第183話 超速移動
本日もよろしくお願いします。
「さてと……」
町へと戻った俺たちは、宿に入るといつものように日課を熟していた。
だが今日は、イチのマナ操作の日課に、俺も他の二人も興味津々だった。
なにせ、目の前でやっているのが「中位ランク魔法」のためのマナ操作なのだから。
(そ、そんなに見られたらやりにくいよぉ……)
おっと、イチに嫌がられてしまった。
なら仕方ない、自分の方の日課に戻ろうか。
「そうよ、咲也さん。イッちゃんが照れてるでしょ?」
「ご主人様の熱いまなざしは、キュンと来るッスからねぇ……」
「え!? 俺かよ!?」
三人に見られたからだろ?と思っていた俺の予想を裏切り、彼女らがジッと見ていてもイチは大丈夫みたいだった。
本当に俺が原因だったのか。俺も普通に見てただけなのに……。
その後、チラチラと横目でイチのマナの流れを見つつ、自分の日課を行う。
ひと通りが終わると、続いてポイントカードの操作に移った。
今日は四十体も封印したから、減っていたポイントもある程度戻っている。
でも、今回は使わずに貯めておくとしよう。
封印したモンスターから得たスキルだけを取得し、ポイントカードの操作を終える。
『今回も累計ポイント報酬が二回分ありますが、どうします?』
アルル様から、いつものように声が掛かった。
最近は累計ポイントの千ポイント毎のラインも、超えるのが早くなったな。ありがたい。
少し考えながらアルル様と相談した結果、今回は上位スキルの解放なども無いようなので、モモに俺と同じ魔法の靴をプレゼントすることにした。
俺と同じように歩くなら、消耗具合も同じようになるだろうからな。
「え? こんな物、どこで……?」
「え? あ、いやー、えっと……」
「モモさん? 咲也さんなんだから、気にするだけ無駄よ。黙って受け取っておきなさい?」
「……それもそうッスね。ありがとうございました。このお礼は今夜、ベッドの中でお返し……」
「いらん。今夜も「エロいこと禁止」ね」
「そ、そんなぁ……」
てゆーか、ココナの俺の扱い……それってどうなの?
しかしながら、無償ではまたモモが恐縮してしまうので、この世界の薬草などの知識を少し伝授してもらうことにした。結構詳しいみたいだしね。
「じ、自分、ただの村娘なんで大したことは無いッスけど……」
そう謙遜するモモだったが、聞いてみるとなかなかのものである。
これは、次の冒険者ギルドでの依頼受注で役に立ちそうだ。
イチとココナも真剣に聞き入ってるし、ギブアンドテイクとしては充分だろう。
「あ! なら、もう一つの方は……」
「もう一つ?」
「おっと、こっちの話。スルーして?」
つい、呟いてしまった。
気を取り直して、もう一つの報酬は、以前貰った日本産の上質タオルのセットをお願いすることにする。
しかも、前回よりさらにワンランク上の高級品だ。
フェイスタオル、バスタオルを各三枚ずつ、イチとココナの二人にプレゼントさせてもらう。これで公平だろう。
「こ、この世界でこんな良い品と出会えるとは……」
(ココナちゃんの中にあるやつにも引けを取らなそうだね?)
「イッちゃん、シーッ!」
(あ、ごめん。ますたー、今の聞かなかったことに……)
「……OK」
(ありがとう♪ ボク、自分専用のは持ってなかったから、すっごく大事にするね?)
「わ、私もよ。プレゼントなんて、久し振りだわ……」
「二人とも、使ってね? このあと飾り出しそうな感じだけど……」
それより、なんか色々と口を滑らせているよ?
まあ、今日は俺もだったから、おあいこか。
因みに二人もお礼をと言ってくれたのだが、イチには今度中位ランクの魔法のコツを教えてもらうことにし、ココナにはマグカップのお返しを貰った。
イチはともかく、ココナは何故こんなの持ってるの? マイカップにちょうどいいけども。
そうして全員が幸せになれたところで就寝となった。
今夜も広めのダブルベッドで、四人揃っての就寝だ。なんかいいな、こういうの。
「うへへへへ……ご主人様ぁ~」
……今のは寝言だろうか?
以前と違って幸せそうではあるが、毎晩「エロ禁止」の命令が必要だな、これは。
モモ、実は意外と初心だから、必要無さそうな気もするけど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌、新・異世界生活六十二日目。
今日はいよいよ、次の町へと向かってみることにした。
朝から冒険者ギルドに寄って揶揄い上手の受付嬢さんに挨拶をし、掲示板をチラッと見てギルドを出た。
以前に見た「スプリガン偵察」の依頼書が無くなっていたのは気になったのだが、騒ぎになっていないところを見ると、無事に達成されたってことなんだろう。
次の町に到着後は、そこを拠点に南の盆地や東の山々などを探索してみようと思っている。
それこそスプリガンとかいうボスモンスターもいるようだし、近付きはせずとも周辺の状況などは見ておくべきだろう。
今回は接近するつもりなど無いものの、ボスモンスターという存在とはいずれ相対することになるかもしれないのだし。
「で? 今回はどうするの? 野営?」
そんなココナの問いかけに、首を傾げる。
前振りの無い唐突な質問だったというのもあったのだが、それが次の町までの移動のことを指しているのなら、いつも通りに駆け抜けたら良いのでは?
聞いた感じだと、前に北東の町から北西の町まで移動した時よりずっと短い距離のようだし、あの時と違って《簡易瞬動》が《瞬動スキル》にパワーアップしていることもあって楽勝では?
「前みたいに、とか考えてる? 今回からはモモさんもいるのよ?」
そこで、ハッとした。
そうか、気付いていなかったが、モモがいてはこれまでのようなスピードでは走れないかもしれないのか。
だから、ココナは「どうする?」と聞いてきたわけだ。
「そうか、それは計算に入れてなかったな……」
「も、もしかして自分、足手纏いッスか? ご主人様たちのご迷惑に……?」
ショックを受けるモモに、俺とココナは慌ててフォローを入れる。
そういう意味で言ったわけでは無いが、ちょっと迂闊過ぎたな。
「ちがうのよ、モモさん? 咲也さんが異常なだけで、あなたは普通、何にも悪くないんだってば」
「そうそう、俺が異常……ってコラ! 酷いぞココナ! と、とにかく、モモは迷惑なんてかけてないから、大丈夫だよ。みんなで良い案を考えよう?」
そうして話し合い、三つの案が出される。
1、イチと同じように、ココナの中に入ってもらう。
2、俺が背負って走る。
3、俺がだっこして走る。
「私が頑張って、ご主人様を走って追うというのはどうッスか?」
「それは咲也さんのスピードを見てから言ってもらえる? 四つ目の案、今回は却下ね」
「うん、モモには悪いけど、たぶん置いてけぼりになっちゃうだろうね」
「そんなにッスか!? なら、3の「ご主人様に抱かれる」しか無いッスね……」
「言い方に気を付けて? 「だっこして走る」だから。それだと違う意味に聞こえちゃうから」
たぶん、わざとだろう。
因みに、1が無難だと思ったのだが、意外にもモモの方が拒絶反応を起こしていた。
「申し訳ないッス。せっかくのココナ先輩のお招きなんスけど、まだ狭いところに閉じ込められるのは怖くて……。イチさんの話だと、思うより広いみたいッスけど……」
「うん、狭くなんかないわよ? でも、焦って頑張らなくてもいいんだし、そのうちでもいいわ。今回はなし。でも、いつか遊びに来てね?」
「うう、ココナ先輩の優しさが心に沁みるッス……! きっといつかトラウマを克服して、ココナ先輩にも抱かれたいッス!」
「言い方に気を付けろって言われたばっかでしょ? 「抱きかかえられて中に入れてもらう」ってちゃんと言いなさい。その言い方だと、あなた処女のくせにバイセクシュアルになっちゃうでしょうが? てか、何でちょいちょい私を先輩呼ばわりするのよ?」
「や、やだ、ココナ先輩ったら! 「ココナさんに中に挿れてもらう」だなんて、そんな淫靡なことを言えっていうんスか……?」
「……ッ! ……咲也さん、私はこんな変態を自分の家に招き入れるのは、断固拒否します! なので、1は却下よ! 永遠にね!!」
「ぎゃあ! じょ、冗談ッス! だから本気で睨まないでください、ココナさん!?」
そんなわけで、残るは2か3。
つまり、俺が背負うか抱きかかえるかの違いだ。
だが、抱きかかえるとは言っても、お姫様だっこ? それとも正面から抱き合う形?
…………。
「……今回は試しに、背負って走ってみようか。それで駄目だったら、また次回考えるということで……」
け、決して想像したら恥ずかしくなったとか、そういう理由じゃないんだからね!
違うダス!
「りょ、了解ッス。うう、ご迷惑をおかけするッス……」
そう言って泣き出すモモ。
なお、泣いているのは俺に迷惑をかけてしまうからではない。ココナに未だ睨まれ続けているからだ。
自業自得だがな。
というわけで、モモを背負い、ココナとイチはいつもの定位置で待機してもらい、いざ次の町へ出発だ!
「ご主人様! せめてもの償いに、自分、頑張っていっぱい胸を押し付けるッス! なので、背中でその感触を堪能して元気になってほしいッス! あ、違う方が元気になっちゃったなら、次の町の宿で自分が処理をお手伝い……」
「……正直、男としては嬉しいものではある。だけど、これから人が真剣に走ろうとしてる時にそういうこと言うのは、マジで大減点だね。なるべく気を遣って走ろうと思ってたけど、遠慮はしないから覚悟してね? マジでチビっても知らないから」
「あ、ごめんなさい。自分が悪かったッス。だから、お手柔らかかかかかkkkkk……」
謝罪の言葉が遥か彼方に置き去りになる。
俺が発動した《瞬動スキル》の速さに、モモが凍り付く。
お仕置きの意味も込め、わざと知覚出来る速さに抑えたからな。
こういう意味での手加減だと、逆に怖いだろう?
《簡易瞬動》から《瞬動スキル》にランクアップしたことで、こういう微調整が利くようにもなったらしい。
実践で試せてよかったよ。ありがとう、モモ。
だが、モモが内股を慌ててキュッとしめたのが分かったので、お仕置きは終了することにした。
これ以上やると、俺の背中が生温かさに包まれかねないからな。
というわけで、ここからは普通に知覚不可能な速度に戻す。
それなら、一瞬で一定距離を移動するから怖くは無いはずだ。
《簡易瞬動》の時は調整が利かなかったから、自動的にこの速度だったし。
だが、《簡易瞬動》と違ってクールタイムが無い分、消耗も際限無しである。
連続使用すればするほど消耗具合も加速するため、ある程度のところで使用をストップし、そこからは普通に走って息を整える。
「……わ、私、これからはもう少し大人しくするッス。ご主人様の優しさに甘えて、調子に乗ってたッス……」
ありゃ? ちょっとトラウマになるほど怖がらせちゃったかな?
まあ、モモだし。今夜にはケロッとしてそうだけどな。
その後も繰り返し瞬動を活用し、次の町へとあっさり到着することが出来た。
だが、見積もりが甘かったと言わざるを得ない。町までの距離も大したことが無かったし、《瞬動スキル》の性能が予想以上だったこともあるのだが。
俺たちは二時間も経たないうちに、次なる町へと到着してしまったのであった。
「ありゃ……ちょっと早く着き過ぎたね? 思ったほどでは無かったけど消耗はしたし、今日はもうこのまま宿で休もうか?」
「そ、そうね。私は今回も楽しかったんだけど、約一名そうじゃなかった人もいるみたいだし、そうした方がいいと思うわ……」
そう言われて、ココナの目線の先で地べたに座り込んでいる約一名を見る。
「ブルブルガタガタ……。わ、私、生きてる……?」
「モモさん、なんか可哀想だから、さっきのことは許してあげるわ……」
「……やり過ぎたか。ごめん、モモ」
「カタカタカタカタ……。チ、チビらなかった私を、ほ、褒めてほしいッス……」
……なにはともあれ、こうして俺たちは新たな拠点の町へと辿り着くことが出来たのであった。
さて、明日は何をしようかな~?
「こ、腰が抜けたッス……」
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現在の保有ポイント:
222+777-239=760
(うち、Pバンク:700)
累積ポイント:
68824+777=69601
(次の特典まで399P)
次話の投稿は11月4日の予定です。
どうぞ、よろしくお願いいたします。




