第18話 盲点
予定時間より早い投稿となりました。
本日もよろしくお願いします。
「そういえば、さっきの「ありがとぉ」って?」
「うん? えーとね、お腹いっぱいにしてくれたから。それから、叩かなくて怒らなくて、ありがとぉって気持ちだったから。「ありがとぉ」は、そういう時に言いなさいって昔誰かに教えてもらったの」
ええ子や。絶対に幸せにしてあげたいよ。
それには先ず、本人の意思確認をしないことには始まらない。
俺の中で決まったことでも、彼女に「嫌」と言われたらそれまでのことだ。
もちろん説得はするが――――
「うん、行きたい」
――――説得は必要無かった。
暫く一緒に行動してみないかという提案に、あっさりOKを貰ってしまった。
ご飯や寝床に困らないという部分に魅力を感じたのだろうけど、状況次第では完全に誘拐では?
『無理矢理連れ回したら誘拐でしょうけど、友達と一緒に旅行するのは問題ありません。問題あるような状況だったら、私が通報しますのでご心配無く』
ご心配しかありません。通報って、何処に? 誰に?
『そこまで考えての“友達”ではなかったのですか? 言及されてもいいように計画的犯こ……いえ、計算してのことかと感心していたのですが』
人を犯罪者みたいに言わんでください。
心が読めるから、そこまで考えてなかったの分かっているくせに。
「そういえば、この町で知り合いの人とか友達はいる?」
「んーん。いない。同じように暮らしてる子はいるけど、その子たちは食べ物取り上げたり虐めてくるから、友達になりたくない」
不憫な。よくここまで生きてこれたなあ。
捻くれずこの歳まで生きられたのは、単に捻くれてる余裕すら無いほどの生活だったからかもな。
よーし、俺に任せなさい! とりあえず今夜はお寿司だ!
『こちらに寿司はありません。一人で盛り上がっているところ水を差すようですが、その子は一旦休ませた方がいいと思います』
そう言われて少女をよく見ると、なんだか顔が赤い。まさか病気!?
『普段、貧相な食事しか摂ってない子供に、しっかりとした食事を大量に与えましたからね。体には大きな負担になっているんですよ』
ああ! しまった、そこまで考えずに好きなだけ食べさせてしまった。
前にテレビでも、飢えに苦しむ生活をしていた人に普通の食事を出したら、弱った内臓がダメージを受けて倒れてしまったという話を放送していたっけ? そこまで考えが及ばなかった。
まさか、死んでしまったりしないよね?
「そこまで深刻ではないですが、今日はゆっくり休ませた方がいいでしょう。何日かは腹痛などがあるとは思いますが、そこまで強い飢餓状態だったわけではないので普通の食べ過ぎのようなものと思ってください」
飢餓という言葉は、俺にとっては非現実的なものだ。現代日本にいても、なる人はなっているんだろうけど、身近にはいなかったからそう感じる。
今更ながら、当然とも言えるがこの子の身なりは貧相だ。
薄いボロボロの衣服を身に纏っていて、髪もボサボサに近い。
今朝は水浴びをしたと言っていたから、キレイにしていてコレなのだ。
食事だけでなく、あらゆる面で相当過酷だったことは容易に想像出来る。
そんな相手に対して、自分の常識の範疇で考えていると危ないこともあるのだと痛感させられた。
取り急ぎ、現在地からほど近い、町の北西にある宿を取ることにした。
恐らく少女の身なりのせいだろうか、受付で怪訝な顔をされたが、料金を多めに出すから何とか一日だけ大目に見てくれと頼み込んだ。
受付は鹿に似た人だったが、そんなことはどうでもいい。
渋々といった感じでOKをもらい、すぐにお湯とタオルを貰って部屋に入り、服を脱がせて体を拭いてあげた。髪も丁寧に洗い、そのままベッドに寝かせる。
脱がせた服は、彼女には申し訳ないが処分するしかなさそうだ。
洗うにもボロボロ過ぎて生地が耐えられそうにないし、再び着せるには躊躇われるほど、みすぼらしい。新しいのを用意して謝るしかない。
不調の彼女に余計なストレスは与えたくないし、回復した後で相談しよう。
思い入れがあるからまた着たいとか言われたら困るけど。
そんなことを考えながらベッドの彼女の様子を見ると、本人も自らの体調不良をイマイチ把握出来ていないらしく、「お腹痛い」とは言うものの、戸惑っていて不安そうなのが見て取れた。
俺が考え無しに食べさせてしまったばかりに、こんな苦しい思いをさせてしまった。
罪滅ぼしに俺に出来ることはないかと考え、思いついたのは魔法薬というものの存在だ。
鞄に入っていた魔法薬の中から一番回復効果の高いものをアルル様に教えてもらい、一本飲ませた。
魔法薬は食事とは別物なので、飲ませてもこれ以上負担になるようなことはないらしい。良かった。
すぐに戻るから、そのまま休んでいてと言い聞かせて、一旦少女の着る物を買うために宿を出る。
一人じゃ不安かもしれないが、ずっと裸というわけにもいかないし、仕方がない。なるべく急いで戻ろう。
少女は部屋で服を脱がせたとき、下着とも呼べないくらいボロボロの汚れた下着しか身に付けていなかった。女の子の下着を買うのは正直恥ずかし過ぎるけど、そんなことを言っている場合ではないのでそれも買って行かないと。
子供のだからセーフだ、セーフ。
中心街を歩き回ってなんとか一式の子供服を下着含め買い揃え、胃腸に優しそうな果物もいくつか買って、宿に急ぎ戻った。
結構時間が経ってしまったか。
部屋に入ると、少女は荒い呼吸をしつつも、眠りに就いていたようだった。
魔法薬が少しでも効いてくれるといいのだけれど。
この時代の掛布団はお世辞にも良いものとは言えない。
今は何も着ていないから余計に冷えやすいだろうし、少女が寒くないように手持ちの中から上に掛けられそうなものを幾つか追加で掛けてあげて、彼女を見守った。
俺の外套や替えの服でも無いよりはマシ。いくらかは保温出来るはず。
あと出来ることと言えば、彼女の回復力を信じることくらいしかない。
宿で出された食事を俺一人で食べ、夜が更けても起きる気配の無かった少女の傍で、床に横になった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝になっても少女は眠っていた。
気持ち、顔の赤みは和らいだ気がするが、相変わらず呼吸は荒いままだ。
宿にもう一泊頼めないだろうか。そう思案していた時、漸く少女が薄っすらと目を開けた。
「大丈夫?」
少女は俺の声を辿って、こちらに顔を動かした。
一瞬、誰なのか分からず困惑した、という感じの表情をされたが、すぐに思い出せたようで安堵の表情へと変わる。
良かった。「キャー、誰かー! この人、変なんです!」などと叫ばれた日には、顔を白塗りにして“変な〇じさん”の踊りをやらなければならないところだ。
それは冗談だが、状況的には周囲の人から変質者と勘違いされてもおかしくはなかったから、マジ助かった。
「うん。前にもいっぱい食べたときに、こういうことあったけど、何日かジッとしてたら治ったから大丈夫」
気丈にも、彼女はそう答えた。
前は独りきりで乗り切ったのか。苦しかったろうに。
「今回は俺が傍にいるから、安心していいよ」
そう言った俺に、少女が不思議なことを言ってきた。
「ありがとぉ。それに、女の人も付いててくれて温かかったよ」
女の人? 誰のことだ?
もしかして、俺が出ている間に宿の人が看ていてくれたのかな? 後でお礼を言わないと。
……あ。それとも熱に魘されて、昔母親か誰かに看病してもらったときの記憶が甦ったのかもしれない。
俺も昔熱を出したときは、家族が果物の缶詰を持って来てくれたものだしな。
『……』
宿の人に、キレイにして新しい服を着せたし、なんとかもう二、三日とお願いしたら、空いているからまあいいよと許しを貰うことが出来た。
やっぱり昨日は、ボロボロの身なりで敬遠されていたようだ。
この店もチップ不要ではあったが、お礼を込めて追加の宿泊費も多めに渡しておいた。
お湯とタオルも頼んでおいて、部屋に戻って後から受け取る。
少女に起きてもらい、自分で体を拭いてもらって、新しい下着や服を渡して着てもらう。サイズは問題無かったようだ。
真新しい服にとても喜んでくれたが、まだ調子が悪いのは明らかなので、買ってきた果物を少しだけ食べさせ、気休めに魔法薬をもう一本飲ませて再び休ませた。
呼吸は少し落ち着いてきた気もするが、油断出来ない。
因みに宿の女の人が看病をしてくれたか尋ねてみたが、誰も行ってないと言われた。やはり昔のことを思い出したんだな。
夜まで付きっきりで看病していたが、俺がいるから良くなるというものでもないし、途中で自分も体を拭き、着替えて食事を摂ることにする。
宿の人に服を洗える場所はないかと聞いてみたら、「料金も奮発してくれたし、そのぐらいはやってやる」と全部洗ってくれた。乾燥の魔法があるらしく、洗い終わったものは、その日のうちに戻ってきた。
奮発した料金のお陰とはいえ、こういう善意はありがたい。
その日は夜に一度目を覚ましたので、果物を少しだけ食べてもらった。
その後は彼女も俺も、ぐっすりと朝まで眠ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
異世界スゲー!と言わざるを得ない。
元の世界だったら、病院に入院して経過観察する必要があっただろう。
アルル様から『寝ていれば大丈夫』とお墨付きをもらっていなければ、俺はずっとアタフタしていただろう。
正直看病疲れもあって朝まで寝てしまい、目覚めてすぐ少女の容体が心配で飛び起きた。
少女も、飛び起きた。
ちょっと意味がよく分からない?
大丈夫。俺もまだ呑み込めてないから。
文字通りなのだ。そのままの意味で、カッ!と目覚めると同時にベッドから跳ねて、飛び起きたのだ。
『魔法薬の効果もあって、これまでにない栄養を体に取り込めたので、かなりハイになっているようですね』
日本だったら、何度も慣らして徐々に食事量を増やしていくとか必要だったと思う。
けど、こちらでは必要無かったようだ。俺の心配など、どこ吹く風。
飛び起きた少女は有り余るエネルギーに歓喜したのか、部屋の中を走り回っていた。
「凄いの! こんなの初めて! 昨日までが嘘みたい! ひとはこんなにもうごけるものだったんですね、しかしながらあまりのぱわーにそらでもとべそうです!!」
あー、うるさい。
空は飛べないから、窓から飛び出そうとはしてくれるな。
元気になったのは喜ばしいんだが、俺にはもう制御不能だ。
ドタドタドタ、ドン!
バン、バン、バン!
ズッドーーーーン!!
ガチャリ。
「お客様」
……まあ、当然そうなるよね。
二人して宿のロビーで正座で説教だよね。
「元気になったのは良いことですが、他のお客様のご迷惑になりますので、静かにせんかボケ!」って雷を落とされるよね。
他の客が通る中、俺たちは暫くの間、正座のまま見世物にされたのであった。
みんな、クスクス笑わないで。
元気になってくれて良かったです。
飢餓からの回復については、あまりリアルにも出来ないので、食べ過ぎに近いものとしてみました。
現実にはもっと深刻らしいですが、それだと書き切れないのでファンタジーということでご了承願います。
次話は明日の午前中に投稿予定です。よろしくお願いします。




