第99話 異変
「ああ、無駄遣いしちゃったなあ……」
これまで、なるべく節約を心掛けて貯めていたポイントだったのだが、不安に駆られてつい、計画性も無く使ってしまっていた。
せめて使えそうなスキルだったらまだ良かったのに、《売買交渉成功率上昇・最下》《視覚強化・最下》《聴覚強化・最下》《虫の知らせ・最下》《幸運上昇・最下》なんて微妙なラインナップになってしまった。
どれも最下位ランクだし、まともに使い物になるのはまだ先だろうな。
そうやって反省していた俺に追い打ちをかけるように、船は無事に港へと到着した。
途中、モンスターの襲撃が無かったわけじゃない。だが、それは小型や超小型とでも呼ぶべきサイズのものばかりで、船の航行に支障が出る類のものではなかった。
五万ポイントの反省が活きてないな、と思いながら、俺は最後の一つとなるマース島へと足を踏み入れたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おいおい、しっかりしてくれよ? 船長のお前が船を出さないだなんて、信用に関わるんだぜ?」
「ああ、すまない。だが、あのモンスターの瞳が……! 俺を見る、あの目が、頭から離れないんだ! あんな狂ったような奴ら、今後二度と会いたくはないんだ……!」
「気持ちは分かるけどよ、そんなこと言ってたら、何も出来なくな……」
「いいや、お前はアイツを見てないからそんなことが言え…………おい、どうした?」
「……あ……あ……」
「……な、なんで、俺の後ろを指差して、震えて………?」
(シュフゥーー)
「い、い、嫌、だぁ………」
「モ、モ、モ………」
(グルアァーーーー!!)
「「ギャアーーーー!!」」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コーネリウス共和国、マース島。
この国で最も大きい島にして、この国の中心となっている島でもある。
異世界生活三百四十八日目の上陸は予定通りだったのだが、どうやらこの島にもモンスターが増えてきているらしく、乗合馬車の護衛も厳重になっていた。
そうは言っても戦闘職の人の数にも限りがあるため、人の取り合いが増えてきたようで、乗合馬車の本数を調整するなどして対応しているようだ。
この島は広いので、長距離の乗合馬車を乗り継ぐような形で、各所の大きい街を回る進路で進む予定だ。
もう、小さい街や村まで回っていては、期限内に回り切るのは不可能だろうから。
一応アルル様に、期限を過ぎてもいいものかと尋ねてみたのだが、答えはノーだった。やはり、決められた期限を守るのも、なにか重要な意味を持つのだろう。
だが、道中のモンスターは危惧した通り増えていて、すんなりと進行してはいけなかった。
何度も戦闘を繰り返すため、護衛さんたちも生傷が絶えず、疲れも見え始めていた。人員も不足する中、戦闘職の人の中には仕事を投げ出してしまう人も出始めているらしく、現場には暗い雰囲気が流れ始めていた。
かく言う俺の利用する乗合馬車でも、それに近いことは起こっていた。
「クソッ! 割に合わねえだろうが! なんでこんな頻繁に出てくんだよ、あの化け物どもは!」
「も、もう疲れたぜ……。なあ、この先、いつになったら奴らは消えてくれるんだ?」
「ま、まあ、落ち着いて。お客さんも怯えているので、冷静に……」
「これが冷静でいられるかよ!? 去年までは年に一匹二匹倒せばよかったもんが、今年は何十匹倒したか分かんねえくらいなんだぞ!? もしかしたら百超えてるかも知んねえ! それも、俺一人分でだ! 全体だと、どれだけの数になるんだよ、一体! しかも、ここ最近はますます数が増えてきてるとなりゃ、もうこの世の終わりでも来るのかなんて噂だって立つだろ、それは!」
「ちょっと、いい加減にしてよ! そんなの皆分かってるわよ! あんたがギャアギャア騒いだところで、どうにかなるもんでもないでしょ!?」
「なんだと、このアマ!!」
そんな言い争いに、なんの力も無い乗客たちは、ただただ暗い表情をして耐えるしかなかった。
これが平時なら、場を少しでも和ませようと、俺ものんきなことを言って話しかけられたかもしれない。だが、前線で戦い続けて疲弊した彼らに、安全な場所にいる俺が今言えることなど、何も無い。
結局彼らは、その後も数匹のモンスターとの戦闘を熟した。
そうして彼らは、町へ着くなり自棄になったような面持ちを抱えたまま、夜の町へと消えて行った。
彼らを目で見送った後で宿に泊まったものの、俺もなんだか落ち着いてゆっくりと眠れない夜が増えていた。
そして、俺にも最近、特に気になっていることが二つあった。
一つは、昼。
例のオーロラが、常時見られるようになってきたのだ。
流石にそれは異常過ぎて、見ないふりをするのにも限界があった。というか、他の人たちにどんな空模様が見えているのか俺には分からないが、俺に見えているのは薄暗く妖しい光を纏った空ばかりなのだ。
そんな気味の悪い光景に常時包まれるとなると、俺の気も滅入って来る。なんだかこのところ、嫌な夢ばかり見ているような気がする。
そしてもう一つが、夜。
双子と一緒に初めての飲酒をした夜に、それも初めて体験していた。
夜中にふと目を覚ました俺は、見覚えの無い部屋に居たことで、そこが夢の中だと錯覚してしまっていた。僅かだが、酒が入っていたせいもあったのかもしれない。
夢の中だと思ってはいても、つい身に付いた癖で、鞄からスマホを取り出し時計で時刻を確認する。
もちろん時計はこちらの世界の時刻を示してはいないので、全く的外れな数字を示している。それを見て、余計にこれが夢なのだろうと判断したのかもしれない。
だから、その後に起こったことも、夢だと思って暫く忘れていたのだ。
――――ピシッ――――
そんな音が、頭の中にでも直接響いたような感じだった。
目の前がズレたというか、中空の空間そのものが地震を引き起こしでもしたかのような感覚に襲われた。
唐突に、なにかを奪われた気がした。
変な夢だなと思いながらも改めてスマホの時計を見直すと、何故かその数字は数時間進んだ時刻を表していた。
その数分のうちに、数時間経つわけがない。スマホが壊れたか、いや、どうせ夢だしと思い、スマホの電源を律儀に切ると、再び眠りへと落ちて行ったのだった。
だが、それはどうやら夢ではなかったらしい。
その後も、ふと夜中に目を覚ました時、本を読むのに夢中になってつい夜更かしをしてしまった時、修業の野宿で見張り番をして深夜まで起きていた時。そういう時に、同じような経験をした。
こちらの世界の時刻は、時計が無いから分からない。だが、時刻は合っていなくとも、スマホの簡易な時計は常時持っている。
だから、最近になって安眠出来ないことが増え、夜中に目を覚ましている機会が増えたことで、その不思議な感覚となにかを奪われた気分が徐々に強くなっていることに気付いた俺は、その時を狙ってスマホの時計を見つめてみることにした。
スマホのバッテリーもかなり少なくなって黄色表示に変わってしまっていたが、それに構わず構えていた異世界生活三百五十三日目の夜。いや、日を跨ぎ、三百五十四日目になっていたのかもしれない。
それは、ハッキリと、俺の目で確認することが叶った。
いつもと同じようにその不思議な現象が起こった瞬間、スマホの時計は確実に、数時間先の時刻へと変わっていた。今回は素面でハッキリと見ていたので、確かだった。
それは数秒で数時間が、なんて曖昧なものではない。一瞬の刹那、時計は数時間先の時刻を示していた。
だが、それをもっと正確に調べることはもう、叶わなくなってしまった。どうやら数時間進んだのは時計だけではなかったようで、スマホのバッテリーもまた、数時間分を消費してしまったようだった。
それに前もって気付いていれば、ラストチャンスかもしれないと集中して、色々とやりようはあったかもしれない。だが、赤い色に変わったバッテリーに、その余力があるようにはとても見えない。
そうして間もなく、俺が電源を切るより前に最後の瞬間を迎えたスマホの画面には、バッテリー切れを警告する表示が現れ、そして暗い画面になったまま、反応することはなくなってしまった。
その日を最後に、俺のスマートフォンの電源が入ることは無かった。こちらの世界には、最先端の機器の充電設備など、存在しないのだから。
たかが道具と言えど、まるで相棒を一人失ったような気持ちで迎えた朝。
アルル様に昨夜起きたことを問い詰めてみるが、『世界一周を終えれば教えます』としか答えてはくれなかった。
柱のこと、オーロラのこと、モンスターのこと、真夜中の現象のこと。
この世界のこと。
俺自身のこと。
アルル様の目的。
教えてもらえずにいる多くのこと。それら全ては、この旅を終えた時に教えてもらえることだろう。
裏切られたような結果のことも多いけど、いつも結局は俺のために行動してくれる優しい女神様。
俺には、そんなアルル様を信じ、待つことしか出来ない。
全てが明らかになるであろうその時に期待して、俺は旅を続ける。
モンスターや人的トラブルの影響で歩みを邪魔されながらも進んだ、異世界生活三百五十八日目。
俺はとうとう、マース島北西の港町“エリック”へと辿り着いたのであった。
次話は、少しじっくりと精査してから投稿したいので、申し訳ありませんが少し時間をいただきたいと思います。
自分で納得がいくまで確認した時点で投稿しますので、7月8~10日まで猶予をください。
どうぞ、よろしくお願いいたします。




