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銀嶺の使徒  作者: 猫手猫の手
第三章 ガデアント小国連合
41/42

とある休日に

 レノアスがイスラミルドと名乗ったローザであってローザではない存在に、生命力を吸われ意識を失った数時間後。

彼はいつも寝台代わりにしている長椅子の上で目を覚ました。見ると寒くないように毛布がかけられていた。すぐにローザの様子がおかしかったことを思い出し、彼女が心配で起き上がろうとしたが、身体は鉛のように重く、手足に力を込めてようやくノロノロと上体を起こした。


「ようやく起きましたわね」


 レノアスが声のした方向を向くとローザがテラスに立っていた。レノアスはまた金縛りになるのではないかと身構えたが、部屋の中に入ってきたローザの様子を見て緊張を解いた。彼女の瞳の色はいつもの琥珀色だった。


「レノアスさん。お仕事が休みとはいえ、もう昼ですわよ。お寝坊にも程があるのでなくて?」


「……お前、ローザだよな?」


「あたりまえですわ。他に誰がいると言うんですの? ……まだ寝ぼけていらっしゃるのね、まったく」


 ローザは少し呆れたように小さくため息をついた。

 レノアスはいつものローザに戻っていたので安堵し胸を撫で下ろした。


「あ、ああ、すまない。ちょっと昨日の調査で疲れてしまったようだ」


「それなら仕方がありませんわね」


「ローザ、俺が調査から戻った時のことは覚えているか?」


「ええ、わたくしの封印が解けかかっているという話しでしたわよね? でも、その後の記憶が曖昧で……」


「そうか。ならいいんだ」


 レノアスはローザが強引に口づけをしてきた時の記憶は無いとわかり、本人に知らせるべきか決めかねていると、ローザはテキパキと出かける用意をし始めた。


「いくらお疲れとはいえ床で寝るのはお勧めできませんわ。風邪でもひいたら大変でしてよ」


「あのまま寝てしまったのか……。俺を長椅子に寝かせてくれたんだな」


「ええ。今度からはご自分で長椅子に寝てくださいな」


「悪かった。気を付けるよ」


 ローザは外套を着て出かける支度を終え、部屋から出ようとして扉に手をかけた。


「わたくし、これから城下町に行ってきますわ。昼食は町で頂きますから」


 ローザはそう言うとフードを目深にかぶり部屋を出て行った。一人残されたレノアスは深夜の出来事を思い出していた。


「……まだ少し体に重い感じが残っている。やはりあれは夢じゃないんだな」


 レノアスは長椅子に座りながら天井に顔を向けて目をつむる。あれは命の危険を感じる状況だった。早いうちにローザから封印の話しを詳しく聞かないといけないと考えていると、扉が数回ノックされ見知らぬメイドの女性が昼食を運んできた。


「あれ? ここに食事を運ぶ係は最近雇われた姉妹のはずでは?」


「はい、そのとおりです。今日は彼女達は非番なので私が代わりにお運びしました」


「そうでしたか。ありがとうございます」


 レノアスは昼食を食べた後に浴室で汗を流した。


「今日はここにきて初めての休日か。そういえば練兵場があるってコボッコさんが教えてくれたな。行ってみるか」


 レノアスは使用人の衣服に着替え、昇降機に乗り込み七階を目指した。今までも時間が空いたときには剣や流体術の訓練を一人でしていたレノアスだが、本格的な対人戦の訓練はしておらず、戦いの勘を忘れないようにするため練兵場に向かう事にした。

 練兵場では大勢の兵士達が訓練をしていた。一人で剣を振る者や、二人で実践的な戦闘訓練をしている者など、真剣な表情で気合いを入れて訓練していることが見て取れた。練兵場の中央では大勢の兵士達が集まり歓声を上げていた。

 そこは一段高くなった円形の闘技場があり、誰かが戦闘訓練をしているようだ。


「ん? 小さい体で大斧を振り回して戦っているのはコボッコ兵士長か。相手は……ア、アイスリンっ!?」


 レノアスの視線の先には大斧を肩に担いだコボッコと、針のような刺突剣を構えたアイスリンが互いに向かい合っていた。アイスリンの体中には無数の光の傷跡がついていたが、コボッコには一つも確認できない。その闘技場にはセレンジシアの学院と同じく譜文技術を応用し、受けたダメージを光に変換する安全装置が備わっていた。闘技場の周囲では見物する兵士達で人だかりができていて、その兵士達の会話が聞こえてきた。


「あの姉ちゃん若いのになかなかやるな」


「ああ、コボッコ兵士長といい勝負してるからな」


「でもよ、さすがコボッコ兵士長だ。戦いが始まってから一撃も受けてないぜ」


 コボッコは余裕の笑みを浮かべて豪快に笑った。


「がーはっはっはっは! お主ほどの者がメイドをしているなどもったいないですな。兵士として働く気はないですかな?」


「あたしも戦うほうが自分には向いていると思うんだけどね。いろいろあるんだよ」


「それは残念」


「あんた強いね。多分あたしじゃ勝てない。けど、一撃くらいは当ててみせる!」


 アイスリンは床を強く蹴り、瞬時にコボッコに急接近した。コボッコはアイスリン目がけて軽々と大斧を振り下ろしたが、アイスリンは斧を軽快にかわした。斧は床にめりこみ、それを好機と見たアイスリンは、さらに移動速度を上げてコボッコの背後に回り込み攻撃動作に入る。コボッコは床にめりこんだ斧から手を離し、アイスリンが背後に回るのを予測していたのか、瞬時に体を回転させ背後を向く。アイスリンは嵐のような鋭い突きの連撃を繰り出した。


「はぁぁぁぁぁぁ!!」


 コボッコは刺突剣の連続攻撃を、両手に装備していた手甲で全て受け続けた。その時アイスリンの頭上から先ほど床にめりこんだはずの大斧が回転しながら襲いかかる。


「いつのまにっ!?」


 アイスリンは驚き、斧をかわそうと攻撃を中断し後ろに飛び退いた直後、コボッコが低い声で発現した。


発現エクセヴィレン! 出よ! 黒曜石の壁!!」


 アイスリンの飛び退いた先の足元から黒い壁が隆起した。彼女は黒い壁に背中を強打してしまい、よろめいたことで一瞬の隙ができてしまう。

 そこにコボッコは回転していた大斧を片手でつかみ取り、アイスリンに斧を振り落とした。彼女の体に大斧が直撃して一直線の光が走り、アイスリンの体は敗北の証として動かなくなった。彼女は力無く膝から崩れ落ちると、周囲の兵士達からコボッコの勝利を称える歓声が上がった。

 コボッコはアイスリンに手を差し伸べた。


「なかなか速い動きですな。しかし、動きが単調ですぞ。それではせっかくの速さも宝の持ち腐れというもの」


 アイスリンはコボッコの手を取り立ち上がった。


「それ、師匠にも言われたことあったよーな、なかったよーな」


「敵に動きを読まれないように変化をつけたらもっと強くなれますぞ」


「そっかー。それにしても、床にめりこんでたはずの斧が降ってきたときはびっくりしたよ。あれ、どうやったの? 両手は開いていたはずなのにさー」


「なに、お主の攻撃を手甲で受けつつ、かかとで斧を上空に蹴り飛ばしただけですぞ」


「まじで? 武器持ってないと思って油断してた。あんた、めちゃくちゃ強いんだね。一撃も有効打入れられなかったよ。あたしの完敗。また今度戦ってくれない? 次はもっと動きを工夫してみるからさ」


「わしこそお願いしたい。楽しい一戦でしたぞ」


 二人は握手をかわしお互いの健闘をたたえた。

 闘技場から降りて来たアイスリンは、先ほどの戦いで疲れたのか俯きながら歩いていた。


「お疲れ、アイスリン」


 アイスリンはレノアスに呼び止められ、気まずそうに苦笑を浮かべた。


「レ、レノっち……。もしかして見てた?」


「ああ。いい勝負だったよ」


「完全敗北。ぐうの音も出ないよ。一撃も当てられないなんてかなりショック……あたし、自分の事をもう少し強いと思ってたんだけどな……にゃはは」


 アイスリンは弱々しく笑い、重い足取りで練武場から出ていった。


「よほど負けたのがこたえたようだな。あとで励ましてやるか」


 アイスリンの背中を見送っていたレノアスに闘技場から声がした。


「そこにいるのはレノアス君ではないか。君も訓練ですかな?」


 レノアスはコボッコに向き直った。


「はい。ちょっと対人戦の勘を忘れないようにと思いまして」


「それならわしとお手合わせ願えぬかな?」


「俺はかまいませんけど、さっき戦闘したばかりのコボッコ兵士長は大丈夫なんですか?」


「丁度体が暖まったところで、絶好調ですぞ!」


 コボッコは大きな斧をまるで力みを感じさせずにぶんぶんと振り回していた。周囲をよくみると同じデュワルフ族の兵士達も応援していた。


「それじゃあお願いします」


「はっはっは! そうこなくては!」


 レノアスは闘技場に上がると息を整え、武器を創製しないまま腰を落として戦闘姿勢になった。見物している兵士達は二人のうちどちらが勝つか賭けているようだ。この場所は兵士のための練兵場なのに、賭けを取り仕切っているのは書庫で会ったハス爺だった。


「さあ、賭けた賭けた! コボッコが1.1倍。少年が20倍じゃ!」


「俺はコボッコ兵士長に賭けるぜ!」

「俺も俺も!」

「あの少年、少しは武術の心得があるようだが、さすがに敵わないだろ! 俺もコボッコ兵士長に一口乗るぞ!」


 ほぼ全ての兵士がコボッコに賭けていた。レノアスの服装は使用人のもので、見た目はただの小間使い。コボッコが勝つと思われるのも当然かとレノアスは戦いの前に呼吸を整えた。ハス爺がレノアスに声をかけた。


「レノアス君や。わしだけはお前さんに賭けとるんだから負けるんじゃないよ!」


 レノアスはすでに相手の動きに全意識を集中していたので、ハス爺の声は聞こえていない。戦闘開始の合図が一人の兵士から出された瞬間、コボッコが先に仕掛けた。コボッコはその小柄な体躯からは想像できないほどに速い動きで正面からレノアスに向かって突進。大斧を横薙ぎにした。レノアスは飛んでかわしたが、コボッコは斧の遠心力に身をまかせ体を回転させ、いまだ空中にいるレノアスに再度斧を横なぎにした。レノアスは体の重心を胸に置き体を捻って斧の二撃目を空中にいながらかわしつつ創製した。


創製クレイディフ! 飛び散れ! 銀のつぶて!!」


 レノアスの周囲に親指の爪ほどの大きさの玉が瞬時に数百個創製され、高速でコボッコに放たれた。


「なんの!」


 コボッコは自分の身長よりも大きな斧を盾代わりにして、銀の雨を防ぎきり、すぐに斧の連続攻撃を繰り出した。レノアスは着地してから全ての斧を表情一つ変えずにかわしきり、コボッコから距離をとった。

 コボッコは斧を構え直し豊かな髭のある口角を上げてにやりと笑みを浮かべた。


「その創製速度でそれだけの創製量。やはりレノアス君はただ者ではないですな」


 周囲の兵士達はレノアスの能力を初めて見たため、あっけにとられて唖然としていた。


「お、おい。今の見たか?」


「あ、ああ。なんちゅう創製速度と質量だよ。一瞬であの数百の銀の玉を創製しやがった」


 レノアスは先ほどのコボッコとのやりとりで、彼の戦闘能力の高さを感じ取っていた。一瞬でも油断できないと悟り、さらに集中力を高めた。


創製クレイディフ! 超重量の立方体!!」


 レノアスはコボッコの頭上に一辺が十センチほどの立方体を十数個創製し、その重さにまかせて落下させた。コボッコは斧で受けたが想像以上の重さに驚いた。


「なんじゃこの重さはっ!?」


 怪力のコボッコでさえ立方体の重さに耐えられず後ろに飛び退いた。レノアスはコボッコが床に足をつく瞬間を狙い再び創製した。


創製クレイディフ! 摩擦力最大の板!!」


 コボッコの飛び退いた先の足元に銀色の板が具現化し、コボッコがその板によって足が床に貼付けられてしまった。


「ぬっ、足が動かん!?」


 レノアスはもがくコボッコに突進しながら唱えた。


創製クレイディフ! 摩擦係数ゼロの剣!!」


 レノアスはコボッコに斬撃を放つ。コボッコはその攻撃を斧で受け、斧がいとも容易く切断され驚愕したが、反射的に体をひねり、左腕に光の傷を受けながらも致命傷をさけた。レノアスの二撃目はかわせないと判断したコボッコは床に張り付いた足に力を込めた。


「ふんっ!!」


 コボッコはレノアスの創製した摩擦力最大の銀の板を足につけたまま床石ごと足を引き抜き、後ろに飛び退きつつ発現をした。


発現エクセヴィレン! 突き上がれ! 黒曜石の針!!」


 レノアスの足元から黒いトゲが無数に突き出した。レノアスは追撃を断念し、再びコボッコから距離をとりコボッコの足に着けてあった板を消した。


「……わしの想像を超える特殊な創製能力。それに戦闘経験に裏付けされた無駄の無い身のこなし。パスカル王子の買い物は大当たりでしたな。久しぶりにわしが本気を出せる相手が現れて、血がたぎる!!」


 その瞬間コボッコの気配が変わった。レノアスは一瞬コボッコを巨大な岩山と錯覚するほどの重く強大な覇気を感じ、無意識に一歩後ずさった。コボッコが不敵な笑みを浮かべながら吠えた。


創製クレイディフ! 大破壊鎚!!」


 練武場全体に響くコボッコの低い声は、長さは五メートル、先端が牛四頭分程の巨大な鎚を生み出していく。コボッコの身長を遥かに越えるその鈍器はまるで重さがないようにコボッコの肩に担がれた。


「いきますぞ!」


 コボッコは巨大鎚を空気を押しつぶすほどの速さでレノアスに振り落とした。レノアスは右に飛んでかわしたが、巨大鎚が床に打ち付けられた際の爆風によって吹き飛ばされた。その先にはなんとコボッコが待ち構えていた。レノアスは咄嗟に声を発した。


「創せっ!」


 レノアスの唱言は間に合わず、頬に重い拳の一撃が直撃した。コボッコはアイスリンと戦ったときのように武器から手をはなし、素手でレノアスに向かってきていたのだ。レノアスは殴り飛ばされたがうまく手を使い側転し、倒れることなく体勢を立て直した。しかし、彼の頬には光の打撃痕がついてしまった。レノアスは再度創製する為に声をだした。


「創っ!」


 しかし、いつのまにかレノアスの目前に迫っていたコボッコが、レノアスの腹部に拳を叩き込む。唱言を中断させられたレノアスはそのまま空中に打ち上げられた。同時にコボッコが創製した。


創製クレイディフ! 大斧!!」


 コボッコは創製しつつ斧を振りかぶり、大斧がレノアスの脇腹に直撃し、レノアスは弾き飛ばされ床を転がった。


「レノアス君の能力は凄まじいが、創製をさせなければよいだけのこと。勝負ありましたな」


 しかし、勝負はまだついていなかった。レノアスはゆっくりと立ち上がり戦う意思を示した。彼の脇腹には光の傷跡はついていなかったが、代わりに右腕が光っていて力が入らなくなっていた。コボッコはレノアスの姿に目を見張った。


「ん? 確かに脇に致命傷を命中させたと思ったのだが。何かしたのですな?」


「まだ練習中で上手くできなかったけど、相手の攻撃力を無効化する衝殺しょうさつという技です」


「ほう。もしや南の砂漠の民に伝わるという体術ですかな?」


「はい」


「レノアス君は様々なことに適正があるようだ。特殊な創製だけでなく術を学ぶセンスもかなりのものですな」


 レノアスは右手をぶらりとさせながらも、その瞳からは戦意が消えてはいない。そして創製する為に口を開いた。


「させぬ!!」


 コボッコが一瞬にしてレノアスに肉薄していた。しかし、足元に数十個の球体が集まっており、それを踏んでしまったコボッコは体勢を崩した。


「ぬっ!? これは先ほどの玉!」


 レノアスは銀の球体を全て消さずに数十個だけ残しておき、自分の足元に集めていた。コボッコに少しだけ生まれた隙はレノアスが唱言を唱えるには十分だった。


創製クレイディフ! 張力の板!! そして双剣」


 闘技場の空中に銀板が無数に創製された。レノアスはコボッコの斧撃をかわし銀板を足場にして四方八方からコボッコに襲いかかった。張力板はバネのようにレノアスを跳ね飛ばし、移動速度を数倍に増し加えた。コボッコはあまりの速い攻撃に防御姿勢を解くことができない。徐々にコボッコの体には光の傷跡が増えていく。


「まだまだ!! 発現エクセヴィレン! 黒き大地の記憶をここに! 黒曜隆起陣!!」


 コボッコを中心に周囲五メートル四方の床全てから黒い柱が高速で突き出し、空中のレノアスや張力の板に直撃した。レノアスは弾き飛ばされ闘技場の場外へ転がり全身が光に満たされ動けなくなってしまった。

 二人の戦闘を固唾を飲んで見守っていた兵士達は静まり返っていた。そこにハス爺のひょうひょうとした声が響く。


「ほっほっほ。レノアス君の負けじゃな。同時に賭けもわしの負けじゃ」


 直後、兵士たちの歓声があちこちから起こった。


「す、すげーな、あの少年!」

「なんだこの戦い! すごすぎる!」

「さすがコボッコ兵士長! 強えええ!」

「あの小僧、ほんとにただの使用人か!?」


 兵士達は自分が賭けに勝ったことを忘れるほどに二人の奮戦に興奮していた。レノアスの体が動くようになり立ち上がると、コボッコが彼の側までやってきた。


「久々に心から楽しめましたぞ!」


 コボッコは立ち上がったレノアスと握手をかわした。


「俺も楽しかったです。その様子だとまだ余裕があるみたいですね。自分の未熟さを思い知りましたよ」


「はっはっは! そんなに謙遜しなくてもよいですぞ。レノアス君はこれからもどんどん強くなって、すぐにわしを越える程になるじゃろう。今はまだわしのほうが長く生きている分、少し強いだけの話しですぞ」


「ありがとうございます。そういえばコボッコ兵士長は今何歳なんですか?」


「今年で百七十歳になりますな。デュワルフ族の平均寿命は二百五十歳なので、丁度中堅というところですかな」


「長生きなんですね」


「その分戦闘経験が多いというわけですな」


 レノアスはコボッコに礼を言うとそこで別れ、自室に帰ろうと昇降機に向かった。その途中、通路の窓から外の景色を眺めているアイスリンを見つけた。彼女はぼーっと外を眺めてため息をついていた。


「どうしたんだ? アイスリンらしくないな、ため息なんて」


 アイスリンは視線だけでレノアスの姿を確認すると、暗い表情でふたたび外に視線をむけた。


「……レノっちってさ、強いんだよね」


「それほどじゃないさ。今だってコボッコ兵士長と戦って負けたからな」


「ふーん、そうなんだ。あのちっこいおっさん。めちゃくちゃ強いよね。多分うちら姉妹二人で戦っても勝てる気がしないよ。あたし達姉妹は傭兵だから、いろんな場所行ったりするけど、あのおっさんほど強い人は初めてだった」


「俺も驚いたよ。上には上がいるっていうことじゃないか?」


「だね。だからさ、ちょっと頭をよぎっちゃったんだよね」


「何がだ?」


「もし、ものすごく強い敵に出くわしたら、今のあたしの力であたしの大事な人達を護れるのかって……」


アイスリンの瞳には憂いが浮かんでいた。


「今までは姉妹でなんとか乗り越えてきたけど、あのちっこい髭のおっさんみたいに強い敵が現れたら、じっちゃんやナーナやスーを護れずに間違いなく死んじゃうよなって」


 レノアスはスノウラルの不安な気持ちを理解できた。大切な妹を自らの力不足が原因で奪われ、取り返して二度と奪われないために長い間自分を鍛え続けてきたからだ。


「あたし達姉妹はミルドの地下街出身だってことは、前に話したよね?」


「ああ」


「……父親の顔は見た事が無い。母親はあたしらが小さい時に病気で死んだ。それでも食べていかなきゃなきゃならなかったあたしら姉妹は、同じような境遇の子供同士で寄り集まって生きてきたんだ」


レノアスは何も言わずにアイスリンの淡々と話す言葉に耳をかたむけた。


「人は貧しいと心の余裕がなくなって、麦粒ほどの思いやりも残りゃしない。地下街の大人達は身寄りの無いあたしらにも容赦はなかった。飢えていても助けてくれる奴はいない。それどころか中には憂さ晴らしに死ぬまで暴力を振るう奴なんかもいた。地下街はそんな場所だから、懸命に助け合って生きていたみんなは、一人また一人と死んでいった……。あたしが十歳になる頃には、あたしら姉妹しか生き残っていなかった……」


アイスリンの横顔からは感情が消えていた。


「スーを護るだけで精一杯で、他の仲の良かった子供達のことは助けてあげられなかった。あたしは子供ながらに、力のない者は死ぬということを思い知らされたんだよね。……だから」


アイスリンはまっすぐレノアスをみつめた。


「あたしは大事な人達を死なせないために、強くならなきゃいけない」


 レノアスはその強い決意に彩られた彼女の瞳を見つめ返した。彼女の清らかな瞳の碧色は美しかった。アイスリンは再び外に視線を向けため息をついた。レノアスはいつもどおりに笑顔で話しかけた。


「アイスリンでも落ち込むことがあるんだな」


 アイスリンは頬を膨らましながらレノアスを睨み言い返した。


「あ、あたしだって落ち込むことくらいはあるっての! あたしはスーみたいに頭は良くないけど、仲良くしている人達を護りたいっていつも思ってんだから!」


「ああ、知ってるよ。アイスリンは文句を言いつつ他人の為に頑張ってるからな」


「……」


「いつも貧しい人達にも分け隔てなく親切で、恵みの雨の仲間たちにも気を使って明るく振る舞ってる。まだ付き合いの浅い俺にだって何かと世話を焼いてくれてるしな。お前、いつも頑張ってるよ」


「……そんなこと初めて言われたよ」


 アイスリンは恥ずかしくなり俯きながら小さくつぶやいた。


「あたしはさ、弱いんだよ。他人に親切にするのは自分が嫌われたくないから。いつも明るく振る舞うのは自分の弱さを見せたくないから。レノっちに対しても……」


「はぁ。本当にいつものアイスリンらしくないよな。もしかしてお前、アイスリンじゃないな?」


「ちょっ!!」


「冗談だよ」


「ま、真面目な話しをしてるのにふざけるなんて!」


「ははは。悪かった。でもさ」


 レノアスは笑顔から真剣な表情になり、真っすぐにアイスリンの瞳をみつめた。


「俺はアイスリンと一緒なら、どんな強敵にだって勝てると思ってるぜ」


 アイスリンはレノアスのその言葉に、いままで胸の奥でもやもやとうごめいていた不安が薄らいでいくのを感じ、同時に暖かくやわらかい感情が浮かんできたことも感じた。


「……ま、まだ、知り合って間もないってのに。どこからくんのよ、その信頼はさ」


「長い間、樹海の野生動物相手に生活してるとさ、ちょっとした行動からその動物が何を考えてるのかわかるようになるんだよ。大丈夫さ。アイスリンはもっと強くなる。それだけ大事な人を護りたいという強い気持ちがある限り。だろ?」


 アイスリンの顔は真っ赤になり、恥ずかしさを悟られないようにいつもはスノウラルが担当している、慣れない突っ込みを入れてみた。


「あ、あたしは動物かっ!!」


 一瞬の間を置き、二人は同時に吹き出すように腹を抱えて笑い合った。ひとしきり笑ったアイスリンの表情からは憂いの色が消えていた。


「レノっちってさ」


「ん?」


「強いんだよね?」


「そうでもないさ。俺にも護りたい人達がいるってだけだよ」


アイスリンはいつもの元気な笑顔を浮かべた。


「今度あたしと戦ってくれないかな。あたし、もっと強くなりたいんだ」


「ああ、いいぜ。じゃあ代わりに、俺に流体術の稽古をつけてくれよ。一人で訓練するのも限界を感じてたんだよな」


「おっけー! じゃああたしはさ、あのちっちゃい髭のおっさんにはまるで勝てる気がしないから、まずはレノっちを倒すのを目標にするよ!」


「それはいいけどさ、セレンジシアの王宮のときみたいに不意打ちは無しな」


「ちっ、やっぱりだめか」


「おい」


 レノアスもアイスリンに慣れない突っ込みを入れた。そうしてまた二人はいつものように笑い合った。


「そういえば。今日はスノウラルと一緒じゃないんだな」


「姉妹だからっていつも一緒なわけないじゃん。たしか、スーはローザっちと町で買い物するって言ってたよ」


「そういえば、ローザも買い物行くっていってたな」


アイスリンはにやりと勘ぐるような視線をレノアスに向けた。


「おや〜? レノっち、スーの事気になるの? なに? 好きなの? ねえ、そうなの?」


アイスリンはいやらしいにやけ顔をレノアスの顔に寄せた。


「そういうんじゃないよ。ただ、お前達はいつも二人でいることが多いからさ。どうしたのかと思って」


「な〜んだ、おもしろくないのー。スーはあたしと違って可愛いし、女の子っぽいから結構モテるんだよ。怒るとガミガミうるさいけど」


「ははは。アイスリンだって可愛いと思うぞ」


アイスリンの顔は耳まで赤くなった。


「え? あ、ええ!? か、かわ、可愛い!?」


「前に恵みの雨の隊員たちが、アイスリンとスノウラルのどっちが可愛いかで盛り上がってたよ。確か五分五分に別れてた」


「ま、まじ!? あいつらめっ! いくら暇だからってあたしらをネタに盛り上がりやがって。帰ったらべっこんべっこんにしてやる!」


アイスリンは拳を上げて握りしめ、表情は怒っているように見えるが、口元は嬉しそうにゆるんでいた。


「まだ日暮れには時間があるし、俺も町をふらふらしてくるかな。じゃあな、アイスリン」


「あ、うん。じゃね、レノっち」


レノアスは城下町に行くために昇降機に乗り込み一階に向かった。アイスリンはレノアスが一階に降り始めてから、閉じた昇降機の扉に向かってつぶやいた。


「ありがとね、レノっち」


その跡アイスリンは再び練兵場に入り訓練を続けた。






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