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銀嶺の使徒  作者: 猫手猫の手
第2章 セレンジシア樹海王国
28/42

闇と銀色の戦い

 



「だから、絶対にお前の笑顔を取り戻してみせる!! 創製クレイディフ! 不確定の立方体!!」


 レノアスは半透明な千個の立方体を撃ち出し、一辺が十メートルの大きな壁をつくった。彼はすぐに半透明の壁に強い意志を込め性質を決定する。


「性質変化、各属性を光に変換する壁!」


 直後に発現攻撃が怒涛のごとく壁に衝突した。壁は瞬時にそのエネルギーを光に変換して強く輝いた。

 この半透明の立方体は形状や性質を臨機応変に変化させることができる。それによって一枚の壁で六種もの属性エネルギーを光に変換することができるのだ。


 攻撃が止むとレノアスは壁を消し、新たに半透明の立方体を千個創製した。

 レノアスは空中の足場を蹴り進み、立方体とともにフレイシアに肉薄し、一瞬で剣と盾を創製し矢のように速い斬撃を繰り出す。

 しかしフレイシアはその速度に難なく対応してみせ、黄金の剣でいなし、受け止め続けている。


「形状変化、武器! 性質変化、超重量!」


 レノアスは斬撃での応酬を繰り返しつつ立方体を様々な武器に変形させ、さらに超重量の性質を加え、半透明の武器一つ一つを地面を大きく陥没させるほどの威力に昇華させた。

 彼はそれをフレイシアに向けて上下左右全方位から高速で撃ちこみ、剣、大太刀、槍、杭、円月輪、大金槌、矢などの武器と大きな立方体も一斉に彼女に向かっていく。


「『闇より這い出せ、哀れな囚われし魂たちよ』」


 フレイシアの黒い鎧が生き物のように蠢いたかと思うと、その鎧から眼球が紅く全身闇色の多種多様な生き物が、百体以上も吹き出すように現れた。

 その闇の軍勢は空中のフレイシアを守るように囲むと、武器を弾き、たたき落とし、切断し、それでも追いつかないものは自らの身体で受け止め、その攻撃をことごとく防いでいく。


 彼らは黒鎧化を強化するために犠牲となった、人間や樹海の動物達の成れの果ての姿だった。角金獅子、大棘鼠、大蛇、大蜂、大亀、雨蜘蛛、大猪、兎、その他にも多くの動物が現れる。

 彼らの力はフレイシアの能力に依存しているようで、レノアスの創り出した超重量の武器を容易に防いでいる。


 フレイシアと剣を交えていたレノアスを闇色の雨蜘蛛が鋭い爪で連続で襲い、彼は盾でいなしつつ距離をとって剣を構え直す。

 闇の軍勢は周囲に脅威が無くなると、すぐにフレイシアの鎧に戻っていった。


「……そいつらは黒鎧に取り込まれたやつらか?」


「『そうよ。彼らは時間が経ちもう元には戻れない。だから私が消滅するときに彼らの魂も一緒に連れていくわ』」


 フレイシアは無表情なままレノアスに向けて手をかざす。


「悪いが、フレイシアはこの世界に残ってもらう。お前を消滅なんてさせ」


 レノアスが話し終える間もなく、彼女の手の平から集束した太く青白い稲妻の閃光がほとばしる。レノアスが反射的に周囲の武器群を光変換の壁に変化させると同時に、空間が悲鳴を上げるような雷鳴と稲妻が連続で放たれた。彼はその眩しさに目を細め全ての稲妻を強い光に変換させていく。

 フレイシアは電撃を放ち続けたまま、直径十メートルの約千度の溶岩の球体を三つ作り出した。そこからぐつぐつと煮え立つ溶岩の大蛇が現れ、三匹の大蛇は口を開けながら光変換の壁を迂回してレノアスに迫る。

 レノアスは再び半透明の立方体を創製し三枚の大きな壁をつくった。


「性質変化、吸熱の壁!」


 その溶岩の大蛇は壁に衝突すると瞬時に熱を奪い取られ、頭から徐々に黒い火成岩に変わっていった。

 レノアスが異様な気配を感じ上空を見ると、直径十五メートルはある巨大な氷塊が、白い冷気をまといながら高速で落下しレノアスに影を落とす。

 レノアスはさらに立方体を創製し壁を頭上に作り上げ、氷塊に備えて叫んだ。


「性質変化、耐衝撃と放熱の壁!」


 レノアスは頭上の放熱の壁と溶岩の大蛇を凌いでいる三枚の吸熱の壁とを合体させ、溶岩から奪った熱を氷塊を溶かすために使った。

 巨大な氷塊は頭上の壁と激突した瞬間、鈍く大きな爆音とともに水蒸気爆発を起こし、真っ白い蒸気を周囲にまき散らしながら溶解していく。


 周囲は氷塊が溶けた水蒸気で、広範囲にもやがかかり全く何も見えなくなった。

 フレイシアは霧の中を見つめていると、銀色の髪がふわりと揺れ、振り向くと剣を振り落とすレノアスの姿があった。

 彼女の黒い鎧から反射的に闇兵士が出てレノアスの攻撃を受けとめる。直ぐにレノアスは超高速で移動し姿を消す。

 銀獣の力を得たフレイシアでさえ目で追う事ができない程にレノアスは超高速で空を駆ける。


「所有者の変更を命じる、私の目となり全てを見せよ。創製クレイディフ神眼ストラトフェルクの宝玉」


 フレイシアの額に銀の粒子が集まる。始めに虹色に光る宝玉が具現化し、その宝玉から黒い冠が徐々に創製されていった。

 彼女は黄金の剣に黒い竜巻を纏わせ虚空に向けて突き刺す。ギィィィン! という金属が削れる音で姿を現したのは、盾を構えてフレイシアの剣を防御するレノアスだ。


 それから二人は常人の目には見えない速度で剣を交え続け、お互い紙一重で相手の剣をかわし、様々な角度から斬撃を放ちあう。

 二人は疾風のように速く、剣がぶつかると衝撃波を放つ程に、凄まじい力と力のぶつかり合いを続けた。


「急に俺の動きが見えるようになったな。それも血継創製の力か?」


「『この神眼の宝玉は最も可能性の高い未来を見せてくれる。戦闘中は数秒先の相手の動きを常に見る事ができるのよ』」


「どおりで俺の攻撃が当たらないのに、お前の攻撃はくらうわけだ」


 レノアスの身体には、致命傷ではないが多くの傷を付けられていた。しかし、その傷は瞬時に再生していく。


「『……レノアスの力は、私の力と似ているわね。あなたも銀獣の契約者だったのかしら?』」


「俺は自分の意志で忌み子の状態になれるんだ。そのために代償が必要なところは同じだが、この力の源は何なのかは分らない。あながち銀獣の力かもしれないな。機会があったらこの力をくれた奴に聞いてみるよ」


 フレイシアは眼下のラディエルトを一瞥すると、さらに力を強化するため言葉を発した。


「所有者の変更を命じる、私の盾となり敵から護れ。創製クレイディフ無限ウトラスの鏡」


 すると眼下の舞台の端で横たわるラディエルトの身体から、銀色の粒子が抜け出しフレイシアの左手に集まっていく。次第に形作られていくそれは、複雑な文様が刻まれ光を吸収するように暗い漆黒の盾だった。

 レノアスはフレイシアの力がさらに高まったことを感じ、眉間を寄せる。


「おいおい、まだ強くなるのかよ……」


 王族の完全装備である鎧、王冠、剣、盾を身につけ、フレイシアの紅い瞳は一層光が強くなり、黒い鎧からは淀んだ闇が溢れ出し凄まじい妖気を放っていた。

 フレイシアはレノアスに向かって瞬時に連続の突き攻撃を繰り出すと、レノアスの盾はあっけなく霧散して消えた。

 レノアスは剣を両手に創製し、呼吸をするのを忘れる程の超高速の攻撃に対応する。彼はその間にもフレイシアの上下左右から、半透明の武器や立方体を飛ばして攻撃を試みるが、その全ては闇の軍勢に防御され決定打を与えられない。

 そこでフレイシアは距離をとると、左手に持つ漆黒の盾が怪しく脈動し全身闇色のレノアスを次々に十体生み出した。


 レノアスは少し驚いたが、鏡に写したものを複製するラディエルトの能力を思い出し、フレイシアの持つ盾は写した相手の姿や身体能力を複製できるのだろうと予想する。


「ウトラスの鏡を王族が使うと、そんなこともできるのか」


 レノアスは息をゆっくりと吐き双剣を構えると、自分を取り囲む十人の闇色の複製に意識を集中する。

 直ぐに闇色の複製達は見事な連携攻撃で襲ってきたが、レノアスは顔色も変えずに合計十人からの剣撃を瞬時にかわしきり、十人全てに手傷を負わせて動きを鈍らせた後、半透明の立方体を飛ばしてつぶやいた。


「表面は硬質、内部は急激に膨張、弾けろ圧力爆弾!」


 それらの立方体は闇色レノアス達に近づくと、耳をつんざく爆音とともに突然爆発し、彼らの身体を一瞬で粉砕した。


「『……やっぱり本気で戦ってなかったみたいね、レノアス。摩擦係数ゼロの剣と盾も使っていないし。さっき生み出したあなたの複製は、その時点でのあなたの身体能力を複製していたの。簡単に倒せたということは、あなたが今まで本気を出していなかった証拠よ』」


「当然だろ。お前を殺す気なんてないんだから。俺はお前を助けるためにここにいるんだぜ」


「『まだ私を助けられると思っているのなら、それは大きな間違いよ』」


 フレイシアは襟元を少し広げてレノアスに見えるようにした。フレイシアの白い肌は黒鎧の浸食が進み黒い皮膚になっていた。


「お前、それ……」


「『わかったでしょう? もう手遅れなのよ。黒鎧の力と一緒に取り込んだ魂達が、私の身体を蝕んでもう元には戻れない。それに蝶の銀獣と同化したからわかる。私の願いが叶えられ、代償として私が消滅するときまで、この身体から銀獣は決して離れないわ』」


「そうかもな。だが俺はお前を元に戻せるなら何でも試すぜ!」


「『……私はもう、国の危機に何もできない役立たずな王女になんて戻りたくないの。銀獣から貰った力があれば、この国の滅びを回避できるのよ。それに命をかけて国を守るのは王女である私の役目。……これが私の最後の公務』」


「……また一人で抱え込んで、なんでも一人でこなそうとして。俺達だってお前の負担を軽くするくらいはできる。今まで一緒に助け合ってきただろ? そんなに俺や班のみんなを信じられないのか?」


「『みんなを大切な仲間だと思っているわ。守りたいからこそ、この姿になることを選んだのよ』」


「一人よがりな正義だな。お前は国を守って死んで満足かもしれないが、後に残された俺たちの気持ちを考えたことはあるのか? お前を犠牲にして生きながらえるなら、俺はこれから先ずっと後悔し続ける」


「『……もう時間がないのよ、わかってちょうだい』」


「班のみんながなぜ俺たちを助けに戻ったのか分るか? 自分の命を犠牲にして仲間を助けるためじゃない。皆が助かる可能性に賭けて来てくれたんだ。皆で諦めなければきっと良い解決策がみつかるはずだ」


「『……ああ、レノアス。あなたが夢見がちな子供みたいなことを言うとは思わなかったわ。あなたはもっと現実的に物事を考えられる人だと思っていたのに』」


「俺だって綺麗事だけで何でも解決できるなんて思っていない。ただ、お前の命を犠牲にして成り立つ平穏な暮らしなんて、許せないだけだ」


「『仮に私を止めたとして、オルキスヴェリアの軍勢が侵攻を続けたらあと五日で王都は陥落する。譜文兵器や改革派の問題もまだある。その全てを、あなたは綺麗事だけでなんとかできるというの? 』」


「そんなことは後回しだ。俺はまずフレイシアを取り戻す。それだけだ!」


「『……私は自分を捨てた。身体も心も未来も全てを蝶に差し出して、もう私には何も残っていないの。後悔もないわ。王国の皆を守って死ねるなら私の本望なの! 私はセレンジシア樹海王国の!! 王女、なんだか、ら……」


 フレイシアは自ら重ねる言葉に、感情が高ぶり今まで無表情だった顔に感情の色を溢れ出させた。そして頑なに自分自身を否定すればする程、銀色の雫が彼女を慰めるように頬を伝い、煌めきながら消えていく。


「無理に自分を納得させるなよ」


「『……も、もう後には引けないの。これが本当に最後よ。お願い、レノアス、あなたを傷つけたくないの。私をこのまま行かせて!』」


「絶対に行かせない!」


 二人の間に一瞬静寂が流れた。フレイシアはレノアスの強い意志を宿す瞳を見つめ、小さく首を横に振った。


「『……次の攻撃で最後にするわ。私の全力をもってあなたに勝つ。腕や脚の一本や二本が無くなるのは覚悟してね。そうでもしなきゃ今のあなたを足止めできそうにないから』」


「お前こそ覚悟しろよ。全部解決したら、班のみんなでお前に説教してやるからな」


 フレイシアはもう言葉は交わし尽くしたと言わんばかりに黙し、再び無表情に戻る。それから剣と盾を消し空間が歪んで見える程の力を溜めはじめた。

 彼女は頭上に直径一メートル程の漆黒の球体を創り出し、その周囲に次々に各属性の発現を無詠唱で出すと、その漆黒の球体に吸収させ続けた。

 瞬時にその球体は大きくなりはじめ、あっという間に直径三十メートル程にまで膨張した。


 肌が焼けるような感覚を覚える程の、今までに無い凝縮された力の結晶は、山一つを一瞬で塵に変える程の威力があり、人の域を遥かに越えた破壊そのものだ。

 フレイシアは誰にも聞こえない声でつぶやいた。


「『さようなら、私の王子様……』」


 フレイシアは巨大な破壊の力を解き放った。

 レノアスは瞬時に半透明の立方体を光変換の壁に変え防ごうとするが、あまりに膨大な力の圧力に光変換の効果が間に合わず、壁が端から霧散して消えていく。

 レノアスは次々に壁をつくり直すが時間稼ぎにもならなかった。

 その時、レノアスの懐に入っていたベベラシから渡された薬が光り輝いた。


「よし! 間にあった!!」


 この薬は、以前ラディエルトの黒鎧の暴走を治した薬の強化版で、ベベラシに頼んでおいたものだ。この薬を完成させるには時間をかけて光を吸収させる必要があったため、レノアスは光変換の創製で急速に光を集め、戦闘中に完成させたのである。


 レノアスは壁を創製し続けながら、背後に立方体を創製し半透明の武器や大きな立方体に変化させ、反撃するためにフレイシアに放つ。

 しかし、神眼の宝玉を身につけたフレイシアは全ての軌道が予測できるのに加え、黒鎧から出てくる闇の軍勢が攻撃を弾き、レノアスの苦し紛れの攻撃に微動だにしない。


 遂にレノアスの壁を巨大な漆黒の玉は突き破りレノアスを飲み込んだ。轟々と渦巻く漆黒の玉は、獲物を咀嚼するように内部の物を塵に変える。その全てを飲み込む闇は徐々に小さくなっていき、内部に囚われていたレノアスを開放した。

 フレイシアはレノアスに大けがを負わせてしまったと心が痛み、眉間にしわを寄せた。


 最後の悪あがきのように半透明の立方体がわずかにフレイシアに飛んで来たが、フレイシアは眼中になく、黒鎧から出て来る闇の軍勢に防御を任せた。

 フレイシアがオルキスヴェリア軍討伐に気持ちを切り替えた直後、彼女の間近に迫った大きな半透明の立方体が霧散し、レノアスが完全な身体の状態で飛び出しフレイシアに近づいた。


「『えっ!?』」 


 驚く主人を守るように闇の軍勢がレノアスに攻撃する。

 レノアスは闇雨蜘蛛の鋭い爪を身体を捻ってかわし、闇兵士達の剣をいなして弾き遠ざけ、闇角金獅子の噛み付きを頭を切断して対処した。


 実は巨大な漆黒の玉に呑まれたのは、彼の姿を似せた偽物だった。レノアスが入っていた立方体は光の屈折を利用し、内部を隠す工夫を施してあったのだ。


 レノアスはすぐにフレイシアの腰に手を廻し強く抱きしめると、懐から光りの薬を取り出す。その薬は太陽のように光り輝く液体で、レノアスはそれを口に含んでからフレイシアと唇を重ねた。


「『んっ! んんっ!?』」


 フレイシアはレノアスが突然現れた驚きと、強く抱きしめられ口づけされていることで頭の中が真っ白になってしまった。その一方でレノアスの柔らかい唇から自分の唇を離したくないという思いにかられ、されるがまま唇を重ね続ける。

 彼女は今まで戦っていた事も忘れ、放心状態で身体から力が抜けていくのを感じた。そして彼女は抵抗もなく無意識のうちに光の薬を受け入れていった。


 それからすぐに彼女の身体の奥が沸騰したように熱くなり、徐々に彼女を浸食していた黒い肌や、全身に纏っていた黒鎧や黒いドレスにもひびが入り、そのひびから虹色の光が吹き出し、闇の軍勢や、呪いのように張り付いた闇が溶けてなくなり祓われていく。


 その光景はあたかも黒いさなぎから解き放たれ、新しく生まれ変わる純白の蝶のように荘厳で美しく、見るもの全てを魅了する現象だった。

 その虹色のまばゆい光は、太陽が大地を暖かく照らすように色彩豊かな輝きで二人を包み込んでいった。

 次第にフレイシアの血で汚れたドレスも真っ白に変わっていく。


 レノアスは闇の蝶から光の蝶に変容していくフレイシアから、ゆっくりと唇を離すと、強く抱きしめて耳元でささやいた。


「フレイシア。俺達にお前を助けさせてくれないか。お前が背負いきれない重荷でも、みんなで担げば楽になる。闇の中で見失いそうな光でも、俺たちで闇をはらえば、もう一度強く輝かせることができるんだ。俺も、仲間も、国中の人々だってお前を大切に思っている人々がこんなにもいるんだから……」


 純白のドレスに戻ったフレイシアは下を見るようにレノアスに促され地上を見ると、そこには助けにきた友人達や援軍の兵士だけでなく、貴族達、王宮で働く使用人達、王都の各所から集まった数えきれない程の民達が、国と王族の危機を救おうと武器を手に集まっていた。

 彼らはセレンジシア樹海王国を心から愛しており、非道を行う改革派の謀反に対抗しようと立ち上がった者達。一人一人ではなんの力もない彼らは、その国を守りたいという強い意思だけで団結し、人と人との結びつきが力になるのだと証明する者達。彼らは皆空を見上げ、レノアスとフレイシアの戦いを固唾をのんで見守っていたが、やがて至るところから声が上がる。


「フレイシア様! どこにも行かないで!!」「王女様! 私たちがお助けしますよ!」「わしらもこの国を守るぞ!」「僕もフレイシア様には生きててほしいです!!」「あなたの一生懸命な姿に励ませれて今日までやってこれました!」「この国は皆で守るんだ! 王女様にだけ負担はかけられねえ!」「いつも、この国を支えてくれて、ありがとう! フレイシア様!」「自分たちもフレイシア様を支えますよ!!」


 彼らの声援はフレイシアの凝り固まった心の奥底に届き、彼女は大きな幸福感で満たされるのを感じた。

 レノアスは再びフレイシアを優しく抱きしめ、柔らかな声で、無言で泣くフレイシアの頭を撫でながら語りかけた。


「あの人達の声援を聞いたろ? こんなにもお前を大切に思い助けになりたいという人達がいるんだ。みんなに頼ってもいい。失敗してもいいんだ。そして、みんなで協力して国を守っていけばいいんだよ」


「『……わ、私だってみんなと一緒にいたいわ。でもオルキスヴェリア軍は迫ってるし、それに、私はもう、銀獣と契約を交してしまったの! だから……』」


 レノアスはフレイシアを見つめ、おどけた様子で口調を変えた。


「王女殿下。王女がお望みでしたら改革派だろうと、オルキスヴェリアの大軍だろうと、はたまた、あなたと同化した銀獣だろうと排除してみせましょう」


「『そんなこと、いくらレノアスでもできるはずが……』」


「貴方が私を信じてくださるなら、どんな事でも可能に致しますよ、王女殿下」


 フレイシアは一層涙を零れさせ、レノアスを抱く両手に力を込めた。


「『お願い! 助けてよレノアス! まだ死にたくない! もっと、みんなと一緒にいて、もっといろんな事したいの!!』」


 彼女はレノアスの胸に顔を埋め、今までの辛苦を吐き出すようにむせび泣く。


「任せろ!」


 レノアスはフレイシアの背中から生える虹色の蝶の羽に手を添え、特殊な唱文を放つ。




強制解除フォルセヴェラキャンセレシス! 世界の摂理を担いし事象への回帰!!」




 レノアスが唱えた瞬間、王都セレンジシア全体はオルキスヴェリア軍の使用した譜文兵器よりも遥かに強い極光に包まれた。


 誰もが目を開けていられない光の中で、虹色の蝶の羽はフレイシアと交した契約とともに、銀の粒子になって虚空に消えていった。




 ◆◆◆




 それから三日後、二十万ものオルキスヴェリア軍は国境線から二日間ほど侵攻した位置で、樹海の険しさを前に足止めを余儀なくされていた。樹海の全てが自然の要塞のように立ちはだかり、獰猛な野生動物の襲来も頻繁にあるため、行軍速度が極端に落ちていたのだ。


 譜文兵器によってセレンジシアの防衛拠点の破壊までは予定通りに進んだものの、侵攻作戦を指揮する軍の上層部達の予想を遥かに上回る樹海の自然環境の厳しさに、総指揮官であるブルグルム第五王子は不機嫌を通り越し、激怒しながら部下達に苛立ちをぶつけていた。


「まだ王都は見えんのか! いつまで時間をかけているんだ無能な奴らめ! ただの草木の生い茂っているだけの一本道ではないか!!」


 その怒号に冷や汗を拭きながら腰を低くし、隊長格の兵士が恐る恐る進言する。


「も、申し訳ございません。殿下。道はあれど、二十万もの軍が野営できる場所を確保するのも困難で、一度に進軍させることは事実上不可能です。それに獰猛な野生動物達が、次から次へと兵士達に昼夜問わず襲いかかり、兵士達の疲労も予想以上に蓄積しています」


「道が狭ければ譜文兵器でも、発現部隊でも使って灰にすればよいではないか。そうすれば野生動物もろとも障害を排除できるだろうが!」


「し、しかし、譜文兵器は使用回数が限られておりますので、セレンジシアとの本格的な戦闘に入る前に使い切るのは問題がありますし、私どもには長耳族ほど発現能力に長けた部隊はございませんので難しいかと」


「なにか方法はないのか!? このままではセレンジシアを奇襲した意味がないではないか! 奴らに時間を与えると軍備を整えられて増々進軍が難しくなるのだぞ!」


「それは承知しておりますが、ここは強行軍を続けるのではなく、一度この辺りで陣を敷き体制を整えながら攻めるのが得策かと……」


「この期を逃してはならんのだ! 政治の中枢が混乱している今だからこそ、樹海の奥地にある王都まで進軍が可能となるのだ!!」


「ですが……」


「譜文兵器が完成し、長耳族の足並みが乱れている今、最大の勝機となっているのだぞ!!」


「兵士の補給線の確保にも……」


「ええい!! もう言い訳は聞きたくないわ!! 結果を出せ! 結果を!!」


 ブルグルムが大声で怒鳴り散らす指揮官用の天幕に、伝令の兵士が血相を変えて駆け込んできた。


「報告します!!」


「ああ!? なんだ早くしろっ!」


「ありえない現象により軍に動揺が広がっています」


「ん? なんだそのありえない現象というのは!」


「はい。ゆ、雪が、雪が降ってきております」


「はあ!? そんなわけ無いだろう。ここは暑く湿った樹海の中だぞ、高山でもないのに雪など降るはずないではないか!」


 ブルグルムは脂肪に埋もれた顔を怪訝な表情にし、大きな腹を揺らしながら鼻息を荒く天幕の外に出て空を見上げる。


「なんだこれは。ほんとに雪が……」


 すでに当たり一面白くなり、気温も下がっていて自分の鼻息が白く見える事にブルグルムは目を見開いて驚いていた。

 大軍が天幕を張る周囲一体に音も無く白い雪が降り積もり、一面雪景色となっていて、樹海ではなく雪山に踏み込んだかのように景観が一変していた。


 ブルグルムが周囲の景色に戸惑っていると、その雪景色の中を深緑の外套を着てフードを目深く被った一人の人物が歩いてくる。この場所は二十万もの大軍が野営をするまっただ中。ブルグルムは味方の兵士だと思い高圧的な態度で声をかけた。


「なんだお前は。ここは指揮官以外の立ち入りを禁じている場所だぞ。迷ったのなら早く持ち場に戻れ! 愚図め!」


 声をかけられた人物がフードを外し、外套を脱いだ。その人物は、白いドレスに白銀が輝く全身王族の血継創製の完全装備を身につけた、セレンジシア第三王女フレイシアだった。

 フレイシアは黄金の剣の先端をブルグルムに向け宣言する。


「オルキスヴェリア王国第五王子、ブルグルム・ヒュマニオン・オルキスヴェリア! 多くの人々を殺戮し、町や村を焼き払ったお前達の行為は、我が国への明らかな宣戦布告である! この場で死ぬか、軍を引くか、どちらかを選びなさい!!」


 力強く迷いの無い、王族の威厳を感じさせる彼女の声が白い雪が降る樹海に響いた。



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