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銀嶺の使徒  作者: 猫手猫の手
第2章 セレンジシア樹海王国
7/42

学院生活 ー 新しい仲間 ー

 


 学院では各教科の授業も始まり、生徒達も環境に慣れ始めた頃、ついに実技訓練の日がやってきた。


「班分けをする! 各自任意で班を組め。今後の成績にも関わるので慎重に選ぶように。安易な理由で選ぶと状況対応力が落ちるぞ!」


 今日はライラ先生の号令で、班分けのための話し合いが教室の各所で行われていた。


 戦技科は班で協力し合い、与えられた課題をこなしてゆく。

 当然基本的な一般常識や歴史、算術やその他の知識も学ぶが、士官候補生に一番重要なのが戦闘の訓練。すなわち実技である。


 長耳族は種族特性で発現能力が特に秀でていると言われるが、それでも使える系統に個人差はあるので、得意な能力や戦い方を皆で話し合い、バランスの良い班を結成するなら成功するだろう。その交渉力もここでは重要になる。


 後から聞いた話だが班分けは普通、教師がバランスを考えて決めるそうだ。どんな時でも教育に手を抜かないライラ先生恐るべし。


 目立っていたのはホブリスやラディエルト達で、交渉ごとは得意なのか速くも班を完成させたようだ。

 さらにラディエルトが率先し、他の班分けにも助言している。リーダーの資質があるのかもしれない。

 他の生徒達も仲良く班決めを行えているようでなによりだ。


 そんな活気ある雰囲気には当然混じれないレノアスは、話し合いなどしてもらえるわけもないので、余り者で組むしかないとあきらめて待っている。

 一学年四百人を十教室に分けると、一教室四十人になるのでひとつの班は五人づつと決められている。そのため喜ばしいことに半端になる者はいない。


 目の前の席では王女を誘おうと、数人の生徒達がフレイシアを囲み人ごみをつくっている。こぞって説得を始めていて騒がしい。

 すると争奪戦の賞品である彼女が、人ごみをかきわけレノアスの側まで来る。


「レノアス。私と組まない?」


「……は?」


 周囲の者も寝耳に水だったようで固まっている。レノアスは自分のことよりもフレイシアの今後を心配し返答した。


「あの、ちなみに俺、発現使えないけどいいのか?」


「ええ、かまわないわよ」


「でも、平穏な学院生活を送りたいなら、俺を誘うのはやめた方がいいと思うぞ」


 周囲の生徒達が「うんうんその通り」と目で訴えているが、フレイシアはぶれなかった。


「わたしはレノアスと組むわ。どうせ今一人でしょ?」


「そうだけど……考え直したりは」


「しません」


 言い切られた。レノアスはまあいいかとあきらめる。

 そのやり取りを見ていた生徒達は渋々散って行った。

 王女様が一緒だとしてもレノアスと一緒の班にはなりたくないのだろう。視界の端で多くの男子や女子の生徒達が、突き刺さるような視線で舌打ちしたのは聞かない振りをする。


 そうこうしているうちに全部の班が決まり、ようやく余り者が決定したようだ。顔ぶれをみるとなるほど個性豊かな面々だった。


「まずは私からね。フレイシアよ。まだお互いのことは詳しくないから、簡単に技能を紹介しましょう。私の特技は空気を操る風の発現と刺突剣よ。よろしくね」


 言葉使いは気安いが、凛として気品を感じさせる説明だった。

 いつも気を張った隙のない雰囲気も、彼女が剣術をある程度修めているというので納得した。


「じ、じゃあ僕が次で。僕はシラスといいます。この通り見た目は悪いけど、闇系の発現が得意かな。うひひ。あと、短剣かな。よ、よろしく」


 シラスは身長百四十センチくらい。髪は濃い緑色の縮れた短髪で、高そうな丸眼鏡をかけ、顔はお世辞にも良いとは言えない顔だった。

 醜いというほどでもないが、元来整った容姿の長耳族の平均と比べるとかなり分が悪いだろう。

 しかし本人は明るく自己紹介しているので気にしていないようだ。変な笑い声が気になるが。


「……ルシエ。雷」


 ルシエは身長百三十センチ位。透き通った明るい青紫の髪色で、丸みのある短い髪が両目をさらりと隠していて表情は見えない。無口な娘のようだ。


「はっはー! 次は私かな。私の名はイーサン。イーサン・シルフ・エルンクナルン。由緒正しきエルンクナルン家の長男だ。イーサンと呼ぶのを許そう。音波の発現を少々嗜んでいる。あいにく私のような高貴な者には、武器なんて野蛮なものは似合わないので得意武器は無いよ」


 イーサンは身長百六十センチ程。整った真ん中分けの金色の肩まである髪で、毛先がクルリと巻かれている。瞳の色は青色だ。

 恭しく貴族流の礼をして挨拶したイーサンは、その醸し出す雰囲気から、恵まれた環境で暮らす根っからの貴族だろう。

 なぜ余り者になったのか一瞬考えたレノアスだが、武器を使えないのと、音波系は主戦力にならないからかと納得する。


 この班で前衛になれそうなのは、フレイシアと俺だけかと考えつつ、最後にレノアスが口を開く。


「俺はレノアス。人間族だ。創製と短剣、弓や普通の剣も扱える。さっきも話したが、俺には発現は使えない。そういう体質なんだそうだ」


 イーサンが鼻で笑った。


「ふん。人間族というのは皆発現できないのか? だとすればいつも獣の様に武器だけで殺し合しあうのか。まあそうだとしても驚かないが」


「いいや。長耳族ほどじゃないが訓練すれば少しは使えるはずだ。現に使えてる人達もいたからな。俺みたいなのは稀にいるらしい」


「はっはー! 少し安心したぞ。野蛮すぎて意思疎通ができない獣が班内にいると、高貴な私の成績に影響が出るからな。まあ、せいぜい私の邪魔だけはしてくれるなよ、人間族」


 そういうとイーサンは前髪を上品な手つきで払う。

 班決めが終わったのを確認したライラ先生が声を張る。


「よし! 決まったようだな。それでは樹海に入り各班に別れ野生動物を狩る!」


 その一言に教室全体が騒然となった。それもそのはずで、ある程度発現を使えると言っても、レノアス以外動物相手に戦った経験のある者などいない。

 通常は学院内で基本訓練をしてから樹海に入り、野生動物を相手に訓練するという段階を踏むのだが、生徒達のざわめきを意に関せず鬼教官ライラの話は続く。


「実戦を行うための基本訓練など無意味。危険な生と死のやり取りの中でこそ真の経験が積めるものと思え」


 活気に溢れていた教室内は突如不安と恐怖に支配され静かになった。そんな空気の中、フレイシアが手をあげた。


「ライラ先生、すでに武術を修めている者なら大丈夫でしょうけど、他の生徒達はいきなり訓練なしで実戦なんて荷が重いのでは?」


 大部分の生徒達は、ライラの問答無用な空気に気圧されて何も言えなかったので、フレイシアの質問に同意するようにライラの返事に注目する。


「心配はない。一班に一人の臨時護衛教官が着く。いざという時は救助するが、多少の怪我では助けるなと言ってあるので、苦痛を味わいたくなければ死ぬ気で励め!」


 生徒達は「臨時護衛教官が」のところでは皆安堵したが、「死ぬ気で励め」のあたりでは表情が引きつっていた。


「すぐに正門前で集合。以上だ。解散!」と言い残し、それ以上は文句を言わず従えと言わんばかりに、規律正しい動作で教室を出て行った。


 依然動揺している生徒達だが、不思議なことにレノアスの班は誰も動じた様子はなかった。


「まあ、大丈夫じゃないかしら。怪我くらいなら覚悟しないと実戦経験は積めないしね」


「そ、そうですよね。すみません、僕闇系発現なんで役に立つか分かりませんけど、うひ、がんばります」


「……面倒」


「はっはー! 私を当てにするのはやめてくれ。野生動物と戦って、この新調した華麗な学生服に血が付いたら嫌だからな」


 レノアスはそんな個性的な面々とこの先やっていけるのか不安を感じつつ正門に向かい、ライラ先生の指示で四台の大型客室付き馬車に分乗して出発する。


 この世界の馬車は銀術の一種である譜文ふぶんを用いて、客室部分は宙に浮く仕組みになっているため揺れなくて快適だ。


 譜文とは古代語で書かれた命令文のこと。

 この命令文を銀術で起動すると、書かれている効果が現れる。

 この技術は約二千年前の大戦時に開発され、今でも研究が続き様々な分野に転用されている。

 例えば馬車の客室を地面から少し浮かしたり、都市の街灯を一定時間光らせ続けるなどに用いられている技術だ。

 しかしかなり複雑な古代語の長文を書く必要があるため、戦闘等で臨機応変に書いて使えるものではない。


 しばらく馬車に乗っていると樹海の入り口に到着した。


 ライラが今日の課題の達成条件を発表する。

 要約すると一人につき十キロの獲物、つまり一班五十キロ分の動物を狩ること。種類に指定はないので小さい獲物だけでも達成できる。

 終わったら夕方五の時までにここに集合ということだ。今は午前中の十の時なので、半日以上も時間があるのはペース配分を考えろということらしい。かなり実践的な方法だ。


 レノアスは姿は見えないが護衛教官の気配は感じとれる。ライラの言い方では、本当に危険な場合でないと現れないだろう。


「それでは作戦開始! 迷わないように目印は忘れるな。樹海をなめると本当に死ぬと心得ろ!」


 そうしてレノアス達は樹海の中に入って行った。


 レノアスの一人暮らしは毎日が狩りなので、五十キロ分の獲物を獲るのは簡単だが、班の訓練のために荷物持ちを申し出た。

 銀術の応用で重い物を持つことができるし、その分他の皆の負担が減り訓練にも集中できるからだ。


 レノアスとフレイシア以外は樹海を歩くのが初めてのようだった。するとレノアスの前を行くルシエが、木の根につまづいて転びそうになる。咄嗟に差し出したレノアスの手に、バチッ!という音と共に強烈な痛みが走った。


「いたっ! なんだこれ?」


 ルシエは自力で体勢を立て直し、驚いたように呟いた。


「……え?……気絶しないの?」


レノアスは痛みに顔をしかめながら、特に気にした様子も無く質問した。


「ええと、電撃の出る体質なのか? 無意識に?」


「……そう」


「家族でもか?」


 その問いには無言で反応を示さないが、肯定と受け取るレノアス。

 レノアスはその事実を知り他の班員達に視線で確かめると、皆すでに知っていたようだ。フレイシアが少し沈痛な表情で説明する。


「……その娘の本名はルシエ・シルフ・リソラウスと言って、代々優秀な発現能力者を輩出する家の出よ。でも……」


「はっはー! 知らないのかね人間族よ。貴族ならリソラウス侯爵家を知らない者はいないのだがな。まあ当然か。本来高貴な血筋の我らとは関わることなどあるはずもないのだからな」


「ああ、僕も前に聞いたことありますよ。なんでもあまりにも突出した才能の娘が生まれたとかなんとかって。うひひ。だけど触れると無意識に気絶する程の電撃を与えてしまうので困ってるとか……あ、すみません」


 シラスは本人を目の前に失言したと気づきすぐに謝るが、ルシアはうつむいてしまい、その場の空気が重くなる。

 レノアスは忌み子となって国から災害認定された経験から、自分と似た境遇のルシアに同情した。


「……そうか」


彼らは再び森の奥に進み、レノアスは一言も話さないで最後尾を付いてくるルシエに質問した。


「それでルシエはさ、どんな発現できるんだ?」


「……雷」


「ああ、それは分かってるんだが、具体的に雷をどう使うんだ?」


「……まき散らす」


「でも気絶するほどの電撃だよな?」


ルシエは小さく頷いた。


「近くに人がいたらまずくないか?」


「……近くに人がいると、使えない。みんな気絶する」


「ははは、やっぱりね」


レノアスは名家の娘ルシエが、あまり者になった理由を知り納得した。


「今回は気絶させないよう、頼むよ」


ルシエは再び小さく頷いた。

レノアスは樹海の鬱蒼と茂る木々に目を向け、ルシエの才能が自身を助けるものであってほしいと人知れず願った。



 樹海の奥にたどり着くと、ようやくこの日最初の獲物である木登り兎が群れで現れた。

 この樹海の生態系では最下層に位置する動物で、臆病だが素早い草食動物だ。

 捕まえるのにはコツがいるので、皆のお手並み拝見と様子をみるレノアス。


発現エクセヴィレン! 巻き上げる風の渦!!」


 真っ先に行動したのはフレイシアだった。腰に差していた剣に発現を纏わせ突きとともに放ち、素早く逃げる木登り兎に空気の渦を命中させた。

 すると一匹の兎が舞い上げられ、空中に弾かれる。落ちて来た兎を無駄の無い動きで一突きする。


「ふう。こんなものかしら。じゃあレノアス、後はお願いね」


「あいよ」


 レノアスは兎を渡されすばやく血抜きし愛用の蛙の袋に入れる。

 その間にも二匹の木登り兎を仕留めるフレイシアは余裕だ。


「さすが剣舞会で観衆を驚かせた実力。高貴な私は感服しました」


 いちいち高貴なとか貴族にこだわるイーサンの賛辞を受け流すフレイシア。


「さあ、さっさと集めてしまいましょう。早ければ早い程評価も高いって言っていたし」


「そうですね、僕も同感です。うひひひひ。もう少し奥に入って大物を狙うというのはどうでしょうか?」


「はっはー! シラス君はなかなか顔に似合わず剛胆だね。私も異存はないよ。華麗に大物を仕留めたなら貴族として優秀さを証明できるだろうからな」


 そんなことを言うイーサンにレノアスは心の中で「自分は戦えないくせに」と突っ込みをいれるが、そんな冷めた視線に気づかず、シラスとイーサンは樹海の奥に入って行った。

 フレイシアもレノアスが付けている目印を確認すると、二人の後をついて行った。

 ルシエはあの会話以降口を開かないが、しっかりとついてきているので大丈夫だろう。


 前もって用意していた昼食を食べ、さらに奥に進む。

 獲物は小物ばかりだが主にフレイシアが仕留め、たまにシラスが短剣で、ルシアも襲いかかって来た無害な動物を無意識に感電させている。


 イーサンだけはまだ何も狩れていないのに焦る素振りも見せず、「気品漂う私のために存分に働いてくれたまえ」と貴族らしい態度で、上から目線の発言をしている。ある意味王女に対して失礼ではないのかと思うが、大物な様子に呆れるレノアスだった。




 薄暗い樹海の中では時間の感覚がなくなるため、レノアスが太陽の位置を確認し時間を予測する。レノアスは午後の二の時だと判断し、そろそろ戻る時間だと進言した。


「もうそろそろ帰らないか? 獲物も十分だし、大物は狩れなかったが課題は達成してるぞ」


「うん、そうね。ちょっと物足りないけど、そうしましょう」


そのときシラスは少し離れたところに木登り兎を見つけた。


「あ! あそこに兎が。うひひ。僕が今日最後の獲物を仕留めてきますよ!」


そういって一人で走り出した。


「おい! 一人で行くな。……まったく」


一同は急いで追いかけ自慢げに獲物を手に持つシラスに追いついた。レノアスはそこで何かの気配に立ち止まる。


「うひひひひ。どうですか? 僕もやればできるんですよ」


「はっはー! やるではないかシラス君。貴族たるものそうでなくてはな」


「静かに!」


 レノアスが緊張感のある声を出し、静まる一同。


「……何かね人間族。この私に命令するとは」


「しっ! 黙れ」


「な! なんだその態度は! 貴族の私に向か」


 邪険に扱われたことに腹を立てたイーサンの抗議の声を遮って、今までで一番の大物があらわれた。


「ん!? しまった! 上か、皆よけろ!!」


 次の瞬間、頭上から長さ三十センチほどのトゲが無数に飛来した。レノアスは難なく躱して木上を見る。


「大トゲネズミ!」


 体長三メートルで全身トゲだらけの巨大ネズミ。子供を守るため縄張りを侵す存在に、容赦なくトゲを飛ばし襲ってくる雑食動物。


 驚きと恐怖のあまり動けないでいる班員達。フレイシアも驚いているが怖じ気づいてはいない。

 しかし巨大ネズミは子供を襲う敵にしか見えないレノアス達を、間を置かず攻撃して来た。

「ギィィィィ!!」という泣き声とともに一番近くにいたルシエに高速でトゲを飛ばす。レノアスは背負い鞄を瞬時におろし、ルシエを守ろうと唱えつつ大地を蹴る。


創製クレイディフ! 摩擦係数ゼロの盾!!」


 俊足のレノアスの手に、顔より下を隠せる大きく滑らかな盾を創製。トゲはすでに放たれている。


「一歩足りないか!」


 レノアスはすぐそばまで近づくとルシエの身体を引き寄せ盾の内側に入れた。次の瞬間トゲが音もなく盾を滑り、方向を変え地面に付き刺さる。

 しかし覚悟はしていたがレノアスの身体に激痛が走った。


「ぐあああああああ!!」


 ルシエを抱き寄せたため、レノアスが強力な電撃を浴びてしまい、意識が飛びそうになるのを唇を噛んで堪えた。

 そこに遅れてフレイシアが大トゲネズミとの間に割って入り唱えた。


発現エクセヴィレン! 切断せよ大気を翔る風刃!!」


 フレイシアが剣に風を纏わせ横なぎにすると、鋭い風の刃が大気を斬り、太い幹を上下に両断した。

 危険を察知し素早い動きで地面に逃げた大トゲネズミだが、警戒心を最大にして威嚇し全身のトゲを逆立てる。

 ルシエは呻くレノアスに気づき、離れようともがくがレノアスがそれを許さない。

 途端正面から無数のトゲがフレイシアを含めた三人を襲った。


「くっ! なんて数なの!?」


 フレイシアは軽快な身のこなしで躱しつつ剣で弾く。レノアスは動揺するルシエを電撃の激痛とともに懐に抱き、盾を正面に構えてトゲをやり過ごす。

 シラスがようやく正気を取り戻し援護のために発現する。


「エ、発現エクセヴィレン! 黒っぽい雲よりも黒い雲! 視界を覆う闇の雲!!」


 その唱言とともに生み出されたのは、光を通さない真っ黒な雲。大トゲネズミの視界にまとわりつき、トゲの嵐が止む。

 フレイシアは突きの構えで地面を蹴り進む。野生の勘で気配を察知した大トゲネズミは、闇を纏ったまま逃げようとするがビクリと動きを止めた。


発現エクセヴィレン! 裂風纏いし渦刃かじんの剣!!」


 フレイシアの剣は高速で渦巻く風を纏い、その俊足の勢いも合わさって大トゲネズミの首をえぐる。

 粉砕音とともに血をまき散らし、この国の王女であるのに全身血しぶきで赤く染まった。

 その姿はまさに戦場の戦士。動かなくなった巨体を前にして、息を切らしつつも覇気を出し立ち続けている。

 それを見届けたレノアスはルシエからゆっくりと離れ、仰向けに倒れる。


「……もう、限界だ」


 レノアスは意識はとどめたが全身に浴びた電撃の影響で身体が動かない。

 それを心配そうに見守るルシエの瞳は、涙によって潤んでいるようだった。


「あ、あの……」


「……怪我はないようだな」


「え、と、その」


「俺は大丈夫。少ししびれただけだ。そのうち動ける様になるさ」


 ルシエは泣きそうになりながらも何か言おうとしているが、なかなか言い出せないでいる。なんだかラーナを思い出すなと思っていると、フレイシアが寄って来る。


「大丈夫なの? レノアス」


「ああ、身体がしびれているだけみたいだ」


「そう。意外と頑丈なのね。聞いた話だけど、ルシエに片手が触れようとした人は皆すぐ気絶するって聞いたけど」


「なんせ凶暴で多種族を食う化け物なんでな。ははは」


「ふ〜ん。軽口がたたけるのなら本当に大丈夫そうね」


「それよりお前、やるじゃないか」


「これくらいは当然ね。強くならなきゃ守りたいものが失われるもの……」


 レノアスは残りの二人にも声をかける。


「シラス。なかなかタイミング良かったぜ、ありがとうよ」


「いえいえ僕なんて目隠ししただけですから。あれぐらいがやっとですし。うひ。僕よりもフレイシア様のほうがすごいと思います。うひひひひ」


「まあな。でも、うまい連携ができたから勝てたようなものだ」


「うひひ。そういってもらえると、うれしいですね」


 レノアスはもう一人にも声をかける。


「イーサン」


「ふん! それしきの電撃で倒れるなどひ弱な身体なのだな人間族」


「ああ、それについては言い訳できないな。それにお前の援護が役に立ったよ」


「……ん? 何のことかな」


「まあ、いいや」


「ふん! 早く立ち上がれ。貴族の私が時刻も守れぬと陰口を叩かれるのは家名を汚すことになるのでな」


「ああ、すまない」


 イーサンは小声で発現し、大トゲネズミの耳元で炸裂音を発生させ動きを止めた。そこにフレイシアの攻撃がとどめとなった。もしイーサンの補助がなかったら躱されていただろう。

 余り者の班も捨てたもんじゃないなと考えるレノアスだった。


 レノアスは少ししてから回復し、急いで大トゲネズミの血抜きをし解体して鞄に入れ背負った。

 そして集合場所に着いた頃はちょうど五の時だった。


 空が茜色になり、静かに夜が近づく頃。学院に戻った各班の評価が発表された。

 一位はレノアス班の五百キロ。次いでラディエルト率いる貴族班の二百五十キロ。三位以下は五十キロがほとんどだ。

 かなりの好成績に生徒達は目を丸くしていたが、ラディエルト達は悔しさを噛み殺していた。レノアス達は運がよかったのだと周囲の生徒達と話をしていた。


 しかし、レノアスは皆実戦経験はなくともそれなりの才能を持っていて、少々個性豊かだが期待できる者達だと考えていた。

 勝ち取った素材はもらっていいと許可を得たので、素材換金所に持ち込む予定だ。

 少しの臨時収入にほくほくしていると、ルシエがレノアスの前に進み出て話しかけた。


「……さっきは、ありがと」


「どういたしまして。もう回復したから気にすんな」


「……キミ、丈夫」


「ああ、まあな。いつも鍛えてるからな」


「……触っても、倒れない」


「いや、それでも痛いからな」


「……はじめて」


 そういうとルシエは小さな右手を差し出す。


「……あくしゅ」


「だから、痛いんだって」


「あくしゅ」


「あのう、聞いてるかルシエ?」


 むっとした表情のルシエは強引にレノアスの手をバチッ!と握る。


「いて! いてて、おい、痛いんだけど!」


 前髪から覗く瞳には、幸せそうな色が見える。

 レノアスが痛がっているのを気にせず、ルシエが呟く。


「……あくしゅした、これから友だち。初めての友だち」


「いたた! わかった! わかったから。放して、お願い」


 ルシエは嬉しそうに頷いた。

 レノアスは変なのに気に入られてしまったなと、しびれて動かない右手を見ながら、小さくため息をつくのであった。



 ***



 強引な樹海での実戦的な授業のあと、夜の学院の一室には護衛教官達とライラが集まっていた。皆それなりの戦闘経験を積んで来た強者の雰囲気がある。ライラが口を開く。


「全員戻ったな。首尾は?」


「目立った強さを発揮した生徒は八人程。その中でもラディエルトの優秀さは一番でしょう。それとフレイシア様でしょうか」


「ああ。それは当然だ。この私が幼少の頃より手塩にかけて育てているのだから。そんなことより、あの人間族を観察した結果は?」


「ええ、奇妙な点がいくつか」


「奇妙とは?」


「はい。大トゲネズミのトゲを盾でいなしたのですが、音がしなかったのです」


「それは音波系発現の影響ではないのか?現にイーサンは使い手なのだろう?」


「そうなんですが、あの時使用したのは消音ではなくネズミを驚かせるものでして」


「つまり、何らかの特殊な盾ということか」


「恐らくですが。それと彼の創製力は異常です」


「あの五百キロの荷物の件か?」


「ええ。その重さを持ち上げるのは本来十人がかりでやっとです。それにその状態を約七時間も維持するとなると、看過できないかと」


「ふむ。人間族の少年に関しては引き続き監視を継続。他の者は配置に戻れ」


「「「「「了解!」」」」」


 ライラはその部屋から見える夜空の月に視線を送る。

 その瞳には闇夜に浮かぶ月の優しい光ではなく、戦場に向かう兵士の闘気にあふれた炎だった。


 ライラは何かを考えるように瞑目する。


「……試してみる必要があるな」




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