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銀嶺の使徒  作者: 猫手猫の手
第2章 セレンジシア樹海王国
21/42

遺跡の管理者テトラ

 



 白く広い空間に巨人が三体いる。その体は見上げる程大きく身長が十メートルの銀色の巨人だ。

白い閃光がはしり、光は一直線にレノアスの創製した盾に当たり、重ねられた三枚の盾を一気に突き抜けていった。それは超高熱の攻撃で、たとえ摩擦係数がゼロの高い硬度の盾でさえ、一瞬で溶かしてしまうほどの暴力的な熱線だった。

 レノアスは完全に突き破られる前に、横に転がりながら飛び退き、体勢を立て直しつつ、光を放った相手を睨みつけた。

 熱線は巨人の顔にある一つ目から発せられていた。髪は無く角が二つ生えていること以外は、人の体をそのまま大きくしたような見た目である。

 レノアスは息を整え、創製を唱えた。


創製クレイディフ! 超重量の立方体!!」


 空中に数十の立方体があらわれ、一つ目巨人達の周囲に展開する。次の瞬間、三体の巨人から放たれた熱線を紙一重でかわし、立方体を足場にして空中に飛び上がった。一番近くの巨人は太い腕を振り回しレノアスを殴り潰そうとしたが、うまく立方体を足場にしてかわすレノアスを捉えられない。体の横を通り過ぎる拳の風圧はかなりのもので、かするだけでも弾き飛ばされそうなほどだ。

 レノアスはその攻撃を曲芸師のように宙返りでかわしながら、続けて創製した。


創製クレイディフ! 摩擦係数ゼロの大太刀!!」


 鍔の無い大きな剣が現れ、宙返りのスピードを活かして巨人の片腕を切り落とした。腕は地に落ちてから霧散した。

 片腕をなくした巨人はすばやい回し蹴りを繰り出すが、防御のために集められた立方体が壁となり、轟音とともに蹴りは完全に防がれた。

 その反動で立方体の壁にできた隙間からレノアスが飛び出し、脚、胴体、首と一瞬にして切り刻んだ。巨体が銀色の粒子になって霧散していく。

 残りの二体の巨人が同時に襲ってきたが、レノアスは宙に浮く立方体を操作して、片方の巨人の脚にぶつけてバランスを崩し転ばせた。

 もう一体の巨人は風のような速度で連続して殴り掛かってきたが、レノアスは難なくかわし、攻撃の合間をぬって肉薄し首をはねた。

 転んでいた一体は立ち上がり、再び目から熱線を放ってきたが、レノアスは瞬時に立方体を密集させて壁をつくり、自身は高く上空に飛び上がった。熱線が止み、穴の開いた銀色の壁だけが残る。巨人は周囲を見回すがレノアスは見つからない。


「どうやら熱線の発射時には視界が制限されるようだな!」


 レノアスは地面に着地し創製を解除した。銀色の巨体に縦の線が入ったかと思うと、すぐに真っ二つに別れ崩れていった。勝利を象徴するように銀色の粒子が煌めきながら空気に解けていく。


 広い空間にテトラの声が響く。


『バトル終了。レベル百八十五のクリアおめでとうございます。このまま次のレベルに挑戦しますか?』


「いいや、今日はやめておくよ。友達が来てるし、ちょっと調べものもあるしな」


『了解しました。バトル・オブ・バトルズ、レベルアタックプログラムを終了します』


 テトラがそう言うと訓練空間の入り口が開き、フレイシアとイーサンが入ってきた。

 レノアスは額の汗を拭いながら笑顔で感想を聞いた。


「こんな感じで毎日訓練してるんだが、感想は?」


 フレイシアは興奮気味に話し始める。


「内容を聞いたときはまさかと思ったけど、本当に驚いたわ。外から見ていたけど、こんな命がけの訓練を毎日していて怪我とか大丈夫なの?」


「ああ、なんとかな。無理はしないで少しずつ敵の強さを上げていくんだ。体調の悪いときは戦わないし、休日にしっかりと体を休めているから、問題は無いよ」


「それで納得したわ。樹海での狩りでも、対人戦の授業でも、戦い慣れていたのはこの訓練のおかげなのね」


 イーサンも感心したように腕を組み頷く。


「ふむ。貴族としての見識を広げるため王都の遺跡に来てみれば、人間のための訓練施設だったとはな」


「訓練施設というよりは、遊びに近いかな。難易度はそのままで色々設定を変えることもできて面白いんだぜ。例えば戦う場所とかは特にな」


「え、それって、どういうこと?」


「今回はよく見えるように通常の空間での戦闘にしたが、擬似的な環境をいろいろと再現できるんだ。樹海はもちろん平地や雪山、砂漠や海中なんてのもあって、とにかく面白いんだ」


「面白いって……。下手をしたら死んでしまうのに」


「だけど、俺としてはいろんな環境下での戦闘を体験できるからいい経験になるんだ。それに、出てくる敵は実在する生き物だっていうんだからすごい」


「はっはー! あの巨人もこの世界にいるということか。世界の広さを痛感できたよい見せ物であったぞ、人間」


「巨人なんて本当にいるのかしら。それよりレノアスが怪我をしないか心配よ」


「大丈夫だって。でも長耳族の国の地下にあるのに、人間族以外には使えないというのが難点なんだよな。もっと多くの人が使えたら獰猛な野生動物にだって怯えずに暮らせるのにな」


「……もし使えたとしても、たぶん良い結果にはならないと思うわ」


「ん? そうか?」


「恐らく兵士の訓練に使われて、戦争の火種になったり、無理に難易度を上げた人達が死んでしまったりすると思うの」


「ああ、それもそうだな。ところで、これがどのくらい前のものか知っているか? 長耳族がここに建国するずっと前からあったらしいぜ」


「ふうん。ということは、長耳族がここに建国したのは約二千三百年前だから、それ以前に人間族がこの遺跡を造ったということね」


「たぶんそうだな。テトラも七千年くらい前に創られたって言っていたし」


「え!? 彼女そんなに長く生きていたの!?」


「ほほう。七千年前とは由緒正しき家柄なのだな。いずれ古代の貴族とはどのようなものだったのかを聞いてみたいものだ」


イーサンが金色の髪をさらりとかき上げた。


「……イーサンの頭の中身は、貴族のことしか詰まっていないんだな」


「失敬だな、人間。私の脳内は常に弟や妹達への愛で満たされているぞ。まあ、貴族であることは生涯捨てないがな」


「悪かったよ。そういえばあの子達は元気か? 輝月祭以来見ていないが」


 フレイシアは輝月祭と聞き、レノアスに抱きついて泣いてしまったことを思い出して、急に恥ずかしくなりうつむいてしまった。


「当然元気である。私が華麗な真の貴族である限り、家族は幸福だと決まっている。はっはー!」


「……お前のその自信家な性格も七千年はもちそうだよな」


 レノアスはいつものようにイーサンに呆れて言った。


「そう言えばシラス達はどうなったのかしら」


「おお、そろそろ様子を見に行くか」


 三人は訓練空間を出て少し歩く。ある部屋の前で立ち止まると、自動で扉は開き中に入れるようになった。

中ではシラスが生物具現化の実験をしている最中だった。シラスの近くにはモヘジが浮いている。

 シラスは図書館の一件以来、自宅で融合の実験をしていたが、魔物を呼び出すには部屋が狭すぎたため、もっと広い場所を探していた。この遺跡には部屋が無数にあるため、レノアスがテトラに頼んで使わせてもらっていた。


融合ハルムナイゼ! 呼ばれて飛び出ろ! 粘液生物ゲルーネ!!」


 光が収束して形を形成していき、ドロドロとした粘液状の生物に変化した。


「うわあ、今回もやけにドロリとしてますね。そういう生物なんですけど」


「シラスどん。もうちっと描く対象に愛を注ぐべ。そんなんで、一流のドロドロマスターになれないべさ」


「ええっ、僕はそんなものになるつもりは毛頭なんですけど!?」


「何事もドロドロからはんじまるって、あの、なんつったかな、ブブラシ大先生だべか? も言うかもしんねえ」


「誰ですかそれは!?」


 レノアス達がシラスとモヘジに近づいた。


「よう、やってるなお二人さん。実験は捗ってるか?」


「あ、みなさん。この部屋のおかげで順調ですよ。うひひ。僕の家の地下室じゃ狭すぎて、ゲルーネしか呼び出せなかったんですよね。今日は新しい生物を具現化しようと思ってます!」


「それは楽しみね。次はどういうものにするか決めているの?」


「俺も気になるな。どんなのにするんだ?」


「そうですね。……ドロドロしてないものがいいかと」


 それを聞くやモヘジが本の体をばたつかせ言った。


「なーにを言っとるだ、シラスどん! ドロドロをないがしろにする者はドロリに泣くっていうババラッシ大校長先生も言ってたべ」


「そんな変な言葉聞いたことないですよ! それに、誰ですかそれ!? そもそもモヘジさんがいろんなものを描きたいって言っていたじゃないですか。そろそろゲルーネ以外を描いてみたいと思わないんですか?」


「オラのきもちは変わんねえ。世界中のものを描くのがオラの夢だあ」


「だったら……」


「シラスどん。ドロドロの道は一日にしてならずって、ビビロッソ将軍様も言ってたかもしんねえべ。忘れただべか?」


「全く聞いたこと無いですよ! というか、もう大先生の名前が一文字も合ってないんですけど」


「つまりは、基礎をしっかりしねえとだめだっちゅうことだべさ」


 シラスはモヘジの説得を諦めたかようにがっくりと項垂れた。


「……言いたい事は分かりましたが、ドロドロが基礎になるということには、大いに疑問です」


「んだどもまあ、オラも最近ゲルーネばかりで飽きてきただ。サクッと新しく強いの描いてみてけれ」


「もう!結局それですか!?」

 

二人の掛け合いを眺めていたレノアスとフレイシアは、呆れた様子で同時にため息をついた。


「はっはー! そうと決まれば高尚な生物を描いてみるがよい、シラス君。私が認めるものを描けたあかつきには、当家の専属絵師にしてやろうではないか」


「えっと、その申し出は微妙ですが、高尚なってどういうものでしょうね。とにかく、やってみますね」


 シラスはさきほどまでプルプルしていたゲルーネを消し、最強の生物を想像した。巨大で空の支配者たる翼を備え、硬質の鱗と尖った角や全てを砕く牙、眼光は全生物を震え上がらせる程の威圧感を発する伝説の最強生物。

シラスは両手を前方の広い空間に向け、現れることへの確信を込めて唱えた。


融合ハルムナイゼ! 現れ出よ伝説の最強生物! 破壊の化身、異界の覇王、冥界竜ドラグゼフムート!!」


 その言葉に突如空間が収縮する。

 周囲の空気が銀の粒子とともに一点に集まり徐々にその姿を形作っていった。

 まばゆい光の輪郭はまさに幾多の物語に出てきた龍のようである。

 次の瞬間、光が飽和状態になり辺り一面が包まれた。

 シラスがゆっくりと目を開く。

 なんとそこには巨大な体躯のゲルーネがいた。


『げるるるるるるるー♪』


「「「「…………」」」」


 期待を完全に裏切られた一同が、呆然として立ちすくむ。

 その巨大なゲルーネは大きな体をブルンブルンと揺らし、嬉しそうに鳴いていた。


「……おい、シラス」


「……なんですか、レノアスさん」


「これ」


「ええ、ゲルーネですね。それも成長した……」


「だよな……」


 モヘジが感心したようにパタパタとはためく。


「よぐやった! ゲルーネ最終形態、その名もゲルゲルゲールネだあ! はじめてにしては上出来だあ。自信もっていいべ、シラスどんはドロリの才能あるからよお!」


「ド、ドロリより、竜の具現化をしたかったんですけど」


「んだから、オラ言ったべさあ。ドロドロは基礎だって。何を描くにも基礎をおさえてからだべ? あれま、オラ言ってなかったべか? しばらくはドロドロしか具現化できねえっちゅうこと」


「え!? そうだったんですか? さっき自信満々に唱言しちゃったじゃないですか! もう、すごく恥ずかしい……」


 シラスは脱力して床に膝をつき、真っ赤な顔でぶつぶつ呟いている。心配そうに巨躯を振るわせ、シラスを覗き込むゲルゲルゲールネと、「もう眠いからシラスどんの体にもどるべ」と身勝手に銀の粒子になって消えていくモヘジ。


「シラスのことは、そっとしておこう。たぶん一人になりたいだろうから……」


「そ、そうね」


「うむ。彼には心の休息が必要だ」


 シラスを残してレノアス達は次にライブラリという名前の部屋に向かった。そこではルシエが調べものをしている。


 ライブラリは古代の知識が集まった図書館で、本の代わりに実体のない光の板が幾つも浮き上がり、様々な情報を観覧できる部屋だ。

 レノアスはこのライブラリで摩擦係数の概念を得て、創製で応用して使うようになった。今日は仲間の発現にも古代の知識が活かせるのではないかと考え、テトラに頼んで使わせてもらっていた。ライブラリも訓練と同じく、本来人間族以外は使用できないし部屋にも入れないのだが、起動をレノアスが行うことと、レノアスの友人という限定でテトラが許可してくれたのだ。

 レノアスはテトラのその親切な行為から、彼女が無機質な人形のような存在ではなく、実は自分たちと同じく感情を持った存在ではないかと推測している。

 レノアスはライブラリに入ると、ルシエが数枚の画面を真剣な顔で見ているのを見つけた。


「どうだ、ルシエ。何か参考になるものはあったか?」


「うん。使えそうなのがあった」


 ルシエは見ていた資料を見せてくれた。


「ええと、雷の化学、大気電気学、それに、雷に打たれても生き残った人?」


「レノアスみたいな人、昔もいた」


「さすがの俺も、天然の雷を受けたら死ぬと思うぞ」


「……レノアスは平気。頑丈」


ルシエの青紫色の前髪からのぞく瞳には信頼の光が見える。


「お、おい、ルシエ。 青い泉で電塊を使ったときのように、相談なく俺で試すのだけは勘弁してくれ」


「うん、わかった。相談してから試す」


「……試すのかよ!」


 レノアスはライブラリを興味深そうに眺めていた二人に声をかけた。


「フレイシアとイーサンもここで調べてたらどうだ? 創製や発現する時に有用なものがたくさんあるし、芸術や音楽なんかもあったかな。本や映像の記録も沢山あるぜ。俺は時間のかかるものは見てないが」


「そうなの? まだ時間もあるし見てみようかしら」


「はっはー! 楽しみにしていたぞ。古代の貴族の生活や習慣、偉大な貴族になるためには必須の知識だ」


「使い方は簡単だ。他にも椅子があるし、存分に調べてくれ。ちなみに発現に使えそうなのは物理学とか化学、生物学や惑星科学とかだな」


 フレイシアは学名を聞くと苦笑いを浮かべた。


「……私、化学とかちょっと苦手なのよね」


「大丈夫だよ。基礎の知識もある。時間はかかるが少しずつ理解できるようになっていくさ」


「そういえば、レノアスって学院の筆記試験はいつも満点だったわね」


 レノアスは二人にライブラリの使い方を教えてから浴室で汗を流すため部屋を出た。この遺跡の浴室を初めて利用したときは驚愕した。お湯が自動で出てくるし、その後も髪や体を自動で乾燥してくれる。最新鋭の譜文技術でもここまでのことはできない。

 レノアスが浴室の扉を開けると、そこには一糸まとわぬ姿のテトラが立っていた。血色は感じないが透き通るような白い肌、美術品のような完成された美しい体つきをしていた。

 一瞬自分が何を見ているのか判断できず硬直していたが、あわてて後ろを向く。


「す、すまない! まさかここにいるとは思わなくて……」


 テトラは動じた様子を見せずに裸のまま淡々と受け答えた。


「いえ、お気になさらず。それより、見苦しいものをお見せして申し訳ありません。レノアス様」


「いやいや、見苦しいなんて……逆に綺麗だと思ったくらいだから」


「そうですか。お気遣いに感謝します。一人でこの場所に長くいるせいで、ついドアロックを忘れていました。以後気を付けます」


「わ、わかったから、服を着てくれ」


 テトラの「ウエア、オン」という言葉とともに体の周りに銀色の粒子が集まり、いつもの服装が形作られた。


「レノアス様。管理業務用衣類を着装しました。浴室をご利用ですか?」


「ああ、訓練で汗をかいたからな」


 レノアスはゆっくりと向き直るとテトラはいつもの服装になっていた。


「了解しました。私はこれよりメンテナンスルームにて自身の定期メンテナンスを行う予定です。なにか御用がございましたら、そちらの部屋までお越し下さい」


「わかったよ。メンテナンスって何をするんだ?」


「この体の定期点検です。不具合を調べ、修復できるものは修復します」


「修復できない不具合もあるのか?」


「はい。私の体は当初の予想限界稼動時間を約三千年程過ぎていますので、修正不可能な不具合が五百三十三カ所ございます」


「え、そんなに!? 大丈夫なのか?」


「はい。通常の管理業務には支障はありません。ただバトルモードを使用した場合、七十二パーセントの確率で負荷に耐えきれず身体が消滅すると予想されます」


「……そんなにぼろぼろだったなんて思わなかった。それに戦う事もできたんだな」


「はい。最後にバトルモードで戦闘を行った記録は、私が製造されてから間もなくのことですから、約七千年前になります」


「そうか。それだけ生きてたら体の機能に支障がでてきてもしょうがないかもな」


 テトラはレノアスが深刻な表情になっていることに気付く。


「ご心配には及びません。たとえ体が動かなくても、レノアス様と会話する程度なら可能ですので、ご安心ください」


 その時テトラがいたずらっぽく微笑んだ気がしたが、たぶん気のせいだろう。


「それでは、私はこれで失礼します」


「ああ、またな」


 その後レノアスが浴室からライブラリに戻ると、シラスも合流し賑やかに調べものをしていた。

 フレイシアはそんな彼らを尻目に真剣に画面を見ていた。彼女の勉強熱心な姿勢にレノアスは感心し、どんなことを調べてるのかとそっと近づいた。フレイシアは集中していてレノアスの接近に気付かない。レノアスが開いている資料のタイトルを見ようとすると、フレイシアはようやく気付き、大慌てで画面を消した。

最後のほうだけ見えたタイトルを口にするレノアス。


「……◯◯な相手を落せる百の方法?」


「レ、レノアス!? い、いつから、いたの!?」


「今来たばかりだけど、その資料はなんだ? 戦闘に使えそうなのか?」


「え、ええ! そうなの!実に有用で斬新!!」


「そうか。いいのが見つかってよかったな。がんばれよ」


「集中したいから向こうに行っていて!」


レノアスがイーサンとシラスの方に行ったのを確認して、フレイシアはほっと胸をなで下ろし、心のなかでつぶやいた。


「……王女の私が、男性を籠絡する方法を熟読していたなんて知られたら大変だったわ……」


 一方、イーサンとシラスは何やら熱く語っていた。


「やっぱり男が憧れるのは、鉄脚戦士ケリンガーですよ!あの鋼鉄の脚から繰り出される、ミラクルスーパースペシャルクリティカルキックのかっこよさには、世界中の子供達が憧れますよね。僕は魂を揺さぶられるいい作品だと思いますね!」


「はっはー! 何を言っている。貴族仮面エレガンティーにかなうヒーローなどこの世にはいないのだ。彼の華麗に事件を解決する能力と、如何なるときも貴族としての矜持を曲げない強さは私の心を熱くしたのだからな」


 おそらく二人は古代の娯楽映像を見ていたのだろう。互いのお気に入りのどちらが真のヒーローか議論しているようだ。

 二人の会話には混じれそうにないと判断したレノアスは、話しかけるのは諦めた。


「みんな、まだ時間がかかりそうだな」


 レノアスも椅子に座り調べ物に集中した。しばらくして一区切りついたので、気分転換のつもりで部屋を出る。通路を進んでいくとメンテナンスルームからテトラが出てきたところだった。


「テトラ、終わったのか?」


「はい、定期メンテナンスは通常通り終了しました。現在は各部屋の機能確認に向かう途中です」


「俺もついていっていいか?」


「かまいませんが、特に有意義な事はないと思います。それでもよろしいのですか?」


「ああ、かまわない。他の皆はライブラリに夢中みたいだし、テトラがいつもどんな仕事をしてるのか興味があるしな」


「了解しました」


「それにしても、テトラって働き者だよな。俺もしばらくここに通っているが、テトラが休んでいるところを見た事がないし」


「私には睡眠も休息も必要ありません。そのように製造されましたので。定期的なメンテナンスをするだけで稼動し続けることが可能です」


「そうなんだ。たまには娯楽を楽しみたいと思わないのか?」


「施設の維持管理に娯楽は必要ありませんので、そのように考えたことはありません」


 二人が話しながら歩いていくと、目的の部屋に着いたようでテトラは中に入っていった。

 その部屋はそれほど広くはなく、レノアスも遅れて入ると部屋は自動で明るくなった。そこは円形の部屋で、テトラが中央にある装置に触れると、ライブラリにあったような実体のない大きな光の板が浮かび上がる。

 レノアスが興味本位で質問した。


「この部屋は?」


「メッセージルームです。遠隔地にいる他者から、個人用に送信された映像をこの画面に表示し観覧できます。映像付きの手紙のようなものです」


「へえ、すごい技術だな。遺跡の調査隊にも見せてやりたいが、入室もできないんじゃしょうがないよな」


 テトラは部屋の中央の端末を操作すると、周囲に数十の画面が浮かび何かのリストが見えた。レノアスは何気なくその作業風景をみていたが、ふとある単語が目に入る。レノアスは驚きのあまり思わず口にだしてしまった。


「え、アーファだって?」


 テトラは手を止める。


「レノアス様はその名をご存知なんですか?」


「あ、ああ。オルキスヴェリアにいた時にな。あの国の宗教の神の名がアーファだった」


「そうでしたか。……神と認識されていましたか。あながち間違っていませんね」


「その口ぶりだと、何か知っているようだな」


「はい、簡単に言うと私を創った人でしょうか。今はまだ詳しい事は話せませんが、世界を守るためアーファは私を創りました」


「……オルキスヴェリアの宗教と関係はあるのか?」


「いいえ。彼らが勝手に神に祭り上げているだけです。生前の彼女はただの熱心な研究者でした。自らを神と名乗った事も、神話にあるような全てを超越した力もありません。ただ……」


 テトラはどこか遠くを見るように虚空を見つめた。


「おかしな人、だったことは覚えています。自分勝手で傲慢でだらしなく、意地っ張りで泣き虫で気が利かない人でした。しかし、最後までこの世界のために戦いました」


 テトラの表情には、いつのまにか人間らしい感情の色が見えていた。レノアスはその話と表情を見て、本当に宗教とは関係なさそうだと安心できた。

 レノアスはテトラがあえて言葉にしなかったことを確認してみた。


「その人のことを大切に思っていたんだな」


「……よく、分りません」


 テトラはそう言うと端末を操作し、何事もなかったかのように作業を再開した。人形のような無表情に戻っている。

 レノアスはいつもならはっきりと答えてくれるテトラが、曖昧な返事をしたことで過去になにかあったのだろうと思い、それ以上はアーファについて聞かなかった。

 点検作業が終わり部屋を出るころには、帰る時間になっていたので、テトラと一緒に仲間達のところに向かった。

 ルシエは空中に数枚の画面を浮かせ、なにやら難しい内容の情報を観覧し、フレイシアはレノアスの入室に気付くと、慌てて画面を閉じて終了させた。


「レ、レノアス。お帰りなさい。そろそろ帰りましょうか」


「ああ。まだ奥で勉強熱心な奴らが騒いでいるな」


 レノアスが呆れた表情で部屋の奥を見ると、シラスとイーサンとモヘジが厄介な敵という議題で熱い議論を交していた。


「イーサンさん、闇の大魔王ドンゲボンゲが最も厄介ですよ。数十万の配下に加え様々な闇魔法が使えて、勇者と互角に戦うんですから。厄介な敵に間違いないです!」


「ふん。シラス君は真の厄介さとは何か分かっていないようだな。最も厄介な者とは、民を害する権力者に他ならない。華麗なる貴族物語に出てくる悪役で、民の血税を享楽につぎ込み策謀を張り巡らす狡猾な黒幕、その名もマッパダカ王、彼が厄介な敵の象徴である」


「おめえらは、なーんもわかってねえだあ!ほんもんの悪いやつは悪代官と越後屋に決まってるべさ。二人の気味の悪いにやけ顔っちゅう強力な精神攻撃と、おなごを簡単に帯であ〜れ〜できる奴はそうそういねえべ。最強だべ。厄介すぎるべ」


 レノアスは二人と一冊に近づき帰るように促した。


「おい、そろそろ帰るぞ」


 二人と一冊はその声を無視し、言い争いを加熱させ聞く耳を持たない。レノアスは何度も話を遮ろうとしたが彼らを止められなかった。

 すると、彼らは一斉にレノアスに詰め寄り同時に質問した。


「レノアスさんはどの敵が厄介だと思いますか?」

「私の意見に同意するだろう? 人間」

「レノアスどんはあ〜れ〜好きだべ?」


「お前達が一番厄介だよ!」


 二人と一冊はその後も怒号を交えた議論をやめなかったが、ルシエが言い争いを止めさせようと手に紫色の電気を溜めたのを見て、すぐに大人しくなり皆で遺跡を後にした。

レノアス達を見送るテトラは心なしか楽しそうに見えた。


「友人とはいいものですね……」


 それから彼女はいつもの管理業務に戻っていった。自分の体が動かなくなるまで続けられる作業。約七千年もの間一人で続けてきた仕事。

 レノアスが初めての訪問者で、今日は彼の友人達も一緒についてきた。本来人間族以外にはこの施設は利用できないことになっていたが、どうしてなのか許可してしまった。もしかしたら行動原理プログラムに異常があるのかもしれない、と考えながら作業に没頭するテトラ。

 もうすぐ自分は機能停止するだろうから、少しくらいのバグなら放っておいていいかなと彼女は考えた。

 テトラは気付いていないがその時の表情は微笑んでいた。




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