第150話 アイミス
本日もよろしくお願いします。
「そういえば、中はどんな感じ?」
翌日、新・異世界生活三十八日目。
宿屋にて俺は、ココナの巻貝の中で一晩を過ごしたイチに、内部の様子を尋ねていた。
(ぷる? うーんとねー、広くて、橋みたいのがいっぱいあって、お部屋もいっぱいあって、ナビさんがどこでも喋ってて……)
よし、さっぱりわからん!
なんで貝殻の中がそんなに広いんだとか、橋とかナビさんって何!?とか、聞けば聞くほど疑問が増していくわ!
こればかりは聞く相手を間違えたかな?
(あと、一緒にお風呂ってのに入って、ココナちゃんの部屋で体にケショースィっての塗ってマッサージしてもらったの♪)
「……お風呂?」
「イッちゃん、ストーップ!!」
お手洗いに行くと言って貝殻に引っ込んでいたココナが、慌てて間に入って来た。
俺の前からイチをかっ攫って、その勢いのまま部屋の隅へと逃げて行く。
てゆーか、お風呂とか化粧水あんの!? ズルくね!?
「ヒソヒソ……イッちゃん、私の口止めが足りなかったわ。私が悪かった。あのこと以外にも、中の様子とか、中に関することとか、ナビのこととか、咲也さんには話しちゃ駄目! お願い!」
(ヒソヒソ……でも、昨日はあのこと以外は、ますたーにも話したいって言ってなかった?)
「ヒソヒソ……そ、そりゃあ仲間だし、昨日は「素の自分でいいよ」なんて言ってくれたし? お風呂では、「そのうち全部話したいなぁ……」とは言ったわよ? けど、流石にまだ早過ぎるから! 心の準備とか色々……! と、とにかく、話す時は私が直接話すから、イッちゃんは内緒にしててくれないかな? お願い!」
(ヒソヒソ、ぷるん……分かった。ますたーには言わない。ボクとココナちゃんとの秘密だね)
なんか、凄く仲良くなってるなあ。
男一人は疎外感を感じてしまうよ。
まあ、女子の世界には下手に踏み入らない方がいいのはどこでも一緒だろうし、実は《身体強化スキル》があるからほとんど聞こえちゃってるんだけど、黙っておこう。
(ますたー、ごめんなさい。女の子の秘密は、男の人には話せないらしいの。だから、ココナちゃんと……)
「うん、謝らなくても大丈夫だよ。女の子には女の子の世界があるだろうし、俺も無粋に踏み込んだりする気は無いから。ココナがイチにだけでも話してくれるってのは良いことだから、秘密を守って彼女の話し相手になってあげてね?」
(ますたー、いい人! ボク、感動した! ボク、その代わりにますたーに何かしてあげたいな。何でも言って?)
「ありがとう。そう言ってくれるだけで十分だよ。てゆーか、いつも癒してもらってるから、こっちがお礼したいくらいだよ?」
(ぷるぷるっ! ボクの方こそ、ますたーがいなきゃ生きて行けないもん! ボクがお礼を……)
「いやいや、俺が……」
(いやいや、ボクが……)
「はーい! そこまでーッ!」
おっと、いけないいけない。
暴走を止めてくれる人がいるって、良いことだよね。
「二人がラブラブなのは分かったから、その辺にして? 私にも全部聞こえてるから。それより、ごめんね咲也さん。また秘密にしちゃって……」
「良いって。俺じゃなくて同性のイチにだけでも話せるなら、それでOKだよ。逆に、同性同士で話せないことでもあったら、その時は俺を頼ってよね?」
「うん、ありがと。ホントいい人だよね、咲也さんは」
「それほどでも。まあ、普通なら同性には話しにくいことも、イチになら話せちゃいそうだけどさ?」
「ホントそれ! イッちゃんって、本当にモンスターなの? 実は天使とかなんじゃない!?」
「それな! こんな可愛い子、よくぞ仲間になってくれたなって思った! 俺、グッジョブ!」
「ホント、可愛過ぎて……」
「いやいや、マジ天使過ぎて……」
(す、すとーっぷ……!)
おやおや、スライムボディが真っ赤ですぞ?
イチも、流石に恥ずかしくなってしまったらしい。
照れる姿も可愛いなあ。
てゆーか、今の「すとーっぷ」の声、録音して何度でも聞き直したいくらいだよ。
『相変わらずのようで……』
おや、お早うございます、アルル様。
お陰様で、楽しくやらせてもらってます。
『お早うございます、咲也さん。まあ、気持ち悪いのもほどほどに。私はいつでも見守ってますから、彼女たちとの時間を大切に過ごしてあげてください』
え? はい。
ありがとうございます……。
今日は、随分とあっさり引いて行ったなあ。
俺たちに気を遣ってくれたってことかな?
そんな賑やかな朝を終え、ココナを頭に乗せて宿を出る。
流石に賑やか過ぎたのか、「誰と話してたのか知らないけど、もう少しお静かに」と宿の人に注意されてしまった。
そうだよな、俺一人で泊まってることになってるのに、話し声がするんだもんな。
気味が悪いと突っ込んで聞かなかったのだろうが、今度からはもっと気を付けないとな。
「うん? 何? ……え、そうなの? へえ、なるほど、分かったわ」
急にココナが、独り言を言い始めた。
どうしたのかと思ったが、恐らくまた、《ナビ》の声が届いているのだろう。
「咲也さん? ナビが、次からは《ナビ》の機能で部屋から声が漏れないようにするから心配しないでってさ」
おおう、便利だわ。
この《ナビ》ってスキル、かなり何でもアリみたいだな。
ともかく、ありがとうございます。アルル様。
『……いえ、何故こっちにお礼を? お礼なら、ナビさんに直接伝えてください』
え? ああ、はい。
でも、ナビさんって、アルル様のことでしょ?
『いえ、厳密に言うと違いますね。宇ちゅ……いえ、ナビゲーションとしてのナビさんは、他に存在してますよ。少しネタばらしをすれば、私が時々そこに割り込んで、彼女に言伝を与えることがあるというだけです』
「え!? そうだったの!?」
町中で急に独り言を言った俺に、周りからの視線が集まる。
久々の展開に、すごすごとその場を離れた。
「どうしたの、急に?」
「いやあ、それが……」
とは言え、どこまで話していいものか。
それとなく聞いてみるしかないか?
「ココナに神様の声を届けてくれるナビって、神様自身ではないの?」
「へっ? ああ、違う違う。スキルとしての《ナビ》とは……いや、待って。ちょっと、一回整理するから」
「あ、はい」
どうも、彼女も混乱している様子だ。
多分、俺に話せる部分と話せない部分を分けているのだろう。
「……いや、いいよ、台本は。彼には、私の言葉で説明してみるから。ありがとう、ナビ」
そんな独り言を呟き、それから彼女は俺に向けて口を開いた。
「ええと……「ナビ」は、私の脳内にいる存在で、スキル《ナビ》とも繋がってるの。それで……」
「ココナ!? 自分の言葉で話してくれるのは嬉しいけど、本当にそれで大丈夫!?」
「……リテイクでお願いします」
彼女も、自分の言ってることを冷静に見直せたようだ。良かった。
自分の脳内の友達って、それ「イマジナリーフレンド」でしょ?
子供の頃ならいいけども、今もまだいるとなればヤバいって。
「じゃあ、えっと……《ナビ》スキルの中核を担う疑似人格ってことで……どう?」
「いや、どう?って俺に聞かれても……。でもまあ、無理が無いし、それでいい、の……かな?」
「……なんかごめん。それで、そのナビが、スキル《ナビ》の機能とか声を届けてくれる感じ?」
「うーん、ややこしいなあ……」
そんな話をしながら、町を出て北西の湖へと向かう。
今日は、モンスターの生息地の手前で遅めの朝食を摂ってから、進むつもりだ。
そんなわけで、イチも加えて食事をしながらその話題について引き続き話していると、うちのアイドルさんがこんな意見を言い出した。
(「ナビ」って名前とは違うんでしょ? なら、ナビさんに呼び名を付けてあげたらどうかな?)
「ハッ!? なるほど! それ、採用!」
「え? いいの?」
「何が?」
「神様から貰ったスキルの人格に、勝手に名前付けたりして」
「ああ、えーっと……呼び名だからOKよ! さあ、何にしようかな♪」
軽いなあ……。
まあ、確かに呼び名ならいいのか。
そういうことになり、三人でナビの呼び名を考えることにした。
……
そして――――
「……うん、これで決定! ナビの呼び名は、「アイミス」に決まり!」
(わーい。よろしく、アイミスさん)
「よ、よろしく、アイミスさん……?」
俺だけ、蚊帳の外っぽい。
なんでも、イチはココナの貝殻の中で、ナビさんとやらと話をしたことがあるのだそうだ。
直接面識が無いのは、俺だけだった。
それはともかく、ココナの知っている他言語とやらでココナの好きな花の名前を表すらしく、さらに俺の前世でも「アイミスユー」が こうこうこんな意味だと説明したことが、最終的に決定打となった。
前世と言うのは伏せて、故郷の方言だと説明したけどな。
……苦しい。
とにもかくにも、当人がどう思うかはともかく、スキルを《ナビ》、疑似人格のナビさんとやらを「アイミス」と呼ぶことにしたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今日から仲間になった、スライムの「イチ」ちゃんよ。外にいる「咲也」さんも仲間よ、ナビ」
(よろしく、ナビさん♪)
「イッちゃんが、よろしくだって。ナビ」
〖よろしくお願いします。イチ。当惑星の原生生命体「イチ」を、臨時乗員として生体登録しました〗
(わーい、ありがとう。ナビさん)
「イッちゃんが、ありがとうだって。ナビ?」
〖ナビゲーションシステムとしての機能です。感謝は必要ありません、イチ〗
(よく分からないけど、それでもありがとう、だよ。ナビさん♪)
「それでもありがとう、ナビさん♪だってさ。ナビ?」
〖ご厚意に感謝します、イチ。本船の一部機能が「イチ」にも開放されています。どうぞお寛ぎください〗
(いっぱいありがとうだよ、ナビさん!)
「いっぱいありがとうだよ、ナビさん!だってさ?」
〖……ボソッ〗
「え? ごめん、聞こえなかった。もう一度」
〖……いえ、良い一日を。カミナ、イチ〗
「ええ、ありがとう、ナビ。それと、今度からは私を「ココナ」と呼んでちょうだい。登録名はそのままでいいから」
〖要望を受け付けました。登録名「カミナ」の通称を「ココナ」とします〗
「ありがと。それじゃ、イッちゃん。お風呂に行きましょう?」
(おふろ?)
「ええ、知らないなら私が教えてあげる。それと、私の実名が「カミナ」ってことと、本当はこういう姿の人間だってことは、絶対誰にも言わないでね? イッちゃんだけ――――」
…………
この時のナビが、思わず「……カワイイ」と呟いてしまったことを、二人は知らない。
高度な文明により生み出されたシステムの疑似人格が、神のハッキングの影響で変化の兆しを見せ、この翌日に“呼び名”を与えられたことで疑似では無い人格を獲得することになろうとは、誰も知る由も無かった……。
……いや、神のみぞ知る、か。
ナビゲーションの「アイミス」は、基本的には主人公とは関わりません。
スキル《ナビ》の仲介役などでのココナのサポートや、宇宙船内のパートでのみ登場する準レギュラーの予定です。
今後の通常パートでもアイミスの声(〖~〗)が出ることがありますが、それはココナにしか聞こえてない設定にするつもりでいます。
今日は間もなくもう一本投稿します。




