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銀嶺の使徒  作者: 猫手猫の手
第三章 ガデアント小国連合
38/42

パスカル王子とターデン王国へ

「王子は手に入れた動物達に愛称をつけるのを習わしにしておられるのです」


「……お主の名前はレノアスであるから、レーノ、レア、レノ、レアス、ううん、迷うのう」


 パスカルは少しの間腕を組み思案した。


「よし! 決まったのである!今日からお主の名は『ポポロピンタコス五世』である!」


 レノアスはそのネーミングセンスのなさに唖然とした。


「……あ、あの、王子。元の名前よりあだ名の方が長いと思うのですが。それに、どうして五世なんでしょうか……?」


「お主の前にポポロピンタコスが四匹いたに決まっているであろう?」


「……そうですか。できれば他の愛称にしていただけると嬉しいです」


「遠慮する事はないぞ、ポポロペンタコス五世よ。余の洗練された名前をつけられて幸運だったな」


「王子、さっそく名前を間違えていませんか?」


「余はちゃんと言っているおるぞ。ポロロピンタコス五世の勘違いではないのか?」


「今のも違いましたが……」


「うむ? まあよい。そんな些末なことは気にするでない」


 コボッコがレノアスに小さな声で耳打ちした。


「王子は命名はしますがすぐに忘れてしまい、結局本名で呼ぶようになりますで、今しばらくの辛抱ですぞ」


「ポポポピンタポス五世よ、手足についている枷は取っても良いぞ。じゃらじゃらと耳障りであるからな」


「外したら逃げるとは考えないのですか?」


「お主ほどの銀術を使える者が本気で逃げようとすれば、とうの昔に逃げているであろうに。仮に、お主が余に危害を加えようと近づくならば、コボッコ達が守ってくれる。それに、お主が逃亡するのであればそれは余にお主を従える器が無かったというだけのこと」


 レノアスはパスカルの割り切った考えに感心し、自分と同い年であるパスカルに王族としての器の大きさを感じた。育ちの違いが彼をそうさせるのだろうと考えつつ、レノアスは手足に着けていた枷を外した。

パスカルは動物達の檻を見てまわり、一匹ずつ愛称をつけ始めた。


「うむ。こやつは愛嬌があるのでエネメネメ三世に決めたぞ。となりのこやつは硬そうなのでソーソンウデレンテ十五世の名を与えよう。この木人族の少女はフランフラン七世だな」


 レノアスはパスカルに聞こえないようにコボッコに質問した。


「王子はいつもあんな変わった愛称を付けるんですか?」


「さよう。王子の趣味趣向は他の人と比べると少し、いや、かなり個性的でいらっしゃいます。しかし、王子は道理をわきまえられた立派なお方でございますよ」


 一通り愛称をつけ終わった王子はレノアスとコボッコに向き直り命令した。


「荷馬車はすでに用意してある。余が宿泊している宿まで大事な動物達の護送は任せるぞ。コボッコ近衛兵士長とポトロピントコス五世」


「この命に代えましても」


 コボッコが恭しく礼をしたのを見たレノアスは、同じように礼儀正しく頭を下げた。

 王子は満足げに頷き、踵を返して自分の馬車に乗り込んで、十数人の護衛の兵士とともに街に向かった。

 パスカルの護衛達は皆、コボッコのように身長が低く、明らかに人間族ではなかった。


「コボッコさん。あなた達のような種族が人間の王族の身辺警護をするのは珍しいですね」


「さようですな。レノアス君も先ほど分ったでしょうが、王子の感性は独特でしてな。普通は毛嫌いされる多種族を人間族と平等に扱い、気に入った理由があればそれだけで起用される豪快なお方なのです」


「そうみたいですね」


「そういえば、レノアス君はセレンジシア出身でしたな。セレンジシアでは、長耳族の継承の儀による差別はひどかったのではないですか?」


「まあ、かなり」


「大変でしたな。よければ宿までの道中、レノアス君の話しを聞かせてもらえますかな?」


 レノアスが動物達の檻を十数台の荷馬車に積み込んだ後、コボッコの案内でパスカルの滞在先である宿に向かった。その道中レノアスは真の目的を知られないようにするため、前もってエンネア達と打ち合わせして決めておいた仮の過去をコボッコに話して聞かせた。セレンジシアで生活していたことや、生き別れた妹を捜していること。樹海で捕まりマルクハンツに奴隷として連れてこられ、主人を転々としながら競売会に出品されたことを話した。コボッコも王子の近衛兵になるまでの出来事を簡単に話してくれた。


「我らは大地を愛し育む誇り高き屈強な種族。自らをデュワルフ族と遥か昔より呼んでおります。人間達からは矮人族わいじんぞくなどと呼ばれていますが、その呼ばれ方は差別的で好きにはなれないですな」


「どうしてパスカル王子の近衛をしているんですか?」


「持ちつ持たれつというやつですよ」


「持ちつ持たれつ?」


「さよう。以前にパスカル王子は動物の購入資金を捻出するため、独自の調査で変成鉱の鉱山を発見したのです。しかし、王子のお兄様方がその鉱山を我が物にしようと画策し、採掘作業員が集まらないようにしてしまいました。そこで我らの族長が王子に取引をお願いしたのです」


「取引ですか」


「その取引とはデュワルフ族が変成鉱の採掘作業員を提供する代わりに、王子はデュワルフ族の一族再興に助力するというものでした」


「ということはデュワルフ族を危険にさらす要因があったということですね。理由は何ですか?」


「我らデュワルフ族は人里から離れた山岳地帯の洞窟を好んで住居にしていましてな。そのせいか人間族からは他の種族同様に、野蛮で知能が低いと蔑まれておるのです。そのせいでろくに人間達との物品の交易もできず、ほとんど自給自足の貧しい生活だったので、大勢の者が豊かさを求めて里から出ていき、年々一族が減り続け種族として衰退の道を辿っていたのです」


「この国でもアーファ教の多種族蔑視の影響が根強くあるみたいですからね。そのせいで物品の取引も難しいんですね」


「そうですな。我らは神など信じぬ種族ゆえ、余計に人間達に毛嫌いされるのでしょう。しかし、パスカル王子は違いました。我らを差別せず積極的に様々な役職に起用し、鉱山の労働者達にも相場の二倍ほどの賃金をくださっています」


「鉱山の収益を賃金としてデュワルフ族に還元しているんですね」


「王子は動物達さえ側にいれば他に何もいらないお方ですからな。世界各地に散らばっていた仲間達も戻ってき始め、徐々にですが一族の数も増え始めています。我らの族長達も王子がデュワルフ族を豊かにしてくれたと喜んでおります」


 丁度話し終えたところで宿が見えてきた。そこはとても豪奢な宿で、広い敷地には噴水や色とりどりの花々が植えられた庭園もあった。レノアスは宿に到着するとコボッコの指示で動物の檻を荷馬車から離れにある大きな獣舎兼納屋に運び入れた。


「コボッコさん。明日にはターデンに帰るんですよね?」


「さよう」


「それなら、動物の檻は荷馬車の中に入れたままの方が手間がなくていいんじゃないですか?」


「それはですな」

コボッコがレノアスに説明しようとしたところで、先に宿に到着しすでに部屋着に着替え、枕をかかえたパスカル王子が護衛二人を伴い現れた。


「余の家族には変わりないか? ポトロピントロス五世」


「何事も無く獣舎の中に運び込みました」


「うむ。よい仕事ぶりだ。これからお主には宿の支配人から紹介されたもう一人と協力して動物達の世話係をしてもらう。心して勤めるように」


「はい、王子。もう一人というのはどこにいるのですか?」


「うむ。外套を羽織り顔は見せないが、支配人の話しでは信用の置ける人物だそうだ。……うわさをすれば、あの者がそうだ。仲良くするように」


 そこには外套を深く被ったローザがいた。

パスカル王子はそのまま獣舎の中に動物達の様子を見に入っていった。獣舎の中からは楽しそうに動物達に語りかける王子の声がした。

 レノアスはローザに近づき小声で耳打ちした。


「おい、ローザ。外出禁止じゃなかったのか? それに飼育係になったって、どういうことだ?」


「わたくし一度緊張感溢れる潜入捜査というのをしてみたかったんですの。オリヴィアは許可してくれませんでしたので、こっそり抜け出してきたんですのよ」


「大丈夫なのか? オリヴィアさん怒るだろう」


「心配いりませんわ。この宿の支配人は父上のご友人でして、私が社会勉強のためにターデンまで行きたいと言うと、えらく感心なさったの。その上、パスカル王子にわたくしを紹介してくださって、後でオリヴィアにも伝えておくとおっしゃっていましたわ」


「その支配人もよく許可を出したな。お前を一人で行かせるのは危険だと思わなかったのかよ」


「わたくしの棒術の技量もご存知ですし、護衛もいると言ったら、快く承諾してくださいましたわ」


「……その護衛って」


「レノアスさんですわよ。当然ですわ」


「だよな……」


 レノアスとローザが小声で話している様子に気付いたコボッコが、二人に声をかけた。


「おや、お二人はお知り合いだったのですかな?」


 レノアスはどう説明しようか決めかねていると、ローザが一瞬片目をぱちりと閉じてレノアスに合図をし、説明を始めた。


「そうなんですの。彼が前の主人のところで奴隷として働いていた時、わたくしもそこで使用人として働いていましたの」


「ほうほう。それで親しげなんですな」


「ローザ。こちらはデュワルフ族のコボッコ近衛兵士長だ」


 ローザの瞳が好奇心でキラリと光った。


「わたくしローザといいます。こんな姿でごめんなさい。特殊な体質で外套を羽織らないといけませんの。……あなたのような種族を見るのは初めてですわ。あなたのご家族は皆さん背が小さいんですの? 皆さんお髭が立派で筋肉がもりもりなのかしら?」


 ローザは瞳を輝かせ興味津々にコボッコに詰め寄り質問をした。


「おい、ローザ。初対面なのに失礼だろ」


 ローザを諌めようとしたレノアスにコボッコは微笑みながら言った。


「かまわんよ、レノアス君。この娘さんの目を見れば悪意がないことはわかりますからな」


 コボッコは視線を空に向けた。


「もうすぐ日が暮れますな。王子は今日はこちらでお眠りになるので、夕食をお持ちしませんと」


「え? ここ、獣舎ですよね。ここで食べるんですか?」


「さよう。先ほどレノアス君がどうして檻を荷馬車に乗せたままにしないのか聞いていましたね。王子は動物達と共に過ごすのが大好きで、そのために檻を獣舎に運び入れさせたのです。食事も寝る時もいつも動物達と一緒なのです」


「少々、いえ、かなり変わっていらっしゃること……」


 その時獣舎の中からレノアスを呼ぶ王子の声がした。


「パテロプンテリス五世! 動物達が腹を空かせているぞ! 暗くなる前に市場へ買い物に行くが良い! 明日から五日程の旅になるのでその間の食料も忘れぬようにな!ローザはフランフラン七世の専属世話係をせよ!」


コッボコから餌のリストを渡されたレノアスは、すぐに市場に向かい、大量の果物や穀物、干し草や干し肉などを買い込んでから、一辺が二メートル程の銀の板八枚に山盛りの荷物を乗せて宿への道を戻っていった。通り過ぎる人々は宙に浮く大きな荷物に驚きレノアスをじろじろと見ていたが、彼はセレンジシアで好奇の視線には慣れていたので気にしなかった。

 空の色が茜色になりかけてきた頃、パスカルの泊まる宿まであと少しのところで、薄暗い路地からレノアスを呼び止める声がした。


「レノっち。こっち、こっち」


 レノアスは視線を路地に向けると、アイスリンが手招きしていた。

 レノアスはわざと銀の板の一つを斜めにし、穀物の詰まった布袋をいくつか道にころがし、その袋を拾う作業をしながらアイスリンに顔は向けずに小さな声で答えた。


「作戦通りだ。王子には怪しまれてない」


「そう。ばっちりだね。ここから先は作戦通りあたしとスーで陰から補佐するけど、カイゼルトさんや恵みの雨の人達はいないから気をつけてね」


「そうだな。それと、ローザが俺と同じ動物の飼育係として王子に雇われているんだが、何か聞いているか?」


「え!? 聞いてないよ? 打ち合わせでもそんな話しは無かったよね」


「だよな。ということはローザの独断か……」


「ローザちゃんは競売会の客として参加する以外、役割はなかったはずだけど。どうする? 今回の作戦中止する?」


「いや、このまま作戦続行のほうがいいだろう。ここで逃げたら、ターデン王国の中枢に入り込む機会を失って、移動扉の調査がもっと困難になる」


「でも囚獄の鍵の連中が襲って来るかもだし、もし潜入捜査してるのがターデン王国にばれたら、死刑になっちゃうかもよ?」


「ローザは腕が立つから自分の身は自分で守れるだろう。それに、いざという時のためにお前達がいるんだろ?」


「うーん、そうだけど。大丈夫かな」


「これから俺とローザはターデン王国に入る。うまくやってみせるよ」


「まあ、レノっちがそう言うならいっか」


 レノアスは銀の板に布袋を戻し終え、何事も無かったように王子の待つ宿へ向かった。アイスリンも路地の奥に入っていき姿を消した。


 レノアスは宿の獣舎に到着し、戻ったことを伝えようと中に入ると、パスカル王子が木人族の少女の枝に巻かれ宙に浮いていた。


「王子!?」


 レノアスは少女がまた暴走しパスカルを襲っているのだと思い、咄嗟にパスカルを助けようとして駆け出した。


「レノアスさん、安心なさって」


 レノアスはローザからの一言で急停止し、パスカルに目を向けると、何やら楽しそうに笑っていた。


「はっはっは、なかなか器用なやつじゃな。資料にあったように頭から伸びる枝を手足のように操るというのは本当のようだな」


 木人族の少女も怯えた様子はなく、パスカルをゆらゆらと宙に持ち上げたり下げたりしていた。

 パスカルはレノアスが戻った事に気づき、少女に地面に下ろすように言った。


「もう降ろすがよい、フランホラン七世よ」


 少女はゆっくりとパスカルを地面に降ろし、パスカルの胴体に巻き付けていた木の枝を解いた。その枝は縮んでいき元の長さに戻っていった。


「帰ったか、ポッカリポンタポロス五世。動物達に餌やりを任せるぞ。フランフレン七世は太陽の光と水だけでいいので、食べ物は必要ない」


「かしこまりました、王子」


 レノアスは様々な種類の動物達に餌を与えながら、ローザの様子を見ると、彼女は木人族の少女と微笑み合い仲良くしていた。

 大商家で育ち、一般的な常識に疎いローザが動物の世話など出来るのかと、心配していたレノアスだが、少女とうまくやれているようで胸をなで下ろした。

 パスカルが餌やりを終えたレノアスにさらに指示を出した。


「ロロノンドピンタトロット五世よ。餌やり大儀である。お主に新たな仕事を与えるので心して聞くが良い」


「……王子。俺の名前が原型をとどめない程に長くなってきているんですが」


「ん? そうであったか。それではわかり易いように短い名前にしよう。そうだな、面倒なので競売会の目録に載っていた元の名前、レノアスでよいな」


 レノアスはようやく自分の名前に戻ったことでほっとした。


「レノアスにはローザと協力してフロンフルン七世に言葉を教えてもらう」


「言葉ですか? あの少女は王子の言葉をすでに理解しているように見えましたが」


「うむ。簡単な指示なら理解しているようだ。古文書によると人間と言葉を交わすという記述もある。それに少し接してみてわかったが、フモンフモン七世は人間並みに知能が高い。教えれば会話する事も可能であろう」


 その後パスカルは動物達と過ごすため、獣舎に近衛兵のコボッコ達と残り、レノアスとローザは代わりにその宿の広く上等な部屋で寝る事になった。変わり者のパスカルはフカフカの寝台で寝るよりも、服が汚れようが藁の上で動物達と共に獸舎で眠る習慣だった。




 次の日の早朝、まだ薄暗い頃にレノアスは宿の中庭で流体術の訓練を行っていた。マーロイにターデンから帰るまで一人で行える訓練法を聞いていたレノアスは、一人で剣の素振りを行い瞑想をした。

 空が明るくなりはじめた頃、自分の部屋に戻ってから水で汗を流し、出発の準備を済ませたレノアスは、ローザを迎えに彼女の部屋に向かった。レノアスはローザが泊まっている部屋の扉を軽く数度叩きローザに声をかけた。


「ローザ起きてるか? レノアスだ。少し早いが迎えにきたぞ」


 扉の向こうから焦ったローザの声が返ってきた。


「レ、レノアスさん? 丁度良いところにきてくださいましたわ。どうぞ、部屋の中に入ってくださいな」


 少し焦っているローザの口調にレノアスは何事かと恐る恐る扉を開くと、そこには寝癖を整えようと鏡台の前で四苦八苦している寝間着姿のローザがいた。彼女の長く橙色で縦巻きの髪型がまるで太陽のように四方八方に広がり奇妙な髪型になっており、レノアスはその髪型を見て面白くなり思わず吹き出してしまった。


「ぷっははははは! ロ、ローザ、その髪型なんだよ」


 ローザは頬を膨らましムッとした表情になった。


「か、家族や親族には寝癖がひどい人はいないのですけれど、わたくしだけは毎朝こうなってしまいますの。この髪のくせも先祖帰りしているらしいのです。毎日整えるのに時間がかかって大変ですのよ。いつもはオリヴィアに手伝ってもらっているのですけど……。そんなに笑わないでいただけます?」


「そうだったのか。それにしてもすごい髪型だな。まるで空に輝く太陽のようだな。くくくっ」


「むうっ。そんなことよりも寝癖を直すのを手伝っていただけます?」


「ああ、すまない。それで、どうすればいいんだ?」


 レノアスはなんとか笑いを堪えてローザの指示通りに彼女の髪を整えはじめた。彼女の奇妙な髪型は次第にいつもの縦ロールに戻っていった。

 ローザは髪型を整え終わると鏡で自分の髪型を確認しながらレノアスに声をかけた。


「オリヴィアほどとはいきませんが、レノアスさんは髪の扱いがお上手ですわね」


「そうか? 女性の髪を整えたことはないけどな。うまくできたのならよかったよ」


「今回の旅の道中はレノアスさんに寝癖直しのお手伝いをお願いしてもいいかしら?」


「ああ、俺でよければ手伝うよ。あんな髪型で人前にでられないからな。くくくっ」


「ま、また笑いましたわね!?」


「わるいわるい。思い出すと面白くて」


 ローザは髪型を確認し終わると立ち上がり、おもむろに寝間着の上着を脱ぎ下着姿になった。

 レノアスは驚き急いでローザに背を向けた。


「お、おいローザ。俺がいるのに恥ずかしくないのか?」


 下着姿のローザは背をむけるレノアスに振り向いた。


「何がですの?」


「普通は異性の前で着替えたりしないものだぞ」


「そうですの? 庶民の暮らしには面倒なしきたりがありますのね」


「い、いや。しきたりとかじゃなくてだな」


「わたくしはレノアスさんに見られても平気ですわよ」


「お、俺が平気じゃないんだ。俺は部屋の外で待ってるから、支度ができたら出てきてくれ」


「ええ、わかりましたわ」


 ローザは部屋を出て行くレノアスを気にせず着替えを続け、レノアスは彼女の姿を見ないようにしながら部屋をでた。

 少し経ってから着替えを終えたローザが、外套のフードで顔を隠した姿で部屋から出てきた。レノアスはこれから長旅になるというのに、ローザがあまり荷物を持っていない事を不思議に思った。


「ローザの荷物はその鞄だけなのか?」


「ええ。オリヴィアに気付かれずに出てくるには、大きな荷物は邪魔でしたので、必要最低限の衣類しかありませんわ。ターデンの王都に到着したら生活用品の買い足しが必要ですわね。向こうについたら買い物に付き合っていただけますか?」


「それはかまわないが、ターデンの王都までは馬車で五日はかかるんだぞ。着替えが少ないと不便だろうに」


 ローザは瞳を輝かせ熱をおびた視線を宙に向けた。


「ああ! わたくし、以前より着の身着のままでの不便な旅がしてみたかったんですの! 薄汚れた狭い天幕で寝起きし、川のせせらぎを耳にしながら服の洗濯をして、生死をかけた戦いの果てにしとめた野生動物をたき火で焼いて手づかみで食べる。まさに旅行記に書かれているような旅そのもの! 今から楽しみですわ!」


「ただの不便な旅じゃないか」


「レノアスさんはわかっていませんわね。何不自由のない旅なんて面白みがないでしょう? 困難に立ち向かい打ち勝つからこそ得られる達成感というものがあると、旅行記に書いてありましたわ」


「そういえば、ローザは旅行記を読むのが趣味だって話していたな」


「ええ。異性を魅了してしまう体質のせいで、外出ができないわたくしに両親が旅先で必ず各地の旅行記を買ってきてくださいましたの」


「娘思いのいい人達だな。何冊くらいあるんだ?」


「そうですわね……。屋敷の書庫に五百冊はあるかしら」


「それは多いな」


「わたくしターデン王国の旅行記も何冊か記憶していますから、ターデンへの道中や王都についてからもレノアスさんを案内できますわよ」


 ローザは得意げに胸を張った。

その後もローザは自分の旅に対する熱い思いを休みなくレノアスに語り続けた。

 二人が宿を出るとコボッコ達デュワルフ族の近衛兵達が十数台の馬車に動物の檻を積み込んでいるところだった。彼らは金属製の檻を軽々と持ち上げ運んでいた。レノアスとローザに気付いたコボッコが二人に声をかけてきた。


「お二人とも昨晩はよく眠れましたかな?」


「はい。すっかり疲れがとれました」


「それはよかったですな」


「俺も檻を運ぶのを手伝いますね」


「手伝いは無用ですぞ。すでにほとんどの檻を積み終わっていますのでな。それに、我らデュワルフ族にとって力仕事は苦になりませんからな」


 コボッコはレノアス達に両腕の盛り上がった力こぶを見せ、満面の笑みを浮かべた。

 レノアスは少しでも手伝いをしようと動物達のリストを片手に、全ての檻が積み込まれているか確認してまわった。

 そうしていると最後の檻の積み込みが終わり、作業をしていたデュワルフ族の兵士達がそれぞれ自分の馬に乗り始めた。


「積み込みが終わったようですな。すまないがレノアス君とローザさんはあちらの荷馬車に乗ってもらいますぞ」


 コボッコが指差した先にあったのは、白い布の屋根が取り付けられている荷物を積んだ幌馬車だった。


「元々動物だけを落札して帰る予定でしたので、人間用の客室付き馬車は用意していないのです。道中窮屈かもしれないが堪えてくだされ」


 レノアスはしょうがないかと思いつつ隣のローザに視線を向けると、彼女は口を半開きにして硬直していた。レノアスはローザが荷物同然の扱いを受け、窮屈な旅になることに衝撃を受け唖然としているのだと思ったが、次の彼女の言葉でレノアスの予想は外れた。


「荷馬車に乗っての窮屈な旅……。なんて胸躍る甘美な響きなのかしら……」


 するとローザはレノアスの腕を掴み、興奮気味に荷馬車まで強引に連れて行った。


「おい、ローザ?」


「レ、レノアスさん! 荷馬車! 荷馬車の旅ですわよ! これこそ『私が旅をして叶えたい百八の夢』のうちの一つですわ! こんなに早く叶うなんて感激ですわ!」


「どうして、ただの荷馬車にそこまで感激できるんだ? 譜文の効果で地面からの震動はないとはいえ、長時間狭い場所に乗るのは大変だぞ。大丈夫なのか?」


「あぁ、旅行記に記されていた荷馬車での旅が、今わたくしの目の前にありますのね! どんなに乗り心地が悪いのかと何度も夢想した、あの、荷馬車での旅路!」


「おーい、聞いているかローザ?」


 ローザの耳にはレノアスの声は届いておらず、レノアスを荷馬車の近くまで連れて来ると彼の腕を掴んでいた手を離し、一人で荷台に飛び乗り中を見回し始めた。


「レノアスさん! この中狭いですわね!」


「荷物が沢山積んである荷馬車だからな」


「レノアスさん! 座る場所がないですわね!」


「元々人が乗るようには作られていないからな」


「レノアスさん! これからの旅、楽しみですわね!」


「あ、ああ……」


 

 レノアスは楽しそうにはしゃぐローザを眺めているとパスカルに声をかけられた。


「レノアス。余の動物達の積み込みは終わっているか?」


「はい。全ての動物達の積み込みは終わっています」


「うむ。それではターデンへ帰るとするか」


 パスカルが王族用の豪華な客室付きの馬車に乗り込むと、全部で十五台の馬車がターデン王国に向けて動き始めた。

 レノアスは遠ざかるマルクハンツの首都ミルドの街並を眺めながら、妹の為に必ず作戦を成功させるという決意を新たにするのであった。



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