表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/444

第9話 KEMOMIMI!

本日は二話投稿します。よろしくお願いします。


 朝、知らない天井が俺を迎えてくれた。


 ……そうだよ、俺、異世界転生したんだった。自分の部屋どころか、自分の世界ですらない。

 昨日は怒涛の一日目だったが、無事に宿には泊まれたみたいだ。


 ベッドから起き上がると、全身を筋肉痛が襲い、たった今別れたばかりのベッドが迎えてくれた。

 ただいまおかえりなさいきょうははやかったわね。

 そりゃあ無理もない。俺の人生、前世も含め、間違いなく最も体を動かした日だったのだから。

 動けないだけでなく、痛みの他に謎の硬直にも襲われていたので二度寝することにした。多分攣ってる。

 二度寝以外選択肢は無い。強制一択だ。


 痛みで思考もままならないが、出来得る限り集中して薄っすらと昨日のことを思い出す。


「えーっと、洞窟から歩いたところは覚えてる。そのあとなんやかんやあって…………なんやかんや、町に入れたんだよな」


 本当になんやかんやあったよなー。本当に必要だったのかはさておき。

 自分で言ってて「なんやかんや」が鬱陶しくなってきたから止めよう。


 それで保安官のお姉さんに案内されて、町の中を歩い――――


 ――――そこで虚ろだった記憶の中から、()()()()が鮮明に蘇り、思わずバッと体を跳ね起こす。

 だが痛みと硬直は続いていて、急に動いた反動でピキッという音が聞こえた気がし、そのままベッドへ、二度目となる帰還を果たした。

 おおゆうしゃよしんでしまうとはなにごとだ。

 それからしばらくは、更なる痛みとの戦いとなった。


 ()()がもの凄く気にはなるが、今は休まないことにはまともに活動出来ない。早く外に出て確かめたいのに。誰か、湿布を持って来てはくれないだろうか。

 てゆーかこの世界にも湿布ってあるの?

 中世ヨーロッパくらいの文化って言ってたから、当然あるか。魔法があれば必要ないかもしれないが、何でもかんでも魔法に頼り切りってのも良くないよな。


 そうして思考が逸れ、体の痛みに慣れるまでぼんやりとどうでもいいことばかり思考していたら、部屋にノックの音が響いてきた。

 返事をすると、キィ、とドアが開き、誰かが入ってきた。


「やあ、疲れは取れたかな?」


 この声は確か、昨日会った保安官のお姉さんだ。痛みを堪えて頭を上げると、その姿が目に飛び込んできた。


 ……とある衝撃とともに。


「ああ、いいよ。そのまま寝てて。疲れが出て、動けないんだろう?」


 疲れより筋肉痛で動けないのだが、それどころではない。気になっていた()()()()が、向こうからやって来たのだから。

 俺の目線は、ある一点に集中していた。


 保安官さんの、頭の上。


「ん? どうかした?」


「……その耳、本物ですよね?」


 保安官さんが不思議そうな表情で首を傾げると、ピコリと耳が動いた。


「うん? 狼の獣人を見るのが初めてなのかい? 珍しい種族ってわけじゃないでしょう」


 そう言う保安官さんの頭の上では、二つの犬のような耳が小刻みに動いていた。


「初めて見ました」


 狼どころか獣人が初めてです、とは言わなかった。

 現実で獣人を目にした感動と驚きで、鼻息荒く興奮してきた。そのせいなのか少し痛みがマヒしたようで、ゆっくりと体を起こすことが出来た。興奮して脳内麻薬とやらが出ているのか。


「昨日会ったときは何も……ああ、コレを被っていたから気付かなかったのかい?」


 保安官さんが、脇に抱えていた帽子を見せてくれた。耳が収まる大き目のサイズで、一部に生地の薄そうな部分がある。

 音が通るようになのか? それとも蒸れ防止のため?

 昨日はスルーしていたが、今思えば不自然に大きい帽子だ。普通の状況でこれを被っていたら、間違いなく違和感に気付くと思うんだが。そこまで余裕無かったのか、俺。

 保安官の制服なんだろうと思うことで、無意識に納得していたのだろうか。


「この町では結構いるし、昨日君も町の中で何人かすれ違っていたと思うよ? とは言っても、町に入ってからは今にも倒れそうだったし、それどころではなかったか」


「あ、すみません。色々とご迷惑をお掛けしてしまって」


「いや、気にしないで。色々と大変だったのだし。本当にまだ寝ててもいいよ」


「普段運動不足だったのか、酷い筋肉痛で。もし可能なら、この後、もう少し休ませてもらおうかと思っています」


 現代日本人としては、決して運動不足な方ではないんだけどね。初っ端で常識外れの距離を歩いたせいで、とは言えまい。

 初対面の人にあまり迷惑は掛けたくないんだけど、本気で動けないから甘えさせてもらおう。


「うん、そうしたほうがいい。宿には事情を説明してあるし、繁忙期でもないから、何日泊まっても問題ないよ。料金も後からでいいから。君は踏み倒したりしなそうだしね」


「も、もちろんです。お金は持ってますから、動けるようになったら纏めて払います。ありがとうございます」


 昨日会ったばかりなのに「踏み倒したりしなそう」とは。俺の何を見て言ってくれているのだろう?

 少し複雑だが、まあいいか。オオカミ耳可愛いし。


「そうか。宿の人にはあたしから伝えておこう。君はそのまま休むといい。それで今日は、これを持って来たんだ」


 保安官さんはそう言って体を捻ると、腰のポーチのようなものから小さなカードのようなものを取り出した。

 正直、身体を捻ったときにファサッと振れて見えた尻尾に目を奪われ、それどころではなかった。

 だが、ガン見しているわけにもいかないので、その後もチラ見してはいたが、そのカードを受け取る。


「それが仮証だ。この島で町に入るときは、それを見せて。分かっていると思うけど、島から出る際には、港の手続きで必要になるから、それまで無くさないでね」


 ハイと言ってカードを見ると、こちらの文字で発行年月日や発行した町の名前が書かれていた。

 不思議なことに、初めて見るはずのその文字が問題無く読めたが、これはスキルのお陰なのだろう。

 ありがとう、犬尻尾。

 間違えた。ありがとう、スキル様。


「あとは、ゆっくり休んでからだね。少し聞きたいこともあるけど、そう急ぐことではないから。一応毎日様子を見に来るとは思うけど、もし分からないことでもあれば、この宿から北に……宿を出て右に少し行けば、この町の保安官のいる待機所があるわよ。あたしがいない時でも、誰かしらいると思うから、気軽に立ち寄ってちょうだい」


 じゃあ、また来るからと言うと、保安官さんは部屋から出ていった。

 ドアへ向かって歩く保安官さんの尻尾をまたしてもチラ見しながら、お礼を言う。

 ドアが閉まると、仮証どうのこうのより何より、耳尻尾の感動が押し寄せてきた。


 俺、異世界に来たんだ!


 感動の余り調子に乗って全力でガッツポーズを取ってしまい、再び痛みに襲われ、硬直してそのままベッドへ吸い込まれるように落ちて行った。

 脳内麻薬は打ち止めのようで、同時に動く気力も失せてしまった。

 

 その後は、心地好いベッドの柔らかさに包まれていると怠さも手伝って眠れそうな気がしたので、異世界の素晴らしさを反芻しながら誘われるままに意識を手放した。

 結局、異世界生活二日目は、昼過ぎまで眠って過ごすこととなったのであった。




  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ノックの音が聞こえた気がして目を覚ますと、再びコンコンコンという音と、「大丈夫ですか

?」という女性の声が耳に入った。

 ハッとして「はい」と返事を返し、ゆっくりと体を起こすと、ドアが開いて一人の女性が入ってきた。


「あ、もしかして起こしちゃいました? 具合はいかがですか?」


 そう話す女性の頭の上。耳が二つ。

 流石に保安官さんを見た後でインパクトは薄れたが、やっぱり目を奪われてしまう。


「あ、初めまして。私、この宿の者です。事情は保安官さんから伺いましたけど、なんだか凄く大変だったみたいですね。漸くご挨拶出来ました」


 ハッとして、挨拶を返す。

 いかん、ジッと見てばかりだと、また不審がられたら大変だ。


「いやー、ご迷惑お掛けしたみたいで。申し訳ありません。お陰で、だいぶ回復してきました」


「ほんと、お若いのに大変でしたねー。簡単な食事をお持ちしましたから、召し上がってゆっくりしててください」


 そう言って、パンのようなものと小皿が並ぶトレイをベッドの脇の台へと乗せる。


「何日も彷徨って歩いていたんですって? まだ疲れてて眠いんじゃないですか?」


 あなたの姿を見てバッチリ目が覚めました!とは言えないので、愛想笑いをする。

 この子は、語尾に「にゃー」とは付けないらしい。


「失礼ですが、あなたは猫……人なんですか?」


「え? そうです、猫人族ですけど?」


 もう、完全にコスプレをしてる人にしか見えない。日本にも結構いそうなタイプの獣人さんだ。


「そういえば保安官さんも言ってました。狼人族見たこと無かったらしいですね? もしかして、猫人族も初めてでした?」


「あ、はい。そうなんです」


 というか、ノーマル人族以外は全て初見です。ゲームと一部のイベントの映像を除けばですが。


 その後、それは珍しい、どこ出身ですか?とボロが出そうな話題になりかけたので、咄嗟に体が痛む振りをして誤魔化した。かなり苦しい演技だったが、なんとか切り抜けられた、と思う。

 実際まだ痛みはあるし、全て嘘ではないのだが、追加で心も痛くなった。ゴメンナサイ。


 彼女は、後で食器を取りに来ることやお手洗いの場所など、宿の説明を済ませると退室していった。

 見ず知らずの行き倒れに近い俺にも丁寧に接客してくれて、有難いものだ。

 それに比べて俺と来たら、異世界に来てから嘘ついてばっかりな気がする。あと、アルル様におちょくられてばっかりな気もする。


 そういえば、とアルル様のことを思い出し、全知全能の図鑑を取り出す。


『やあやあ、昨日はお疲れさまでした。どうです? 異世界生活を満喫してますか?』


「分かって言ってますね。この通り動けませんよ。ベッドが一番の相棒になりかけてます」


 この人は相変わらずだね。神だけど。


「昨日の無意味な行進で筋肉痛と引き攣りが酷いですよ」


『まあ、全身を酷使しましたから仕方ありません。無意味と言ってますが、この先は元いた現代日本のように自転車、車、バス、タクシーなんて無いんですから、旅の予行練習だったと思ってください。一発目で限界まで歩いたことで、多少の距離では甘い考えなんて起きようがないでしょう?』


 う、まあ……確かに。一理あるかも。

 現代日本の便利さに慣れてるから、すぐにへこたれていた可能性はある。というか、その可能性は高い。

 昨日なら余裕が無くて他のこと考えられなかったから、逆に良かったのだろうか。

 アルル様がそう言うんだしな。そうなのだろう。


『(チョロすぎ)』


「ん? 何か言いました?」


『いいえ? それより、今後の相談でもしましょうか』

 

 この時、俺はまだ知らずにいた。

 真の敵は、すぐ傍にいるということを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ