第101話 新たな始まり
誰かが言っていた。
間もなく世界の終わりがやって来るのではないかと。
この光景を見たら、それも強ち外れてはいないかもしれない、とさえ思える。
もし世界中で同じようにモンスターたちが発生しているのなら、少なくとも人類は終わりを迎えるのだろう。
いや、人類に限らず、モンスター以外の全ての生物かもしれない。
それは、アルル様が、何度問いかけても一向に応えてくれないことで、確信へと変わった。
伯爵様たちとともに言葉を失った俺は、胸焼けするほどの絶望感に包まれながら、高見台から町へと降り立った。
伯爵様たちも俺も、希望を失ったと一目で分かる青白い顔へと変貌し、誰も何も言わぬまま、何処かへと去って行く。
よく見れば、町中の人が同じような顔色をして、混乱の最中にいた。
そうして、混乱の広まる人々の間を、無言のまま当ても無く彷徨っていると、門から港まで伸びる大通りの一角で、ふと聞き覚えのある声を耳にした。
(あラ? 見覚えのある顔なノヨ? 誰だったかシラ?)
「……?」
絶望に染まりかけた俺には、それが何の声なのか分かるまでに、時間を要した。
(確か……、前にワタクシが助けてあげたんだったかシラ?)
「……あ……。ああ! ああ!!」
(あラ? ワタクシとまた会えて、そんなに嬉しいのカシラ?)
「二号さん!!」
(ハ? 二号?)
嬉しさの余り、つい心の中でだけ呼んでいた呼び名で、彼女を呼んでしまう。
彼女は、商人さんの馬車を引いていた、ポニーに似た動物だ。一年前、シュリや商人さんと同じようにお別れをした、彼らの同行者。
翻訳スキルのある俺にしか、彼女との会話は叶わないが。
そして彼女との再会は、あることを指し示していた。
「良かった……! 良かったよ……! 君がいるということは、あの二人もこの町にいるんだよね?」
(それは、あの時一緒にいた二人のことネ? もちろん、私たちはいつも一緒だからネ!)
さっきまでとは一転して、俺の心には希望が満ち溢れていた。
町の外の絶望的な状況に変わりはなくとも、あの二人との再開が叶うのであれば、目的は達成出来るのだから。
それは即ち、この長かった旅の終わりを意味している。
もし、俺もこの町で最期を迎えるのだとしても、二人と一緒なら多少は救いがある。
そして、遂に、その時は来た。
来たワヨ、という二号さんの言葉に、目を凝らして周囲を探すと、港側へと続くこの通りの彼方に、二人の姿を捉えたのだ。
一年ぶりに見る、二人の姿。懐かしさで胸がいっぱいになる。
遠目に見ても、シュリは少し背が伸びたように見える。俺が「ただいま」と声を掛けたなら、二人は俺だとすぐに気付いてくれるだろうか?
シュリは、俺のことを覚えていてくれるだろうか?
そうして歓喜に湧いて走り出そうとした俺に、これまで沈黙していたアルル様からの言葉が届く。
ああ、良かった。もう応えてくれないのかと思いましたよ。
アルル様からの声がまだ届くってことは、この状況にも何か意味があるってことですよね?
でも、ちょっと待っていてくださいね。今から二人と再会します。
再会を歓び合ったなら、すぐに話を聞きますから。
……え? それ、どういう意味ですか?
『今から起こることを、決して目を逸らさずに、見なさい』とは……?
――――そして、それは始まった――――
空を見上げて騒めく人々に気付き、俺も空を見上げる。
そこに広がるのは、最近ではもう見飽きてしまった、一面に赤黒いオーロラのはためく空。
だが、今日だけは違う。
俺以外の誰しもが、それを見ていた。
通りの先に見える二人も、空を見上げていた。
そして――――
空のオーロラは、一段と強くその色を濃く変化させ、漆黒に染まっていく。
空全体が黒く染まる中、まるでカーテンが風に靡くように、オーロラが捲れる。
捲れた先から、白く輝く光が差し込んでいる。
そこに、それは居た。
自分の目を疑う。
こんなことは、現実にはあり得ないから。
空一面に広がる黒のカーテン、その向こう側。
そこに光る、数多の瞳。
怪物種。
蟻のように小さく見えるモノ。
人よりも大きいモノ。
まるで小山を見ているかのような巨大なモノ。
「地上から見て」その大きさの者たちが、その空間からの降下を始める。
それらが、次々と降り注ぐ。
まるで、雨粒が落ちるように、ゆっくりと。
まるで、雨粒が落ちるように、瞬く間に。
まるで、夢幻のように、儚げに。
まるで、悪夢のように、堪え難く。
地の揺れは収まらず、それは降り立つ者たちが確かな質量を持つのだと、俺に告げる。
この地の揺れが収まることなど、この先二度と無いのかもしれないと、錯覚させる。
町も、建物も、外壁も、降り立つ者たちによって、粉々に粉砕されていく。
先に降り立っていたモンスターたちでさえも、後続の者によって、潰されていく。
ああ、これなら、無知な俺でもすぐに理解出来るよ。
ここは地獄。
これが、世界の終わりなんだね。
なら、せめて、最期は二人と一緒に――――
――――駆け寄り触れる手の先が、指の先が、別れ際に抱きしめたシュリのぬくもりを思い出させてくれるはずだと信じ、精一杯に伸ばした俺の手は――――
――――空を切り、輝く光の眩しさに目を固く閉じた俺は、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
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さっきまでの喧騒が嘘のように、静かだ。
……俺はいつの間にか死んで、あの世に来たってことかな。
………………。
……なーんてね。そんなことがあるわけ――――
――――いや、これは、違う。
ゴツゴツとした硬い地面の感触が、肌に伝わってくる。
頬を伝う水の冷たさが、俺を身震いさせる。
鼻を撫でる空気の揺らぎが、土のような苔のような、独特の匂いを運んでくる。
治まらない鼓動が、肉体の存在をこれでもかと言わんばかりに、感じさせてくれる。
目を開くと、辺りは真っ暗だった。遠くの方に光が見えている。
目が慣れるのを待たず、手探りで壁際まで進み、急いで立ち上がる。
岩壁から感じるぬるぬるとした感触。それが苔だろうと何だろうと、今はどうでもいい。
あの光が出口だと知っている俺は、出来得る限りの速さで、そこへと進んだ。
飛び出した俺の目に飛び込んできたのは、見渡す限り、地平線の彼方まで続く草原。そして、広がる空。
さっきまでが夢であったかのように、澄み渡った青い空。
地揺れなど微塵も無い大地。
まるで天国のような、風にそよぐ風景。
俺は、この景色を……この場所を知っている。
それは、俺が一年前に転生した直後、初めて目にした異世界の景観そのものだった。
……ただ一つ、視界に映る小さな村の姿だけを除いて。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
今話にて、第一章の幕とさせていただきたいと思っております。
次話及び章管理については、また後日ということで、よろしくお願いいたします。
次話につきましては、ここまでの分の直しなどを行いつつ、週末の7月15日前後を予定しております。
こんな一章ラストでしたが、徐々にまたゆるーい冒険を始めていきたいと思いますので、お付き合いいただける方は今後ともよろしくお願いいたします。
今後の予定等を載せた活動報告を、明日か明後日に投稿いたしますので、そちらもよろしくお願いします。




