第114話 初めての戦闘
本日二本目です。
前方に立ちはだかる二匹のモンスター。
見た目から想像は付くのだが、念のため鑑定してみる。
▶ゴブリン
名前 [なし]
種族 [モンスター
〔ゴブリン〕]
レベル [5]
スキル 噛みつき、引っ掻き、器用さ上昇、奇襲
所属 [鑑定失敗]
思った通り、ファンタジーの定番とも言える、ゴブリンだった。
黄緑色の肌、尖った鼻や耳、小柄な体躯。凶悪な牙さえ無ければ、森の小人さんとでも呼べそうな姿をしている。
出会い頭にいきなり「仲間になってください」と言ったら、怒るだろうか?
「ゲギャ!?」
「グギャギャギャ!」
何も言ってなくても、怒ったようだ。
そりゃそうか。モンスターだもんね?
急停止し、二体に向かって《翻訳スキル》で話しかけてみる。
「ま、待って! 不躾で申し訳無いんだけども、俺の仲間になってくれないかな?」
(何!? 俺たちと会話が出来るのか!?)
(だが、言っている意味がさっぱりわからん! お前、馬鹿なの?)
早速失礼な。だが、その通りだ。
一応話は聞いてくれそうなので、単眼鼠に言ったのと同じように、説明を試みた。
この二体がここで仲間になってくれれば、かなり心強いんだが……。
……
(だってさ? おい、どうする?)
(とりあえず、殺して食おうぜ!)
(だよな! よし、殺っちまおう!)
「ですよねー!」
くっ! 交渉決裂だ! 分かってはいたけどね!
確か俺、《交渉スキル》とか持ってなかったっけ? 仕事してください、スキルさん。
だが、きっと俺の自力が低いせいで、スキルが働いてコレなんだろう。残念。
悠長に交渉を続けられる余地も無さそうなので、短剣を構えて間合いを取る。
相手は二体だが、動きさえ見切れれば擦り抜けるチャンスはあるはず。
だが、睨み合う俺たちの膠着状態を崩すかのように、背後から複数の気配が近付いて来るのが分かった。
マズい。さっきの岩亀か、単眼鼠たちが追い付いて来たのかもしれない。
ちょっと、時間をかけ過ぎたか……?
(ギャギャッ! 殺す殺す!)
一瞬背後に気を取られた隙に、ゴブリンたちが間合いを詰めて襲い掛かって来た。
それでも、ゲームや漫画のゴブリンのように棍棒やナイフなどの武器を装備しているわけではないし、動きも十分見切れる。
この森のモンスター全員が持っていたスキルの《奇襲》から想像が付くのだが、彼らは奇襲をかけるのが基本で、こうして相対して戦うとそれほど強くないのかもしれない。
修業と制限解除、各スキルで強化され、《武具親和スキル》で短剣の扱いも以前とは見違えるほどに上手くなっている今の俺は、それなりに戦えるようだ。
その気になれば、多分……目の前のゴブリン二匹なら簡単に仕留められると思う。思い上がりではなく、本当に。
この世界は、元の世界のように甘くない。
モンスターたちはこちらを殺しに来てるし、殺らなきゃ殺られる場面だって訪れるかもしれない。
こういうお話のセオリー通りなら、早めに命を奪うことに慣れておくべきだから、今は絶好のチャンスなのだろう。
だが、駄目だ。殺すのは、例えモンスター相手でも嫌だ。
折角封印という手段を得られたのだから、俺は俺のやり方で生きて行きたい。
散々ゲームみたいだとか漫画ならどうするとか考えて来たが、これは現実。俺の現実。
俺が後悔しないようにしなければ、ここにリセットボタンは無いのだから。
(コイツ、すばしっこい!? 当たらない!?)
(は、早く死ねよ!)
例え、このモンスターたちが人間の敵だとしても、だ。
本当に敵でしかないのか、憎み合って殺し合う道しかないのか。それを見極めるまでは、俺は甘ちゃんのままでいい。
少なくとも、イチの存在が「そうとは限らない」という可能性を示してくれているのだから。
足掻けるところまでは、精々足掻いてみよう。
縛りプレイも無理ゲーも、女神様が付いてる俺なら、やれそうな気がする。
これはゲームじゃ無い。だけど、それならゲームよりも上手くやることだって可能なはずだ。
ゲームなら開発者次第で「出来ないこと」も多いだろう。けど、この世界なら開発者はいない。
全てが俺の努力次第。
……いや、前言撤回。開発者はいるかも。
けど、そのひとは、誰より優れた開発者と言える。
愛に溢れた……は言い過ぎかもだけど、あの女神様が開発者だとすれば、最高のグッドエンド、いや、スペシャルエンドだって目指せるはずだ。
まあ、現実はそう甘くないだろう。それでもせめて、やれるところまでは。
そう決意を固めた俺に、《危険察知》のスキルが警報を鳴らす。
これまで無かった方向からの気配に、《気配察知》のスキルの反応を上手く把握出来ず、それゆえ躱すのがギリギリになってしまった。
その上空からの襲来を、咄嗟に伏せて躱したのだが、それで体勢が崩れてしまう。
そこを、彼らは見逃してはくれなかった。
俺の腹部に、ゴブリンの蹴りが命中した。
「ガハッ!」
(やっと、当たった!)
よろけて尻もちをついた俺の頭上を、小さな影が飛び回っている。
▶モリコウモリ
名前 [なし]
種族 [モンスター
〔森蝙蝠〕]
レベル [4]
スキル 超音波、引っ掻き、自在飛行、奇襲
所属 [鑑定失敗]
油断した。
やれるとこまで、とか甘いこと考えてた矢先に、これだもんな。
慌てて体勢を立て直すが、二体のゴブリンはニタニタとしながら俺を見下している。
好機とばかりに襲い掛かって来ない理由は、もう分かっている。その理由は、俺の背後にあった。
(カハーッ。や、やっと追い付いたぞ、獲物め!)
折角引き離していたモンスターたちが、追い付いてきてしまったのだ。
単眼鼠たちの他に、さっきの岩亀もいる。後ろは完全に塞がれた。
前方も、二体のゴブリンとコウモリが塞いでいる。
いくら弱いモンスターたち相手でも、これは万事休すだ。
後方でまだ息を切らせているモンスターに、封印スキルを試してみようかとも思ったのだが、これは悪手だろう。
イチの時のことを考えると、消耗する上に無防備になり兼ねない。もっと経験を積んでからじゃないと、ぶっつけ本番はリスクが高過ぎる。
ジリジリと距離を詰めてくる包囲網に、さっき固めたばかりの決意が揺らぐ。
意地を張らずに数を減らす方向で動けば、なんとか切り抜けられそうなのだから。
(キキッ! 逃げ場は無いわよ!)
上空のコウモリが、牽制のつもりなのか、近くを飛び回っている。
俺の拳ほどしかない小ささだというのに、厄介な相手だ。地上の相手に集中し切れない。
あのコウモリが来なければ、楽に切り抜けられそうだったのに。
……ん? 上空?
短剣を構えて、にじり寄るモンスターたちと一触即発の緊張状態にいた俺に、ある閃きが舞い降りて来た。それを吟味し、迷っている暇はもう無い。
背後の岩亀の《鈍化攻撃》とやらを食らってしまえば、いくら身体強化に物を言わせたとしても、ゲームオーバーの可能性が高い。
なら、チャンスは今が最後だ! 今回も、一か八か!
悟られないよう、上空のコウモリの動きに気を配る。
余裕のつもりか、さっきから上空を同じ軌道を繰り返して飛んでいるのが仇となったな。
もう、前後のモンスターたちは限界までにじり寄り、飛びかかる直前まで来ていた。
だから、チャンスは一度切り。
(ゲギャギャ!)
(ヂュヂュ!)
一斉に襲い掛かろうとモンスターたちが踏み込んだ瞬間、俺は、上空でこちら側に向かってターンを決めたコウモリに向かってジャンプした。
(はへ?)
予想外の動きだったのだろう。
地上で他のモンスターたちと交戦するなり蹂躙されるなりするはずの俺が、自分目掛けて飛んだのだ。
コウモリは間抜けな声を上げ、抵抗する間もなく俺の拳の中に捕らえられた。
そして、俺はそのまま、滞空した。
(……は?)
(……え?)
(……オ?)
(((……何ィ!?)))
《滞空スキル》、そんなものを取得していたのを思い出したのだ。
イメージとしては、バスケットボールの選手がダンクシュートを決める映像。
助走を付け、ジャンプし、まるで空を歩くようにリングまで到達する動き。スキルの助けで、俺は助走無しでもそれと似た動きを再現出来ていた。
アリウープという、空中でボールをキャッチし、そのままダンクシュートを決める技がある。漫画とネットの動画でしか見たことは無かったが、身体強化された今の俺なら、その真似事ぐらいは出来た。
バスケは体育の授業程度でしかやったことが無いのに、スキルさまさま。
掴むのはボールではなくコウモリだし、それを叩きつけたりはしないけど。
まんまとゴブリンたちの頭上を飛び越えることに成功し、そのまま上手く着地出来た俺は、全力でその場から離脱する。
(キ、キイィ! 放してよ、エッチ!)
手の中に掴んだままのコウモリが、ジタバタともがきながら騒ぎ立てる。
口調から察しは付いていたのだが、メスだったようだ。いや、夜行便のねえさんのパターンもあるが、モンスター相手にそれは、流石に判別出来ない。
どちらにせよ、エッチとは人聞きが悪い。何がどうエッチなのか、そこんとこ詳しく。
(ま、待ちやがれ!)
(ニ、逃ゲルナ! 卑怯者!)
(ふざけんな! クソッ!)
自分たちの有利な状況から一変し、再び逃走を許した俺に向かって、苦し紛れとも言える罵詈雑言を浴びせるモンスターたち。
だが、もう油断も待ちもしない。そのまま、一気に森の出口まで走り抜ける。
(嫌あ! 放して! 放しなさいよぉ!)
ガッチリと掴まれ、自慢のスキルも何一つ発揮出来ない状況で、半泣き状態のコウモリ。ちょっと可哀想かな?
だが、モンスターには変わりないし、ここで情けを掛けて解放するほど馬鹿じゃない。流石にね?
漸く辿り着いた森の出口。
その先には、森に入る前と同じように、見通しの良い草原が広がっていた。
その先に小さく映る村の姿は、かつてのバーバムを思い起こさせた。あれがバルバムの村に違いない。
一時はどうなることかと思ったが、ここまで来ればもう大丈夫だろうと、ホッと胸を撫で下ろした。
森を出てしまえばあのモンスターたちは襲って来ないようだし、実際一体もやって来てはいなかった。
体感時間だが、タイムリミットの三十分にもまだ余裕があるし、早いとこイチを出してやろうと思い、鞄を降ろす。
(お、お願い……もう許してぇ……)
おっと、いけね!
忘れそうになっていたが、もう抵抗する気力も失いかけたコウモリ型モンスターを、握ったままだった。
彼女を持っていない方の手で鞄からイチを出し、「お疲れ様」と声をかけると、イチは嬉しそうに飛び跳ねて俺の足にすり寄って来た。
か、可愛い……!
(それ、お土産? ボクの、おやつ?)
(何か、そのスライムの視線がヤバいんですけど!? なんで私をじっと見てるの!?)
「後で美味しいものをあげるから、これは我慢してね」と言って、イチを宥める。
この子、結構悪食なのか? このコウモリ、食べたいの?
鞄を背負い直し、気を取り直してコウモリ型モンスターを説得しようと、彼女に向き合う。
仲間になってもらうか、そうでなければ封印して、休眠してもらわなければならない。
そう思って口を開きかけた俺の耳に、森からモンスターの叫びが届いた。
何事かとそちらに目をやった俺は、信じられない光景を目撃した。
(馬鹿! 戻って来い! そこで戦うのは、いくらなんでも勝機が無いって!)
(深追イセズ、次ノ獲物ヲ待テ! 無駄死ニスルゾ!?)
仲間からそう声を掛けられながらも、森から飛び出して俺の前に立ちはだかった者がいた。
それは、イチと出会った直後からここまで、ずっと俺の行く手を阻んで来た宿命の相手とも言うべき存在。それが、自らのフィールドを飛び出し、俺を追って来ていた。
(ヂューッ! ここまでコケにされて、逃がすワケにいくか!)
単眼鼠が、目の前で威嚇の姿勢を取っていた。
咄嗟にイチを庇い、短剣を構え直す。
再び、その場に緊張が走った。
戦闘(?)シーンの描写が難しい……。
状況の変化と心理を描くのがこんなに大変だとは。頑張って書いてはいますが、技術不足が否めないのは大目に見てください……は駄目か。
とにかく、精進できるよう、頑張ります。
次話は7月31日夜の投稿予定です。
早いもので、7月ももう終わりなのですね。皆様、暑さに体調を崩さないよう、お互い気を付けましょう。
夏休みのある方々は、作者の分まで楽しんで……ガクッ。




