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銀嶺の使徒  作者: 猫手猫の手
第三章 ガデアント小国連合
36/42

引き分け

 ザイルは不敵な笑みを浮かべたまま、さらに違う術を発動した。


「サン。動かざるは刺し傷の雨」


 ザイルがその言葉を発するとレノアスの頭上で鋭利な銀色の針が幾本も創製され、レノアスに向かって雨のように降り注いだ。

レノアスは後ろに飛び退きザイルから距離をとると、さっきまで立っていた地面に針が無数に突き刺さった。


「今度は針が降り注ぐのか。どうやら俺が止まっていると発動するようだな」


「もう少し近づいて試してみたらどうです? フフフ」


 ザイルは術の発動時に創製や発現という古代語を唱えていなかった。レノアスは何か特殊な仕掛けがあるのかもしれない、とザイルの言動に警戒をいっそう強め、地上や空中からザイルに近づくのは難しいと判断しザイルから距離をとって新たな武器を創製した。


創製クレイディフ、摩擦係数ゼロの円月輪!」


「そんな攻撃では私に傷を付けられませんよ」


「やってみないとわからないだろ!」


 レノアスは次々に両手に円月輪を創製しては、身体を回転させて投げ続けた。ザイルは曲線を描いて飛来する幾つもの円月輪を完全に見切っており、汗一つかかずに軽い身のこなしでかわし続けた。


「いくら投げても無駄ですよ」


 その直後、ギシギシという木の軋む音がしてザイルが立っていた地面に影が差した。彼が後ろを振り返ると、レノアスの円月輪に支柱を切断された倉庫がザイルに崩れかかり、彼は逃げる間もなく大きな音とともに、建物の倒壊に巻き込まれて瓦礫の下じきになった。

 倉庫が倒壊したことで辺り一帯に土ぼこりが舞い、レノアスは視界が妨げられている中で倒れているアイスリンとスノウラルに駆け寄り、背負い鞄から瓶に入った緑色の液体を取り出して彼女達の口に流し込んだ。


「応急処置はこれでよしと、あとは」


 レノアスは傷ついた姉妹達を創製した板に乗せて運び出そうとした時、聞き覚えのある声がした。


「けほっ! けほっ! なんですの? この土ぼこりは」


 レノアスはその声のする方向に呼びかけた。


「ローザ!?」


「その声はレノアスさんですの!?」


 ローザはレノアスの顔が見えるところまで近づいてきた。彼女は目だけしか見えないように外套を深く被り、襟を立たせている。


「レノアスさん!? ご無事でしたの!?」


 ローザは走って駆けつけたらしく、肩を上下させて息をきらしていた。


「あなたが人質にされていると怪しい男に聞かされて、急いで来ましたのに。けほっ! あれは何だったのかしら」


「いや、人質になっていたけど抜け出せたんだ」


 ローザはレノアスの頬に殴られた痕があるのに気づき、心配そうに眉根を寄せて彼の頬に手を添えた。


「傷が……もしかしてわたくしのせい、ですの?」


「これくらいは平気だ。それにローザのせいじゃない」


 ローザは無意識に手の平を握りしめ、少し俯き表情に影を落とした。


「……私を誘い出す為にレノアスさんが捕まったのではなくて?」


「捕まったのは俺が至らなかったからだよ。ローザが責任を感じる必要はない」


「でも」


 いまだレノアスはずきずきとした頬の痛みを感じていたが、ローザに責任を感じさせないように平然と振る舞った。


「本当に俺は大丈夫だ。でも、アイスリンとスノウラルが怪我をしているんだ。早く安全な場所まで運ばないと」


 レノアスが地面に横たわる姉妹達に視線を向けた。ローザもつられて視線を向け、傷だらけの姉妹達へ急いで駆け寄り、傷の具合を確かめた。


「かなりの切り傷と打撃痕ですわ。致命傷ではないようですけれど、急がなくては」


 やがて土ぼこりが薄くなり、徐々に視界がはっきりしてきた。


「よし、いまのうちに二人を運び出す」


 レノアス達が二人を移動させようとした瞬間、地面が光って銀柱が突き出た。


「くっ!」


 レノアスは体勢を崩さぬよう上体だけを捻り銀柱をかわし、大声でローザに言い放った。


「ローザ! そこから動くな!!」


 ローザはレノアスの突然の大声に驚き、身体を硬直させ静止した。


「な、何事ですの?」


「敵の術だ。地面に足を踏み込んだら銀柱が飛び出す」


「敵? どこにいますの?」


 戸惑うローザに答えたのはレノアスではなかった。


「ここですよ、ローザ嬢。お初にお目にかかります。私の名はザイル。以後お見知りおきを」


 土ぼこりが完全に晴れると、レノアス達の前には町へつながる道を遮るように頭から血を流したザイルが立っていた。

 レノアスの足元から突き出ていた銀柱は、光の粒子になって霧散していく。レノアスはザイルを睨みつけた。


「あれだけの瓦礫を被ったのに、しぶといな」


 ザイルは片方の硝子にひびの入った眼鏡の位置を直しながら、不機嫌に眉間にしわを寄せレノアスを睨み返した。


「……愛用の眼鏡にひびが入ってしまいましたよ、レノアス君。君は生かして帰しませんよ」


 ザイルは強烈な殺気を放ちながらレノアス達に片手の平を向けた。

 レノアスはザイルに視線を向けつつ、ローザにザイルの術を簡単に説明した。


「近づけないし、動かなくても針が飛んでくるなんて。そんな厄介な術を使う方は、相当に性格が歪んでいるに違いありませんわ」


「……俺も同感だ」


「ローザ嬢。あなたはここに残っていただきますよ。お願いしたいことがありますのでね。フフフフフ」


「お断り致します。あなたのように気味悪く笑う方は好きではありませんの」


「いやはや、それでは私も手荒な手段を使わないとなりませんね。フフフ、楽しいなあ」


「あなたには少々お仕置きが必要ですわね……創製クレイディフ、敵を貪り尽くしなさい! ブラッディベリー!!」


 ローザの手に徐々に細長い深紅の棒が創製されていき、深紅の棒を構える彼女は武人のように堂々としていた。


「待て! ローザ!!」


 ローザはレノアスの静止を振り切りザイルに向かって突進した。

 ローザは地面が弾けるほどの脚力で次々に突き出る銀柱を疾風のようにかわし、一瞬でザイルの目の前に迫って、深紅の棒で突きを繰り出した。ザイルは表情一つ変えずに自ら地面を踏んで、銀柱を突出させ深紅の棒を上に弾き飛ばした。


「なっ!?」


「腹部ががら空きですよ」


 ザイルは再び地面を踏み込み、ローザの腹部目がけて銀柱を突き出させた。


創製クレイディフ! 超重量の立方体!!」


 レノアスの創製した十センチほどの立方体は銀柱の真上に一瞬で現れ、地面から突き出してきた銀柱をその重みで地面に押し返し、ローザへの直撃を防いだ。ローザは慌ててレノアスの側に戻ろうと後ろに飛び退いたが、空中の彼女を今度は風の刃が襲う。


創製クレイディフ! 分厚い大壁!!」


 風の刃とローザの間に厚さ五十センチほどの分厚い壁が瞬時に具現化し、風の刃に削られながらも全て受けきり彼女を護った。

 直後、町へ向かう道を塞ぐザイルの背後から、凛とした聞き覚えのある女性の声が響いた。ザイルは即座にその場を横に飛び退いた。


発現エクセヴィレン! 拳に纏う爆撃!!」


 黒い人影がさっきまでザイルが立っていた地面に突っ込み、まるで隕石が落ちたかのような爆音と衝撃波を生み出し大量の土砂を上空に吹き飛ばした。

 大地を揺るがすほどの衝撃にレノアスは大盾を創製しローザを守ったが、すさまじい風圧に大盾ごと身体が飛ばされそうになり、慌てて大盾を地面に突き立て耐えきった。

 爆風が止み上空に吹き飛ばされた土や小石がぱらぱらと落ちる中、レノアスが盾の横から前方の様子を伺うと、深さ二メートル直径十メートルの大穴が開いていた。大穴の真ん中では全身黒い服装に身を包んだ人物が、地面に突き込んだ自分の拳を抜き出したところだった。その拳は銀色になっており昔ゼラードが使っていた術に似ていた。


「オリヴィア!?」


 オリヴィアは大穴の真ん中で執事服についた土ぼこりを軽く払い、大穴から飛び上がりローザの前に着地した。


「申し訳ございません、お嬢様。力加減を間違えてしまいました。吹き飛んだ土砂によるお怪我はございませんでしたか?」


 彼女はローザに向かって姿勢正しくお辞儀をした。ローザはオリヴィアの突然の出現と、地面に大穴を開けるほどの技量に驚愕していたが、すぐに我に返った。


「……え、ええ。わたくしは何ともありませんわ。それより、どうしてオリヴィアがここにいますの?」


「はい。最近のお嬢様の行動には不審な点がございましたので、お嬢様の身に危険が及ばないか確認のため、後をつけておりました」


「ええ!? わたくし全然気付きませんでしたわ」


 狼狽えるローザにオリヴィアは落ち着いた声で質問した。


「お嬢様。この状況はどういうことなのか説明して頂けますか?」


 ローザはオリヴィアの質問に目を泳がせている。


「こ、これはですね……」


 オリヴィアはローザの言葉にかぶせるように強めの口調で話し続けた。


「お嬢様はヴァンティーネ家でただ一人のご息女なのです。将来、商会を維持し繁栄させていかなければならない大切なお身体なのですよ。あれほど危険な場所には近づかぬようにと念を押してお聞かせしましたのに」


「え、ええと」


「だいたい、この少年には関わらないようにお伝えしたはずです!」


「今回の件は俺が人質に取られたのが悪いんだ。ローザを責めないでくれ」


「レノアス様。当家の事情に口を出さないで頂きたい」


 オリヴィアは決然と言い放ち、レノアスを一瞥するとすぐにローザに視線を戻した。


「『善い友からは喜びを受け、悪い友からは災いを受ける』というベベラシ大先生のお言葉からもわかるように、お付き合いする相手を選ばなければ、お嬢様ご自身が辛い経験をすることになるのですよ。おわかりですか?」


「でも、レノアスさんはわたくしに親切ですわ。先ほどもわたくしを爆風から庇ってくださいましたし」


「例えそうだとしても、現にこの少年に関わったことで、あのような危険な変態眼鏡に襲われそうになっていたではありませんか」


オリヴィアの攻撃を寸前でかわし膝をついていたザイルが、ゆっくりと立ち上がった。


「オ、オリヴィア、お説教は後で聞きますわ。今はあの変態眼鏡を倒すのが先決ではなくて?」


「私たちが手を下す必要はございません」


「え? どういう意味かしら?」


 ローザがオリヴィアを怪訝そうに見つめたその時、数十本の銀の矢がザイルに降り注いだ。

 ザイルはその矢の軌道を見切り軽々とかわしてから舌打ちをした。


「恵みの雨の増援ですか」


 街路には着いたばかりのカイゼルトや恵みの雨の戦闘員二十人程が弓を構えていた。

 カイゼルトが大声で指示を出した。


「近接戦用意! 突撃!!」


 彼らは弓を消し盾と剣を創製してザイルに向かっていく。


「この数ではさすがに分が悪いですね。今日のところは退散します。この眼鏡のお礼はいずれまた。フフフ」


 そう言い残してザイルは足元から銀柱を何本も突き出させ、それを足場にして近くの建物の屋根に飛び上がり屋根伝いに走り去った。すぐに恵みの雨の数名が後を追ったが、風のように速く逃走したザイルを捕らえることはできないだろう。

 カイゼルトが緊張感を維持したまま声を張った。


「倉庫の下敷きになっている者達を見つけ出せ! 後で王国の警備部隊に引き渡す! まだ抵抗する奴がいるかもしれないから油断はするな!」


 意識を失っている姉妹達の側のレノアスに、カイゼルトが近づいてきた。


「レノアス君、無事で何よりだ。その二人はこちらで預かろう。救護員も連れてきたからな。本部には医療室もあるからそこに運ばせる」


「はい。よろしくお願いします」


 カイゼルトは救護員にアイスリンとスノウラルの手当を指示した。姉妹二人が運ばれて行くのを確認したカイゼルトはレノアスに向き直った。


「君は大丈夫かい? ひどく殴られたような痕があるね」


「俺は大丈夫です。これぐらいの傷は樹海生活で慣れてますから」


「そうか。それでも一応救護員に見てもらうといい。君は世界の命運を左右する重要人物なのだから」


 レノアスはカイゼルトの言うことがおおげさに聞こえ苦笑いした。


「おおげさですよ。俺はただの樹海育ちの子供ですから。現に激辛料理で意識を失ったあげく敵に捕まってしまいましたし。‥‥‥それに世界を護るだなんてまだ実感が湧かなくて」


「まあ、そうかもしれないな。私も恵みの雨の代表に選ばれたときは、君と同じように感じたよ」


 レノアスはカイゼルトの見せた父親のような暖かい眼差しに、どこか懐かしさを感じ、ふと思ったことを口にした。


「カイゼルトさんのお子さんはまだ小さいんですか?」


 カイゼルトはレノアスの唐突な質問に少し驚いたように目を大きくした。


「どうして私に子供がいると?」


「なんとなくです。父に少し雰囲気が似ていたので、もしかしたらと思っただけです」


「そうか‥‥‥。察しの通り、以前息子と妻がいてね。でも、ある事故に巻き込まれて死んでしまったんだ」


「す、すみません。辛い事を思い出させてしまって」


「気にしていないよ。もう十年も昔の話だからね」


 カイゼルトの表情が一瞬だけ沈んだように見えた。


「なかなかの洞察力だ。それも使徒としての能力なのかな?」


「ただの勘ですよ」


「しかし驚いたよ。君を助けに来てみれば奴らの隠れ家が倒壊していたんだから。君も捕まっていたのによく抜け出せたものだ」


「俺を逃がしてくれた人がいたんです。それと、あいつらの組織名は『囚獄ひとやの鍵』だそうです」


「『囚獄ひとやの鍵』か。彼らの目的が私たちの世界を害するものである以上、そのうち対峙しなければならない時がくるだろうな」


カイゼルトは話し終えると、他の恵みの雨の隊員と合流するため瓦礫になった倉庫に向かっていった。

レノアスは作業風景を見ながら、不可抗力とはいえ自分が人質にされたせいで、姉妹達や恵みの雨の人達に迷惑をかけてしまったことを申し訳なく思っていた。


「これから激辛料理には気を付けよう。……アイスリンにも気を付けよう」


 それから恵みの雨の人々は倒壊した倉庫の下から囚獄の鍵の構成員数人を助け出し、大けがをしている者に応急処置を施していた。すぐに騒ぎを聞きつけた国の警備部隊がやってきて、カイゼルトが事情を説明し警備部隊に囚獄の鍵の構成員を引き渡していった。恵みの雨は警備部隊とも良い関係を築けているようだった。

 カイゼルト達は警備部隊と協力して倉庫の地下室などを調べるためにその場に残り、レノアスは姉妹達の具合を見る為に恵みの雨の本部に向かった。

 本部の医務室では、意識が戻った姉妹達が寝台に横になりながらいつものように口論をしていた。


「スーがあの時、ちゃんと氷の壁を維持してくれてたら、あいつに一撃入ってたのにさー」


「アイ姉が自分勝手に突進したから発現のタイミングがずれたのよ」


「だって前に進み続けないと地面から銀柱が飛び出してくるからしょうがないじゃん!」


「もう少し全体を見て動けばよかったのよ!」


「そんなことしてたらあの変態眼鏡に近づけないしー!」


「それで無闇に突進して返り討ちにされたのはアイ姉でしょ!!」


「前衛を助けるのが後衛の仕事じゃん!!」


「私だって余裕がなかったのよ!! 発現しようと集中してたら針が降って来るし、そんな時にアイ姉が勝手に敵に向かったってうまく補佐できるわけないでしょ!?」


「あたしだって地面を踏むたびに銀柱が出てくるし、跳躍したら風の刃が飛んでくるし、かわすだけで精一杯だったんだよ!! 周りを見る余裕なんてあるわけないよ!! ばかー!!」


「思ったより元気そうだな、二人とも」


「レノっち!?」「レノアス君!?」


 レノアスは姉妹達が口論していた時すでに医務室に入っていたが、姉妹達はそれに気付かず二人揃って目を見開きレノアスを凝視した。

 二人は同時に寝台を下りてレノアスに駆け寄った。


「レノっち! 大丈夫なの!? すごく心配したよ!」

「レノアス君、良かった! 攫われた時はどうなるかとすごく心配したんだから!」

「その頬の傷、殴られたの? ごめんね。あたしが無理矢理辛い料理を食べさせたせいで! ほんとごめん!」

「こめんなさい、レノアス君。レノアス君を介抱した後、居眠りしちゃって……」

「他になんか酷い事されなかった!? あの変態眼鏡め、今度会ったらボコボコにしてやる!」

「レノアス君を怪我させたなら仕返ししないといけませんね」

「そういえばレノっち! あいつらはどうなったの!?」

「そういえばレノアス君! 妨害者達はどうなったんですか!?」


 レノアスは息つく間も無く二人から同時に話しかけられ戸惑ったが、二人が同じようなことを言っているのを聞いて、結局姉妹仲はいいんだよなと思った。


「俺はたいした怪我は無いよ。あの眼鏡をかけたザイルとかいう奴は逃げたよ」


「そっか。私たちが倒した岩男はどうなったの?」


「岩男? 俺が倉庫から出たときにはいなかったぞ」


「あっれー。おかしいな。確かにスーと一緒にやっつけたはずなのになー」


「それより、お前達の怪我の具合は大丈夫か?」


「うん、平気。なぜか痛みはあまり感じないし、傷の治りがものすごく早いって医者が言ってた」


「そうなんです。お医者様も驚いていました。どうしてこんなに切り傷が早く治るのか謎だって」


「ああ、それはお前達が意識を失っている時に、応急処置として薬を飲ませたんだよ」


「なにその薬、すごくない? やるじゃん、レノっち! こんなに効き目のある薬なんて聞いたことないんだけど」


「じゃあ、私たちの為にかなり高額な薬草を使ってくれたのでは?」


「樹海で採取したものだから気にするなよ。それよりも、ありがとな。助けにきてくれてさ」


 アイスリンは申し訳なさそうに項垂れ力無く笑った。


「ははは。レノっちを助けにいって結局返り討ちにされちゃったけどね」


 スノウラルも同じように項垂れしょんぼりと肩を落とした。


「私も役に立てず逆に助けられちゃいましたし……なさけないです」


「そんなことないよ。お前達がきてくれたから、地下から抜け出すのが簡単だったんだ」


「……レノっちは心が広いね。原因はあたしにあるのにさ」


「レノアス君は優しいですね。そう言ってくれると救われます」


 アイスリンはスノウラルを睨み、スノウラルはアイスリンを睨みながら強く言い放った。


「口うるさいスーとは大違い!」


「なんですって!? がさつなアイ姉とは違いますね。レノアス君は!」


 再び睨み合う姉妹達。レノアスはその二人の喧嘩を止めようと話しを変えた。


「と、ところで、傷が癒えてから、もう一度ミルドの町を案内してくれたら嬉しいんだけど」


 アイスリンとスノウラルは同時にレノアスに顔を向け返事をした。


「「もちろん!」」


 すぐに二人は同時に顔を見合わせて睨み合う。


「アイ姉は周囲の状況判断ができるように修行つけてもらったらどう? 私がレノアス君にミルドの町の有名所をしっかりと案内してくるから!」


「スーこそ、発現ばかりして鈍った身体を師匠のところで鍛え直してきたら? レノっちはあたしが知る人ぞ知る超穴場に連れていくからさ!」


 二人の視線がぶつかり合いあたかも火花が散りそうなほどお互いを睨み合っていたが、ほぼ同時にレノアスに振り向き質問した。


「レノっちはあたしと行きたいよね?」

「レノアス君は私と行きたいでしょ?」


 レノアスはどちらか片方を選ぶと角が立つと思い、答えた。


「お、俺は二人と行きたいな……」


「レノっちー。こんな口うるさい小姑みたいなスーと行っても耳が痛くなるだけだよ!」


「レノアス君、アイ姉と行けばまた厄介ごとに巻き込まれて疲れるだけです!」


「言うじゃないの、妹のくせに!」


「たかだか一年早く産まれたくらいで大きい顔しないでよ!」


「んだとー!!」


「何よ!!」


 二人は怒りの形相で眉毛を吊り上げ、今にも殴り合いの喧嘩になりそうな雰囲気だった。レノアスはどうにか穏便に治めるため二人を落ち着かせようとしたが、すでに遅かった。


「スー。表に出なよ。どっちがレノっちの案内役に相応しいか勝負だよ!」


「受けて立つわ。アイ姉なんかに絶対に負けないから!」


「お、お前ら怪我人なんだぞ。もう少し安静にしてたほうが」


「レノっちは黙ってて!」


「これは私たち姉妹の問題ですから!」


 レノアスはオリヴィアにも同じように言われたことを思い出し、この国は気が強い女性が多いんだろうかと考えながら、医務室を我先にと出て行く姉妹達を見送った。

 その後アイスリンとスノウラルは本気の大げんかを繰り広げたが、結果は引き分けとなり姉妹二人でレノアスを案内することになった。しかし、二人の傷が完治していないという理由と、間近に競売会での作戦が控えているのでミルドの町案内は後回しにされたのだった。




 ◆◆◆




 次の日からレノアスはマーロイの指導のもと、流体術の修行に励んでいた。

 今日は力の流れを感じ取る訓練をするというので、早朝からマーロイとナーナとレノアスは三人で地面に胡座をかいて瞑想をしていた。


「目をつむり呼吸は深くゆっくりとして心を落ちつけよ。極限まで気配を消すときと似ているが、意識は外側にではなく自分の内側に向ける」


 レノアスは言われたとおりに静かに瞑想した。


「次に頭の中を空にしてから自分の肉体からも意識を離していく。すると宙に浮いているような感覚になってくるはずじゃ」


 レノアスは自分の身体からも意識を離し、心を無にすると不思議な浮遊感を感じるようになった。


「周囲の状況や自分の肉体から意識を外すと、最後に残るのが力の流れじゃ。その流れは体中を巡る血液かもしれんし、吸い込んだ空気が身体に取り込まれるときの流れかもしれん」


 レノアスは少しずつ何かの流れを感じ取っていた。


「何かの力の流れを感じられるようなら、その流れに再び意識を集中し続けるのじゃ」


 レノアスは今にも消えそうな弱い力の流れに全意識を集中し続けた。

 マーロイは地面から小石を取り上げて軽くレノアスに放った。その石はレノアスの肩に当たったが、力の流れに意識を集中しているレノアスは気付かなかった。


「うむ。よい集中じゃ」


 それからレノアスは昼食の声がかかるまで数時間も瞑想し続けた。昼食の時間となりレノアスはマーロイの家に入っていくと、五人が丁度座れるくらいの円卓にスノウラルが料理を並べていた。昼食はいつもスノウラルが料理してくれる。まだ姉妹達の腕や足の各所には包帯が巻かれていた。


「アイスリン、スノウラル。怪我は大丈夫なのか?」


「ええ、大丈夫ですよ、レノアス君。がさつな姉と喧嘩するといつもこうなんです」


 レノアスの隣に座るアイスリンが円卓に肘をつきスノウラルから顔をそらした。


「ふんっ! 口うるさい妹と喧嘩するといつもこうだから気にしないで。レノっち」


 スノウラルはわざとらしくドン!と音が出るようにアイスリンの前に料理を置いた。アイスリンに気にした様子はない。


「囚獄の鍵との戦闘以上にぼろぼろに見えるんだが……」


 マーロイがにこやかにお茶をすすりながら答えた。


「心配は無いぞ。レノアス君。いつものことじゃ」


「いや、でも」


「まあ見ておればわかる」


 五人は皆の分の料理が円卓に置かれてから食べ始めた。するとアイスリンが口一杯にほおばりながらモゴモゴとスノウラルに声をかけた。


「んご、このスープいつもと違った香りでうまいじゃん」


「今日のスープにはレノアス君に分けてもらった香辛料を入れてみたの。なんでも身体の傷の治りが早くなる効果を持つんですって。薬にも使われる香辛料らしいけど、いい香りでおいしいわよね」


「おかわり!」


「アイ姉、ちゃんと野菜は噛んで食べてよね。のどを詰まらすわよ」


 レノアスはいつのまにか普通の会話に戻っている姉妹達を見て、マーロイに視線を向けると彼は微笑みながら頷いた。

 レノアスは長く一緒に生活する姉妹とはこうゆうものなのかと、アイスリンとスノウラルの仲の良い関係を羨ましく思った。すでに談笑までしている姉妹達を見ながらレノアスは妹ラーナとの楽しい日々を思い出していた。

 それからレノアスは競売会が開催されるまで流体術の修行の日々を過ごし、いよいよ作戦決行日となった。









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