第115話 初めての封印と初レベルアップ
本日もよろしくお願いします。
自らのフィールドである森を抜けてまで、俺たちを追いかけて来た単眼鼠。
見通しの良い草原では、その俊敏性や奇襲スタイルも活かせないというのに、そこまでして追って来るとは執念深い。
どうも、意固地になっているようにも見える。
(お、俺たちをここまでコ、コケにしておいて、逃げられると思うなヨ?)
威嚇の姿勢で睨む単眼鼠。だが、声は浮ついているし、明らかにビビっているのが分かる。
こんな遮る物の無い場所では、俺たち以外にも鳥や獣などに見付かる危険もあるのだから、無理もない。
いくらモンスターと言えど、体格差のある肉食動物相手では分が悪過ぎる。
……なら、そもそも俺も襲わないで欲しいのだが。
(そ、その手の中のヤツも、仲間とやらにしたのカ? なら、纏めて葬ってやるゼ! か、覚悟しろ!)
あーあ、無理しちゃって。強がりが見え見えだ。
イチを解放してしまったのは失敗だったが、この様子じゃ危険は及ばないかもしれない。
「イチ? 今からあのモンスターと戦うから、離れた所に行っててくれるかい?」
(うん? わかったー。ボク、頑張るー)
何を頑張るのかな?とも思ったが、シリアスなこの場では聞くまい。和むなあ。
イチが離れるのを確認し、これまでと同様に単眼鼠へと声をかける。
「どうしても仲間になりたくて、追いかけてきてくれた……ってわけじゃないよね?」
(ふ、ふざけるナ! 仲間仲間としつこいヤツめ! 何故俺たちが、敵の味方をしなければならんのだ!?)
「人間は、敵なの?」
(そうだ! 人間も、獣も、この世の全て、同類以外は全て敵だ!)
「どうして?」
(どうして、だと? それはもちろん……えーっと……? と、とにかく敵だと決まっているのだ!)
うーん? どうやら、明確な理由があって襲っているというよりは、そういうものだと思い込んでいる節があるようだな。
いや、あるいは、思い込まされているのかもしれないが。
これが、ボスモンスターの影響ってやつか。
(もちろん、お前の仲間になった、そいつらもな!)
俺の手の中で魂の抜けかかっているコウモリは、まだ仲間になっていないどころか交渉前なんだけど、勘違いされてしまっているみたいだ。
どこの世界に、仲間を握ったまま短剣を構える人がいるというのだろう?
そこで、ふと背後のイチの気配を探ると、ちょっとおかしなことになっているのに気付く。
あれ? なんで、そんなところに……?
え? ちょっと待って?
まさか……?
俺が単眼鼠との話に気を取られていた隙に、イチは奇妙な移動ルートを辿っていた。
その向かう先は想像が付く。
だが、今から声をかけてしまうと、逆に危ない気がする。
万が一の時はすぐに動けるように、ジリジリと単眼鼠との距離を詰めて行く。森の中とは真逆の立場だが、単眼鼠は怯みこそすれ、決して逃げようとはしない。
意地になっているとはいえ、この体格差で立ち向かえる勇気、そこだけは感服する。
俺だったら、そのサイズ比の巨人と相対したら、即逃げるに決まってる。間違いなく。
単眼鼠も覚悟を決めたのか、一層体を低く構え、俺との交戦の一瞬に備えた。
もう、いつ動き出してもおかしくない状況となり、緊張がより一段と高まり――――
ぷるるん!
(……は? え?)
――――そんな中、ぬらりと覆い被さったスライムに、単眼鼠は呆気に取られていた。
何故か、彼の背後からイチが忍び寄っていたのだが、途中まで俺にも予測出来ない事態だった。
離れててと言ったはずのイチは、どういうわけか単眼鼠を取り押さえるまでに至ったのであった。
(え? いや、ちょっ……何!? は、放せ! 卑怯だぞ、お前ら!)
「いやあ? 俺にも何が何だか……」
(これ、食べて良い?)
「食べちゃ駄目だよ。我慢しなさい? でも、そのまま押さえててもらえると助かるよ」
(わかったー)
(食べ……!? いやあーーーーっ!? 放せ! 食べないでえーー!!)
緊張の糸が切れたのか、一気に感情を爆発させて泣き叫ぶ単眼鼠。さっきまでの威勢は、何処へやら。
でも、突然スライムに包まれて「食べる」なんてワードを聞かされたりしたら、そりゃ怖いだろうな。
非力なイチ相手だが、どうやら逃げ出せないみたいだし、今度こそ終わったようだ。
イチは、俺の「戦う」という言葉を「(俺とイチとで)戦う」と受け取り、「離れた所に行って」を「離れた所に行って(挟み撃ちにしよう)」と捉えていたらしい。何故そんな誤解を?
でも、それで「頑張る」って言ったのか、と納得出来た。
知性が低いと思っていたけど、こういう判断力は優れているみたいだ。仮にもモンスターなのだし、転生前の何かしらが残っているんだろうか?
……あれ? もしかしてイチって、潜在的には俺より頭がいい?
そんな悲しい現実は一旦頭の隅に追いやり、念のため、森を含めた周囲一帯を目視と気配察知で確認し、安全を確かめる。
流石にこの単眼鼠以外のモンスターたちは、応援に駆け付けたりはしないようだ。薄情にも見えるが、生物としてはそれが普通なんだろう。てゆーか、自己防衛?
安全が確かめられたところで、改めて単眼鼠、それからコウモリ型モンスターとの交渉を始めさせてもらう。
「さて、これで雌雄は決したよね? それじゃあ、仲間になるかどうか、答えを聞かせてくれるかい?」
(ひいぃ!? ノーと言った瞬間、溶かされて食べられるのか!?)
「いや、そんなことは……」
(ぷる? ……じゅるり……)
「イチ、止めたげて?」
スライムであるイチの言葉、もとい意思は単眼鼠には伝わってないはずだから、知らぬが仏だね。
だがしかし、やっぱりイチって悪食っぽいよなあ……?
「答えがノーでも、その子に食べられることは無いよ。だから、正直な気持ちを答えてくれればいいさ」
(そ、それなら答えはノーだ! 何度も言ってるように、人間の仲間になどなれん!)
ありゃあ……これは仲間にするのは難しいか?
なんとか助言をもらえないかと、全知全能の図鑑を取り出し、アルル様に助けを求める。
教えて、アルル先生!
『はぁーい! さっきぶりの登場、アルル先生ですよー? 辞書機能を付けたのにまた呼んでもらえるだなんて、アルル感激っ!』
ノリノリだ……。
だって、辞書じゃ分からないでしょう? こういうのは。
『そうですね。でも、助言を求められたとしても、どうすることも出来ないというのが正直なところですけどね』
え? アルル様でも駄目なんですか?
『駄目と言うか、仲間として特殊封印出来るのは、本心でそう思っている場合のみの稀なケースですので。そこのスライムのように未熟な場合を除けば、自我が確立していて人を襲うようになったモンスターでは、まず無いですよ?』
ということは、この単眼鼠を説得し続けても、難しいんでしょうか?
『難しいというか、不可能と言った方がいいと思います。説得や脅しで心変わりしたように見えても、本心からでないと特殊封印は成功しませんから。そう言う意味で、そのコウモリのように怯えて「もう、どうにでもして」みたいな状態でも不可能ですね。なので、諦めて通常封印してしまってください』
あらあ? コウモリちゃんも駄目なのか?
そりゃ、身動き取れずにずっと握られてて、「仲間になれ」なんて言われたら「はい」と答えるしかないよなあ。完全に、まな板の上の鯉状態だもの。
ほぼ脅しと変わらないか。
『さっきも言いましたが、封印は殺すとか滅するのとは違い、一時避難に近いものですので。可哀想に思うかもしれませんが、彼ら・彼女ら自身のためにも決断してください』
……神様がそう言うのであれば、諦めて封印するしかないか。
時期が来るまで休眠させるなんて不憫に思うが、アルル様の言うことなら間違いないだろう。
女神様を信じて実行しよう。
《怪物種封印スキル》使用!
最初は、身動きの取れなくなっている単眼鼠からだ。
イチの時と同様、俺を包む光が単眼鼠へと伸び、彼を包み込んだ。
(なっ!? 何だこれは! 俺に何を…………あれ? なんだか、心地良くて、フワーっと……)
光に包まれた単眼鼠は、段々と穏やかな表情へと変わり、それと同時にその身体が薄れていき――――
(あれ? ねずみさん、消えちゃった?)
――――その姿を、消した。
光が俺の方へと戻り、一瞬輝いて消えると、例のメッセージが俺の下に届けられた。
【《怪物種封印スキル》を使用しました。〔単眼鼠〕の封印に成功しました】
【自己領域の残量は99.99%以上です】
どうやら、無事に成功したみたいだ。
初めての戦いの宿命の相手は、こうして長き眠りへと就いたのであった。
……
それなりに消耗はするようで、ドッと疲れた感じがする。
これは、森の中で使わなくて正解だった。逃げられるものも逃げられなくなってただろうな。
だが、今はもう一体残っている。頑張って、もう一度行わなければ。
そう思い、手の中で虚ろな目をしているコウモリ型モンスターに向け、再びスキルを発動させる。
《封印スキル》使用!
すると、俺を包む光が手の方に集まり、コウモリ型モンスターを包み込む。
(な、何!? …………あれ? もう、怖くなくなって……なんだか温かく……)
手の中の彼女の姿が徐々に薄れ、フッと消えると、彼女を掴んでいた感覚が無くなった。
手を開くと、そこには何も残ってはいなかった。
【《怪物種封印スキル》を使用しました。〔森蝙蝠〕の封印に成功しました】
【自己領域の残量は99.99%以上です】
こちらも、無事に成功したようだ。
たった二体だけでも、かなり疲れた。これはもっと鍛えないと、多用出来ないぞ?
ましてや戦闘中に使用するとなれば、今の俺では難しそうだ。
それなりに強くなったつもりだったし、今回の戦いで少し自信も付いたつもりだったんだけど、まだまだのようだね。
独りでそんな反省をしていた俺に、再びメッセージが届く。
それは、この世界に来てから初めてとなる、そして待望の内容だった。
【〔春野咲也〕のレベルが上がりました】
【ステータスが上昇しました】
【各種補正率が修正されました】
【スキルランクの上限が上方修正されました】
【スキルランクに変化はありません】
【特殊スキルの解放条件は満たしていません】
【領域が拡張しました。自己領域残量が再算出されました】
【自己領域の残量は99.99%以上です】
ついに、転生後初となるレベルアップを成し遂げたのだ。
それは、どうやら俺だけではなく――
【特殊封印による経験値移譲が行われました】
【〔ステムセル・スライム〕のレベルが上がりました】
【ステータスが上昇しました】
【各種補正率が修正されました】
【スキルランクの上限が上方修正されました】
【スキルランクに変化はありません】
【特殊スキルの解放条件は満たしていません】
【領域が拡張しました】
【種族スキルが解放されました】
【《分化》《初期化》を取得しました】
――なんと、仲間にも経験値が分配されるようだ。
これで俺もイチもレベル1から2へと上がり、少しだけ強くなったのではなかろうか。
【〔春野咲也〕は《怪物種の友達》の称号を獲得しました】
【〔春野咲也〕は《怪物種を封じる者》の称号を獲得しました】
【〔春野咲也〕は《不殺の誓い》の称号を獲得しました】
しょ、称号!? そんなものまで!?
連続して届いたメッセージに困惑しつつも、初戦闘の成果を称賛されたようなその声に、嬉しさを覚えた。まだまだだな、と反省していた俺を励ましてくれたようにも感じてしまう。
メッセージが終了し、今度こそ本当に終わったんだと実感を得て、再び胸を撫で下ろした。
(レベルアップ?)
どうやら、イチ関連のメッセージはイチ自身にも聞こえたらしく、彼女も少し困惑している様子を見せた。
初めての仲間として、イチとも話しておくべきことが沢山ある。
先ずはバルバムの村へ向かい、宿で休息を取ろう。それからゆっくりと話せばいい。
そう思い、イチを抱え上げ、村へと向けて歩き出す。
こうして、俺の初戦闘、初封印、そして初レベルアップという一連の出来事は、漸く幕を閉じたのだった。
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現在の保有ポイント:
300+150=450
(うち、Pバンク:0)
累積ポイント:
54038+150=54188
(次の特典まで812P)
名前 [春野咲也]
レベル [1⇒2]
称号 [怪物種の友達]
[怪物種を封じる者]
[不殺の誓い]
次話は7月……は終わりですね。8月2日の夜の投稿予定となります。




