だが、次々とやって来る相手に、心労を溜めてもいた。
今回も苦戦することなくそいつらを屠ったものの、儂も彼女も同じ思いを抱えつつあった。
「貴方様……」
「うむ。恐らく、同じことを考えているのであろう? だがここから離れては、今度は人間に襲われる可能性も……」
「「クゥ~ン……」」
「……お前たち……」
そうして決断出来ずにいた儂らに、そんなことを言っていられなくなる事態が近付きつつあった。
怪物種と言えども、良き者はいる。そんな優しき同族が、危機を伝えてくれたのだ。
「この山のボスに、その子供たちを献上しようって輩が現れてな? たぶん、あと三日か四日程度で集まって、ここに来ると思うぜ?」
「なんだと!? それは……すまん、恩に着るぞ!」
「……な、なあ? そいつらに殺されかねないなら、い、いっそ俺たちで分けて味わっちまうってのはどうだ? オレもさ、い、一度くらいよ……?」
「……世話になったことは感謝しておる。だが……もう行ってくれ。其方までも手に掛けたくは無いのだ……」
「チッ、残念だぜ。それじゃあ、またな!」
その情報に、儂らは愕然とした。
最早、悠長なことは言ってられまい。
「……やむを得ん。全員で山を下ろう。ここにいては、いずれ……」
「はい。ウチも、その方がよいかと。ともに参りましょう……」
どうやら彼女の心は既に決まっていたようで、儂の提案に即答で答えて来た。
不甲斐無いが、通じ合ったはずの彼女が儂の意思に配慮して待っていてくれたことに、今まで気付かずにいたのであった。
「「クゥ~ン……」」
「大丈夫よ、あなたたち。きっと、無事に逃げられますからね?」
そう言って励ます彼女、そして二人の子らを見て、儂の心も決まった。
「決行は……二日後だ! 支度を整えよ!」
「はい、貴方様!」
「「はい、父上!」」
日が落ちつつあった山中で、儂は家族に向け、そう宣言したのだった。
――――それを、岩陰でコッソリ聞いている者がいるとも知らずに。
後編へ続く。




