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銀嶺の使徒  作者: 猫手猫の手
第三章 ガデアント小国連合
39/42

遺跡城

「レノアスさん! 後ろに!」


「ああ、わかってる! 創製クレイディフ! 超重量の立方体!」


 レノアスは振り向きざまに立方体を空中に創製し、背後から斬りかかって来た男の斬撃を防ぎ、そのまま立方体を敵に撃ち放ち弾き飛ばした。

 間を開けずに、三人の男が同時に彼に襲いかかる。

 レノアスは男達の剣を軽快な動きで全てかわし、次々に両手の双剣で敵を斬り伏せ、荷馬車の近くで戦っていたローザに向けて叫んだ。


「ローザ! 右の茂みだ!」


 レノアスの声に促され、ローザが茂みに視線を向けた瞬間、茂みから矢が飛ぶ。


「はぁぁぁぁぁっ!!」


 キン!! と深紅の棒で弾いたローザは茂みに向かって突進し、二射目を放とうとしていた敵の男の腹部に棒を連打し、敵の男を突き飛ばし昏倒させた。

 レノアスはパスカルの馬車を守っていたコボッコに叫んだ。


「コボッコさん、加勢します!」


 レノアスはコボッコに近づき加勢しようとしたが、コボッコは自分の身長よりも大きい巨大な斧を軽々と振り回し、同時に襲って来た四人の敵を弾き飛ばしてから答えた。


「助けは無用! これしきの相手では肩ならしにもならんですぞ」


 コボッコの部下の兵士達は襲いかかる敵に怯まず、勇敢に戦いを繰り広げていた。パスカル王子は襲撃に慣れているのか、馬車の中から戦いの様子を平然と眺めていた。

 レノアス達が敵の約半数を戦闘不能にしたところで、ようやく彼らは退却した。


「ふぅ、ようやく終わったか。これで襲撃は八回目だな。次から次に襲ってくる……」


 自分たちが乗って来た荷馬車に背中を預け体を休めていたローザにレノアスは声をかけた。


「ローザ。怪我はないか?」


「ええ、平気ですわ。でも、こう何度も襲撃されるとさすがに疲れますわね」


「そうだな」


 レノアスは自分の背負い鞄から小瓶に入った紫色の液体をローザに放ると、ローザはその瓶を片手で受け取った。


「ローザ、それを飲んでおけ。疲労回復と滋養強壮効果のある薬だ」


「前にレノアスさんが話してくれた手作りの薬ですわね?」


「そうだ」


「薬ですから不味いのでしょう?」


「いや、飲み易いように甘い果汁風味にしてある」


 ローザは少し肩を落としがっかりした。


「そうですの。残念ですわ……」


「ん? ローザは不味いほうがいいのか?」


「もちろんですわ! 数多くの旅行記に出てくる薬の類いはほとんどが不味いと表現されていましたわ。旅の途中に飲むのなら不味い薬でないと」


「そ、そうか……変なところにこだわるんだな」


 ローザと荷馬車の中で一緒だったレノアスは、彼女から旅行記の話しをいろいろと聞いていた。異性を魅了する体質のせいで外出することができなかったローザは、世界中の旅行記に興味を持ち、自分もいつか旅を体験したいと常々思っていた。ターデン王国への旅で荷馬車に乗る事になって喜んでいたのもそのためだった。


 ローザが薬を飲みはじめたとき、レノアスは周囲に視線を向けると、手傷を負ったデュワルフ族の兵士が応急処置を受けていた。

 動物達の無事を確認したパスカルとコボッコはレノアス達の様子を伺いに近づき声をかけた。


「レノアスとローザ。お主達に怪我はないか?」


「はい。俺もローザも大丈夫です。でも、コボッコさんの部下の何人かは怪我をしたようですね。この辺りで休まなくていいんですか?」


 コボッコは眉根を寄せ仲間達に視線を向けながら答えた。


「うむ。ここまできたら休むより、少しでも早く王都のデグリアに入るのを優先したほうがよろしいでしょうな」


「どうしてですの?」


「王都には王国軍が駐屯してるので、入ってしまえば奴らも表立って襲ってくることもないでしょう。王都まではあと少しなので今は耐える時ですな」


 レノアス達がマルクハンツの首都ミルドを出発してから四日と半日が経過し、ターデン王国の王都デグリアまであと少しの位置まで来ていた。しかし、ここにくるまでの間、正体不明の集団から八度の襲撃を受け、レノアス達は心身共に疲労していた。

 パスカルの話しでは、彼の兄三人が結託しパスカルを亡き者にするために襲撃者をしむけているのだという。最近パスカルが変成鉱の鉱脈を探し当て莫大な資金を得たため、彼の兄達はパスカルを暗殺し変成鉱の鉱脈や財産全てを我がものにしようと画策していたのだ。


「間違いなくやつらは余の兄達がしむけた者共である」


「兄弟なのにお金の為に殺し合うだなんて、一人っ子のわたくしには理解できませんわ」


「ターデンの貴族や王族達の間では血族同士の争いはそうめずらしくないのである。この国の次代の王や一族の当主は能力優先で選ばれるのが慣例であるからな。力の強い者が勝つ。わかり易くてよいではないか」


「王子の兄君達は王子を亡き者にして、変成鉱の鉱脈という莫大な資金源を得たいのでしょう。金銭も大きな力になりますからな。そのために家族を殺そうなどと、我らデュワルフ族にも理解しがたいことです」


 ローザとコボッコの話しを聞いていたレノアスはセレンジシアの事件を思い出していた。それは、フレイシアの兄アーゼルが人間族を滅ぼす為に力を求めて起こしたものだった。樹海生活で権力や金銭と縁がなかったレノアスは、どうしてそんなもののために家族で争い殺し合わなければいけなのかと悲しく思っていた。


「それにしてもローザさんが棒術の達人だったとはおどろきましたぞ」


「それほどでもありませんわ。わたくし、小さい頃から自分の屋敷では時間を持て余していましたので、護身術として棒術の稽古ばかりしていましたの」


「そうでしたか。良き師に教わったようですな。デグリア城に到着したらぜひお二人と訓練がてら手合わせしてもらえないかな?」


「ええ、俺はかまいませんよ」


「わたくしでよければいつでも」


「それは良かった。私と互角に戦える者がいなくて本気を出せる訓練相手を探していたところだったのです」


 コボッコは豪快に笑った。

 それからコボッコの部下達の応急手当が終わると一行は出発し、周囲を警戒しながら王都デグリアへ急いだ。

 しばらく街道を進み小高い丘を登りきったところで、コボッコが前方を指差し皆に聞こえるように大声をだした。


「王都が見えましたぞ!」


 コボッコの声を聞いたローザは興奮した様子ですぐさま走行中の荷馬車から飛び降り丘の上に走った。


「レ、レノアスさん! 見てくださいな。旅行記に書かれていた白き遺跡城ですわよ!」


 好奇心を抑えきれないローザの視線の先には、王都デグリアの街が広がっていた。レノアスも歩いてローザに追いつき一緒に白い塔を見た。

 都市のちょうど中心にはおよそ百メートルの白く巨大な円柱の塔がそびえ立っていて、その塔の最上階は平で樹木の緑や一際太い幹の大樹も見える。城の外壁面にはテラスや無数の窓がついていて、日の光を反射してきらめいていた。樹木が城内の至る所に生え自然を豊かに感じるセレンジシアの王宮とは違い、遺跡城の外壁は白く光沢があり無機質な印象を受ける素材が使われており、人工的な印象を強く受けた。対照的に城下町の家々は木造の家がほとんどで、この国の森林資源の豊富さも見て取れる街並だった。


「あれが城なのか。いままで見てきた城とは全然違う印象だな」


「元々この場所にあった古代遺跡を城として再利用しているため、遺跡城と呼ばれているそうですわ」


「そうなのか。よく知っていたな。その知識も旅行記から?」


「もちろんですわ」


「ミルド程ではないが城下町の規模もかなり広いんだな」


「この目でデグリア城を見る事ができるなんて思いませんでした。これもレノアスさんと出逢ったおかげですわね」


「俺は特になにもしていないよ」


「いいえ。レノアスさんからセレンジシアでのお話を聞き、旅行記だけでは本当の冒険を体験できないということがわかりましたし、わたくしの魅了の効果が及ばないレノアスさんが現れなければ、一緒に旅に出ようなんて思いませんでしたもの」


 顔を隠すように被った外套のフードから見えたローザの美しい満面の笑みに、一瞬レノアスの胸は高鳴った。レノアスは完全に魅了の影響を受けないわけではないことを思い出し、ローザに魅了されないようにと小さく深呼吸して心を落ち着けてから、再びデグリアの城に視線を移した。

 馬に乗ったコボッコがレノアスとローザに近づいて声をかけた。


「デグリア城を見た感想はいかがですかな?」


「白く輝いていて美しいです」


「ターデン王国の三大名所のひとつを見る事ができて感無量ですわ」


「はっはっは! 気に入ってもらえたようでなによりですぞ」


 それからレノアス達は王都まで一度も襲撃されることなく、無事に都市の外門をくぐり抜け都市に入る事ができた。

 城まで続く大通りを進んでいるとパスカル王子に気付いた人々が道ばたに集まりはじめ、王子に歓声を投げかけた。


「パスカル王子! お帰りなさい!!」

「王子! 後でうちの店に寄ってくださいね!」

「きゃー! 王子ー!! こっち向いてー!」

「今度はどんな動物を連れてきたんですかー?」

「パスカルぼっちゃん! うまい果物入荷してますぜ!!」

「おかえりー王子ー!!」


 レノアスはこの都市の人々が王子であるパスカルへ気軽に声をかけていることに驚いていた。パスカルが王族や市民の身分差など気にせず、普段から分け隔てなく彼らに接していることの証拠だった。

 パスカルは人々の声にこたえるかのように微笑んで手を振っていた。

 レノアス達は人々に歓迎されつつ城の前まで進み、白く高い塔の側までくると改めてその塔の高さを実感した。城の外壁を近くで見ると金属でも鉱石でもない不思議な素材のようだ。

 パスカルは馬車を降り、コボッコの部下の兵士達に動物達をはこばせるため指示を出していた。


「お主達は資材搬入用の昇降機を使い、頂上の庭園まで動物達を運ぶがよい。レノアスとローザは余についてこい」


 レノアスとローザはパスカルに言われるままに、彼の後をついて王城の正門を通り中に入った。パスカルの護衛としてコボッコも一緒だ。

 城の中も外壁と同様に白を基調としていて城内なのに明るかった。レノアスは上を見上げると天井全体が光を放っていて城内でも外と変わりないほどに明るかった。

 パスカルはある扉の前で立ち止まり、近くの壁に手を触れると目の前の扉が左右に開き、中は小部屋になっていた。


「この装置は遺跡の上階へ行く為の昇降機である。これに乗って上に行くぞ」


 パスカルは小部屋に入っていった。レノアス達もパスカルの後につづき小部屋に入ると自動で扉がしまった。


「十階へいくのである」


 パスカルがそう言いおわると昇降機は上階に昇り始めたのか、レノアスは体が重くなったような感覚を覚えた。


「これがデグリア城の上階へ移動するための昇降機である。この昇降機の製造技術は失われているので、複製を作る事はできないが千年以上経った今でも問題なく動くのである」


 そして十階に到着すると音も無く白い扉が左右に開いた。


「この十階には謁見の間がある。この遺跡を建造した者達が会議室として使っていたとされる大広間だ。お父様に帰還の挨拶をしにいくのである」


 パスカルは昇降機から出て十階の通路を進んでいく。


「王子、王との謁見に俺たちのような使用人も同席してもいいのですか?」


「もちろんなのである。この城で働く予定の使用人は必ず王と謁見する決まりになっている。余の側付きの使用人として働くのならばお父様にお主らの顔を覚えてもらう必要があるからな」


「それでは、顔を見せられないローザを不信に思うのでは?」


「それは余から説明するのである」


 レノアス達は大きく豪華な意匠の施された扉の前で立ち止まった。その扉の左右にはいかにも腕の立ちそうな四人の兵士が立っていて、その中の一人がパスカルに声をかけた。


「パスカル王子。帰還の知らせはすでに王に伝わっております。後ろの二人は新しい使用人ですか?」


「そうなのである。そちらの者は特殊な体質故に顔を隠している。だが、信用できる者なので問題ないのである」


「かしこまりました。どうぞお通りください」


 兵士が扉を開くとパスカルは謁見の間に入っていった。レノアスは兵士がすんなりとローザを通したことを不思議に思った。普通は怪しい者を王の前に招き入れたりはしないものだからだ。レノアス達も遅れずにパスカルの後について進んでいく。謁見の間といわれていたその部屋はかなり広く、天井も高くおよそ二十メートルはある空間だった。王座の左右には数十人がすわれる場所があり、レノアスは元々が会議室だという話しに納得した。国の重要な会議もここで行われるのだという。

 王の身辺警護を担当する王直属の近衛兵達も二十人以上配置され厳重な警備体制が敷かれていた。

 王座には白髪の混じった口ひげとあご髭をはやした、壮年で細身のターデン王国の国王が座っていた。その王座の側にはパスカルの兄達三人も一緒に立っていて、忌々しげに顔を歪めパスカルを睨みつけている。パスカルが王の数メートル前まで歩み寄ると立ち止まり軽く頭を下げた。レノアスとローザは膝をついたコボッコを見て、コボッコと同じように膝をつき頭をさげた。

 王がパスカルに声をかけた。


「顔をあげよ、パスカルよ。こたびの競売会は楽しめたか?」


「はい、珍しい動物達を手に入れる事ができました」


「そうか。帰国の道中なぞの一団に襲撃されたと聞いているが、無事か?」


 王はちらりとパスカルの兄達に視線を向けた。


「はい。いつもの事ですので大事はありません。頼りになる護衛がおりますので」


「そうか。それはなによりだ」


 王はパスカルの背後でかしずくレノアスとローザに目を向けた。


「後ろの二人は初めてみる者達だな。新しい使用人か?」


「はい。少年の名はレノアスといい動物達の飼育係の増員です。もう一人の名はローザといい特異な体質故に顔を見せることはできませんが、信用のできる者からの紹介ですので少年と同じく動物の世話係にしました。この者の身分は保証します」


「うむ。わかった。ゆっくりと旅の疲れを癒すといい」


「はい」


 パスカルはもう一度軽く頭を下げ、レノアス達は謁見の間を出ていった。

 大扉を出た所でパスカルは立ち止まった。


「父上への挨拶は済ませた。これでお主らは正式に余の使用人となった」


 レノアスはローザの件で特に何も指摘がなかったことを不思議に思った。


「王子。ローザの件で怪しまれると思っていましたが、以外にすんなりと許可をいただけたので驚きました」


「うむ。ここでは良くも悪くも自己責任なのである。謁見の間の警備していた兵士の数はみたであろう? 家族同士でも気を許さないのが普通なのだ。どんな配下を連れてこようが自由。しかし、その者が不埒な行いをしたときは責任を取らされるのは連れてきた者ということだ」


「つまり、信用されたわけではないのですね」


「であるからおかしな真似はするなよ。お主らがすることは全て余が責任をとることになるからな」


「はい。肝に命じておきます」


「うむ。これから余は最上階である二十階にある動物庭園に、先ほど運ばれた新たな家族の様子を見にいくのである。コボッコ、後のことは前に伝えたとおりに頼んだぞ」


「はっ。おおせのままに」


 そう言うとパスカルは動物達に会うのが待ちきれないのか、すぐに昇降機にデュワルフ族の護衛の兵士二人と乗り込み最上階へ向かった。

 パスカルを見送ったコボッコはレノアス達に向き直りこれからの事を話し始めた。


「これからパスカル王子の配下同士よろしく頼みますぞ」


「俺のほうこそ、よろしくお願いします」


「わたくしも粗相のないよう務めますわ」


「これからお二人にあてがわれた部屋に案内するので、昇降機に乗ってくだされ」


 三人は再び昇降機に乗り込み十六階に向かった。昇降機が昇り始めてからコボッコが城の各階層について簡単に説明しくれた。その話しによると、十階は謁見の間や公務関連の部屋が集まっており、国の重要な政はほとんどこの階でおこなわれる。十階から下の階は住み込みの使用人や一般の兵士の詰め所など、身分の低い者達の部屋などがある。十階から上の階は王族や高官の私室、直属の近衛兵の詰め所などで構成され、最上階はパスカルがいままで集めた外国の動物や希少な珍獣達が飼われている動物庭園となっている。

 レノアスはコボッコからの説明で不思議に思ったことを質問した。


「あの、その話しからすると俺たちの部屋は十階より下の部屋になると思いますが」


「通常はそうなりますな。あいにく、パスカル王子が動物の世話のために雇った使用人が大勢いましてな。彼らにあてがわれる部屋は満員なのです」


「それじゃあ、俺たちの部屋は?」


 レノアスが質問したのと同時に十六階に到着した。


「つきましたな。さあこっちです、付いてきてくだされ」


 レノアス達はコボッコに言われるがままついていくと一際豪華な扉のまえで立ち止まった。


「コボッコさん。ここですの?」


「さよう」


 コボッコは扉を開けて中に入った。

 レノアスは部屋に入って中を見渡すと、かなり広い部屋で豪華な装飾が部屋全体にほどこされ、応接机や椅子、鏡台や寝台、全ての家具が高価なものばかりの部屋だった。ガラス窓の向こう側はテラスとなっており街を一望できるようになっていた。

 レノアスは使用人にあてがわれる部屋にしては豪華すぎることに、何かの間違いじゃないかとコボッコに確認しようと口を開きかけたとき、先にコボッコが申し訳なさそうに説明をはじめた。


「この部屋は元々はパスカル王子の私室なのですが、王子は寝食を動物達と共にするためにお使いにならないのです。空室にしておくよりはレノアス君とローザさんの部屋にしてしまえと王子がお決めになりましてな」


「えっ!? 二人でこの部屋を使えということですか?」


「ですな」


「俺は男で、ローザは女性ですよ? 年頃の男女が同室というのは、さすがにまずいでしょう」


「それは申し訳ないと思うが、王子の決めたことですので私にはどうすることもできないのです。お湯が出る専用の浴室や窓の外にあるテラスの眺めは素晴らしいですぞ。聞けば昔からの知り合いだというではないですか、仲良くやってもらえないですかな?」


「いや、しかし」


「了解しましたわ。わたくしは依存ありませんわ」


「ローザ!?」


「そうですか、それはよかった。では私は王子の護衛に戻らねばならんのでこのへんで失礼しますぞ。今日は旅の疲れをいやして下され。明日から動物の世話をしてもらいますのでな」


 コボッコはその場から逃げるようにそそくさとパスカルの護衛の仕事にもどっていった。ローザの魅了の効果が薄いとはいえ、ローザと同室はさすがにまずいと思ったレノアスは去っていくコボッコの背中に声をかけようとしたとき、

 ローザがレノアスの腕を強引に引っ張り、テラスまで連れて行った。


「レノアスさん! 見ていださいな。ここから街が一望できますわよ!」


 ローザは被っていたフードをとり橙色の美しい髪をかきあげ、ふわりと吹く風にゆだねた。レノアスは楽しそうに街を眺めるローザの横顔に一瞬見とれてしまい、またもや胸が高鳴ったがすぐに我に帰り二人部屋の件をなんとかしてもらえないかと部屋の入り口を振り返るが、すでにコボッコの姿はなくなっていた。

 レノアスの様子を察したローザはすこしうつむき寂しそうな表情になった。


「レノアスさん。わたくしと同室は嫌、ですの?」


 ローザの琥珀色の瞳が上目遣いでレノアスを見つめていた。

 レノアスはその吸い込まれそうな瞳に抵抗するかのように平静を装い彼女の問いに答えた。


「い、嫌じゃない。嫌じゃないが、普通は年頃の男女が一緒の部屋で寝泊まりしないものなんだよ。それだけならまだしも……」


 レノアスはテラスから部屋の中に置かれていた豪華な寝台に視線をむけながら言った。


「元から大きな寝台なのはいいが、一台しかない」


「それがどうかしましたの? 一台しかないのであれば二人で一緒に横になればいいのではなくて? あの大きさなら大丈夫ですわ」


「あのな、大きさの問題じゃなくてだな、その……何か間違いがあったらまずいだろ」


「間違いって何ですの?」


 言いにくいことを素直に聞いてくるローザの言葉から、レノアスは彼女が世間知らずだったこと思い出し、遠回しに伝えようとしていたが諦めて小さくため息をついた。


「はぁ……男としてはローザのように可愛い異性が側で寝ていると、性的な意味で襲いたくなってしまうやつもいるんだよ」


 ローザはレノアスに可愛いといわれたことと、レノアスの真意を理解して顔を赤くした。


「えっ? ええ!? 襲うって……。あの、その、レ、レノアスさんも、ですの?」


「俺は完全に魅了の効果を受けないないわけじゃないんだ。だから、念のために別の部屋に変えてもらったほうが安全だろ?」


 ローザはなぜかレノアスと目を合わせるのがはずかしくなり、視線を外し早口になった。


「だ、大丈夫ですわよ! レノアスさんはわたくしが今まで会った男の方々とは違いますもの! わたくしに襲いかかったりしませんわよね? ですわよね? ね?」


「そんなことはするつもりはないけどさ、万が一にも俺が魅了される可能性も考えないと」


「な、なら問題ないですわね!」


 ローザは無理矢理に話しを切り上げ話題を変えた。


「そ、そういえば。この部屋には専用の浴室があるとコボッコさんが話していましたわね。ちょ、ちょっと見てきますわね」


 ローザはレノアスの顔を真っすぐに見れなくなり、その場から逃げるように浴室を見に歩き出し、浴室に入ると扉を閉めた。扉にもたれかかり高鳴る鼓動で乱れた呼吸を整える為にゆっくりと深呼吸をした。


「ふぅ。わたくしどうしたのかしら。急に恥ずかしくなってレノアスさんから逃げてしまいました。なぜだか胸の鼓動も激しくなっていますし……」


 ローザははっとして胸の高鳴りの原因に思い当たった。


「これはもしや……背中の封印譜文の効力が薄れて来た影響ですわね、きっと、そうに違いありませんわ」


 ローザは浴室にあった姿見の鏡でまだ少し赤い自分の顔を見つめながら、高揚する気持ちを強引に押さえて再び深呼吸をした。


「だとしたら、オリヴィアに再封印してもらうまでご先祖様由来の力はなるべく使わないほうがよさそうですわね」


 そう結論づけた彼女はようやく気持ちも落ち着き、何事も無かったかのように浴室をでた。その時鏡に映っていたローザの瞳の色が薄らと赤く鈍光を放っていたことに、動揺していた彼女自身は気付いていなかった。

 結局、ローザが一人で寝台を使いレノアスは長椅子を寝床としてつかうことに二人で話し合って決めた。二人が一つの寝台で寝るという事態は回避され、レノアスはほっと胸を撫で下ろした。

 その後、夕食時になり城の使用人が部屋に夕食を運んで来た。運ばれてきた食事は王族用の豪華なもので、二人は美味しい数々の料理に舌鼓を打ち、食後のお茶を堪能しながらこれからの作戦について話し合うことにした。


「それで、レノアスさん。これから移動扉の調査をするのですよね?」


「ああ。パスカル王子の使用人として城に潜り込めたから、作戦の第二段階は成功だな」


「次はどうする予定ですの?」


「これから本格的に移動扉の研究室について調べることになるが、さしあたっては城の見取り図を手に入れたいな。それから研究室とおぼしき場所を特定し、そこへの侵入経路や追われたときの逃走経路も考えないといけない」


「研究室の詳しい場所についてエンネアさんは知らないんですの?」


「ああ、そもそもエンネアの情報源は酒場で聞いた噂だからな。研究室の詳しい場所まではわからないといっていた」


「それでは、研究なんてしていない可能性もあるということですのね」


「そうでもないらしい。恵みの雨の調査で判明したんだが、譜文研究に必要な機材や素材がミルドの街からここデグリア城へ大量に運び込まれたらしい。だから、可能性は高いんだ」


「そうでしたの。パスカル王子に直接聞いてみたら早いと思うのですけれど」


「いやいや、それはまずいだろ。王子が直接関わっているかどうかもわからないし、公には公表されていない研究だから俺たちがそのことを質問したら、研究資料を目当てに入り込んだ者だと知らせてしまうようなものだ」


「あっ、そう言われてみれば、そうですわね。慎重に調査する為にもまずは見取り図ですのね。その見取り図はどこにありますの?」


「おそらく書庫にあるだろう」


「いよいよ明日から潜入調査の開始ですわね」


「そうだな。まずはここでの仕事に慣れないと。調査は怪しまれないように機会を伺いながら慎重にすすめるよ。それと、ローザにも協力してもらいたいことがあるんだ」


「ええ。わたくしにできることなら何でもおっしゃってくださいな。楽しみですわね。ふふふ」


 作戦会議は夜更けまで続き、話しを終えると就寝の時間となった。二人で決めていた通りにローザは寝台で眠り、レノアスは長椅子に横になった。レノアスは襲撃され続けた旅の疲れもあったためすぐに深い眠りについた。その夜、レノアスは夢を見た。




 暗く終わりの無い無限の空間に浮いているような感覚。肉体の感覚は消え意識だけが存在するような感覚。


「……ん? ここは……」


「少年よ我の声が聞こえるか?」


「ああ、聞こえる。ここは俺の心の中の世界か」


「肯定する」


「なんだか前よりお前の存在が近くに感じるな」


「力を欲した結果だ」


「ああ、わかってる。セレンジシアでかなり無理したからな」


「肯定する。少年の精神の約二割は契約により我のものとなった」


「二割か……。覚悟はしていたさ」


「浸食が進んだため睡眠時の浅い意識下で話すことができるようになった」


「そうだったのか。それで何か俺に用でもあるのか?」


「肯定する。一つ忠告する」


「何だ?」


「あの娘には警戒せよ」


「あの娘……ローザのことか?」


「肯定する。あの娘からは何やら得体の知れない力の波動を感じる。少年の望みを叶えるため今後も力を欲するのであれば、あの娘を警戒せよ」


 心の声の主はそれだけ言うと存在感を薄れさせていき、レノアスは自分の意識が覚醒に向かっているのを感じた。


「お、おい。具体的にどう警戒したらいいんだ?」


 声の主からは返事は無い。徐々に暗かった周囲の世界は明るくなっていき、全てが光に満たされた。




 レノアスは長椅子の上で目を覚ました。部屋に差し込む朝日がレノアスの顔に差し込み目覚めを誘っていた。

 レノアスは起き上がり大きな寝台で小さく寝息をたてるローザの横に立ち寝顔を見つめた。


「声の主はローザに警戒しろと言っていたな。本当に危険な存在なんだろうか……」


 レノアスは少しの間、美しい彼女の寝顔を見つめていたが、今日から始まる動物達の世話係の仕事を思い出し気持ちを切り替えた。


「まあ、考えていてもしょうがないか。まずは仕事に慣れて周囲の人達からの情報収集だな」


 かくしてレノアスのターデン王国での調査が始まった。




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