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銀嶺の使徒  作者: 猫手猫の手
第2章 セレンジシア樹海王国
30/42

旅立ち

 



「二百レベル達成報酬は、植物の生育促進グロアシスティアメイシンスプログラムです」




 そう言うと、テトラはそのプログラムの受け渡し作業に入り、空中に光の板を出して、何度かそれに触れた。


「我、第四統括管理者テトラの権限において、植物の生育促進プログラムの使用をこの者に許可します」


 彼女がそう言うとレノアスの頭の中に、このプログラムの使用方法の詳細な情報が流れ込む。

 人の頭の中に直接情報を送り、なおかつその技能をすぐに使用できるという古代文明の英知だった。

 強制解除プログラムの受け渡しの時も同じことをしたが、レノアスは脳裏に知識が書き込まれる妙な感覚は好きではなかった。


「ふう。……終わったみたいだな。やっぱりこの感覚は苦手だ」


「はい。無事に完了しました。人体には影響はございませんのでご安心を」


 テトラは無機質な銀色の瞳をレノアスに向ける。


「早速ですが、レノアス様に知っておいて頂きたいことがいくつかございます」


「ああ、今日は用事もないし、いいよ」


「恐れ入ります」


 テトラは少しうつむき、まるで本を読むかのように淡々と語り始めた。


「まずは私が何のために造られたかお話します。今から約七千年前、ここから遠く西の地で大国同士の戦争が始まりました。その両国の間に位置する小国が主戦場となり、被害を受けた小国は戦力を得るため、異世界への道を開き、異形の軍勢を召還し使役することに成功しました。その後、電光石火の勢いで二大国を支配下に置き、小国は滅びを免れたのです。しかし、それが大きな問題を起こすことになったのです」


「異世界の軍勢……」


「戦後、すぐに異世界への道は閉じられましたが、一度歪められた世界の摂理は元に戻らず、異世界接続点という現象が起きるようになったのです。それは千年周期でこの世界の何処かに異世界と繋がる穴が現れる現象です。私たちはその穴をゲーテと呼んでいます。調査の結果、その門が現れた場所を中心に、大陸一つが収まる程の広大な範囲で、あらゆる生命が歪んでしまうことが解りました」


 レノアスは生命が歪むという不可解な表現に眉根をよせ、その言葉に嫌な予感がした。


「歪むっていうのはどういう意味なんだ?」


「つまり凶暴化、異形変化、不死化など今までこの世界には存在していなかった別の生き物に変化する状況のことです。それらを放っておくと徐々に生態系が破壊され取り返しのつかない事態になりえます。また、生物の大量死も確認されています」


「その歪みというのは人にも影響があるのか?」


「はい、歪みの影響範囲内にいる生物は全て対象です」


「大陸一つ分の範囲で生物がおかしくなっていくのか。……大変なことになるな」


「問題はそれだけではありません」


「まだ何かあるのか?」


「さらに、異世界からこの世界を侵略しようとする者達や、移住してくる者達が予想されます。過去には国一つが滅ぼされたこともありました」


「ええ!? 向こうの世界から敵が来るだって?」


 門ができることで広範囲にわたって生き物が変異し、異世界からの侵略者達も現れ、それらが国を滅ぼす程の害悪を振りまく。そんな事が千年に一度世界のどこかで繰り返されてきたのだ。


「私は通称アーファシステムを形成する十二人の内の一人、第四統括管理者テトラ」


「アーファシステム?」


「アーファシステムとは、門の出現で歪んだ世界を元に戻し、侵略者撃退を目的として作られたシステムです。私を含めて世界中に姉妹達が十二人おり、それぞれ割り当てられた地域の維持管理を任務としています。ほかに姉妹達それぞれに別の任務が割り当てられており、私の固有任務は緑化推進になります」


 レノアスは世界を守るというテトラの目的を知り、二百レベル達成報酬で使えるようになった植物の生育促進プログラムは、テトラの役割に関係したものだということを理解した。


「いまレノアス様に挑戦して頂いているバトル・オブ・バトルズは、この世界を守るのに必要な力をつけるための訓練なのです」


「つまり、俺が今までしてきたのは、その歪んだ動植物や異世界からの侵略者を撃退するための訓練だったのか……」


「はい。そういう認識でかまいません」


「その侵略者ってどういう奴らなんだ?」


「門の向こう側は同時に幾つもの異世界と繋がることが分っており、過去六回に及ぶ異世界接続点では、この世界に様々な種族が来訪しました。人間族以外の種族は皆、異世界からの来訪者なのです。現在確認されている種族数は二十三種族になります」


「そんなに!? 俺が小さい頃読んだ世界種族辞典には八種族しか載っていなかったけど」


「特殊な環境でしか生きられない者達や、会話ができない者達は姿を見せることが少ないため、人々に認知されていないものと思われます」


「そうか。ということは長耳族も元々は異世界から来たのか?」


「はい、そのとおりです」


 レノアスは多種族を敵視するアーファ教の教えを思い出した。


「ならば人間族の信奉するアーファ教が、他種族を敵視するのも納得がいく。とはいえ他種族を迫害するのは間違っていると思うけどな」


「その点には同意します。長耳族については自分達の世界が荒廃したため、新天地をもとめて友好的な態度で来訪したと記録に残っています」


「そういえば、建国記念式典でシュナーザ王も似たような事を言っていたな」


「一方で獣人族が来訪した時は、人間族との全面戦争の結果、人間族の勝利となりました」


 レノアスは門や獣人という言葉を聞いて気になっていたことを質問した。


「テトラは境界や獣人については何か知っているか?」


「申し訳ございません。獣人の存在は認識しておりましたが、境界の詳細は分りかねます」


 レノアスはテトラが何かを知っているのを期待したが、肩を落とした。


「やっぱりそうか。俺もここに来てすぐの頃に、ライブラリで調べたが情報は見つからなかったもんな」


「おそらく、その獣人族の独自技術によって維持されている空間かと推測します」


「……そうか。何か手がかりがあると思ったんだけど仕方がないな。次に異世界からやってくる奴らはどんな種族か分るのか?」


「予測不可能です」


「だよな。そんな都合よく分るわけないか。……でもしばらくは門は開かないんだろう?」


「多少のズレはありますが五年から十年後です」


「え!? 思ったより近いんだな」


「もうすぐ七回目の異世界接続点になります。門の出現場所の予測は不可能です。ですから、すぐに対応できるように私たちは姉妹は、世界中に分散してその地域を守っているのです」


「それで十二人もテトラのような存在がいるのか。……それで、どうして俺にその話をしたんだ?」


 テトラはレノアスの瞳を真っすぐに見つめた。


「実を言いますと、私の稼動限界までそう長くはないのです」


「え? それはつまり、寿命が近いということか?」


「そういう認識でかまいません」


 テトラの肌は陶器のように滑らかで銀色の髪にも艶がある。声量もはっきりとしていて、受け答えもいつも通りだった。レノアスはテトラの寿命が近いとはとても思えなかった。彼にとってテトラは古くからの友人のような存在だったので、彼女の突然の告白は胸を苦しくさせるものだった。


「断定はできませんが、次の異世界接続点まではもたないでしょう」


「そんな……」


「私が製造されてからすでに約七千年が経過し、当初の稼動限界予想を四千五百五十年過ぎてしまっているのです。ですから、私が機能停止した後、レノアス様にはこの世界を守る『使徒アペステラ』となり、世界の歪みの原因である異世界の門を完全に無くすため協力して頂きたいのです」


「え!? 俺はただの人間だぜ? そんな世界規模の災厄をなんとかできる力なんてないぞ」


 レノアスは突然であまりに壮大なテトラの頼みに困惑を隠せなかった。


「そんなことはありません。あなたには確かな力があります」


 そう言うとテトラは再び光の板を浮かび上がらせ、式典会場でのフレイシアとレノアスの戦いの記録映像を再生した。


「この記録映像ではレノアス様とフレイシア様の瞳が赤く光を発し、秘められた潜在能力を発揮しています。これを私たちは存在昇華と呼んでいます」


「存在昇華?」


「高い潜在能力を秘めている者が、何らかの影響で潜在能力を引き出している状態のことです」


「つまり、あの時のフレイシアは銀獣の力で存在昇華したというわけか。じゃあ俺の場合はなんなんだ? 心の中に声がして、その声の主から力を与えられたんだが、やっぱりそれも銀獣なのか?」


「それは断定できません。レノアス様の力の源は分りませんが、潜在能力の高い者はきっかけによって存在昇華することが可能です。そして重要なのは、存在昇華できる者は、門の発生による歪みに影響を受けないということです」


「つまり、俺は門が現れても歪みの影響を受けずに、化け物や異世界からの侵略者と戦えるということか?」


「はい、その通りです」


「それなら俺でなくてももっと相応しい奴がいると思うけど」


「レノアス様は忌み子、でしたか? そう呼ばれている現象は稀にしか起きませんし、レノアス様のように長く生き続ける事例は今まで無いようです」


「それもそうだな。忌み子になった子供は通常なら一年程で死ぬようだし。それにフレイシアの場合も特別か。普通は銀獣と関わること自体が皆無だよな」


「はい。ですから、レノアス様がこのセレンジシアに訪れたのは世界の導きだと思うのです」


「世界の導きか……」


 テトラはあたかも世界に意思があるかのように言ったが、レノアスは不思議とその言葉に違和感は感じなかった。なぜなら異世界接続点という世界規模の災厄にあわせ、その歪みの影響を受けないレノアスが、長耳族の王国の地下遺跡でテトラに出会ったのだから。


「もし俺が協力したとしても、俺一人で対処するには世界は広すぎないか?」


「他の土地でも適格者は見つかっているので、レノアス様だけで世界を守る必要はありません。現在、適格者はレノアス様を含めて五人確認され、私の姉妹達の元で訓練をして頂いています」


「そうか。一度会ってみたいな。でも、世界中に散らばっているなら無理か」


「異世界接続点には皆さんが集合する予定ですので、そのうちにお会いできると思います」


 レノアスはテトラの頼みごとについて考えていた。当面の目的は妹であるラーナの救出だ。しかし世界の危機が間近に迫っているのも見過ごすことはできない。


「世界を守る、か……」


 真剣な表情になり考え事を始めたレノアスにテトラが声をかけた。


「使徒となるのに何か障害でもございましたか?」


「前に妹がいることは話しただろう? 実は妹は獣人達の住む境界の中に連れ去られてしまっているんだ。だから俺は妹を取り戻すため、そこへ行く方法を探している。世界の危機が迫っているのは理解しているが、妹のことも放っておけないんだ」


「そうだったのですか。それは、心配ですね」


 テトラはレノアスの話を聞くと、何かを考えているように沈黙した。


「……もしかしたら、レノアス様の求めている情報が得られるかもしれません」


「ほ、本当か!?」


 レノアスは思わず立ち上がり身を乗り出した。


「はい。私たち姉妹は常に世界を歪ませる可能性のある事柄について、情報を集め定期的に報告し合います。最近の報告の中に気になる情報があったのです」


 レノアスはようやく見つけた手がかりに少し興奮したが、至って冷静なテトラを見て、はやる気持ちを抑え椅子に座る。


「ガデアント地方のある国が主導して、長距離を一瞬で移動するための譜文扉の研究をしているという報告がありました」


「移動のための、譜文扉か」


「もしかすれば、その研究者から手がかりが得られるかもしれません」


「可能性はあるな」


「ですが、国の研究機関が容易に情報をくれるとは思えませんので、現地での調査が必要です。それに、その研究が世界の摂理を歪めるようなものであれば、即刻止めなければなりません。情報は限られていますがレノアス様に出向いて頂けないでしょうか?」


「ああ、そういうことなら、喜んで協力するよ。妹を助けることに繋がるなら何でもする。ただ、それが危険な研究だったとしても俺に判断できるのか?」


「心配いりません。すでにアーファシステムのプログラムを身に宿したレノアス様なら、歪みを察知することができます。歪んでしまった生物や、歪みの原因に近づくとはっきりと分るはずです。一例ですが、銀獣と呼ばれている存在からも歪みが観測されています」


「なるほど。確かに表現し難い異常な嫌悪感を覚えたよ」


「銀獣の起源については目下調査中ですが、歪みをまき散らす存在であることは明らかです」


「そうだな。魚も蝶も尋常じゃないのは、自ら対峙して分かったからな。……その事で一つ聞きたいんだが」


「はい、なんでしょうか?」


「蝶の銀獣を消滅させたあと、蝶の紋章のようなものが、達成報酬を受け取った時のように頭の中に流れ込んできたんだが、何か知らないか?」


「申し訳ありません。銀獣についてはあまり情報が得られていないのです」


 レノアスは今までのテトラから聞いた話を頭の中で整理した。


 まず世界を歪ませる門が千年周期で発生し、それを放っておくと生物が変容し生態系を壊してしまう。

 テトラ達はその歪みを回復し異世界からの侵略者を撃退するために存在している。しかし、テトラの寿命が近いため、レノアスに世界を守る使徒となり、任務を引き継いでもらいたいと言っていた。

 レノアスの忌み子状態は存在昇華と呼ばれていて、潜在能力が最大限発揮される現象である。存在昇華できる者は歪みの影響を受けない。

 ラーナの元へ行く手がかりはガデアントにある。


「……まずは妹を取り返すための手がかりが優先だな。学院もしばらく休校だし、ガデアントに行ってみることにするよ」


「ありがとうございます、レノアス様。任務に必要な情報は後ほどまとめてお渡しします」


「ああ、頼むよ」


 レノアスは立ち上がり部屋を出た。彼を見送ったテトラはライブラリに入り、数枚の光の板を操作し、任務で必要とされる情報をまとめ始めた。


「確かガデアント地方を管理しているのは、エンネアでしたね」


 テトラが指先を画面に触れると、エンネアに関する情報が羅列された。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 第九統括管理者固有名称:

 エンネア


 担当地域:

 ガデアント地方並びにその周辺海域


 適格者の有無:

 有り


 適格者の訓練達成度:

 レベル九十五


 補足:

 適格者の訓練を阻害する外部の妨害者については、排除するための作戦が現在進行中。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 テトラは作業を終えて光の板を消す。


「レノアス様ならやり遂げてくださるでしょう」




 レノアスが長い螺旋階段を上り終えたときには、外はすでに暗くなっており、通路に備え付けられた譜文照明が明るく王宮内の通路を照らしていた。

 レノアスが王宮の通路を歩いていると、前方から新しく任命された大臣達数人を引き連れて、復興について話しながらフレイシアが歩いてきた。


「あら、レノアス。今まで訓練していたの?」


「いや、テトラに呼ばれて話をしてたんだ。それで準備ができ次第ガデアントへ旅することになった」


「え!? ずいぶん急なのね。どうしてガデアントに?」


「妹を取り返すための手がかりがあるかもしれないんだ」


「そうなの?」


「ああ。皆忙しいようだし、一人で行ってくるよ。俺の個人的な問題だしな。妹を助けに行く時はフレイシアにもお願いするよ」


「ええ、それはもちろんよ。あなたの力になりたいけど、今はまだ公務が立て込んでいて。……ごめんねレノアス」


「ああ、分ってる。気にするな。今回は調査だけだから心配しなくても無事に帰ってくるさ」


「それならいいけど。いつ戻る予定なの?」


「そうだな、往復で一ヶ月かかるのと、調査に半年くらいはかかるんじゃないかな。終わり次第すぐに帰ってくる」


「そんなに長く……」


 フレイシアは心配そうに表情を落とした。後ろに控えていた大臣の一人が小声で彼女に言った。


「フレイシア様、そろそろ貴族達との会合が」


「ええ、そうですね。……それじゃあね、レノアス」


 フレイシアは名残惜しそうに振り返りつつ王宮の奥に歩き出す。レノアスは軽く手を振り見送った。


「忙しそうだな。俺も手伝ってやりたいが、政治のことで俺にできることはないしな。ガデアントでフレイシアが喜びそうなお土産でも探してくるか」


 レノアスは出口に向かって歩き始めたが、ふと足を止める。


「そういえば、シラスは王宮の研究者達と黒鎧の研究をしているんだったな。しばらく会えなくなるし、挨拶していくか」


 レノアスは研究棟へ向かった。そこにはベベラシの研究室もあり、奇怪な叫び声が通路に響いていた。


「大先生は相変わらずだな」


 レノアスはある部屋の前で立ち止まる。


「ここだったよな。シラスいるか?」


 扉を叩き中に入ると、整然と並んだ研究道具にきちんと本棚に収まっている専門書、作業がしやすいように研究室全体が綺麗に整えられていて、ベベラシの研究室とは大違いだった。その奥には数人の白衣の研究者達とシラスが真剣な顔で、壁に貼付けられた大きな紙に向かって議論していた。その紙にはレノアスには理解できない数式や図形等が記述されており、それらに指をさしながら話しをしている。

 レノアスは話し合いの邪魔にはならないように、声をかけずに部屋の隅で静かに待っていると、一区切りついたシラスがレノアスに気付いて近寄ってきた。


「あれ? レノアスさん、どうしたんですか? こんな場所に」


「ああ、ちょっと挨拶にな。それより研究は進んでいるか? 黒鎧の改良をしているんだったろう?」


「うひひ。少しずつですけど進んでますよ。式典会場で改革派が使っていた第三段階の黒鎧は、術者本人を飲み込む危険なものだったので、そうならない工夫を考えているところなんですよ」


「へえ、難しそうだな」


「いえいえ、そんなに難しいことではないんです。簡単に言えば術者が黒鎧に飲み込まれる前に、自動で鎧が解除される仕掛けを考案しているんですよ」


「なるほど。とはいえ俺にはさっぱり分らない分野だけどな」


「うひひ。なにを謙遜してるんですか。レノアスさんが本気で研究したら、黒鎧の改良なんてあっという間に終わりますよ」


「ははは、さすがにそれはないと思うぞ」


 シラスは少し肩をすぼめる。


「まあ、本人に興味がないなら仕方がないですけど」


 実はレノアスは学年で常に一番の成績だった。フレイシアやシラスも好成績を維持しているが、全ての学科試験で満点を取り続けているレノアスは、学院始まって以来の天才と言われ注目されていた。しかし、当の本人はそんな周囲の反応には無頓着だった。レノアスはシラスの言った事を冗談と思い、自分のこれからの事を話始めた。


「さっきテトラと話してきたんだが、妹を助け出すための手がかりがあるかもしれないんだ。それでガデアントにちょっと旅に出てくる」


「ええ!? よかったですね!」


「ああ、だからセレンジシアを離れる前に挨拶にきたんだ」


「そうでしたか。最近班の皆も忙しくて、一緒に遊んだりできなくなっちゃいましたから、レノアスさんが帰ってきたら、また皆で青の泉にでも行きませんか?」


「おお、いいな。シラスもあまり根を詰め過ぎるなよ。またエリカナ先輩がへそを曲げるぜ」


「うひひ。そうですね。気をつけます。班の他の人達には旅のことを伝えたんですか?」


「さっきフレイシアには言ったから、明日にでもルシエとイーサンに会ってくるよ」


「そうですか。ルシエさん悲しむでしょうね」


「まあな。朝の訓練ができなくなるしな」


「いえ、そうじゃなくて、ルシエさんの気持ちの話ですよ」


「気持ち?」


「……レノアスさんて本当に鈍感ですね。とにかく、ルシエさんにはちゃんと説明したほうがいいですよ」


「ああ、そのつもりだ。じゃあな、モヘジにもよろしく言っといてくれ」


「はい。お土産期待してますね。うひひひひ!」


 そうしてレノアスはシラスと別れ、樹海の自宅へと帰っていった。




 ◆◆◆




 次の日の早朝、レノアスはイーサンが新しく購入したという屋敷に来ていた。その屋敷は二階建てで、レノアスが想像していたよりもかなりの豪邸だった。庭も大勢の子供が走り回っても問題ないほどの広さだ。

 レノアスは驚きながらも屋敷の扉を叩き来訪を知らせた。すると扉が開かれ中から前に会ったことのある、イーサンの妹がエプロン姿のまま顔を出した。朝食の準備をしていたのだろう。


「あら、たしかお兄様のご友人の方ですよね」


「レノアスだ。イーサンはいるか?」


「ええ、いま呼んで参りますので、中に入ってお待ちください」


 屋敷の内装は上品で家具も上等なものが置かれていた。

 レノアスは物珍しさに視線をさまよわせていると、屋敷の奥からイーサンが歩いてきた。


「何か用かな、人間。これから仕事なのであまり時間はとれないぞ」


「すぐ終わるよ。もうすぐガデアントに旅に出ることになったんだ。それでしばらく会えなくなるから、挨拶に来たんだよ」


「ほう、ガデアントか。幼少の頃両親に連れられて一度訪れた事がある。あそこは幾つもの国が隣り合っていることから、様々な文化を楽しむことができたぞ」


「へえ、行ったことがあったのか」


「はっはー! 見聞を広げることは貴族として当然である」


「でもさ、鎖国中なのにどうして行けたんだ?」


「私の父は王宮の音楽家でな。ガデアントで大規模な音楽の祭典があるというので、特別に出国が許されたのだ」


「そんなことが許されるなんて、お前の父親はかなり偉かったのか?」


「先代の王の親友だったと聞いている」


「そうだったのか。ところで、この屋敷はなかなかいいじゃないか。かなり値が張ったろう?」


「ふん。改革派の反乱で犠牲になった貴族の家をそのまま購入したので、それほどではない。急に家族が増えたのでな、これくらいの屋敷でないと部屋がたりないのだ。それに華麗なる貴族にはそれ相応の上等な住居が必要だからな」


「お前があの騒動で孤児になった子供達を引き取るなんて、正直驚いたし感心したよ」


「はっはー! 私も親を亡くしたので孤児達の気持ちはわかる。親族がいたとしても親なしで生きるには大変な世の中だ。せめて心安らぐ我が家というものを与えてやろうと思ってな。真の貴族とは他の人のために行動するものだ」


「おまえのそういうところは本当に偉いと思うよ」


「ふん。それほどおおげさなことではない。いつ旅立つのだ?」


「旅の準備もあるから三日後に旅立つ予定だ」


「うむ、そうか。仕事がなければ私が直々に見送りに行ってやろうではないか」


「見送りはしなくていいよ。班の皆は忙しいしな。お前の兄弟達にもよろしくな。じゃあ」


 レノアスはそう言ってから、イーサンの屋敷を後にし、そのままルシエの実家であるリソラウス家に向かった。


 式典会場での事件から二ヶ月ほど経ち、新たな警備隊の募集も行われ、ルシエは発現の訓練教官として抜擢されていた。

 一年前は電撃をコントロールできなかったルシエだが、レノアスとの訓練の結果目覚ましい成長を遂げていた。発現しなくても電撃を放つ特殊な体質と、雷属性の発現を短期間で制御できるようになったのは、文字通り彼女が天才だからだろう。


 リソラウス家の敷地内にある訓練場からは、早朝だというのに警備兵達の剣を振るかけ声や、模擬戦闘で剣と剣がぶつかり合う音が響いていた。

 レノアスはルシエがいるだろう発現訓練場を目指して歩いていると、訓練を終えたばかりの兵士二人が話しをしながらやってきた。


「おい、ここしばらくお嬢の機嫌が悪くないか?」


「ああ、俺もそう思ってたよ」


「改革派の事件があってからだよな。イライラしてるの」


「あれは酷い事件だったからな。お嬢は現場にいたみたいだし、無理もないか」


 兵士二人はそのまま通り過ぎていった。

 レノアスは発現訓練場に近づくと、その場所が何度か紫色に光った。ルシエの電撃に違いない。訓練場の奥でルシエは遠くの的に電撃を命中させる訓練をしている最中だった。

 朝の訓練は終わっているのか、ルシエ以外は誰もいなかった。


「おはよう、ルシエ」


 ルシエはレノアスに気づき、的に向けていた両手を下ろした。


「……レノアス」


 レノアスはルシエが電撃を放っていた的を見ながら話す。


「また命中率を上げたようだな」


「……うん。どうしてここに?」


「ああ、ガデアントに旅に出るんだ。それで、しばらく会えなくなるから、班のみんなに挨拶してまわってる」


「え!?」


 ルシエは驚きのあまり硬直し、胸の奥が締め付けられそうに感じた。


「前に話した妹の件でしばらく調査に行くんだよ。半年以上は帰ってこないと思う。だからこの機会に特訓は終わりにしようと思うんだ。ルシエはもう電撃の制御もできてるし、的にも命中させられるようになったしな。問題ないだろ?」


 ルシエは黙ってうつむき、少しの沈黙のあと小さな声でつぶやいた。


「……問題、ある」


「でも、もう俺が手伝えることなんてないぜ。俺がいなくても大丈夫だよ。自信もてよ」


「……ルシエはレノアスがいないとだめ」


「そんなことないって」


 ルシエは顔を上げ、悲しそうな表情でレノアスを見つめた。その青紫色の瞳は涙で潤んでいた。


「ど、どうした、ルシエ?」


 ルシエは涙をこらえながら屋敷の方へ走り、足を止めた。そしてレノアスに背を向けたまま問いかけた。


「……どうしてルシエを誘ってくれなかったの?」


「え、だって、俺の個人的な事だし。お前も今は警備隊のことで忙しいだろ? だから迷惑はかけられないと思ったんだ」


「ルシエはレノアスの頼みなら迷惑じゃない! レノアスの助けになりたかったのに!……ルシエが弱いから頼ってくれないの!?」


「いや、そういうわけじゃ……悪かったよ。そんなに怒る事ないだろ?」


 ルシエはレノアスの言葉には返事をせず、感情を押し殺したように声を出した。


「フレイシアと……結婚、するって聞いた」


「式典会場の戦いのことだろ? あの時はしかたなく結婚の儀式みたいになってしまったけど、まだ結婚するとは決まってないよ。どうしたんだよ」


 ルシエはレノアスに背中を向けたまま黙っている。彼女は心の奥から絞り出すように言った。


「フレイシアとは、口づけした、のに、レノアスはルシエを頼ってもくれない……」


 ルシエは小さな肩を振るわせ、必死に泣き出しそうなのを堪えた。しかし、すでに零れ落ちている涙は止めようがなく、次から次へとほほを伝い地面にまるい染みをつけていく。

 そしてルシエは振り向き様に泣きながら叫んだ。


「……レノアスの、バカ! バカ! バカっ!! 発現エクセヴィレン紫電しでん!!」


 ルシエがその言葉を発したと同時に、レノアスは反射的に目の前に大きな盾を創製した。


創製クレイディフ! 耐電の大盾!!」


 次の瞬間、紫色の閃光がレノアスの盾にぶつかり、盾を赤く溶解させた。それでも止められなかった電撃は近くの木に命中し、幹は黒く炭化して煙を上げた。


「ルシエ!! いくら俺がお前の攻撃を防げるからって、やりすぎだぞ! もし今のが当たったら俺だってただじゃ済まないんだからな!」


 ルシエはレノアスから叱責され、一瞬ビクリとしたが、すぐにきびすをかえし屋敷に向かって走っていった。

 レノアスは盾を消し、一人残された訓練場でつぶやいた。


「なんだっていうんだよ。まったく」


 レノアスがリソラウス家から出て帰宅した頃。ルシエは自室の窓辺で、膝に顔をうずめて座り込んでいた。

 心配そうに桃色ウサギのぬいぐるみが、ルシエの隣に座り、静かに彼女の頭をなでる。

 ルシエは涙で腫れた顔を手で拭い、弱々しい声でウサギに話しかけた。


「……レノアスに嫌われた」


 ウサギはゆっくりと頭を横に振り、「大丈夫だよ」というふうにルシエの肩を叩く。


「ルシエじゃ、レノアスの役に立てないもんね……」


 桃色ウサギは大きく頭を横に振る。


「でも、でもレノアスは、フレイシアのことを……。ずっとレノアスの側にいたかったのに、ルシエはフレイシアほど頼りにならないから、だから……」


 ウサギは静かにルシエの声に耳をかたむける。


「……レノアスが遠くへ行っちゃった……」


 その言葉は彼女の心にさらに痛みを加え、ルシエの瞳から大粒の涙がこぼれ続けた。ウサギはハンカチでルシエの涙を拭いて頭を撫でていたが、彼女はその手を振り払った。


「もういい! ……少しそっとしておいて」


 ウサギは床に落ちたハンカチをしばらく見つめていた。部屋にはルシエのすすり泣きだけが響く。

 ウサギは優しくルシエの肩を叩いて、そっとわらでできた人形と釘を差し出した。


「……何これ、意味わかんないよ」


ウサギは少し考えてから人形と釘を投げ捨て、何を思ったのか部屋の真ん中に行き、他のぬいぐるみ達を押しのけて、腕立てや腹筋を鍛える運動を始めた。

 ルシエはウサギの行動が理解できずにぼんやり見ていると、ウサギは目元を赤く腫れさせたルシエを真っすぐに見つめる。


「さあ、一緒に強くなって、レノアスを見返してやろうよ!」というふうにウサギは動きで伝え、ルシエに手を差し伸べた。


 ルシエはウサギの意図を理解したが、差し出された手をとるのをためらった。自分はフレイシアのように綺麗でも、強くもない。楽しく話しもできない。それにフレイシアほどレノアスに信頼されていないと感じていた。

 そんな弱気な彼女はウサギの手を見つめたまま動けないでいた。

 すると、他の小さなぬいぐるみ達も、ウサギの背後で思い思いに訓練を始めた。彼らはルシエを元気づけるために、一緒に頑張ろうと励ましているようだった。


「みんな……」


 いまだ自分への自信のなさから前に踏み出せないルシエに、桃色のウサギは差し出した手を一旦握る。再度開いた手の平には孤児院の子供達が描いた下手な絵が一枚現れた。

 ルシエは少し驚きつつその絵を見ると、そこには電気を放つ自分と手を繋ぐレノアスが描かれていた。二人の顔には満面の笑みが浮かび、周囲には桃色のハートが沢山描かれている。

 それを見たルシエは、声を出して泣き始めた。

 ウサギはその絵を床におくと「ルシエなら絶対に大丈夫さ!」と彼女への確信を表わすかのようにうなずき、ルシエの気持ちが落ち着くまで手を差し伸べ続けた。




「……レノアスの側にいたい」


 ようやく落ち着いてきたルシエはウサギの目を見つめる。

 ウサギは今まで以上に大きくうなずき、ルシエの全てを肯定した。


 そしてルシエはしっかりとした意思を込めてウサギの手を握った。




 ◆◆◆




 三日後の朝早く、レノアスは王都の馬車の停車場に向かっていた。早朝にもかかわらず、すでにあちこちに荷台の付いた馬車が並び、荷物を積んで出発の準備をしていた。レノアスはガデアントに一番近い町まで行く馬車の荷台に乗せてもらえることになっていた。


「レノアス!」


 レノアスがその声に振り向くと、そこには班の三人が揃っていた。


「見送りは必要ないって、言っただろ? それに、フレイシア、お前忙しいだろうに、知らないぞ」


「そ、そうだけれど。丁度休憩時間だから大丈夫よ。それに、しばらく会えなくなるから、どうしても見送りたくて……」


「うひひ。そうですよ。僕もこの国を救った英雄を見送らないわけにはいきませんからね」


 レノアスは冗談半分にからかうシラスに笑顔で返した。


「はっはー! 一時の別れにも華麗に参上するのが、真の貴族というものだ、人間。餞別に我が家に代々伝わる無限に物が入る袋をくれてやろう」


「いや、気持ちだけで充分だ。家宝なら大事にしまっておけよ。それに、俺には愛用のカエルの鞄があるからな。ありがとな、イーサン」


「ふむ。それもそうだな。では旅から戻ってきたら、我が家の専属子守り番にしてやってもよいぞ」


 レノアスはイーサンの誘いを笑って受け流し、小さく言った。


「……ルシエは、来てないようだな。ちょっと強く言い過ぎたかな」


 レノアスは三人に向き直り、それぞれに視線を合わせ頷いた。


「向こうで落ち着いたら手紙を書くよ」


 フレイシアが心配そうな表情で進み出る。


「レノアス。あなたが帰って来るまでに私がしっかりとこの国を復興させておくからね。だから……絶対に無事に帰ってきてね。約束よ」


 フレイシアはレノアスへの信頼と、彼を慕う気持ちを一杯に込めて満面の笑顔になった。それは二人に確かな絆が結ばれていることの証だった。




「いってらっしゃい!」




 その笑顔はレノアスにしか見せない特別な笑顔。彼が命を賭けて取り戻したとても美しい笑顔だった。




「いってきます!」




 レノアスは三人に見送られながらセレンジシアを出発した。





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