第13話 さよならバーバム
『すみませんでした。まさか咲也さんがチップの文化を使いこなすなんて想定外で。伝え忘れていました』
「絶っっっ対、嘘だ! あと使いこなせてないから、こうなってるんですが!?」
道行く人の目も憚らずアルル様に叫んでいた。
これで利用出来る宿屋は、残り一軒となってしまった。
『まあ、普通にチェックアウトしていたらこうなっていなかったので、自業自得ですが。変に見栄を張るからですよ。恥はかき捨て世は情けと言いますが、知識も経験も足りてないのに背伸びばかりするから失敗するのですよ。こういう痛みを伴った経験は、いい薬になるでしょう?』
「うぐっ……。 じ、自業自得ですよ、どうせ! 俺が悪いで……」
『ほら、少し落ち着いて下さい。引っ掛けで言った“恥はかき捨て世は情け”すら気付いてないじゃないですか。正しくは“旅の恥はかき捨て”と“旅は道連れ世は情け”ですよ。そんな状態だとまた失敗しますよ』
「うっ」
確かに、恥ずかしさでちょっと冷静さを欠いていたか。
人通りもあるのにアルル様と普通に会話しちゃってた。そんな小難しい引っ掛け、普段でも気付けたかは怪しいのだが。
自業自得はその通りで、調子に乗って失敗してるのは本当のことなのに。
『その素直なところは咲也さんの美点でもありますね。私は凄く好きですよ』
ありがとうございます。もう落ち着きました。
“旅の恥はかき捨て”も“旅は道連れ世は情け”も、今の俺にはちょうどいいメッセージですね。
『いいえ。ちょっと意地悪かも知れませんが、こういう失敗は全て防ぐよりも、経験させた方があなたの身に付きますから。申し訳無いとは思っているんですが』
アルル様……
『ふふっ』
アルル様……
……ところで本音は?
『いやーこんな笑えること、防いでしまうなんて勿体無……んんっ、本音とは何のことです?』
いや、隠せてませんから! 九割言っちゃってますから!!
そうやっていつもの感じで巫山戯合いながら、俺は保安官さんのところへと向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「駄目じゃないですか! 黙って宿を変えたりしたら!」
保安官さんの下を訪ねると早速、こっ酷く叱られた。
仮証とは、あくまで仮。それだけ持ってうろついていても、いざという時には役に立たないんだそうだ。
仮証を発行した人の署名入りの手紙を添えて、初めて十分な証明となるらしい。
なので、この町の中でなら保安官さん本人が滞在しているからいいものの、手紙を受け取らないまま旅立っていたら大事だったらしい。
昨日、手紙を準備して宿を尋ねたら俺がいなくて慌てたそうだ。
申し訳ありません。
「まあ、ちゃんと説明しなかったも悪かったし、宿を変えた事情は宿の人から聞いたし、北の宿からも仮証提示で泊まっていることの報告と確認に来ていたから居場所は分かっていたし、いいんだけども」
事情……。
どんな内容を聞いてしまったんだろう?
それより、北の宿屋にも手間を掛けさせる羽目になってしまっていたのか。
あっさり泊まれたから大丈夫なんだと思い込んでしまっていた。
本当に申し訳ありません。
「ごめんなさい。うっかりしていました」
「全く、君はうっかりが過ぎるようだね。もう少し慎重に行動しなさい。この短期間に、失敗が多過ぎると思うよ?」
その言葉にドキッとした。
この人、どこまで知っているんだろう。
初日の件は大自然トイレの濡れ衣含め、全て知られているよね。
西の門前宿の件は何て聞いたのか怖いところだが。
まさか、今朝の北の宿の件まで全部……!?
いやいや落ち着け、俺。
あれはついさっきだから、知りようがないじゃないか。
後で伝わるだろうけど、その頃には俺はこの町にはいないから大丈夫だ。
想像しただけで恥ずかしくて死ねるけど、きっと俺は大丈夫だ。
「まあ、大変な思いをして疲れもあっただろうから仕方ないとして、今後は気を付けてちょうだい」
おお、器の大きい人だ。ありがとうございます。
その後、出身の島のこと、船旅のこと、港からこの町までの道中のことなど聞かれたが、上手く切り抜けた。アルル様が。
全知全能の図鑑からリアルタイムに、しかも俺にしか聞こえない声で助言を得られるのだから、失敗しようがない。
これまでの経験から、余計なことを考えたりしなかったのも功を奏したのだろう。
体感時間で三十分程度は話していたと思うが、聞かれたことには問題なく答えられたし、疑われたりはしないはずだ。
「うん、問題は無いようだ。船の日時との矛盾も無いし、嘘はついていないな。これなら仮証を持って旅してもらっても構わないよ」
嘘しかついていないのに、完全に信じてくれている。神様って怖ーい。
保安官さんは書類に記入を終えると、俺に署名を求めてきた。
これって実名の日本の名前で書いていいのかな?
『《翻訳スキル》が仕事しますから、普通にサインしてください。元の世界と同じように漢字で大丈夫です』
そう言われて、漢字で「春野咲也」とサインする。
保安官さんはそれを確認し、「綺麗な字だね」と褒めてくれた。
一体、どんな風に見えているのやら。
書類を奥の棚の引き出しにしまうと、代わりに手紙を持って来て俺に差し出した。
「これが署名入りの手紙だ。仮証の証明書みたいなものだから、絶対に無くさないように。それと《保護》の魔法が掛かっているから、濡れたりしても大丈夫だし、あと中身の書き換えは出来ないから」
《保護》の魔法というのは、重要な文章などを改竄出来ないようにする魔法なのだそうだ。
その副次効果によって、防塵防水という現代日本人も羨ましがる効果も付与されているのだとか。
便利だし、いつか俺も使えるようになりたいな。
手紙を受け取って漸く町から出る許可を得られた。
因みに手紙無しで出ようとしても、二か所ある門の門番さんが必ず止めるので、結局は大事にはならずに済んでいたようだ。なーんだ、良かった。
考えていることを見透かされたのか、保安官さんが念を押すようにひと睨み利かせてきた。
気を緩めず、ちゃんと反省しろってことですよね。
分かってます。すみません。
保安官さんに隣町に向かうことを伝えると、定期便の乗合馬車もあるよと勧められる。
それ以外では徒歩で向かうか、割高の少人数用乗合馬車を何人かで割り勘で借りるしかないそうだ。
俺なら一人で借りても痛い出費とはならないのだが、そんなことをしたら悪目立ちして危険なのは流石に俺にも想像がつくので、黙っておく。
「君は一人では危なっかしいから、乗合馬車の方がいいだろうね。キレートレ行きなら、次は確か明日の朝に出るはずだったから、確認しておいて宿を取るといい。西以外となると今日と同じ北でもいいが、乗合馬車は東門から出るから空いていれば東の宿がいいかもね。そこからなら、朝起きてすぐ乗れるだろ?」
さらりと西の宿を除外したことには触れずにおこう。触れても自分が火傷するだけだ。
親切に教えてもらったお礼を言い、再度ここまでのことを謝罪してから保安官さんと別れた。
保安官さんは爽やかに「機会があれば、また遊びにでも来るといい」と言って見送ってくれた。
姉御肌って、こういう人のことを言うんだろうな。
……さて、これからの予定だが――――
『次の町までは二十キロ弱です。今からなら、ギリギリ到着出来ると思います』
――――俺の考えなどお見通しの女神様。流石でございます。
今夜一晩宿泊したりすると、恐らく俺の醜態は広く知れ渡ってしまうだろう。
明日の乗合馬車に乗る頃には乗客でも既知の人がいるかもしれない。
今はまだ知らずにいる保安官さんや門番の人たちにも伝わるかもしれない。
すると、明日の朝にどういう状況になるのかを想像してみる――――
「ヒソヒソ、あいつだよ。身分証を忘れた挙句、港でビビッて「助けて、ママー!」って逃げ出したっていう奴は……」
「ヒソヒソ。俺は、この町に来る途中で野〇ソした挙句、持っていた地図でうっかりケツ拭いちまって道が分からなくなって迷った阿呆だって聞いたぜ?」
「あら、ヒソヒソ。私は、西の門前宿では部屋で一人で「しゅきしゅき、アルルたーん!」とかヤバい妄想をブツブツ呟いて出禁になり、北の宿では羊の女将さんを子供だと勘違いして「しゅきしゅき、ひつじたーん」とか言い寄って旦那に放り出されて出禁になり、遂には東の門前宿でも何かやらかして三宿出禁コンプリートした強者だって聞いたわよ?」
「おう、ヒソヒソ。門番繋がりで西勤めの奴から聞いた話じゃ、この町に入った時に、保安官の姐さんを見て興奮しすぎて、鼻血ブーして気絶しちまったらしいぜ? 童貞にしたって童貞過ぎんだろ、ガハハ!」
「……そうか、君はあたしのことをそういう目で見ていたのか。親切にして損したよ。今日は見送りのつもりで来たんだけど、変態罪での現行犯逮捕に変更だ。とりあえず今後は私の半径三十キロ圏内には入らないでもらえるかな?」
――――まあ、こうなるよね?
俺、灰になって死ぬよね?
こんなとこに居られるか!!
俺は隣町へ出立させてもらう!!
さあ、一秒でも早くこの町から逃げ出さねば!!
『想像力豊かですねえ。いくらなんでも考え過ぎですよ。精々、乗合馬車の他の客から白い目で見続けられる程度ですって』
おおーい! 神様が言うと最早確定事項っぽいじゃないですかー!
さっきのは半分冗談のつもりで言ってたんだけど、こうなったら本当に今すぐ出発しなきゃ、だよ。
乗合馬車の車内で胃に穴が開くわ。
『冗談ですって。行くなら止めませんけど、世界一周とは言え、そんなに急がなくても大丈夫なんですよ?』
ふふふ、世界一周かー。
一年後にこの町に戻ってきた時には、「全裸で野グ〇してるところを羊の保安官に見られて指名手配された」ぐらいには噂が大きくなってるかもなー。
ははははははは。
『駄目だこりゃ。おーい、帰ってきてくださーい』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さあ、気を取り直して、出発するとしよう。
漸く正気に戻った俺は、東の門で門番さんに仮証を提示していた。
門番さんには保安官さんから仮証の話が伝わっていたらしく、「ああ、聞いてるよ。仮証と添え状が揃ってあるみたいだし、問題無く通れるよ」と言ってもらえた。
「それより君は徒歩で行くつもりなのかい? この辺は治安が良いとは言っても、一人旅はお勧めしないよ?」
心配はごもっとも。
なんだかんだ優しい人ばかりの町だ。
大丈夫ですとお礼を言って、門番さんに別れを告げる。
とうとう最初の町であるバーバムを出る時が来た。
門から出ると、日は大分高くなっていたが、晴天の空が出迎えてくれた。
名残惜しさも無いわけではないが、これで漸く次の町へ、行く行くは世界一周の旅へと向けてスタートラインに立てたのだから、喜びとワクワクが勝っている。
決して居心地の悪さから逃げ出すわけではないからね?
さっき保安官さんに「キレートレ」という名前を教えてもらったおかげで、「全知全能の図鑑」のマップ機能で表示出来るようになっていた。
解放された町と町の間、ゲームなどで言うところの“フィールド”のマップも一応解放されたようで、次の町までは迷う心配が無くなったのだ。
残念ながら、この近辺は目立った地形や障害物も無いため、このフィールドマップが簡易マップなのか詳細マップなのかは判断しかねるが。
アルル様がこの近辺の町や村の名前を教えてくれたら、一気にマップ解放されて楽なのだが、それは断られた。
『そこまで甘くはありません。自力で聞き込みや書物で調べてください』
ですよねー。そこまでイージーモードなわけないですよねー。
だが、今後の方針というか進み方が分かった気がする。
町や村で次の目的地となる場所の名前を聞き、全知全能の図鑑を活用してマップ検索で出すことが出来れば、そこまでのルートが表示される。
遠くの町だとどう表示されるかまだ未知数ではあるのだけれど、基本はこの繰り返しで最寄りの町村を繋いで旅を続けて行ければ、安全に世界一周出来るのではないだろうか。
「どうでしょう、アルル先生?」
『まあ、及第点を差し上げましょうか、咲也くん』
そんなじゃれ合いをしながらも、足取り軽く次の町へと歩みを進めて行くのであった。
目指すは第二の町、キレートレ。
さあ、頑張るぞ!
次回の投稿は、4月12日の19~22時頃の予定です。
よろしくお願いいたします。




