第167話 奴隷商
本日二本目です。
新・異世界生活五十六日目の朝、起床して三人で朝食を摂りながら、俺は今日の予定を相談することにした。
「次の町へ?」
急なスケジュールにもかかわらず、ココナは「昨日迷惑を掛けた詫びもあるから」とOKしてくれた。
それは気にしないでと言ったものの、俺の一方的な提案を快諾してくれたことには感謝しかない。
なお、イチは即答で快諾してくれた。この子は出来過ぎてて、俺、愛が止まらない!
というわけで、宿を出るとすぐに町からも出て、真っ直ぐ西へ向けて突き進むことにした。
それなりに人通りはあるので、《技の王スキル》《地の民スキル》《森の民スキル》とココナの《ナビ》で姿や気配をなるべく隠しつつ、本来の街道から少し外れたルートで《簡易瞬動》を発動させる。
人目が多い時は足音も抑えつつ普通に走り、人目の無いチャンスに簡易瞬動やダッシュで距離を稼ぐ作戦だ。
だが、やはりそう都合良くはいかず、人目のリスクを抱えては快速な移動は出来ない。
以前の川越えの時よりは速いものの、あの時よりも距離が長い分、ロスを抑えなくては間に合わなくなってしまう。
今回は川越えはしなくていいのだが、いくら平地でもこのペースだと――
――と考えつつ約三分の一を踏破した辺りで、右手側に森林のフィールドが見えて来る。
もう少し行くと今度は左手側に川や湖が見えてくるはずなのだが、いっそ水上走行でそちらを走った方がいくらか速い可能性も…………ん? 待てよ?
そこで俺は《森の民スキル》でもって、森の方を走った方が速そうだということに気付いた。
湖の水上を走っているところを誰かに見られると不味いが、森の中ならば姿もほとんど隠せるから万が一人がいても、移動音の主はモンスターだと思うのではなかろうか?
ならばと早速その森へと突入し、「枝から枝へ」、「木々の間を走って」、「樹上を渡って」、など色々と試してみる。
その結果、樹上を飛び移って渡りながら簡易瞬動のクールタイムが終わるのを待ち、《空の民スキル》を使って宙を蹴って簡易瞬動を発動させるのが最も速いと分かり、まるで忍者の如く飛んでは渡り、渡っては飛び、を繰り返した。
直線の平地よりは遥かに遅いものの、人目を気にしなくていい分、かなり速いペースで進めている。今日に限って言えば、これが最も効率が良いな。
樹上を飛んだところで街道からは距離があって見えないし、森のモンスターも流石に気付いて襲って来る暇も無い。
こりゃいいや!
そうして森林の終わりまでモンスターとのエンカウントすら無くノンストップで飛ぶと、着地を決めて街道へと戻った。
あとは普通に歩いても間に合うので、のんびりと町へと向かう。
「こ、これはクセになりそうだわ……! 凄く楽しかった……」
頭上のココナもご満悦の様子。
木を渡り、空を翔けるなんてVRでもない限り体験出来ないだろうから、そりゃ楽しいだろうね。高所恐怖症でもなければ。
だが、こっちは疲れたよ。今日は町に入ったら宿で休ませてもらい、奴隷商には明日向かうとしよう。
森や湖のモンスターも、そっちが無事に片付いてからだ。
辺りが暗くなる前に町へと辿り着いた俺は、宿へ入るとイチとココナに夕食を渡し、そのままベッドへと倒れ込んで眠りに落ちてしまったのであった。
……
翌朝。
目を覚ますと、俺はベッドの上で横になっていた。
掛けた覚えのない布団が掛かっていたので、恐らく二人が掛けてくれたのだろう。
結局、夕食も摂らず日課もせず、朝まで眠ってしまったようだ。
そう思ってムクリと体を起こすと、俺に掛かっていた布団の上で、丸いスライムと大きな巻貝が眠っていた。
いつもはその辺の床で、しかも二人とも巻貝の中で眠るというのに、今日はイチもココナもそのままだ。
もしかして俺を見守っててくれたのかな?
そう思うと、クスリと笑えた。ありがたい。
それにしても、この布団を掛けるのだって小さな二人には大変だっただろうに。どうやったんだろう?
まったく、俺は良い仲間を持ったものだね。
「う……ん? あ、咲也さん、起きたの? おはよー」
(ぷ……る? ますたー、おは……体は!? 大丈夫!?)
「お早う、二人とも。ちょっと疲れただけだから、寝たらすっかり回復したよ。心配してくれてありがとう」
俺が動いたことで起こしてしまったようで、二人も目を覚ましてしまったようだ。
悪いことをしたかな。
「ごめんね? 昨日は私に野営させないように無理して頑張ってくれてたんでしょ? 倒れるように眠ってしまった咲也さんを見るまでそのことに気付かず「楽しかったー」なんて浮かれてるなんて、私、周りが見えてなかったわ」
(ますたー、ボクも同じ。ココナちゃんの貝の中から見てて楽しくて、ますたーが大変な思いしてるの分かってなかったの。ごめんなさい)
二人の心遣いが嬉しくなり、思わず二人を抱き寄せる。
なんて良い仲間を持ったんだろ、俺は。
「二人ともそんなこと気に病んでたの? 俺が一人で無鉄砲に突っ走って、一人でぶっ倒れてただけなのに、考え過ぎだって。でも、ありがとう!」
そんな俺を、イチが抱き締め返してくれる。久々だな、こういうスキンシップも。
一方、ココナはと言うと……茹でヤドカリのように真っ赤になって固まっていた。
「あれ!? ココナ!? どしたの!?」
「お、男の人に……抱き締められしゃった……」
「え?」
そういえば、いつも頭の上に乗せる時に持ち上げたりはしてるけど、抱きかかえたり抱き締めるなんてしたこと無かったっけ。
ついイチと同じようにやってしまったけど、嫌だったのかな?
(ますたー、ココナちゃんはこういうの慣れてないんだと思う。いきなりだったから、ビックリしたんだよ、たぶん)
「そっかー。ココナ、ごめん。人間とヤドカリだからいいかと思ってついやっちゃったけど、嫌ならもうやらないよ。ホントごめん……」
「い、嫌りゃ無いけど……ほへー……」
(ヤドカリ……。そう、だよね。こういうことになるよね、それは……)
イチの呟きがイマイチ理解出来ないが、ともかくココナが嫌なら二度とやらないように気を付けよう。
――――そう思っていた俺に、この後から時々ココナが「人間とモンスター、人間とヤドカリなんだから、も、無問題よ! 慣れるためにも……ギュ、ギュ、ギュッと、してくれなひ……?」と頼んでくるようになったのは、また別のお話……ということに――――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝からひと悶着あり、ココナは複雑な表情のままイチとともに巻貝の中へと引っ込んでしまったが、まあ怒っているというわけじゃないみたいなので、イチに任せることにした。
今までモンスターや動物と触れ合っていてこんな反応をされたことが無かったから、こちらとしても少し戸惑っている。悪いことしたかなあ?
てゆーか、ココナが籠ってても《ナビ》スキルって働くみたいだ。巻貝被ってても誰もツッコんで来ないから。
ともかく、気を取り直して奴隷商とやらに向かってみることにした。
先ずは冒険者ギルドの支部があるようなので、受けられそうな依頼が無いか探しがてら“大魔法使い”の情報も聞いてみて、そのついでで奴隷商の場所も教えてもらえないか探ってみよう。
そうして向かった冒険者ギルド支部では、この周辺の地図とともに多くの依頼が張り出されていた。
この町に向かう途中にあった森と湖、その湖に流れ込む川、その上流のある山々、その他にも、川、河口、海、砂浜、盆地、砂地……などなど、この島全体のあらゆるフィールドに関する依頼が並んでいるようだ。
この町の真南には、岩場や洞窟なんかもあるらしい。
依頼は定番の薬草の採取から護衛、モンスターの討伐、それから鉱物の採掘、釣りや狩りなど食材調達の依頼もある。
変わったものだと、貴族の別宅の小間使いなんてのもあった。
その中に、依頼の難易度を表すチェックマークが四つ付いているものを発見し、それに目を奪われてしまう。
その理由は、依頼の内容が驚くべきものだったからだ。
・山岳地帯に潜む支配級モンスター“スプリガン”の偵察依頼。
注意! 高難易度のため、Bランク以上推奨! 決して刺激しないように!
ザワリと鳥肌が立った。
慌ててその依頼書を手に取ると、受付へと真っ直ぐに向かう。
依頼を受ける気など無いが、一刻も早く詳しい話を聞きたいと思ったのだ。
息吐く間もなく、俺は受付嬢の女性に声をかけていた。
「あ、あの! これって……!?」
「は、はい? …………ああ、スプリガンの偵察ですか? それは定期的に出される偵察依頼なのですが、高難易度ですので……」
「こ、この支配級モンスターって何ですか!?」
「え? そこからですか?」
驚く受付嬢さんに、最近ギルドに入ったばかりだと説明して詳しく教えてもらうと、どうやらモンスターたちを束ねる上位の存在がいて、それを便宜上「支配級」と呼んでいるのだそうだ。
つまりそれは、名前持ちのボスモンスターってことじゃないのか?
それが、この島にいると?
なお、「最近入ったということは、GかFランクですか?」と尋ねられたので、「入ったばかりですが、色々あってEランクです」と答えたらキョトンとされてしまった。
思いも寄らないことに我を忘れてしまっていたが、Bランク以上推奨ならどのみち俺には無理だし、「気になっただけなので」と依頼書をボードへと戻す。
気を取り直して、期間が長く難易度も低めの「薬草採取」や「食材調達」など数件を受けることにし、改めて受付に持っていった。
「先ほどのは、よろしいんですか?」
「え、ええ。すみません。どのみち俺はEランクなので……」
「あら、Bランク以上推奨なだけで、例えFランクだろうと受けられないとは言ってないんですよ?」
「えっ!?」
受付嬢さんは、そう冗談めかしてクスクスと笑っていた。
なんだ、揶揄われただけか。ビックリした。
確かにカメリアさんも「Fランクが高難易度の依頼を受けることも出来る」とは言っていたけど、現実的に考えたら無謀過ぎるだろう。
依頼受注のついでで“大魔法使い”を探ってみたところ、それらしい話は聞くことが出来なかった。
どうやら今回も駄目みたいだな。
一方で、奴隷商の件は大体の場所と雰囲気を聞き出すことに成功し、結果は上々といった感じだ。
この町の奴隷商は、そこそこ真っ当らしい。
「奴隷の扱いもしっかりしているようですし、店主の人柄も奴隷商にしてはマトモらしいですよ。他の国だと奴隷をモノ扱いしたり、客にも横柄な態度だったりするそうなので。うちにもたまに奴隷連れの冒険者が顔を出しますけど、購入後の待遇も良いようですね。お兄さんは……性奴隷でもお買い求めかしら?」
「なんでですか!? 違いますよ!」
とは言ったものの、まだ知らされてないんだよね。
アルル様、違いますよね!?
「まあ、なりたての冒険者の稼ぎで買える価格では無いようなので、頑張って稼いでくださいね。因みに、この通りの先を曲がった奥に娼館もありますから、買えるようになるまではそっちで我慢を……」
「買いませんし、行きません! 色々教えてくれてありがとうございました!」
揶揄い上手な受付嬢さんから逃げるようにギルドを出て、その足で奴隷商を下見に向かうことにした。
それにしても、俺はそんなに欲求不満かなにかに見えるんだろうか?
教えてもらった通りに町を進むと、表通りからは少し離れた所にある異質な雰囲気の建物に辿り着く。
看板も何も無いが、ここが奴隷商ってやつなのかな?
でも、ギルドの受付嬢さんもお高いみたいなことを話していたし、果たして中に入っても購入出来るんだろうか?
そもそも、どの奴隷を……?
「失礼いたします、お客様。何か御入り用でしょうか?」
店の前で考え込んでいた俺に、入口を音も無く開けて男の人が声をかけて来た。
奴隷商人というから北〇の拳の世紀末な人みたいなのを想像していたのだが、そこにいたのはごく普通の紳士的な男性だった。
「ああ、すみません、店の前で。ちょっと人手が入り用で、店を探していたのですが……」
「左様でございますか。それでは、わたくしどもがお役に立てることもあるかもしれませんので、中でお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
そんな会話をしながら、店の中へと招かれて行く。
ちょっとドキドキしたけど、《知の王スキル》を持つ俺にかかればこんなもんさ!
普段、全く使いこなせてないけどな!
次話は10月4日に投稿予定です。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
余談ですが、今夜から「転生したらスライムだった件」のアニメが放送開始されますね。
それ見て元気をもらって、続きを頑張って書こーっと!(宣伝)




