二人の約束
「オルキスヴェリア王国第五王子、ブルグルム・ヒュマニオン・オルキスヴェリア! 多くの人々を殺戮し、町や村を焼き払ったお前達の行為は、我が国への明らかな宣戦布告である! この場で死ぬか、軍を引くか、どちらかを選びなさい!!」
力強く威厳に満ちたフレイシアの声が白い雪の降る樹海に響いた。
「お、お前は、セレンジシアの王女か!?」
ブルグルムはセレンジシアの王女が、武装して目の前にいるという予想外の事態に驚き後ずさった。近衛兵四人が剣と盾を創製しブルグルムを庇うように彼女の前に立ちはだかる。
「と、突然現れて何を言うかと思えば。今の状況が分っているのか? 小娘一人に何ができるというのだ! 我々は二十万人もの大軍で圧倒的な優勢なんだぞ。軍を引くなどありえぬわ!」
ブルグルムは話しながら周囲を見回し敵部隊がいないか確認した。彼の天幕の前に辿り着くには、二十万人の軍隊を越えなければならず、フレイシアが一人で来たとは到底思えなかったからだ。しかし周囲には敵部隊の気配はなく、風と雪の降り積もる音だけが響いていた。
フレイシアの透き通った金色の髪が風に揺れ、色彩の無い雪景色の中では印象的に映る。
彼女はおもむろに外套の中から書状を取り出し、ブルグルムに見えるように掲げた。
「これはセレンジシアとガデアントの両国で準備された、変成鉱の採掘権利契約書です。すでにセレンジシア側の署名はされているので、あとはガデアントの代表者が署名すれば効力を発揮します」
変成鉱の採掘権と聞いてブルグルムの眉間にしわがよる。
「どういうことだ!? 三国会議で我が国にもガデアントにも輸出しないという話しだっただろう!?」
「そのつもりでしたが、状況が変わったのです。もしすぐに軍を引くというなら、ガデアントとの契約は見送りましょう。しかし、侵略を続けるというのであれば、変成鉱の採掘権をガデアントに譲渡します。そうなれば戦力の均衡が崩れ、オルキスヴェリアは困ったことになるでしょうね。誰がその責任を取ることになるかは、お分かりでしょう? そうなって欲しくなければ即時撤退をしなさい」
「はっ! たかが紙切れ一枚で私を脅しているつもりか? 採掘権など貴様らを滅ぼしてしまえば全て我らのものだ。負けるはずのない戦で逃げ帰るなどありえん! 第一、お前は二十万の軍のただ中だぞ。下らぬ小細工を考える暇があるなら、命乞いでもしたらどうだ?」
ブルグルムは大きな腹を揺らし、蔑むような視線をフレイシアに向ける。
「その二十万の軍というのは、私をここまで素通りさせた者達のことですか?」
周囲を見回しブルグルムは、ようやく異変に気付く。
彼は兵士の天幕が密集している場所を眺めたが、天幕が全て倒れており歩いている人影が見当たらない。
「……ん? 兵士達はどこだ!?」
「彼らには休憩してもらっています」
ブルグルムの顔が苛立ちに歪む。
「なんだと!? 小娘、一体何をした!?」
「長耳族の王族に受け継がれてきた秘術を使い、動きを封じさせてもらいました」
「ふざけるな! 王族の血継創製は特殊な鎧だけだと調べがついている! そんな大規模な術などあるわけがない。はったりだ!」
ブルグルムが話し終えたと同時に、どさっという音がし、近衛兵の四人は地面に膝をつき倒れてしまった。
「ど、どうしたお前ら!?」
一人の近衛兵が苦しそうに答える。
「うっ、ブルグルム様。か、身体が、何かに押さえつけられたように動かせません」
「何を言っている!? 私はなんともないぞ」
フレイシアは困惑するブルグルムに鋭い視線を向け淡々と話した。
「私があなたにだけ術の効果を及ばないようにしているのです。これでお分りですか? あなたの強みである軍勢は私にとって何の障害にもならないのです」
「馬鹿な! 二十万もの大軍を一人でだと!? できるはずが……」
「現に私がここに立っているのが証拠です」
「そ、そうだ譜文兵器がある! 今すぐ軍を開放しろ! さもなくば譜文兵器で樹海ごと消し飛ばしてやるぞ!」
ブルグルムは顔を青ざめながら懐を探り、譜文兵器を起動する鍵を必死で探すが見つからない。
「か、鍵が無い!? 確かここに入れたはず……」
「鍵っていうのはこれか?」
ブルグルムが背後の声に振り向くと、そこには先ほど伝令に来た兵士が金属製の譜文兵器の鍵を持って立っていた。
「おお、それだ! 私によこせ!」
「嫌だね」
そう言うと伝令の兵士は、片手で金属製の鍵を紙屑のように握りつぶした。
「き、貴様! な、何を!?」
伝令の兵士が目深く被っていた兜を外して顔を見せた途端、ブルグルムは目を見開いた。
「い、いみ、忌み子……!!」
その赤く鈍光を放つ目の兵士は獰猛な笑みを浮かべ、フレイシアに話しかける。
「ご主人様。そろそろ暴れてもよろしいですか? 目の前の豚もろとも軍の奴らを八つ裂きにして、貪り喰いたいのをもう我慢できません」
「待ちなさい、忌み子の下僕よ。今はまだ彼の返事を待っているところですから。ブルグルム王子が軍を引かないというのなら、貴方の好きにしてもいいですよ」
「はい。仰せのままに」
フレイシアの瞳が冷徹な色に染まり、絶対的な捕食者が獲物を見るかのようにブルグルムを見つめる。
ブルグルムは恐れのあまり腰を抜かし、息をゼイゼイさせている。
「ひぃぃ!! い、忌み子を、げ、下僕にしているぅ!? そ、そそ、そんな情報はなかったぞ! 暴れ回る天災の忌み子を!? ど、どど、どうして言う事を聞いている!?」
今までの高圧的な態度はすでになく、彼は全身から汗を垂れ流し震えているだけだった。
「……あなた達のような交戦的な人々に対し、私達が何も対抗手段を用意していないとでも思っていたのですか?」
「そ、そんな、長耳族の力を見誤っていたというのか。……おのれ諜報部の能無し共め、緩い仕事をしおって」
「さあ選びなさい! ここで私の忌み子によって八つ裂きになって死ぬか、軍とともに国に戻るかを!」
「こ、この、魔女めが近づくな! お、覚えていろ! この屈辱は忘れんぞ!!」
ブルグルムは吐き捨てると、地面を後ずさりしながら撤退の指示を叫び、王族用の馬車まで逃げ去った。
それからすぐに一面の雪が無くなり兵士達が動けるようになったため全軍が撤退し始めた。
兵士達が完全に撤退するまでフレイシアとレノアスはその場で見届けていたが、後にその事がオルキスヴェリアの民衆の間に広まり、『樹海の白き魔女は雪を降らせ忌み子を従える』という大衆劇が作られたのは別の話だ。
オルキスヴェリア軍が撤退し始めて数時間後。最後尾の兵士が見えなくなると、レノアスは忌み子状態を解除し、フレイシアも装備を消し去って威厳ある王女から親しみやすいいつもの彼女に戻った。
「ふう。ひとまずこれで侵攻を阻止できたわね」
「ああ、これで当分攻めてこないだろう。なにせ王族の秘術と、王女が忌み子を従えているという事実が明らかになったからな」
「ふふふ。本当は二十万もの軍を押さえていたのはレノアスの力なのよね。どうやっていたの?」
「忌み子の時じゃないと使えないが、フレイシアと戦った時の不確定の立方体の応用さ。形を雪の結晶に似せて作って、それに熱吸収の性質を追加して、気付かれないように少しずつ重くしていった」
「つまり、身体に沢山のった小さい創製物が、徐々に重くなっていつのまにか動けなくなったということね」
「そういうこと」
「……前から思っていたけれど、レノアスの創製するものって王族の血継創製より厄介ね」
「そうか? お前の血継創製の剣や盾ほどじゃないと思うけどな。それにあの鎧は驚いたよ。完全に物理攻撃を無効化とはな」
「ええ。だけど銀獣の力がない今、完全装備での戦闘は十分がいいところね。だから到底二十万の軍勢を相手にはできないの。今日のように何もせず維持するだけなら半日は大丈夫だけれど。どちらにせよ、今の私の力では……」
レノアスは人差し指でフレイシアのおでこを弾いた。
「いたっ! 何するのよ!?」
「また表情が暗くなってるぜ。ベベラシ大先生も言っていたぞ。『思い煩いを続ける者にはさらに多くの思い煩いが来る』ってな。あんまり考え過ぎるなよ」
「ええ、気を付けないとね。ありがとう、忌み子の下僕さん」
フレイシアはいたずらっぽく笑う。
「王女の騎士からだいぶ降格してないか?」
「ブルグルムを怖がらせるためだと言って、あなたが言い出したのよ」
「それはそうだが」
「あなたにご主人様って呼ばれるのも悪くないわね。ふふ」
レノアスはふざけるフレイシアを見て少し安心した。
式典会場で刺されたシュナーザ王の傷口は、フレイシアが銀獣化した時の癒しの力で塞がったが、すでに多量の血を失ったことが原因でいまだ王の意識は戻っていない。班の仲間達は軽傷だったものの、多くの王族関係者が殺されてしまい、フレイシアのかなりの心労になっているに違いなかった。
改革派が起こした事件で多くの人達が犠牲になった。貴族や役人、改革派を押さえようとした兵士達にも多大な犠牲がでている。そんな状況でも急ぎオルキスヴェリア軍を撤退させる必要があったため、簡単な旅支度をしてレノアスと二人で馬を走らせてきた。後から救援部隊が追いついてきて、付近の町や村の被害状況を調べ、生き残りを探す手はずになっている。
「……それで、それでね、レノアス……」
「ん、どうした?」
フレイシアはもじもじと言いにくそうにしている。
「この前のことなんだけど……」
「この前って何のことだ?」
「だ、だから、その、王宮でのことよ」
「あの時のフレイシアはほんとに強かったよな」
「い、いや、そうじゃなくてね。その、ほら、薬を飲ませてくれたでしょ?その、 口で……」
フレイシアの顔は耳まで赤くなっている。
「ああ。あの時は悪かったな。お前に薬を飲ませる方法が他に思いつかなくて、ごめんな」
「い、いいのよ、それは。……むしろ嬉しかったし」
「え?」
「い、いえ、独り言よ。……それよりも!」
フレイシアの緑色の宝石のような瞳が、何かを決意したように真っすぐにレノアスの瞳を見つめる。
見つめ合う二人の間をそよ風が吹き抜け、フレイシアの黄金の髪もふわりとなびいた。
少しの間沈黙が続いたが、フレイシアは胸に手を当て、意を決して告げた。
「……私と結婚してください!」
「……え?」
レノアスは言われたことを直ぐには理解できなかった。
フレイシアは返事を待たず、矢継ぎ早に話し始める。
「あ、ええとね。今回の口づけがね、その直接の原因なわけだし。それについてはレノアスも責任をとる必要があると思うの。その、く、口づけをしたのだから。せ、責任はとってもらわないと困るの。あれは気持ちよかったから、謝る必要はないのだけれど。王族の完全装備で婚約だから、その条件が揃っているし。だから」
「ちょ、ちょっとまてフレイシア。まずは落ち着いてくれ」
「え? わ、私はいつも通り落ち着いているフレイシア様よ」
「いやいや、いつもは自分の事を様なんて言わないだろ」
それからレノアスはフレイシアに深呼吸をさせて、持ってきた水を飲ませて落ち着かせた。
「……それで、結婚ってどういうことだ?」
「ええと、血継創製の完全装備を身に付けた王族の女性がね、白いドレスで大衆の面前で異性と口づけをするというのは……」
「というのは?」
「長耳族の王族に代々伝わる結婚の儀式、なの」
「ええ!? ということは……そういうことなのか?」
「うん。そういうこと……」
フレイシアは紅潮する頬に両手を当てたり、地面の小石を蹴ったりしている。
「……ち、ちょっと待ってくれ! 俺、人間族だぜ? 人間族との結婚なんて国民は許さないんじゃないか? シュナーザ王だって認めないだろ」
「じ、実は、お父様は了承済みなの……」
「ええ? いつから? なんでそんな話しになってるんだよ?」
「学院に入学する前日にお父様に呼ばれて、あなたの事を聞いたの。レノアスは私の許嫁なんだって。お父様が昔世話になった大切な友人との約束らしくて、すごく真剣に話すから私も断れなくて。でも、私がレノアスの事を夫にできる人か見極めてから決めていいっていうから……」
「……ちなみに、その友人の名前を聞いてもいいか?」
「たしか、ゼラードっていう立派な人らしいわ」
レノアスは無精髭の顔を歪めて大笑いをするゼラードが目に浮かんだ。
レノアスは過去を振り返り、ゼラードがシュナーザ王と自分達の子供を許嫁にする約束をしていたのを思い出す。
「そう言えば、自分たちの子供を許嫁にする約束をしたとか言っていたな。……酒の席の冗談じゃなかったのかよ」
フレイシアはレノアスの顔を見て不安そうな表情になる。
「……私じゃ、いや、かな」
「そんなはずないだろ。フレイシアは可愛いし、真面目だし、他人を思いやれる優しい心をもってる。俺にはもったいないくらいだ。でもな……実は、フレイシアには言ってなかったが、俺にはさらわれた妹がいるんだ」
「え!? さらわれたって?」
「セレンジシアに来る前に色々あったんだ。でも、いつか絶対に妹を取り返す。命がけになってもな」
「そうなんだ……」
「まだ妹がどこにいるかも分からないんだ。見つけられたとしてもおそらく戦いになる。無事では帰れないかもしれない」
フレイシアはレノアスの事情を聞いて驚いたが、迷いなく答えた。
「それなら私も一緒に妹さんを助けについていく! 人数は多い方がいいでしょう?」
「お前、自分の言っていること分かってないだろ。命がけになるんだぜ。そんな所にこの国の王女を連れていくわけにはいかないだろ? 帰れない可能性だってあるんだぜ?」
「ええ、どんなに危険なのかは、あなたの真剣さと目をみればわかるわ。それに、あの時、レノアスは言っていたわよね。自分を犠牲にして仲間を助けるんじゃなく、皆が助かるために命を賭けるんだって。私もあなたのために命を賭けたいの。二人で、いや妹さんも含めて三人で無事に帰るためにね」
レノアスは決意に満ちたフレイシアの言葉に胸の奥が熱くなるのを感じた。彼女はどんな苦境に立たされていても、本当に他の人のために行動できる強い人なのだと、いまさらながら思い知る。
「私もね、情勢が安定するまではお父様の代わりを務めなければいけないし、すぐにとはいかないけれど、危険だからこそ、あなたの力になりたいの」
「公務だって沢山あるんじゃないのか?」
「大丈夫よ。私のお姉様達もそうだけど、王族の女性は婚約や結婚したら公務をしなくてよくなるから」
「あの口づけだって俺が強引にしたようなものだし、成り行きで結婚を決めたんじゃないのか?」
「嫌だったら、こ、こんなこと言わないわ。それに私、レノアスのこと、す、好き、よ……」
フレイシアは頬を赤くしたまま、恥ずかしそうにうつむく。
レノアスも自分のことを好きだと言われ、恥ずかしくなり視線をそらした。
「そ、そうか。……正直そう言われるのは嬉しいよ。フレイシア」
フレイシアの表情がぱっと明るくなる。
「じゃあ、私の申し出を受けてくれるの!?」
「ええと、もし妹を助けることができて、無事に帰ってこれたら婚約や結婚のことを真剣に考えるということでどうかな?」
「……わかったわ。それでいい。妹さんを早く助けてあげないとね!」
フレイシアは内心、今すぐ返事をもらえなかった事に少し落ち込んだが、彼女は精一杯の笑顔をレノアスに向けた。
「ああ、ありがとな。フレイシア……」
レノアスはそう言うと、どさりとフレイシアに倒れこんだ。
「きゃあ!? レ、レノアス!? あなたの事を好きだけれど、ま、まだ心の準備ができていなし、その、嬉しいけれど、まだ結婚前だし、だ、だめ……」
「……フレイシア」
「は、はい!?」
「……すまない。長く忌み子状態で……もう限界だ。……だから、後は……たのん……だ」
レノアスは忌み子の状態でフレイシアと戦い、その後休まずに二十万人もの大軍に雪を降らせたため、体力の限界をむかえていた。彼はフレイシアに支えられゆっくりと意識を手放した。
「え、レノアス? 寝てしまったの?」
レノアスからの返事は無い。静かに寝息を立てていた。
「……考えてみれば、こんなに無防備なレノアスを見るのは初めてね。それだけ、私に心を許してくれているってことかしら……ご主人様って呼ばれるよりずっと嬉しいわね。ふふ」
フレイシアは抱き支えるレノアスの体重と、心地よい暖かさをしばらくそのままの姿勢で感じていた。
周囲はすでに夕方になり、夕日に照らされた橙色の空が少しずつ暗くなりはじめていた。
気温も少しずつ下がり始めていたが、二人で抱き合っているせいか暖かく、フレイシアは心が満たされていた。
日が暮れる頃には後続の救援部隊が到着し、付近の町や村の生き残りを捜し始めた。調査の結果、今回のオルキスヴェリアの侵攻で十五の町や村が壊滅し、犠牲者は六万人以上に達することが判明した。
レノアスとフレイシアが急遽駆けつけなければ、もっと多くの人命が失われていただろう。
多くの被害を受けてしまったことで、フレイシアは今後の復興における自分の役割について考え、これからどのように復興させていけばいいのか、自分には何ができるのかを思いめぐらす。
その瞳には以前のように自分の無力さに打ちひしがれる影ではなく、確かな希望の光と彼女を支えてくれる多くの人々への信頼が映っていた。
フレイシアは弱かった自分の過去は振り返らないことにした。背中を押してくれる人々がいる限り、向かう方向はこれから作り上げて行く未来だから。疲れて道を踏み外しそうになっても、すぐ隣で支えてくれる彼に出逢えたのだから。
フレイシアは救援部隊の仮設診療所にレノアスを寝かせ、決意を新たにして救援部隊の指揮をとる。
救援部隊の彼らは王国軍と一般の人達で構成されていて、被害を受けた町や村の生き残りを一人でも多く救いたいと願っていた。
彼らは先日のフレイシアとレノアスの戦闘のいきさつを知り、彼女が真に国のために自分の全てを捧げようとしたことを知った。
王国軍が被害を受けた王都の復興に人員をさかざる終えない状況で、迅速な救援部隊の編制は不可能かと思われたが、先頭に立ち国のため敵地に向かおうとする彼女に感化され、多くの人が救援部隊参加を申し出たのだ。
次の日から数日間、レノアスとフレイシアは被害のあった町や村を巡った。式典会場で映像を通して見たものよりも悲惨な状況に、彼女は幾度も目を背けたくなったが、全ての惨状を目に焼き付け受け入れた。
国を統べる王族の一人として、二度と同じ被害を出さないための戒めとして、そして戦争の残酷さを心に刻むために。
ある壊滅した村を訪れた時、救援部隊に参加していたその村出身の男性隊員が、地面に膝をつき悲痛な叫びをあげた。
「俺の生まれた村が……仲の良かった人々が……ひどい! 酷すぎる!! ど、どうして、こんなことができるんだ! 畜生め! 人間族め、俺が、俺が必ず報いを与えてやる!! 畜生がぁぁぁ!」
救援部隊に参加していた者達はかける言葉が見つからず、一緒になって彼の肩に手をかけ泣いていた。
「……私も辛い現状に心が割れそうです。しかし、どうか、その悲しみを人間族への憎しみに変えないでください」
「フレイシア様……。でも、こんな事が許されるはずがない! 酷すぎる。老人や子供まで平気で殺せる奴らなんですよ!? 奴らを放っておいたらまた襲って来るに違いない!」
「……二度とあなたのように悲しむ人がでないよう尽くします」
「シュナーザ王だって意識が戻らないのに、どうするっていうんですか!? また攻撃されたら、譜文兵器をまた使われたら! 俺の村のように、この国は、もう、おわ……り……」
男性隊員はフレイシアに喚き散らしてしたが、その声は徐々に小さくなり、最後の言葉を発するまえに静かになった。
王族である彼女は瞳から零れる涙で頬を濡らし、自分の失態だとでもいうように、その男性隊員に頭を下げていた。
「……今、あなたのように国の将来を憂い行動できる人が必要なのです。その強い思いを敵に向けるのではなく、被害にあった人々や、町や村を復興するための力として貸してください。どうか、どうかお願いします……」
フレイシアはそう言い終わると、下げていた頭をさらに低くする。
その場にいた多くの隊員達もまた、国のために尽くすフレイシアが頭を下げる姿に心を打たれ、一緒になって声を殺して泣き始める。
大人しくなった男性隊員は怒りで強ばっていた肩から力を抜き、頭を下げるフレイシアに申し訳なさそうに話す。
「……フレイシア様。頭を上げてください。誰より国を思うあなたにそこまで頼まれたら誰も断れませんよ」
フレイシアは涙に濡れたまま微笑んだ。
「……ありがとう、ございます」
レノアスはフレイシアの民への真摯な態度を見て、真に国を統べる者は王という肩書きで決まるのではなく、国や民を思う気持ちの強さがあって初めて王となるのではないかと思えた。
それからすぐに国境付近に砦の建設が始まった。
オルキスヴェリアの譜文兵器が燃やし尽くした土地を利用し、軍が駐屯できる大規模な防衛拠点を作る予定だ。
この砦の完成は半年後になる予定で、現在セレンジシア軍と民間の大工達が協力して建設している。
数日後にはセレンジシア軍十万人の軍隊が駐屯し、しばらくはその人数で国境を守る予定だ。
レノアス達が通う学院にも休校を余儀なくさせるほどの影響がでている。学院に通う多くの生徒達の親が、改革派との騒動で命を落とした貴族や兵士だったからだ。
そのため、継承の儀による精神的負荷による休学や、当主が亡くなったことで家督争いに巻き込まれる者、若くして当主になり領地の運営に奔走する者などが続出し、学院に通うどころではなくなった者も多かった。
式典会場での戦いの傷が癒えたライラが、再び開校されるのは一年か二年先になるとレノアス達に伝えていた。
フレイシアは父であるシュナーザ王の代役として、公務を引き継ぎ毎日忙しくしている。
シラスは今回の騒動で明るみになった、黒鎧に呑まれ自我を失うという危険性について、宮廷術師達とともに研究や改良作業に励んでいる。
王都の警備隊にも多くの犠牲者が出たため、警備隊を統括するルシエの家も人手不足になり、シグレイの娘ということもあって彼女も訓練教官として駆り出されていた。
意外なことにイーサンは、自ら稼いだ資金で大きめの屋敷を手に入れ、今回孤児になってしまった子供達を十数人引き取り、そこで兄弟共々大勢で暮らしている。学院もしばらく休みになるということで、今頃はギンジさんから紹介された仕事で忙しくしていることだろう。
一方、改革派の首謀者であるアーゼルとギールはレノアスとフレイシアの激戦中、数名の部下とともに姿をくらましてしまっていた。アーゼル達は逃亡手段も用意していたらしく、かなり広範囲で捜索隊が捜索したにも関わらず発見できなかった。
捜索隊が樹海の中を探していた時、アーゼルとギール、それに部下十名は、三台の馬車に乗り樹海を東の方向に進んでいた。
目立たぬようどこにでもある一般的な馬車の中で、アーゼルはフレイシアに切断された右腕をさすりながら、苦々しい表情で景色を眺めていた。彼の向かいにはギールが座っている。
「……おのれフレイシアめ。ヴェストンの裏切りも予想外だったが、フレイシアの強さは想像を遥かに越えるものだった。計算外の出来事が多すぎて数年ごしの計画がすべて水の泡だ!」
「……クーゼリエル神聖帝国に辿り着けば再起は可能です。あの国には我らの支持者が多くいますので」
「ああ、そうだが、どうにも苛立ってしょうがない! あの気弱で病弱なヴェストンがあそこまで狂っていたとは。奴の予言を信じていた我らが、まるで道化のようではないか! おのれ、おのれ! おのれ!!」
アーゼルは馬車の壁を蹴り付け、晴れない鬱憤を八つ当たりする。ギールは冷静にアーゼルを諌める。
「アーゼル殿下、お気を確かに。我らはまだ終わってはいませぬ。しかるべき準備をしたのち、次こそはセレンジアを我らの物として人間族を滅ぼすまで戦い尽くしましょう」
「……ああ。クーゼリエルの人間族の力に縋らなければならないのが癪だが、大事の前の小事だ」
「はい。心中お察しします、殿下」
しばらく樹海を東に進んでいると、馬車が止まった。
クーゼリエル側の協力者との待ち合わせ場所に着いたようだ。
アーゼルとギールは馬車から降り、街道の真ん中に立っていた術師風の男に近づいた。
「お前がクーゼリエルの協力者から遣わされた者だな。先に報告した通り計画は失敗に終わった。そちらの受け入れを希望する」
その遣いとおぼしき男は、丈の長く黒いローブで全身を覆い奇妙な仮面を被っていた。アーゼルの言葉に何も反応を見せず、ただ立ち尽くしている。
ギールは仮面の男に見覚えがあると思った瞬間、頭痛に襲われ思い出すことを阻害された。
「おい、聞いているのか!? 疲れているのだ。早々に隠れ家まで案内しろ!」
その仮面の男はおもむろに手をアーゼル達にかざし、ぼそりとつぶやいた。
「きみたちはやくたたずだよ。………ちりになってしまえ」
音もなくアーゼル達は消えた。
後に捜索隊から、樹海の東の街道に三台の馬車が放置されていたという報告がなされた。馬車の内部や周囲で争った形跡がないことから、アーゼル達が何者かの手引きによって、クーゼリエルへ逃げ延びたという推測がなされ、やがて捜索は打ち切られた。
◆◆◆
オルキスヴェリアの大軍が撤退してから二ヶ月が過ぎた。国境線では多くの兵士達が守りを堅めている。レノアスの班の皆も、今はそれぞれ自分にできる事で忙しくしていた。
レノアスはテトラに話しがあると呼ばれて、遺跡の談話室に来ていた。白い無機質な椅子と机が五組ほど置いてある部屋で、レノアスは椅子に座り、彼女の出してくれたお茶を飲んでいるところだ。
「それで、話しってなんだ? テトラ」
「その前に、バトル・オブ・バトルズ、レベルアタックプログラムの二百レベルクリアおめでとうございます」
彼女は人形のように感情のない顔で、いつものように淡々と語った。
「ああ、ありがとな。忌み子状態になってから、さらに感覚の鋭敏さが増したみたいで、一気にレベル二百までクリアできたよ」
「レベル二百に到達したレノアス様には、達成報酬をご用意してあります」
「おお、今回はなんだろう。前回の報酬だった強制解除は、かなり役に立ったよ」
「はい。私もこの遺跡内から、式典会場の出来事を拝見しておりました」
「そうだったのか。やっぱり、古代の技術はすごいんだな」
「式典会場での出来事についてもお話ししたいことがありますが、まずは達成報酬を差し上げます」
テトラが何かをつぶやくと、二人の間の机に光の板が現れた。それはライブラリで見たのと同じもので、すぐに映像が再生された。細い黒ぶち眼鏡をかけ、白衣を着た茶色の長い髪の女性が映る。その女性は種のようなものを荒野に投げこむと、手をかざし何かを唱えた。またたく間にその種から芽が出て、どんどん成長し数十秒で見上げる程の樹木に成長した。種を投げ入れた茶髪の女性は飛び跳ねて喜んでいる。テトラが達成報酬を告げた。
「二百レベル達成報酬は、植物の生育促進プログラムです」




