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銀嶺の使徒  作者: 猫手猫の手
第三章 ガデアント小国連合
42/42

お勉強と鹿の肉

レノアスとコボッコの戦闘訓練が行われて数日が過ぎた頃。デグリア城の一階には昇降機に乗り込む土色の外套を着たザイルの姿があった。


「八階へ」


昇降機はその男の声に従い昇っていく。二階で昇降機が止まり身分の高さが伺える上等な衣服の男が一人で乗り込んできた。


「十二階だ」


昇降機の扉が閉まり再び昇り始めると、土色の外套を着た男は眼鏡の位置を直しながらラムゼス王子に話しかけた。


「お初にお目にかかります。私の名はザイルと申します。どうぞお見知りおきを。我ら囚獄ひとやの鍵にどのようなご依頼でしょうか。第一王子ラムゼス様」


ラムゼスはザイルの足元に硬貨の詰まった袋を放り投げた。ドシャリという音を立てて床に落ちたことから、かなりの金額が入っているのがわかる。


「暗殺だ」


ザイルは硬貨の袋を見てからラムゼスに質問した。


「どなたを?」


「第四王子のパスカルだ。今まで何度か殺そうと独自に雇った者共に襲わせたが、奴の護衛をしているあの忌々しい矮人族共に何度も返り討ちにされてきた。それで、あるお方からお前達を紹介してもらったのだ」


「さようでございましたか。ご安心ください。必ずラムゼス様のお望み通りにパスカル王子を亡き者にしてご覧にいれましょう」


「方法は任せるが、私が依頼したということが知られてはならないぞ」


「心得ております」


「頼んだぞ」


ザイルは硬貨袋を拾い上げ懐に入れた。そこで丁度八階に到着し扉が開く。ザイルはそのまま昇降機から出て向き直り、扉が閉まるまでラムゼスに頭を下げていた。ザイルは昇降機が上階に上がって行ったのを確認すると顎に手を添えて考え始めた。


「ここには舞台を盛り上げる有能な役者が揃っていますので、かなり楽しめそうですね。フフフ」


昇降機の前に佇むザイルを呼ぶ声がした。


「ザイル。ようやく来ましたね。遅いですよ」


ザイルは振り向き通路の先から近づく数人の中に見慣れた顔を見つけ恭しく礼をした。


「遅れまして申し訳ございません。ヒムナード様」


ザイルが礼をした相手は、セレンジシアで行われた三国会議にガデアント代表として出席していた糸目の男、笑顔を顔に張り付けた外務大臣のヒムナード・イスラだった。


「それで。お小遣い稼ぎはできそうなのかな?」


「はい」


ザイルは護衛としてヒムナードの背後に立っていた黒い長髪の男に視線を向ける。そのキモノを着ている男は腰に細身の曲刀を刺しており、彼が相当な実力者だということを知っている。


「まあ、趣味は程々に頼むよ。それと、例の件も進めおくようにね」


「はい。了解しました」


ヒムナード達はザイルをその場に残し、昇降機にのって上階に上がっていった。




その頃、最上階の動物庭園中央にそびえ立つ大樹の根元では、レノアス達がフランに言葉を教えていた。ローザは手書きの絵が描かれた紙をフランに見せているところだ。


「フランさん。この絵の動物はなんですか?」


「ウマ」


「正解。こちらは?」


「クマ?」


「はい、正解です。それでは最後にこちらは?」


「ウ~ン……ニジイロウロコオオクチバシオオトカゲ、オス」


「正解ですわ!」


その様子を隣で見ていたレノアスは驚いてローザに話しかけた。


「い、いきなり三問目で難易度が急に高くなってないか?」


「そんなことはありませんわよ。フランさんと二人でこの庭園を散歩したときに実際に見つけた動物ですし、ただ単に名前が長いだけですから」


「そうなのか。それはいいけど、お前、フード被らなくて大丈夫なのか? もし誰かに顔を見られたら大騒ぎになるぞ」


「心配入りませんわ。周囲の人の気配は常に気にかけていますし、フランさんにも人が近づいたら教えてくれるようにお願いしてありますから」


「フランはこの庭園全体の植物と繋がることができて、様々な情報を得る事ができるんだったよな」


「デキル。チカク、ヒト、ナイ」


「それはすごいな。俺でもそこまで広範囲に察知できないよ」


レノアスもフランを撫でながら褒めると、フランはにっこりと笑みを浮かべて喜んだ。


「調査を始めてから数日経ちますけれど、研究所の位置はわかりましたの?」


「それが、なかなか難しいんだ。警備の兵士が巡回していてなかなか思うとおりに調査が進まない。昨日ようやく地下一階の約半分のマッピングを終えたところだ」


「思ったより時間がかかりますのね」


「そうだな。通気口がつながっていない場所もあるからな」


「焦らず慎重にいきましょう。潜入調査は見つかったらそこでお終いですから」


「ああ。そのつもりだよ」


レノアスは先日のローザの様子がおかしかった夜のことを思い出し、彼女に封印のことを聞いてみることにした。


「この前話したお前の力の封印が弱まっている件だけど、詳しく話してくれないか?」


「そういえば、封印のお話をしましたわね。でも、何度か封印が解けかかったことがありましたけれど、特に害はなかったので心配はいりませんわよ」


ローザの話しでは周囲の人間に被害は無かったようだ。しかし、現にレノアスは生命力を強引に吸われ命の危険を感じた。


「それは本当なのか?」


「ええ。満月の夜にわたくしの力が強くなるらしく、その時たまに記憶が飛ぶ事があるくらいです。オリヴィアの話では特に周囲に害はなかったと聞いていますけれど」


「それが本当なら、どうして俺だけ……」


もしかして自分が男性だから襲われたのではないか。つまり、周囲に女性しかいない環境だから、何も問題は起きなかったのではないかとレノアスは考える。


「わたくしが意識を失っているときに何かあったのですか?」


「それは……」


ローザの話し振りから察すると、封印が解けかけたときイスラミルドという人格に変わるという事に、本人は気付いていないようだ。そもそもイスラミルドは危険な存在だから封印されていたんじゃないのか。封印譜文を行使できるオリヴィアがいない以上、次の満月に再びイスラミルドと名乗ったローザの別人格が現れる可能性は高いだろう。レノアスが深刻な表情で考え込んでいると、フランがレノアスを心配して彼の頭を撫ではじめた。

レノアスはフランに心配されていたと気づき、いつもの微笑みを彼女に向けた。


「いや、大丈夫だよ。ちょっと考え事していただけだから」


「レノアスさん? わたくし先日の夜……」


オリヴィアもローザには別人格の事を詳しく話していないようだし、レノアスも確かな事がわかるまで話さないほうがいいと結論した。


「ああ、なんでもない。フランの勉強を続けようぜ。まだまだ教えることが沢山あるからな」


「え? ええ。そうですわね」


ローザは少し腑に落ちない表情をしていたが、再びフランに問題を出そうと持っていた絵を入れ替えた。


「フランさん。お次はこれですわよ」


「ヘビ」


「これは?」


「イヌ」


「最後の問題です。これは?」


「ウ~~ン、クシザシセンボントゲアワフキコガタチョウチンアオムラサキイカ、メス」


「大正解ですわ!」


ローザはフランの頭を撫でながら褒めると、フランは嬉しそうに目を細めて微笑んだ。レノアスはフランがその長い名前を知っていたことに驚いた。


「そんなに長い名前を覚えているなんて、すごいなフランは。というか、そんな生き物この庭園にいただろうか」


「ええ、いましたわよ。池の中でプカプカ浮いていましたわよねフランさん?」


「イタ」


「レノアスさんもまだまだですわね。わたくし達は全八十五種類の内すでに七十九種類まで見つけましたのに」


「そんなに? 俺はまだ三十種類も見てないな」


「フランさんは木人種なだけあって、草木に隠れた動物達を見つけるのがお上手なんですの」


「フラン。ワカル。クサ、キ、トモダチ」


フランはそう言うと何かに気付いたようにピクリと動いた。


「ヒト、クル。アッチ」


フランの言葉を聞いたローザはすぐにフードを被った。少ししてフランの指差す方向の茂みの中からガサガサと草を掻き分ける音とともにパスカルがコボッコを連れて現れた。


「元気か、フラン」


「パスカル。ワタシ、ゲンキ」


「うむ。言葉の習得は順調のようだな。フランの体調管理などは万全か、ローザ」


「ええ、日光浴も頻繁に連れていっていますし、適度な運動も一緒にしていますわ」


「そうか、そうか。そのまま頼むぞ。余はこれから池に向かい、串刺し千本棘泡吹き小型提灯青紫イカの雌の様子を見に行くので、後のことは任せたぞレノアス」


「はい。お任せください王子」


パスカルはレノアスに頷くとコボッコと二人で池の方向に歩いて行った。二人の気配が遠のいてからレノアスが呟いた。


「ほ、本当にいるんだな。その、なんとかイカ」


「クシザシセンボントゲアワフキコガタチョウチンアオムラサキイカ、メス。レノアス、オボエタ?」


「あ、ああ。教えてくれてありがとうフラン。……まさかフランに言葉を教わるとは思わなかったよ……」




徐々に空が茜色に染まりはじめたその日の夕方。仕事を終えたレノアスはスノウラルと二人で町へ食材の調達に来ていた。なんでもお偉いさんが急遽訪問したということで高級食材の追加仕入れが必要になった為だ。その仕入れ担当には料理に詳しく計算もできるスノウラルが抜擢され、レノアスに荷物持ちをお願いした彼女は、二人で食材を取り扱う商店を巡っていた。レノアスとスノウラルは最後の一つの食材がなかなか見つからずに困っていた。

レノアスの背中には食材で大きく膨らんだ樹海大蛙の背負い鞄がある。彼は必要な食材の一覧を確認しながら歩くスノウラルに声をかけた。


「なあ、スノウラル。最後の食材はなんだ?」


「最後の一つは雷鹿らいろくという鹿の肉ですね」


「らいろく? 聞いたことないな」


「ええ、ガデアント地方の北部山岳地帯だけに生息する珍しい鹿で、敵と判断した相手には容赦なく立派な螺旋状の角から電撃を浴びせてくる獰猛な鹿です。その鹿の肉はお美味いことで有名なんですよ。……私は食べたことはないですけど」


「俺も鹿肉は食べた事はないよ。セレンジシアの深淵の樹海に鹿はいなかったからな」


「市場に出回れば毎回高値で取引される高級食材だそうです。でも、その獰猛さゆえに狩るのが難しくて、販売されたらすぐに売り切れる程の人気だとか。料理長がおっしゃっていました」


「そうなのか。でもさ、そんな珍しい肉がすぐに手に入るものなのか? お偉いさんの晩餐会は今晩なんだろ?」


「そうなんです。そもそも売ってないんですよね。街中の肉を扱っている店のリストを渡されたけど、次のお店で最後です」


「そもそも、あまり出回っていないものをすぐに揃えろっていうほうに無理があるよな」


スノウラルはがっくりと肩を落とし泣きそうな声で話し始めた。


「それが……昨日、兵士の方々への夕食を準備していた時、アイ姉が冷凍保存してあった最後の雷鹿肉を、牛肉と勘違いして解凍し、シチューに入れてしまって」


「え、じゃあ、そこに間が悪く急遽お偉いさんがやってきて雷鹿肉の料理が振る舞われることになったと」


「はい。あのバカ姉のせいで厨房は大騒ぎですよ」


レノアスはいつものことながらアイスリンのトラブルメーカーとしての溢れる才能にため息がでた。同時に毎回姉に振り回されるスノウラルに同情する。


「いつも大変だな」


「なんでもイイカゲンでテキトーなんだから。アイ姉のミスをフォローする私の身にもなって欲しいものです。頭にきますよっほんとうに!」


スノウラルは怒りで肩を振るわせ拳を硬く握った。


「ま、まあ落ち着けよ。俺にできることなら手伝うからさ」


「ありがとうございます。いつものことで慣れてますから。それに、あれでも只一人の家族なので……ははは」


スノウラルは疲れたように笑った。


「もうすぐ晩餐会の時間だろ? もしも用意できなかった場合はどうなるんだ?」


「解雇だけで済むとは思えません。最悪、奴隷として売られ、一生を家畜のように重労働させられて生きるかも……」


「それはまずいな。なんとかしないと」


レノアス達は最後の希望と考えていたデグリア城に肉を卸している商会の建物に到着した。そして扉を開けて受付の男性に雷鹿の肉がないか聞くと、案の定そんな珍しい肉の在庫は無いと言われてしまい、青ざめて抜け殻のようになったスノウラルは死んだ魚のような目でぶつぶつと呟きはじめた。


「終わった……。奴隷。一生奴隷か。ふふふ。第二の人生の幕開け……。ふふふ」


「お、おい、スノウラル。しっかりしろ」


「しっかり? ふふふ、そうですね。しっかり奴隷として勤めを果す……。ふふふ、ふふふふふ」


「ま、まだあきらめるなよ。アイスリンとも相談して解決策を」


「アイ姉ですか……。こんなことになったのもアイ姉が原因……。こうなる前に、そう、もっと早いうちにアイ姉を氷塊に閉じ込めて、永久凍結させておくんだった……。ふふふふふ」


レノアスはショックのあまり壊れかけているスノウラルの頬を軽く叩き正気に戻した。


「あれ? 私、今何を考えて……」


「ふう。元にもどったか。まだ肉が手に入らないと決まったわけじゃないだろ?」


「え? どういうことですか?」


じゃの道はへび。肉の事は狩人に聞けだ」


「あっ! そういうことですか」


「もしかしたら、店に売りに出される前の鹿肉を持っている狩人がいるかもしれないだろ?」


「そ、そうですね! まだ希望があるんですね!」


先ほどの死んだ魚のようなスノウラルの目にキラキラとした生気が戻り笑顔になった。

それから受付の男性に狩人として有名な人の住まいを聞いた二人は商会を出る。

そこでレノアスは左手を前方にかざし言葉を発した。


投影プレゼクシア、地図と現在位置」


すると空中に光の板が現れ、その中に周辺の地図が表示された。


「教えてもらったのはここだな。目的地記録レコルデ!」


レノアスは空中に浮かぶ光の板のある場所を指さし赤い点を記録された。それから地図を消したが、左手首には光の矢印が目的地を指し示していた。


「レノアス君、それって?」


「ああ。これはセレンジシアの遺跡の管理者にもらった周辺の地図を表示するものだよ。目的地を記録すると、こんなふうに常に目的地を指し示してくれる便利なものなんだ」


「それは便利そうですね。エンネアさんに遺跡を案内してもらった時も驚いたけど、古代の技術ってすごいんですね」


それから二人は矢印が示す方向に進み、町外れにあるという狩人の家に向かって歩いた。


「この小屋がそうみたいだな」


教えてもらった場所は町の郊外。そこには一軒の家が佇んでいた。近くに窓の見当たらない納屋のような建物も見える。レノアスは左手首で光る矢印を消し小屋の扉を軽く叩き来訪を伝えた。


「ごめんください。スゴロクさんいらっしゃいますか?」


家の扉が開き、仲から男が現れた。


「どちらさんです? 俺がスゴロクですが」


「商会の方に聞いて雷鹿の肉を譲ってもらえないかと思って」


「あー。ちょうど今日狩ってきたばかりの肉が、あるにはあるんだが」


スノウラルは目を見開いて喜んだ。


「えっ!? あるの!? やった! で、できれば、譲ってほしいのですけど。お金なら払いますから、お願いします!」


スノウラルは頭を深く下げてお願いした。


「それはできないな」


「ええっ!? どうしてですか?」


スゴロクの背後から小さな男の子が走ってきて顔を出して言った。


「父ちゃん! お肉まだ? 今日は月に一度の鹿肉の日でしょ! お肉まだなのー?」


スゴロクは男の子に振り返った。


「今、お父ちゃんにお客さんきてるから。もうちょっとまってな」


「えー、お腹空いたよー」


「ほら、お母さんの手伝いでもしてくるんだ。いいな」


「うーん、わかった。早くしてね」


男の子が家の奥に戻っていったのを見届けたスゴロクは、レノアス達へと向き直る。


「と、いうことなんですよね。うちの息子も楽しみにしているのでちょっとお譲りするわけには」


「そ、そこをなんとかお願いします! 鹿肉がないと私の人生が大変なことになってしまうんです!」


「人生!? なにか厄介なことになっているようですが、あなた達に鹿肉を渡したら今日の夕食のおかずが……。それに私の息子は鹿肉を食べるこの日を毎月楽しみにしているので」


レノアスは一瞬考えてからスゴロクに提案した。


「それじゃあ、鹿代わりになるものをすぐに用意できたら鹿肉を頂けますか? もちろん代金は払いますし、後ほどでよければ俺が雷鹿を仕留めて肉を差し上げますから」


「えっ!? 肉を買ってもらった上に新しく肉をくれると?」


「はい。こう見えて、最近まで狩りで生計を立てていたんでなんとかなるかと」


心配そうな表情のスノウラルはレノアスだけに聞こえるように小さく話しかけた。


「ねえ、レノアス君。そうしてくれるのはすごく助かるけど、私たち姉妹のことであなたが怪我とかした大変よ」


「スノウラルにはいつもうまい飯を食わせてもらってたからな。これくらいどうってことはないさ」


「でも……」


レノアスの提案を聞きどうしようか考えていたスゴロクは、心配そうな表情で承諾した。


「……そういうことでしたら、肉の日は次の機会にしてもいいですが」


「えっ! 本当に!? あ、ありがとうございます!」


再び深く頭を下げるスノウラル。


「ご存知の通り雷鹿は獰猛で危険な鹿です。本当に大丈夫ですか?」


レノアスは平然とした顔で答えた。


「ええ、大丈夫です。あとは夕食のおかずか……。よし。ちかくに平で植物を植えてもいい土地はありますか?」


「え? ただの平地でよければこの家の裏手にありますけど……?」


「じゃあ早速」


レノアスはスゴロクの家の裏手にまわり、いつも背負い鞄に入れている樹海の植物の種が詰まった袋を手にとり。その袋の中からある植物の種を取り出し、地面に数個蒔いた。


生育促進グロアシスティアメイシンス、樹海大旨味芋」


 レノアスが唱言を言い終えると、周囲の空中から現れた銀の粒子が地面に吸い込まれるように入って行く。すぐに蒔いた種から根が地面に伸びていき、芽が出てみるみるうちに大きな葉を茂らせていった。

それを側でみていたスノウラルは何が起きているのかわからず驚いているようだ。レノアスはそんな彼女にかまわず、樹海旨味大芋の太い茎を両手で掴み、力一杯に引き抜いた。

すると人の頭ほどの大きさで紫色の丸い芋が次々と数珠つなぎに地面から引っ張り上げられていく。レノアスが全ての芋を引き抜いたときには、その芋の数は五十個以上になり山盛りになっていた。

様子を見にきたスゴロクは山盛りになっている芋をみて目を丸くした。


「えっ! その沢山の芋どこから持ってきたんだい!?」


「それはちょっと言えません。でもこの芋は樹海旨味大芋といってセレンジシアの樹海に生えている芋なんです。旨味が強いので、煮ても焼いても旨いですよ。別名肉芋と呼ばれるくらいに肉とそっくりな味のする芋ですから」


スゴロクは大きな芋を手にとり土をほろってから味をみるためにかじりついた。


「ぬ、うまっ!? なんだこの芋。肉みたいに旨味がある! こんなに旨い芋なら鹿肉が届くまで息子も我慢できるだろう。ちょっと待っててくれ。納屋に行って肉を持ってくるから」


スゴロクが納屋に肉をとりに向かった。


「え、あの、レノアス君?」


「なんだ?」


「今のってどういう仕組みなの? 私には種が一瞬にして成長して芋ができたように見えたけど」


「ああ、これは使徒になってから戦闘訓練がある程度進むともらえる能力なんだ。この能力はテトラからもらったもので、他の遺跡の管理者はそれぞれ違う能力を、その担当する使徒に与えるらしい」


「そ、そうなのね。すごすぎる。まるで神の力ね……」


「原理とか詳しくは知らないけど、植物の成長を早めることができるんだ」


そこにスゴロクが納屋から戻ってきた。彼の背中には黒い毛の鹿が重そうに抱えられていた。

スゴロクは鹿をレノアス達の近くの地面に置いた。


「よいしょっと! ふう。ちゃんと血抜きはしてあるから、あとは捌くだけだ。持ってってくれ」


「これが雷鹿か。ん? 角がない? それに毛色は黒なんですね」


「ああ、こいつは雌だから角は無く毛色は黒だ。雄は螺旋状の鋭い角が生えていて雌より二周りも体が大きくて、毛色は雌と正反対の白だ。運良く群れから逸れていたところを狩ってきたんだよ。白い雄も狩れないことはないが、雷撃なんかを放ってきて危ないんで数人がかりでないと無理だな。本当に大丈夫かい?」


「ええ。前に狩りをしていた場所ではもっと危険な動物が沢山いたので慣れてますよ。じゃあこの雌は頂いていきますね」


「ああ。気を付けてな」


「また来ます」


スノウラルは鹿肉の代金を払い終えると、レノアスは背負い鞄に雷鹿の雌をいれ、さらに大きくなった鞄をを背負い直しデグリア城への帰路についた。

スゴロクの家が見えなくなった頃にスノウラルがレノアスに感謝を伝えた。


「レノアス君。私たちの為に本当にありがとうっ! これで奴隷に落とされずに済みそう」


「気にしなくていいよ。俺もそろそろ狩りにでも行きたいと思ってたところだったし」


「何かお礼をしたいけど、何がいいかな?」


「んー。お礼される程ではないけどな」


「遠慮なんてしなくていいから」


「そうだな。じゃあデグリアの城下町でお勧めの店を幾つか教えてくれよ。料理屋とか雑貨屋とかいろいろ。次の休日にでもさ」


「え? そんな事でよければお易い御用よ。この前ローザさんと町を歩いてまわったからいいお店教えてあげる。じゃあ朝九の時くらいに城門前で待ち合わせでいい?」


「いいぜ。ありがとな」


「そんな、お礼を言うのは私のほう。ありがとね」


茜色になった夕空の町の中を二人は並んで城に帰っていった。雷鹿の肉が間に合ったその日の晩餐会はつつがなく終了し、後片付けを終えたスノウラルとアイスリンは仕事の為にあてがわれた二人部屋に戻った。

隣の寝台の上ではすでにアイスリンがいびきを立てて寝ている。スノウラルは毎日書いている日記を書き終え、レノアスと出かける日に思いを馳せる。そして彼女は今更ある事に気付く。


「も、もしかして! めちゃくちゃ自然に約束しちゃったけど。これってレノアス君とのデートじゃない!?」


異性と二人だけで休日に出かけた経験のないスノウラルは、様々なことを妄想し胸の鼓動が修まらず、次の日は寝不足のまま朝を迎えるのであった。



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