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銀嶺の使徒  作者: 猫手猫の手
第三章 ガデアント小国連合
37/42

競売会

 

 競売会の会場は国立歌劇場で、王族や貴族も観劇に来ることもあり、豪華な装飾が施されミルドの名所の一つとなっている。一階から三階まで観覧席があり、二階と三階席は身分の高い者や相応の人しか座る事ができない。

 競売が行われる舞台の中央には演台が置かれ、その上には落札を知らせる木槌も置かれていた。今回の競売会は例年以上に珍しい品物が多く出品されるという評判が街中に広がり、すでに歌劇場は人で埋め尽くされていた。




「余は楽しみである。コボッコ近衛兵士長。今回の競売会には世界中の珍しい生き物が多く、目録を見ただけでも二十はあるぞ!」


 三階の王族専用の特別席には、茶色のくせっ毛でふっくらとした血色の良い顔つき、十代前半の小太りな少年が座り、開始が待ちきれない様子で足をばたつかせながら舞台を見下ろしていた。

 背後に控えていた老兵士が顔のしわをより深くしながら王子に微笑んだ。彼の身長は少年のように低く、全身が筋肉質で、黒く豊かなひげを生やしていた。


「それはようございました。パスカル王子。ご公務にも影響がでるほどに今日を楽しみになさっていましたからな。王子が狙っておいでの物はどれでしょうか?」


「余は全ての珍獣を落札するつもりであるが、中でも最後から二番目に出品される六十番は楽しみである。南の砂漠の国で数百年前に絶滅したとされる種族である」


「ほう。それは希少ですな」


「うむ。それと急遽追加された六十一番にも少しだけ注目しておる」


「と、申しますと?」


「目録によると、鎖国中のセレンジシアの樹海で育ったという少年で変わった創製能力があるらしいぞ。人間の奴隷はいらぬが、その創製能力がどれほどのものか楽しみである」


「恐れながら、王子。毎年王子が落札なさった珍獣達が増えに増え、世話係は忙しすぎててんてこ舞いになっております。さらに動物達を増やすおつもりですか?」


「当然である! 余の生き甲斐は動物達とのふれあいである!ふむ、ターデンに帰ったら世話係を増員させよう」


「それがよろしいでしょうな」


「コボッコ兵士長にはいつも余の話し相手をしてもらっている。褒美として気に入った物があれば、余が落札してやるぞ」


「それはもったいなきお言葉。ですが、王子のお側でお仕えするのは私が望んでいることです。褒美などいただけません。お気持ちだけいただきます」


「そうか。しかし、欲しいものがあったら遠慮なく申せ」




 舞台袖では競売にかけられる世界各地の芸術品や骨董品、遺跡から出土したものや、生き物の入っている檻などが所狭しと置かれていた。その品々とともに六十一番という番号札を胸に付けたレノアスが、一人で椅子に座り自分の出番を待っていた。今回レノアスは奴隷として売られたということになっていて、自ら創製した手かせと足かせをつけていた。


「レノっちーお疲れ!」


 レノアスは声の方向を向くと黒を基調としたメイド服を着たアイスリンとスノウラルが立っていた。


「へえ、二人はどんな服でも似合うんだな」


「でしょ? 似合ってるしょ? レノっちは正直者なんだからー。もう!」


 アイスリンは少し顔を赤らめてレノアスの背中をバシバシと叩き、それから照れ隠しするかのように服の裾を摘みながらその場でくるくると回った。スノウラルはギョッとして、急いでアイスリンの襟首を掴み動きを止めた。


「アイ姉! めったに褒められないからってはしゃぐ気持ちもわかる。でも、競売品にぶつかって壊したら、私たちじゃ一生かかっても払えない借金を抱えるものばかりなのよ! 大人しくしててよ!」


 アイスリンは襟首を掴まれ持ち上げられた猫のように大人しく返事した。


「は、はい……気をつけます」


 レノアスは重要な作戦前でもいつも通りの姉妹達を見て微笑んだ。


「それにしても、お前達。よく競売会の関係者として潜り込めたな。一体どんな手を使ったんだ?」


 大人しくなった姉の首根っこからスノウラルは手を離して言った。


「恵みの雨に信頼を寄せてくれる方に頼んで、競売品の護送と会場の警備を請け負ったんです。囚獄ひとやの鍵の奴らが作戦を妨害してきたり、どれも貴重な品なので盗みを働く輩が出ないとも限りませんからね」


 レノアス達は数日前に囚獄ひとやの鍵の隠れ家を破壊したが、ザイルを筆頭に残党が使徒の活動を妨害するために、競売会で何らかの行動を起こすこともありうるため、恵みの雨の戦闘員達は警戒心を強め会場の警備にあたっていた。


「それで二人は競売が始まったら舞台上に競売品を運ぶ係になったというわけか」


「はい。私たちの他にも歌劇場の内外に数十人の恵みの雨が警備として配置されていますよ」


「そうそう! あたしの美貌にかかればこんな仕事の依頼を受けるなんて簡単だよー。にゃはは!」


「何言っているのよ、アイ姉。私たちがこの仕事をもらえたのは、これまで恵みの雨の人達が努力して信頼を得た結果なのよ」


「じ、冗談だよ……にゃははは」


「それで、やっぱりローザは来れないのか?」


「はい。ローザさんにも競売会のお客として作戦に参加してもらう予定だったのですが、執事のオリヴィアさんが猛反対で……当分の間、外出禁止となってしまったそうです」


「まあ、しかたないか。囚獄ひとやの鍵と出会う可能性があるし、オリヴィアさんとしては、この作戦への参加は許可できないよな」


「でもさあ、ちょっとおてんばしただけで外出禁止とかひどくない? あたしだったら我慢できないよー」


「ローザさんにはローザさんの事情があるのよ。それよりも、アイ姉。ほっぺによだれの跡がついてるわよ。もう、はずかしい!」


「えっ!? うそっ!!? さっき居眠りしてたから!?」


 アイスリンは慌てて服の袖で頬を拭いた。

 スノウラルは呆れて、アイスリンの襟首を再びつかみ、強引に顔を洗うために控え室に連れて行った。

 レノアスは一抹の不安を感じ控え室に向かう二人の背中を見ながらつぶやいた。


「大丈夫だよな、今回の作戦……」


 姉妹達の姿が見えなくなってから、競売会の作業員と思われる柄の悪い男が檻を台車に乗せてやってきた。その男は台車をレノアスの隣に置くとその檻を蹴りつけた。


「けっ! 大人しくしてろよ化け物が」


 男はそう言い捨てるとレノアスを一瞥し鼻で笑ってから、警戒して唸る他の動物達の檻も同じように蹴りつけ、資材の搬入口から出ていった。

 レノアスは眉間にしわをよせて彼を見ていた。自分の隣に置かれた布がかけられている檻には六十番と書かれていた。


「俺の一つ前に競売にかけられる動物かな」


 レノアスは布越しに檻の中の生き物の気配を感じたが、暴れる様子も無く静かにしていた。




 姉妹達が控え室から戻ると舞台上に司会役の男が現れ、演台の上にある木槌を三回打ち鳴らした。


「これより競売会を開催致します! では、最初の商品はこちらです」


 司会者が指し示すと舞台袖からアイスリンとスノウラルが、大きな絵画を支えながら現れた。その様子を見た客達の中には、絵画よりも美しい彼女達に小さくため息をもらす者もいた。

 司会者は絵画の説明を始めた。


「こちらの絵画は今から約千年前にアヴァロナ・テンペルンという画家が描いた七十七の絵画のうちの一つです。この画家の生まれは他国の辺鄙な山奥ですが、世界を旅しながら各地を転々とし多くの名作を残していることで有名です。描かれているのは千年前に突如現れたとされる異形の軍勢と、女神アーファに選ばれた勇者達が戦う場面となっております」


 司会者は絵画の詳しい説明を続けた。それが終わると開始価格を発表し競売が始まった。


「まずは五千万センテから!」


 会場の各所から手が挙がり参加者達は値段を叫んだ。


「六千!」


「はい! そちらの方が六千万センテですね。さらに上はございますか?」


「七千!」


「そちらのご夫人が七千万ですね」


「んー、八千五百!」


「九千!!」


「九千五百万センテだ!」


 次々に絵画の値段が上がり最終落札価格は一億五千万となった。

 そこで司会者は落札者が決まったことを知らせるために木槌を打ち鳴らした。


「では、次の品はこちらです」


 舞台に次々と珍しい品が運ばれては落札されていく。


「次の品は今日初めての生物となります」


 台車に乗せられ布をかけられた大きな檻が舞台上に運び込まれた。二人の姉妹が布を取ると中には白い体毛に目の周りや手足だけが黒い珍しい模様の熊が入っていた。会場が少しどよめいた。


「この白黒の熊は遠い異国のさらに山奥に生息するとても珍しい熊でございます。性格は温厚で人になつくので愛玩動物に丁度良いと現地でも高額で取引されているようです。しかし、数が少なく希少な動物でございますので、初期価格は三千万からです」


 司会者が初期価格を発表するやいなや、パスカル王子が広い歌劇場にとおる大声で値段を告げた。


「三億である!!」


 王子がいきなり高額な値段をつけたことで会場はざわめいた。王子は絶対にこの商品は譲らないという意思を伝えるため、わざと始めから値段を高額にしていた。

 司会者もその価格に驚いたがすぐに気を取り直した。


「三億センテでございますね。この価格より高い値をつける方はおられませんか?」


 ざわつきはすぐに収まり会場は静まり返った。


「おられないようなのでこちらの品は、三億センテで落札です」


 司会者は木槌を打ち鳴らした。

 落札した王子は上機嫌でにやりと笑み、鼻を鳴らした。


「ふん。たかが三億で驚くなどこの会場に余の敵はいないようだ」


「さようでございますな。王子の持つ個人資産額はガデアント小国連合の中でも五本の指に入りますので」


「余が珍獣を買う資金の為に探し出した、変成鉱の鉱脈のおかげである」


 その後も世界各地の珍獣が出品される度、王子は基本価格の十倍以上の価格を提示し出品された全ての珍獣を落札していった。

 そうして競売会も終わりにさしかかり、王子が当初目を付けていた六十番目になった。


「皆様、競売会も大詰めでございます。次は今回の競売会の目玉でございます。どうぞご覧ください」


 アイスリンが台車を押して舞台に檻を運び込む。次いでスノウラルが檻にかけられていた布を取ると、その中には一本の若木が鉢植えに植えられていた。その木の葉はまるで宝石のようにきらきらと若草色の光を放っていた。

 客達の視線がその若木に集まる中、司会者が説明を始めた。


「こちらは一見ただの若木ですが、実は南の海を越えた先にある砂漠大陸デゼルタで、絶滅したと思われていた木人族という種族です。今はこのように木の姿をしていますが自らの意思で人の形に変化することができる希少な種族でございます」


 司会者はそう言うと先の尖った棒を創製しその若木をつついた。


「ひゃっ!?」という少女の声がしたのち、若木が徐々に人の形に変わっていき、歳は十歳くらいの裸の少女に変化していった。髪の代わりに頭から枝が生えており先端には葉が茂っている。その枝葉は少女の身体を這うように伸びていき、服の代わりに徐々に少女の裸体を隠していった。

 それを見た客達は今までにない驚きの声をあげ、歌劇場全体が騒然となった。

 木人族の少女は大勢の見知らぬ人々に好奇の視線を向けられ恐怖し、茶色の瞳を涙で潤ませながら檻の端で膝を抱えて震えていた。


「このように、木人族は木の姿になったり人の姿になることもできるのです。ただ、古代の文献によりますと木人族は火に対して強い拒絶反応があるようで、火を近づけると暴れますので飼育するときには注意が必要です」


 自分の番を待つレノアスは舞台袖から見ていたが、彼は少女が怯える様子を見て哀れに思った。


「まだ小さいのにこんな場所まで競売品として連れてこられたのか。オルキスヴェリア以外の国でも、多種族を軽視する傾向が根強くあるようだな」


 司会の男が客の喧騒が収まらない中で開始価格を告げた。


「まずは、一億五千万センテから!!」


 レノアスは高額に設定された開始価格を聞き、檻の中の少女はよほど希少な種族なのだろうと思った。

 会場の客達はそれが当然とばかりに我先にと価格をつり上げはじめた。


「一億六千万!」

「一億七千万センテだ!」

「わたくしは二億です!」

「二億三千万! これなら!」

「に、二億五千万センテ!!」

「三億じゃ!」

「くっ! さ、さん、三億五千万でどうだ!!」


 次から次へとつり上がる価格に動じた様子もなく、パスカル王子が軽く手をあげ威厳さえ感じる大声で値段を告げた。


「十五億センテである!!」


 王子の一言で先ほどまでの騒がしさが嘘のように歌劇場内は静まり返り、あまりの高額な落札価格に皆が驚愕した。


 司会者も今までに無い高額の落札価格に目を見開き硬直していたが、すぐに我に返り他に落札者はいないか、沈黙する客達に問いかけた。


「じ、十五億。これより高い金額を出せる方は……?」


 司会者は震える指先で木槌をつかみ打ち鳴らした。


「十五億で落札です!!」


 会場からは客達のため息とともに、王子の他の追随を許さない堂々とした金遣いに称賛の拍手も聞こえた。

 競り負けた客達はどうがんばっても王子に勝つ事はできないと知り、力無く項垂れて肩を落としている者もいる。


「最後の品はこちらです。さあこちらに」


 司会者に呼ばれたレノアスは足かせを引きづりながら舞台の中央に歩み出た。


「先ほどの木人族ほど驚きはありませんが、彼は特異な能力を持つ少年奴隷です。皆さんの記憶にも新しいオルキスヴェリアの侵略を受けた国である、鎖国中の樹海王国セレンジシアで生活し、特異な創製能力を持っている少年です。樹海で生活していても会話ができますので、様々な仕事に従事させることができるでしょう。さっそく創製能力を披露いたします」


 レノアスは司会者から視線で促され、見栄えの良さ重視の創製を始めた。


創製クレイディフ、無数の部品!」


 レノアスが唱言すると客達の頭上に、銀色の様々な形状の物体が二百個以上創製され宙に現れた。客達は一人で創製したとは思えない程の多さに驚き、口を半開きにしながら頭上を見上げていた。

 やがて宙に浮く銀色の物体は組み合わさり形成し始めた。完成した物を見て、客達が歌劇場のいたる所から驚きの声を上げた。

 空中で完成したのはレノアスが小さい頃、父と行った能力測定時に創製した全身鎧二十体だった。客達はその創製質量の多さと多くの部品を全て操作し組み立て、全身鎧を完成させるという信じられない技術に賞賛した。

 パスカル王子もレノアスの創製能力に驚き感嘆の声をもらした。


「おお! これはすごい! ここまで多くの創製ができる者も知らぬし、さらにそれを自在に組み立てるとは聞いた事もない!」


 王子の背後に立っていたコボッコも同意した。


「うむ、お見事。あの年齢でこれほどの事ができるとは。奴隷にしておくのはもったいないですな」


「しかしである。能力の高さは認めるが、余の城では使用人は大勢いるから、それだけなら必要ないのである。珍獣なら買うのであるが……」


 その時、パスカル王子が座っている席の右隣の部屋から、客の話し声が漏れてきた。


『あの少年は多くの戦闘経験があり護衛も兼任できるそうだ』


『それは買いですな!』


 今度は左隣の部屋からも壁越しに声がしてきた。


『薬学の知識もあるらしく、人だけでなく動物の治療もできるらしいですわ』


『それは買いですわね!』


「なんと。あの少年、そんな事までできるのか。目録には載っていない情報である」


 さらに左右の部屋から声がする。


『これはある筋からの情報なのだが、あの少年の年齢は十三歳で、生まれは貴族の家らしく、貴族の作法も完璧にできるらしい。王城の中を連れ回しても問題はないだろうな』


『使用人に起用したとしても教育する手間が省けるということか。買わない理由が見つからない!』


『今から話す事は他言無用ですわよ。樹海の動物を相手に長く暮らした経験があるから、動物の習性なども熟知していて動物の世話係も難なくこなせるようですわ。動物を多く飼っている方なら必要な人材ですわよね』


『あの少年はわたくしが落札しますわ!』


 実はパスカル王子の席の両隣の部屋は恵みの雨が貸し切っており、王子がレノアスを落札したくなるように誘導していた。

 始めはレノアスを落札する気のなかった王子だが、左右の部屋からの情報を聞き王子の心はレノアスを落札したくなっていた。


「珍獣達の世話もできるのであるか……なんだかあの少年が欲しくなってきたのである」


「王子。目録に少年についての詳細は書かれていないのですかな?」


「うむ。競売開始価格と簡単な説明しかないのである。おそらく隣から聞こえた話しは一部の者しかしらない内部情報である」


 パスカル王子がレノアスを落札しようか迷っていると、歌劇場の客の一人が手をあげ大声で値段を言った。


「私は一千万センテだすぞ!」


 その男というのは客に成り済ましていたカイゼルトだった。

 カイゼルトの一声に引かれるように、数人の客達も値段をつり上げ始めた。


「千五百万!」

「二千万だしますわ!」

「三千万センテでどうかな!」

「四千万センテだ!」


 司会者が会場を見回しながらさらに上はいないか問いかけた。


「他にはございますか?」


 カイゼルトがさらに値段を上げた。


「一億センテだそう!!」


 会場がざわめいた。この国でレノアスくらいの歳の奴隷の価格は二十万センテが相場なので、カイゼルトの告げた価格はありえない程の高額と言える。

 司会の男が布で汗を拭きながら客に問いかけた。


「一億センテという声があがりましたが、それより上はございますか?」


 パスカル王子は迷っていた。迷う王子に追い打ちとばかりにレノアスが新たに創製をはじめた。


創製クレイディフ、樹海の動物達!」


 レノアスはさらに過去に樹海で見た動物達を創り出した。亀や蛇、蜘蛛や蜂、猪や角金獅子など二十種類の動物達が客席の上にその姿を現した。それからレノアスは二十体の鎧達に剣と盾を追加で創製して装備させた。


「難しいが、やるしかない」


 レノアスは鎧と動物達に意識を最大限に集中した。創製で生物は創れないためレノアスは鎧と動物達の関節部分を動くように工夫し、それを巧みに操作し二十対二十による戦いを再現した。中央には鎧の一団が集まり、その周囲を銀の動物達が取り囲むとすぐに空中での戦いが始まった。襲いかかる動物達の攻撃を鎧達は盾で防ぎ剣で反撃するが、動物達も剣の攻撃をかわして反撃する。金属のぶつかり合う音や銀の動物達が空中を走るたびに生み出される風圧。歌劇場内でまるで本物の合戦のようにリアルな戦いが繰り広げられた。客達はその光景に息を呑んだ。王子も驚愕し口を開けたまま戦いの光景に目を奪われていた。

 次第に銀色の鎧達と動物達の戦いは激しさを増し、致命傷を受けた者は銀の粒子になり霧散して消えていく。そうして最後に残ったのは一体の全身鎧と巨体の角金獅子だった。両者はしばしの間睨み合っていたが、獅子が走り出す。獅子は瞬時に鎧に迫り鋭く太い爪を振るった。鎧は左手に持つ盾を構え攻撃に耐えようとしたが、獅子の強烈な爪撃は盾もろとも左腕を切り裂いた。鎧の左腕は盾とともに霧散してしまったが、絶体絶命の状況でも鎧は怯むことなく剣を構え突進した。獅子は爪撃を連続で繰り出したが片腕の鎧はそのことごとくをかわしきり、噛み殺そうと迫る牙を滑り込んでかわし獅子の懐に入ると、獅子の心臓の辺りを渾身の力を込めて刺し貫いた。獅子は全身から銀の粒子が抜け出るかのように、空中で霧散して消えていった。歌劇場にただ一体残された片腕の鎧は、勝利を喜ぶかのように残った右腕を頭上にかかげ、剣を天に向け勝利を動きで表した。

 レノアスの再現した戦いが終わるとすぐに、まるで歌劇が上演された後のように客達は立ち上がり、盛大な拍手の音が劇場を埋め尽くした。

 パステル王子も立ち上がり拍手でレノアスを賞賛した。

 レノアスは舞台の上で姿勢を正し客達の拍手に礼をした。

 拍手が鳴り止まない中幾人かの客が大声でレノアスの値段をさらに引き上げていった。


「一億二千万センテ!」

「一億五千!!」

「私は二億!」

「さ、三億でもよろしくてよ!」


 カイゼルトがにやりと笑みを浮かべた。


「十億センテだ! あの少年は私のものだ!!」


 カイゼルトの出した価格に競り合っていた客達があきらめて肩を落とす。


「十億センテより上はございますか? なければこれで落札となりますが……」


「決めたぞ。余も競りに参加する!」


「王子、あのような特殊な使用人を雇えば、またお兄様方が嫌がらせのために、あの少年に危害を加えるかもしれませぬぞ」


「うむ。おそらくそうだろう。兄上達は余に嫌がらせをするのが生き甲斐であるからな。しかしである、あの少年は戦えば強いというではないか。そうであるなら心配はいらないはずだ」


 司会者が木槌を鳴らそうとした直前、パスカル王子の声が歌劇場全体に響いた。


「十五億!! 余は十五億でその少年を買うぞ!!」


 その声を最後に落札を知らせる木槌の音が、静まり返る歌劇場内に響き渡った。





 競売会は無事に終了し、徐々に劇場内の客は少なくなっていた。

 レノアスはパスカル王子の落札した珍獣達と共に、舞台袖で引き取られるのを待っていた。数人の作業員が掃除や片付けを始めている。その中にはさきほど檻を蹴り付けていた柄の悪い男もいた。


「けっ! めんどくせーな」


 その男は檻の隅でめそめそと泣いていた木人族の少女の檻を蹴り付けた。

 近くにいたレノアスはその男を睨みつけ諌めようとした。


「おい。もっと丁寧に扱えないのか? その少女はもう他人の資産なんだぞ」


「はっ! 誰かと思えば樹海の野人じゃねーか。うっせーよ、俺の仕事のやり方に口出すんじゃねーよ、ガキが!」


 乱暴な男は再び少女の檻を蹴り付け、日頃の愚痴をこぼすように文句を言い始めた。


「泣き止めよ化け物が! お前らはいいよな、どっかの成金王子に飼われるんだからよ。さぞかし旨い餌を喰えるんだろうな! 俺はお前達よりまずい飯で馬車馬のように働かなきゃならねってのに。くそっ!!」


「お前、いい加減にしろよ」


 その男はレノアスの言葉を無視して、何かを思いついたかのように人差し指を少女に向けてにやりと口角をあげた。


「おれはな、少し発現が使えるんだぜ。発現エクセヴィレン、着火の種火!」


 男の指先に小さな火が灯る。それをみた木人族の少女はガクガクと震え始め叫び声を発した。


「ひっ!! ひ、火!! い、いやあぁぁぁぁ!!!」


 次の瞬間少女の頭から伸びる枝葉が生き物のようにうねりだしどんどんと伸び始め、金属の檻を内側からひしゃげさせ容易く破壊し、周囲に根を伸ばすようにどんどんと伸びていった。その時レノアスは以前感じたことのある嫌な気配を少女から感じ、咄嗟に少女の檻の側から飛び退いた。その気配は銀獣と対峙した時と似ている気配。歪みの影響を受けた生物の気配だった。


「まさか、こいつ! 歪みの影響を受けていたのか!?」


 競売会の作業員達は悲鳴をあげて逃げ出したが、柄の悪い男は豹変した少女の姿に驚き何が起こったのか理解が追いつかず、指に灯された火をそのままにして後ずさった。少女から五本の枝が素早く蛇のように蛇行し、先端を尖らせ作業員の男に迫った。


「まずい!」


 レノアスは瞬時に尖った枝の前に立ちはだかり盾を創製した。枝はかなりの速度で盾に衝突し、レノアスは体勢を低くして両足をふんばり、衝撃を耐えた。その直後、軽装鎧で短身短足の老人が走り込んで、作業員の男の手首を手刀で叩き火種を消した。


「木人種に火を向けるなど、なんと愚かな!」


「く、くそっ! 俺は何もしてねー!!」


 作業員の男は痛む手首を押さえながら慌てて外に逃げていった。


 枝葉が辺り一面を覆い尽くす程に伸びていたが、少女は火が消えたのを見て安心したように脱力し、その場に力無く倒れた。伸びていた枝葉は収縮し元の長さに戻り、歪みの気配もなくなったので、レノアスは警戒しながら少女に近づいてみると、少女は気絶していた。


「木人族っていうのは、小さな火を見るだけで暴れだすのか」


 レノアスのつぶやきに答えたのは、さきほどの老兵士だった。


「その通りです。あの男、あのまま火を持ち続けていたら、今頃は枝に刺し貫かれて死んでいたでしょうな。無知とは恐ろしいものです」


 背は低いが全身がたくましい筋肉の老人にレノアスは頭を下げた。


「助けてくれてありがとうございます。俺の名前はレノアスです」


「私の名はコボッコ・ドンビータ。ターデン王国のパスカル第四王子専属の近衛兵士長を任されています。怪我はないですかな? レノアス君」


 コボッコは先ほどのレノアスの戦い慣れたキレの良い動きに内心感心していた。


「はい。大丈夫です」


「それはなにより。では早速檻を運び出しましょう。しかし、今回の檻の数は多いですな。ひい、ふう、みいっ……二十はあるのでかなり時間がかかりますな」


「それなら俺に任せてください」


 レノアスはそう言うと檻の数だけ銀色の板を創製し地面に置いた。


「檻をこの板に乗せるのを手伝ってもらっていいですか?」


「それはお安い御用ですが、一体どうするつもりかな?」


「板に乗せて運ぶんですよ」


 レノアスとコボッコが全部の檻を銀の板に乗せ終わると、レノアスは意識を板に集中し宙に浮かせた。


「おお、これは驚きですな。普通は創製で重いものを持ち上げるなどできないはずなのに、レノアス君はこんなこともできるのですな」


 レノアスは二十もの檻を宙に浮かせ資材搬入用の大きい扉から出ると、声をかけられた。


「荷物運び大儀であるぞ」


 レノアスが振り向くと、きらびやかな服を着たパスカル王子がいた。王子の後ろには二人の短身短足で髭を生やした護衛の兵士が付き添っていた。

 コボッコが王子の前で膝をついた。


「パスカル王子。馬車の中で待っていただかなければ困ります。変成鉱の鉱脈を発見されてからは頻繁に命を狙われる身なのですぞ」


「これから余の家族になる動物達に早く会いたかったのである。許せよ」


 コボッコは立ち上がりレノアスに王子を紹介した。


「このお方はターデン王国のパスカル第四王子です」


「あなたが私のご主人様になる方ですね」


「そう呼ばれるのは好きではない。他の呼び名なら何でもよいぞ。パッスンでも、パスパスでもよい」


「さすがに王子を奴隷の私が気安く呼ぶのはどうかと思いますが……」


「敬語も必要ないのである。では早速お主の命名式を行おう」


「命名式?」


「王子は手に入れた動物達に愛称をつけるのを習わしにしておられるのです」


「愛称?」


「……お主の名前はレノアスであるから、レーノ、レア、レノ、レアス、ううん、迷うのう」


 パスカルは少しの間腕を組み思案した。


「よし! 決まったのである!」


 パスカルはレノアスに指をさして自信満々に告げた。


「今日からお主の名は『ポポロピンタコス五世』である!」




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