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銀嶺の使徒  作者: 猫手猫の手
第2章 セレンジシア樹海王国
9/42

不穏な空気

 



 ストラトフェルクから日常に戻ったレノアスは、日課の訓練に行くため校舎から出ようとすると、木の影に隠れ何かを見つめているシラスを見つけた。


「おう、シラス。なにやってんだ?」


「ひゃああい! ……ああ、レノアスさんですか。うひひ。びっくりしましたよ」


「ああ悪い。それで何を見てたんだ?」


「え? え、ええと、それはですね」


 挙動不審になるシラスの向こう側を見ると、そこには一人の女子生徒が生徒用の喫茶店で椅子にすわり本を読んでいた。

 特に際立って可愛いというわけではないが、清楚で真面目な印象の少女だ。

 レノアスはわざとらしくシラスを睨んだ。


「おまえさ、つけ回して相手に変な手紙を大量に送るのは、迷惑になるからやめろよ」


「ええ!? 何も聞かずに迷惑行為決定ですか!?」


「ははは、冗談だよ。悪い悪い。それでどうしたんだ?」


「意地が悪いですよ。……実は、……あの、その……」


「おまえのことだから、図書館で借りた本があの子と数回かぶって、興味をもった、とかだろ? それで、どのように話すきっかけを作ろうかと考えているところに俺がきたと」


「ええ!! なんで全部当たってるんですか!?」


「そりゃ俺も本が好きでよく図書館に行くし。そこでおまえがあの女子に興味をもっているそぶりをするから、当然分かるだろ」


「はあ。ばればれだったなんて、はずかしい……」


「大丈夫だ。図書館の館長さんや、常連の生徒達はお前のことを生暖かな目で見てるから」


「余計落ち込みますよ、それ……」


「つい悪のりした。すまない。それで、話しかけないのか?」


「ええ!? そんな、無理ですって! 僕なんか顔も悪いし、身長も高くないし、自信なんてこれっぽっちもないんですから」


「ほう、お前は人を見た目で選ぶやつだったのか……。 俺はお前がそんな奴だとは思わなかったよ。うん、残念だ。本当に残念だよ」


「え!? いや、そんなことないですよ! 一番大事なのは心ですから!! …………あ」


 レノアスはにやりと口元をゆるめた。


「ふふふ、そうだよな。大事なのは心だよな~」


「……はめましたね」


 レノアスはシラスのうらめしそうな視線をかわし、話しを続けた。


「本の趣味も合うんだろ? それにもしあの娘が人を見た目で判断するような生徒なら、お前には釣り合わないさ」


「うひひ。なんか褒められてるようで、うまく誘導されてるような気がします……」


「ベベラシ大先生いわく! 実が落ちるのを待つのは簡単だ。しかしその実がいつまでもあるとは限らない。つまり、待っているだけじゃ失うかもしれないという言葉だな」


「……あ。……なんか、納得しました。ベベラシ大先生が誰かは知りませんが」


「……まあ、知らない方がいいと思うぞ」


「え? そうですか。うひひひひ。でも、だんだん勇気が出てきました! 確かに待ってるだけじゃ得られないものってありますよね!」


「そうだ、その意気だ!」


 レノアスは軽くシラスの背中を押した。シラスはおどおどしながらもその勢いのまま喫茶店に向かった。

 それから何度かレノアスに顔を向けるが、意を決したらしく、真剣な表情で女子生徒に話しかけた。

 レノアスのいる所では内容は聞こえないが、身振り手振りで何やら話している。

 そんなシラスをみて女子生徒は微笑んでいて楽しそうだ。

 ようやく本の話になったらしく、二人で本の中を指差したりして仲良く話していた。


「……大丈夫そうだな」


 レノアスはそんな二人の邪魔をしないように極力気配を消して訓練に向かった。




 何日かしてレノアスはシラスから相談があると、例の喫茶店に呼ばれていた。

 そこに着くとあの真面目そうな女生徒と、シラスがいっしょに座っていた。シラスがレノアスに気づき立ち上がって感謝を述べた。


「あ、レノアスさん。来てくれてありがとうございます」


「気にするな。訓練以外は暇だからどうってことはないよ。それで相談って、その娘に関係することか?」


 その質問を受けて、シラスの隣に座る生徒も恐る恐る立ち上がり自己紹介をする。


「は、はじまして。私はエリカナといいます。学院の三年生です」


「あ、先輩か。どうりで落ち着いていると思ったよ。俺はレノアスっていう人間族だ。……喰ったりしないからそんなに怖がらなくてもいいぞ」


「え!? 本当に!? 本の中では、過去の長耳族との戦いで三日三晩寝ずに暴虐の限りを尽くし、口からは火を吐き、尖った爪で人を喰らっていたとか……」


「はあ。この国の歴史書は全て改訂する必要があるな。今度シュナーザ王に進言しないとな」


 エリカナの持つ偏見に、本気で本の改訂を考えるレノアスだったが、本題をうながす。


「相談というのは先輩のことなのか?」


 エリカナは少々怖がりつつ礼をすると、三人が座ってから話し始めた。


「実は、最近何者かに後を付けられていたり、屋敷に帰っても見張られているように感じるんです」


 レノアスはその言葉を聞き、すぐにシラスに視線を向けるが、シラスは両手を振り全力で否定する。


「それで家族にも相談し、通学中に護衛を付けてもらったのですが、不快感は変わらず、シラス君に相談しました」


「俺がなんとかできるかもしれない、と言ったわけか」


「……はい。依頼料は支払います。どうか悪いことが起こる前に何とかしてもらえないでしょうか?」


 エリカナは申し訳なさそうに俯くと、シラスが話を続けた。


「そうなんです。僕じゃ気配にも気づかないし、もし戦闘にでもなったら役に立てないし、レノアスさんなら適任かと思いまして……うひひ」


 少し遠慮がちに笑うシラスを見ると、迷惑と知りつつレノアスに声をかけたようだ。


「その感じた不快さとやらは、害をあたえるほどのものということか……」


 詳しく話を聴くと、エリカナの得意とする発現は特殊で、心を読むことまではできないが、探りたい感情をうっすら感じ取ることができる探知系の能力らしい。

 一人で帰宅する際に防犯のため発現を使ったところ、姿は見えないが悪意だけを感じ取ったようだ。

 ちなみにシラスからは感じなかったという話を聞き、レノアスはシラスが危ない友人でなかったことにちょっと安堵した。


「それは、今でも発現すれば探知できるのか?」


「はい。発現すれば明確に感じられます。でも、位置まではわからなくて……」


 エリカナの表情は暗い。隣で彼女の横顔を見るシラスも心配そうにしている。


「んー、もっと相手の特徴とかないかな。例えば向けられる悪意の特徴とか」


「発現すれば何となくわかると思いますが」


「それでいいから、やってみてくれないか?」


「はい。では、失礼して」


 エリカナは立ち上がり席から離れると、自分の胸に両手を添えて瞑目し静かに唱えた。


発現エクセヴィレン、手の平に集まりし人の心根、その内にそそがれるは、悪意の波動」


 すると彼女は両手の平を水をすくうようにすると、次第に黒い空気のようなものが手に集まった。


「……悪意。色は漆黒。それもいろんな色が混ざってできたような淀んだ漆黒……」


 それだけ呟くと黒い空気は霧となって消え、エリカナは膝をつく。それを見てあわてて駆け寄るシラス。


「エリカナ先輩!? 大丈夫ですか? かなり体に負担があるようですね」


 エリカナはシラスに支えられゆっくりと椅子に座る。


「……はあ、はあ。大丈夫です。いつものことですから。ここまで集中して発現したのは久しぶりでしたが……」


 レノアスは思案するが、はっきりとしない抽象的な表現に難しい顔をした。


「負担をかけさせて悪いが、それだけじゃあ何とも言えないな。でも、おびき寄せれば出てくるかもしれない。ちょっと試してみるか」


「うひひ。なにか手だてを思いついたんですか?」


「まあな。この王都で一番広くて見通しのいい場所ってどこだ?」


「えーと。セレンジシア創立記念公園じゃないでしょうか」


「じゃあそこで罠にかけてみるか。それと報酬は受け取れない。数少ない友人の頼みだからな」


「……レノアスさん。さすが! ありがとうございます!!」


 感動したシラスは、レノアスの手をブンブンと上下させて喜んだ。




 それから数日後の休日。作戦決行の時がきた。場所はセレンジシア創立記念公園のほぼ中央。手入れされた歩道や木々が生え、花畑や小川も流れている。休日には多くの長耳族が家族連れで遊びにくるらしい。そこに一人で佇むエリカナは周囲を見渡し、誰かいないか警戒して視線をさまよわせている。雇われていた護衛達は少し離れた位置で警護していた。

 しばらくすると、草色の外套で全身を覆った怪しい人影が現れる。エリカナは恐怖に後ずさり地面に尻をついた。


「あ、あな、あなたは何者ですか!?」


 エリカナの怯えた問いに答えず、外套の人物はゆっくりと近づいて手を伸ばし、あと数歩で手が届く距離まで近づいた。すると地面から土砂とともになにかが飛び出してきた。


「ぷはっ! エリカナ先輩には指一本触れさせません!!」


 それは土にまみれたシラスだ。レノアスはエリカナが一人になったとき悪意の人物が襲ってくると考え、罠にはめるためシラスに昨晩のうちから地面の中で待機させていたのだ。シラスは飛び出した勢いのまま、外套の人物の手を掴むが、振りほどこうとする力にそのまま振り回された。なんとか、しがみつきながらシラスは発現の唱言を発した。


「わわわわ!! エクッ! 発現エクセヴィレン! く、黒っぽい雲よりも、くろっ、黒い雲! ししし、視界を覆う闇の雲!!」


 振り回されながら発現すると、外套の人物の顔周辺に黒い雲が集まり、視界を完全に覆った。シラスはついに振り落とされ地面に打ち付けられる。


 視界を奪われ困惑したその人物は、逃げようと高速で走り出す。特殊な発現でも使っているのか尋常な速さではない。シラスも精一杯声を張り上げた。


「レノアスさん! そっちに行きましたよ!!」


「おう! 任せろ!!」


 レノアスの声が上空から響く。レノアスは自分の創製した立方体に乗り上空から状況を見守っていた。高速で逃げようとする外套の人物のすぐ上に創製した。


創製クレイディフ! 目の細かい重い網!!」


 すると狙ったように一辺が十メートル程の銀色の網が現れ、外套の人物を押しつぶすように高速で落ちた。

 視界を失っていたため、その者は網の存在に気づかず、そのまま網に捉えられ地面に押し付けられた。かなり重い網なのか外套の人物はもがいているが動けないでいる。


 レノアスが上空から足元の立方体を操作し降りて来た。


「おっし! 作戦成功だな。シラスとエリカナは無事だよな?」


 土だらけのシラスが急いで駆け寄って来た。


「ええ、まあ。土まみれですが……」


「はい。私もなんともありません」


 レノアスは二人の無事を確認し、目の前の怪しい人物に目をむけた。

 うつ伏せになっているため顔はみえないが、あることに気づく。


「ん? 手が真っ黒? そういう人種か? にしても……」


 レノアスは近づいてよく見ようとしたところ叫んだ。


「二人とも伏せろ!!」


 咄嗟の出来事に反応できなかった二人を地面に押し倒す。次の瞬間、外套の人物は地響きと共に爆発し轟音を轟かせて衝撃波を放った。瞬時に創製し壁を作ったレノアスと押し倒された二人は無事だ。爆風がおさまり、土ぼこりと砕かれた小さな石が周囲に降る中、壁を消したレノアスは呟く。


「……おいおい。なんて破壊力だ。深くえぐれてるな」


 地面の二人はなにが起きたか分からず呆然としている。

 レノアスはえぐれた穴を見ていてありえない事に気づいた。


「人が爆散したのに骨一つ残らないなんて……」


 その穴の周辺には爆散した人物のものと思われる外套の切れ端と、銀色に霧散していく粒子しか残っていなかった。


「死体が銀術みたいに霧散するって聞いた事ないな」


 レノアスが訝しむ顔をしていると轟音を聞いたエリカナの護衛達がこちらに向かってきていた。シラスがレノアスに声をかけた。


「……すごい爆発でしたが、あの人自爆したんですかね?」


「恐らくはな」


「でも、そんな発現なんて聞いたことないですけど」


「それに、死体も残っていないな」


「あ、本当ですね。草色の布の切れ端以外何もない」


 その後近づいて来た護衛達に話を聴くと、草色の外套を被った人物なんて通してないと言っていた。だとすると、爆散した人物は、経験豊富な護衛達の目をかいくぐる能力や素早さ、シラスを片手で振り回せる程の腕力、それに最後は辺りを巻き込み自爆するという危険な存在だったということが分かる。


 その後エリカナが発現を使ったところ、悪意は消えていた。

 ひとまず安心する一同だった。



 ***



 その一件の後のある日、レノアスは用事があって購買部に来ていた。


「ああ?なんか用か、小僧」


 この購買部の受付は一介の職員にすぎないようだが、もう一つの仕事は、凄腕の情報屋だと、最近になってシュナーザ王に紹介された。

 彼は見た目と話し方に差はあるが、欲しい情報ならなんでも用意できる優秀な情報屋だった。様々な依頼の斡旋もしていて学生達にそれぞれの能力に合った小遣い稼ぎを紹介していたりする。さすがに獣人族の情報は五年前から何も集まらないようだが、それ以外の情報なら、金さえ払えば大抵集めることができる。レノアスが情報屋に求める情報は一つ。


「ギンジさん、報酬の良い仕事ある?」


「おう、あるよ。決まってるじゃねーか。俺様を誰だと思ってる」


「おお、さすがギンジさん。それでどんな?」


「……これだ。廃墟に住み着いた害獣の駆逐をしてほしいと周辺住民からの以来だ。二人までだそうだ。一人はもう決まってるからよ、明日現地で会えるようにこっちから伝えとくわ。時刻は朝の九の時でいいな?」


「はい」


 レノアスは依頼書の場所を確認し報酬を見ると驚いた。


「え? 害獣の駆逐で十万ジエルって、高額だな」


「だろ? なんか臭うんだが。まあお前なら大丈夫だろ。期待してるぜ」


「了解。これ情報量」


「毎度あり。これからも情報屋ギンジをよろしくな」


 明日は土の日で休日だ。レノアスは遺跡での訓練以外は特に用事もないので、仕事があるなら休日でも働いていた。


「よし、今日は遺跡で訓練したら、早く帰って明日に備えるかな」





 次の日。レノアスは情報屋のギンジさんから紹介してもらった依頼を達成するため、王都近郊にある大火災後の廃墟に来ていた。


 大火災は今から一年前に貴族達の住む一等地で起きた。多くの建物を巻き込み、沢山の犠牲者を出した。

火災後に調査が行われたが原因は未だ不明で、焼けたままの状態で取り残された廃墟が一年経っても数多く残っている。

その火災跡にある一つの廃墟に向かったレノアスは、そこで意外な人物に会う。


「お? イーサンじゃないか。どうしたんだこんな廃墟で」


 そこには腕組みしたイーサンが、昔は大豪邸だったであろう廃墟の前で立っていた。


「ん? ああ、人間ではないか。どうしたもなにもここは元々私が暮らしていた屋敷なのだ」


「え、そうなのか。知らなかったよ。お前があの大火災の被害者だったなんて。いろいろ大変だったんだな」


「ふん。私のような貴族にとっては屋敷の一つや二つはどうってことはない。それより、さすがの私でも両親を無くしたのは堪えたがな」


 イーサンはいたって平然とした態度だが、横顔には少し憂いが見えた。


「……そうなのか。以外と苦労してるんだな」


「人間風情に同情されるのは心外だ。両親と屋敷を失ったとはいえ、親族の屋敷に住まわせてもらっているし、弟達や妹達が皆無事に生き残っているからな。一人になったわけではないぞ」


「そうか。前から思っていたが、お前ってぶれない奴だよな」


「はっはー! エルンクナルン家の現当主がこれしきのことで動揺していては、その由緒正しい家名にふさわしくないであろう」


 キラリと白い歯を輝かせ、不敵な笑みを浮かべるイーサン。


「そうか……すごいな」


「ふん。人間などに言われても嬉しくないぞ。それよりここになにをしにきたのだ?」


「ああ、害獣退治の依頼でな。ここにもう一人来るはずなんだが、まだ来ていないようだ」


 レノアスはイーサン以外に人がいないか周囲を見渡しながら返答すると、イーサンが組んでいた腕を腰に添え、偉そうに胸を張った。


「はっはー! そのもう一人とは私のことだ。高貴な私と共に働けることを誇りに思うが良いぞ」


 レノアスは少し驚きの表情を浮かべた。


「え? そうなのか。お前みたいな貴族は働かなくてもいいと思ってたんだが」


「当然だ。本来は上級役人である父が家計を支えていたのだが、亡くなったので、お家復興のため私自らが働いているのだよ。わかったかね?」


 家や両親を失いつつも、自力で再興するというイーサンの言葉に感心するレノアス。


「そうか……やっぱり、なんかすごいな、お前って」


 イーサンは不快そうな表情になるが、すぐに害獣退治を促す。


「ふん。人間などに言われても嬉しくないと言っている。そんなことより害獣退治を始めるぞ。人間」


「ああ。そうだな。でもよ、この広い廃墟群のどこに害獣が隠れてるか探すのはさすがの俺でも骨が折れるな」


 レノアスが小さくため息をついた。


「それなら心配いらないぞ。高貴な血筋のこの私が、発現で探知してやろうではないか」


 そういうとイーサンは両手を顔の高さまで上げてから唱える。


発現エクセヴィレン、華麗なる反響定位の気品漂う音の響宴!」


 それと同時に右手の指をパチンと鳴らす。そして次に左手の指を動かして鳴らしたようだが、音がしなかった。


「ん? 今なにかしたのか? 発現のあとなにも起きなかったが」


「ふむ」


 イーサンはレノアスを無視して、目をつむり集中している。


「分かったぞ人間。ここから東の方角に五匹の狼か野犬のような獣。それと近くに人が三人いる。……どうしてこんな場所に人がいるのか?」


「ああ、音で探知したのか。なかなか便利な発現だな」


「華麗に高い音と低い音を出し、それぞれが反響してきた音を聞いて、優秀で貴族な私が周囲の空間を探るのだ。私にふさわしい上品な能力だと思わないかね?」


「えーと。そうだな。品はあるよな。たぶん」


「この私にかかれば探知など造作も無い。それより、ここには私たちのような許可をもらっている人以外は入れないはずだが、私たち以外にも依頼を受けた者がいるのかもしれないな。まあよい。行くぞ人間。戦闘はお前の役割だからな。誠心誠意励むがよい」


「やっぱりそうなるのか。わかったよ。じゃあ行くか」


 二人はイーサンが探知した方角に進む。しばらく歩くとレノアスは気配を探し、五つの動物の気配を察知した。すると向こうも二人の気配を察知したらしく、ぞろぞろと五匹の獣があらわれた。


「なあ、イーサン」


「なんだ、人間」


「……あれ。なんだ?」


「なにとは何のことだ?」


「だからさ、あそこにいる犬みたいなやつのことだよ」


「ちょっと変わっているが犬だろう? なにをあたりまえのことを」


「あれは、ちょっとどころじゃないと思うぞ」


「ふん。犬ごときに動揺するとは。人間族は臆病なのだな」


「いや、さすがにこれはな」


 そこに現れたのは犬のような化け物だった。

四本足で立つのは犬と変わらないが、全身が真っ黒で頭や背中に多数の犬の顔や目や口が生え、その全ての目は赤く光っている。

首に付いている頭以外の目や口もそれぞれが個別に生きているようだ。

そんな化け物が五体、こちらを睨み、口という口から唾液を垂らし、捕食者のような血に飢えた赤い瞳を二人に向けていた。


「人の気配もするが、はなれた所で様子を見ているだけのようだな……」


「そんなことより、一人で退治可能かね?」


「ああ、大丈夫だ。獣は慣れている、と言いたいが。こんな奴らは見るのも初めてなんでな。どうなるかわからないがやってみるさ」


「戦う前から弱気だな人間。犬畜生の五匹や十匹恐れるには値しないではないか」


「お前は戦わないのによく言うよな」


「はっはー! この高貴な私が戦う舞台は策謀渦巻く社交界と決まっているのでな。些末なことには興味がないだけだ」


 レノアスはどんな状況でもぶれないイーサンに呆れた表情を向ける。


「まあ、仕事だからしょうがない!」


 レノアスはゆっくりと距離を縮めてくる黒犬に向け唱えた。


創製クレイディフ! 摩擦係数ゼロの双剣!!」


 レノアスの両手には瞬時に銀色の剣が現れ、構えてからいつでも動ける戦闘態勢になる。

 黒犬の一匹がレノアスの戦意に反応し、正面から高速で飛びかかった。レノアスは身体を回転させながら攻撃をかわし、その回転の勢いで、すぐ横を走る黒犬の背中を斬りつけた。しかし背中に付いていたもう一つの口の奥が光った瞬間、炎が噴射されたので斬るのをやめ、素早く身体を飛び退かせる。黒犬には炎での攻撃があると分かったため、レノアスは距離をとり、自分を睨む無数の赤い目を睨み返し独り言をつぶやく。


「……そんなのありかよ。まさに化け物だな」


 レノアスの戦闘位置から離れて状況を見守るイーサンが声をかけた。


「人間。無理なら逃げてもよいぞ。私が許す」


「はは。まだ始まったばかりだ。やるだけやってみるさ」


 レノアスは他の四匹の黒犬を意識しつつ、正面にいる黒犬に向けて大地を蹴り肉薄すると右の剣で横なぎにするが、素早い動きでかわされたので、斬りつけた勢いのまま身体を回転し、一歩踏み込み、左の剣で再び横なぎする。それさえも黒犬はかわし、正面の口内を光らせ炎を吹き出して、レノアスに連続攻撃をさせまいとする。近距離での炎の噴射を横に飛び退き、距離をとるレノアス。


「こいつ、ものすごく速いな。それに人間並みに賢い」


「グルルルルルル」


 その口からは唾液とともにうなり声が漏れた。

 腕を組み余裕で見守るイーサンが声をかける。


「駄犬の躾はまかせるぞ。そういうのは庶民のすることだ」


「これは、なかなかしつけに手のかかる犬だぞ」


 レノアスは左手の剣を霧散させ盾を創製する。


創製クレイディフ! 摩擦係数ゼロの盾!!」


 左手に銀色の滑らかな盾が生成された。

 一瞬にしてあらわれた盾に少しの動揺もみせず、全ての黒犬達がレノアス目がけて駆ける。まずは正面にいた一匹目が牙を剥きレノアスの首を狙い飛びかかる。レノアスは盾を構えスルリと左にいなし、先ほどのように背中の口から吹き出す炎を盾が完全に防いだところで、胴体を両断する。それとほぼ同時に盾のない右横腹を二匹目が噛み千切ろうと迫ったが、それを剣で頭を突き刺し、そのまま放り投げ絶命させる。次は背後の上空から襲いくる気配に気づき、前方に飛び退きつつ体を捻って、背後に迫っていた三匹目の首をはねる。しかし着地する瞬間を狙う四匹目に足首を噛まれる直前、


創製クレイディフ! 超重量の立方体!!」


 その一辺が十センチの立方体は、四匹目の頭上に生成された瞬間、高速で落下し頭部を突き破り、超重量のため破砕音とともに地中深く付き進んだ。そのとき五匹目が背後から飛びかかり、レノアスに炎を浴びせようと大口を開けたが、すでに気配を察知していたレノアスは、頭上にまた立方体を創製し、そのまま五匹目の炎もろとも黒犬の頭に高速で落とした。五匹目は炎を出すことなく、頭を爆散させて動きを止めた。

 ここまでの一連の動きは一瞬だった。レノアスは息を乱すことなく戦闘を終えた。


「ふむ。正直なにがどうなっているかわからないが、良くやった。褒めてやろう」


「ああ、なんとかな。近くにいた三人組は逃げたみたいだな。気配が遠ざかって行く」


「人など今はどうでも良い。依頼の達成を証明するために体の一部をもっていかねばなるまい。いつもの作業をするがよい、人間」


「はいはい。わかってますよ。戦わないのに人使いはあらいのな」


「はっはー! 華麗な上級貴族家であるエルンクナルン家の私には、汚れ作業は相応しくないのだよ。バラを摘むくらいはしてもよいが」


「あーわかったから。俺がやるよ」


 レノアスが五匹の黒犬の死体を切り取ろうとして視線を向けると、それらは銀の粒子となり空中に霧散していくところだった。


「……こいつらはなんなんだ? 動物、じゃないのか?」


「うむ。普通の動物が銀術のように消えることなどありえないな、人間。あたりまえではないか」


「そうか……お前ぶれなさすぎて、すごいな。ある意味尊敬に値するよ……」


「はっはー! ようやく高貴で上品な私の偉大さを理解したようだな。存分に敬うがよいぞ。はっはー!」


 一人高笑いをするイーサンは「ギンジへの報告はお前にまかせる」と言って帰って行った。

 先ほどの異常な動物にも動じず、颯爽と歩く彼の後ろ姿に、驚きと呆れを含んだ表情で見送るレノアスはつぶやいた。


「あれは、将来大物になるな。きっと」


 レノアスは、以前の自爆した外套の人物と、さっきの黒犬の特徴が似ている事に気づいていた。真っ黒い肌の色と死ぬと銀術のように霧散することが共通していたからだ。これには何か関係があると考えるレノアスだが、まだ手がかりが少ないためしばらく様子を見る事にした。



***



 入学からこれまでの二ヶ月間の実技授業は、野生動物を狩る訓練だった。レノアスは今週の対人戦の授業をとても楽しみにしていた。


「いよいよ初の対人戦闘か。今は余計なことを考えずに集中しよう。遺跡の訓練とは別に、対人戦で得られるものも多いからな」


 小さな雲がいくつか浮かぶ晴れの日。午前の九時になった頃。学院の敷地の奥にある実技訓練場には、石材が敷かれた三十メートル四方の闘技場があり、一年七番教室の生徒達が集まっていた。

 今日の実技訓練は対人戦のため、班ごとに勝ち抜き戦を行い、経験を積ませるというもの。

 すでに今までの座学の授業で、対人戦の基本を学んでいる。

 その闘技場には譜文による大掛かりな仕掛けが施されており、相手に与えたダメージが無効化され光に変換され印がつく。

 その光の印が蓄積し一定量になると、体が動けなくなり敗北が決定する。

 石材の床から出ると効果が無くなるため、範囲外に出ても負けとなる。

 ライラ先生が生徒達を静め、声を張り上げた。


「班単位で勝ち抜き戦を行う。勝敗にこだわらずまずは戦いに慣れろ! 負けたら改善点を考え、勝ったら、もっと効率よく勝てるにはどうすればよいか考えろ! 勝っても負けても学ぶ事は多い。戦場で最後まで生き残れる者は、どんな状況でも考え続ける者だけだ!」


 こうして初の対人戦授業が始まった。




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