第104.5話 変わる運命/女神アルル
※本編(104話)を先にお読みください。
お好みでどうぞ。スルーしても本編に支障は出ません。
彼。
春野咲也という少年。
とある宇宙の地球という惑星の、日本という国に生まれた人間。
そんな彼を、マナに溢れたこの世界へと転生させる計画を立てた。
その時点で、全ての事象は確定していた。
計画が完遂する時点まで、そのレールをただなぞるだけ。
そのはずだった。
私の計画はこうだ。
彼に、この世界、封印が壊れてモンスターが一気に溢れ出した悲劇の時代を。
本来のモンスターという存在に対抗する術を失って久しく、ただ蹂躙されて滅びゆくその時を見せつけ、彼を奮い立たせるのが、第一段階。
その悲劇の火種が生まれ育った時代へと彼を送り込み、その悲劇を未然に防ぐため活躍してもらうのが、第二段階。
その先に用意された、最終段階。
その全ては、確かに確定していた。
神の権能を以てして、全ては閲覧可能だったのだ。
過去から未来に続くまでの、そのあらゆる全てが。
私の力が制限されている今の状態でも、何ら支障は無かった。
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だが、誤算があった。
いや、生まれ出たのだ。
春野咲也、彼を過去へと転移させた、その後に。
確定しているはずの運命が、変化したのだ。
神である私の影響無しに、そんなことが起こるはずはない。
他の神々が私に気付かれずに何かするなんてことも、不可能だ。
そもそも、そんな痕跡は無い。
一体、どういうことなのだ?
いくら考えても、答えは出なかった。私の知らない未知の領域でもあるというのか?
馬鹿馬鹿しい。
そんな領域は存在し得ない。
この世界は、百パーセント、私の管轄下にあるのだから。
世界の始まりから終わり、そしてその先までも、大地に潜む微生物の思考の無意識下の空白までも、咆えるモンスターの心の悲しみまでも、私は知っている。
否応無しに、全て。言葉のままの意味で、全てなのだ。
……だから、余計に分からない。
何故、そんな誤算が生まれたのかが。
……まあ、いい。
私は出来る神なのだ。
過ぎたことは後で徹底的に調べ尽くして解明するとして、今は彼のことだ。
全てを見通せるはずの私にも分からない、ただ一つのゆらぎ。
私が存在を始めてから、初めてのことだった。
動じるはずのない私の中に、ざわめきが走った。
前にも彼との会話で、動揺してた?
あれは演技。
演技ったら演技。
話を戻そう。
そのゆらぎだけは、確定し得なかった。
私の力を以てしても、だ。
ざわつく。落ち着かない。
そのゆらぎとは、彼の心。
春野咲也、彼の感情と思考の領域、そこだった。
何故、そんなところに?
そのゆらぎは、あらゆる全てに対して影響を及ぼさなかった。
彼が出会う人々にも。
彼が歩む道筋にも。
彼が辿り着く、運命にも。
彼自身の感情と思考の領域以外には、何一つ。
私にまだ全てが見えていた時、彼は真実を知った後、私に憤怒した。
私を恨み、彼が絆を結んだ人々、時代を消滅させたことを憎んだ。
それが仕方のない運命だと、そうしなければあの時代を救うことが敵わないと理解はしていても、その恨みは消えることなく最後まで根を張っていた。
その一点に、ゆらぎが生じたのだ。
春野咲也。 彼が、私を、赦した。
何故?
何故?
何故? 何故? 何故? 何故?
何故何故何故何故何故何故?
何故何故何故何故何故何故
何故何故何故何故何故何故
何故何故何故何故何故何故
何故何故何故何故何故何故??
……何故?
理解不能。
赦すだなんて選択肢、無かった。
どれだけ可能性を探っても、ただの一度も。
いくら彼がお人好しでも、それだけはあり得なかった。
計画が完了する最後の瞬間でも、あり得なかったのに。
以前は、表面上は取り繕っていても、本心、奥底の深層心理では、憤怒が消えずに燻り続けていた。
今は、どこまで探っても、彼の表面上の言葉の通り、怒りなど微塵も存在していない。
お人好しがレベルアップして、進化でもしたか?
正直、怖かった。
この先、また変わる可能性もある。
この先、永遠に変わらない可能性もある。
分からないことが、不安で堪らない。
一体何が起こるのか、やってみなければ分からない。
それではまるで、地に暮らす者たちのようではないか。
何故、この私が、そんな想いをする必要が?
だが、やるしかない。
そうしなければ、先には進めないのだから。
もし、私の意にそぐわない結果が生まれたのならば、消してやり直せばいいだけのこと。
この私が後手に回るだなんて、忌々しい。
まあ、結果を見てからでも遅くはない。
どうとでも出来る。どんとこい、だ。
さあ、いってみよう! やってみよう!
……いっそ、消してしまおうかとも思った。
そうすれば、悩みは解消される。
再び、百パーセント把握出来る世界が待っている。
……だが、そうしなかった。
彼の赦しが、心地好かったから。
赦し以前に、怒りを持たずそれまでと変わらぬ彼を見られるのが、嬉しかったから。
なんだか、救われた気にさえなっていた。
それが理由。
……馬鹿馬鹿しいにも程がある。
神が、一人の人間のことで一喜一憂し、剰え救われた気になるだなんて。
そもそも、彼の運命が変わったところで、他に変化は無かった。
なら、消してやり直そうが、そのままにしておこうが、結果は変わらないではないか。
ゆらぎの結果変わったのは、彼が本来抱くはずだった怒りの感情が失われたこと。
ただ、それだけなのだから。
……それだけ。
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……いや、もう一つだけ、あった。
私の心。
そんな馬鹿な。
私は、私の思うままにやってきた。
私が世界にとっての全てで、その逆は無い。
世界は、私に影響し得なかった。
これまでは。
その私に、初めて影響したもの。
私を初めて、変えたもの。
神の心にゆらぎを生んだもの。
それは、たった一人の人間。
春野咲也。
……この先、また何かが変わるのだろうか?
一度起き得たのだから、二度目が無いとは言い切れない。
これは、緊急事態だ。
だから、彼から目を離すわけにはいかない。
本当はここで一旦距離を置くつもりだったのだが、予定変更だ。
仕方ないから、これからも彼をしっかり見守っておかねば。
べ、別に、一緒に居たいから予定変更したわけじゃないんだからねっ!
だが、きっと素敵な未来が待っているような気がする。
それこそ、そんな運命は定めてはいないのだが、ただなんとなくだ。
これは、そう――――
――――神の勘、だ。




