影と焦りと世界と
警戒するレノアスの前に外套で全身を覆い、フードを被った六人が現れた。彼らは取り囲むようにレノアスの周囲に立ち、ささやき声で武器を創製する。声を聞かれないためだろうか。
「王都を出てからずっと後をつけられているとは思っていたが、殺すつもりでいたとはな。刃を抜いた以上、死んでも文句を言うなよ」
レノアスも精神を集中し創製した。
「創製! 摩擦係数ゼロの双剣!!」
レノアスが創製するのを待っていたようなタイミングで、六人のうちの一人が地を蹴り、幅広の曲刀を振るう。
レノアスは振り下ろされる刃を、左の剣で受け流し、右の剣で相手の心臓を突くも、寸前でかわされた。再び相手が肉薄し先ほどと同じように曲刀を振り下ろす。レノアスも再度剣でいなそうとしたが、剣が接触する寸前、曲刀が霧散した。ぼそぼそとつぶやいて、一人目は反対の手に曲刀を創製しつつ下から上に振り上げた。すでにその攻撃を目で捉えていたレノアスは、体を捻ってかわしながら二本の剣で斬りつけた。相手は丸盾を創製するも、レノアスの剣で盾もろとも腕を切断された。
すると切断したはずの腕から、黒いドロドロした粘液が吹き出し、腕をゆっくりと修復させていく。もげた腕を見ると銀色の粒子になって霧散していた。
「……やっぱり黒い奴の関係者か」
一人目は修復のために後ろに下がり、今度は二人目と三人目が同時に迫る。
レノアスの胸に二人目の槍が突き込まれるが、それをかわし槍を切断すると、三人目はぼそりとつぶやいて二人目の槍を修復し、自らは十五センチ程の杭を飛ばしてきた。
レノアスは次々に飛んで来る杭を剣ではじき、再度突き込まれた槍の連撃を後ろに飛びのいてかわした。
「連携がとれている。素人ではないな……」
二人目が槍を消すと三人目と共に数十の杭を連射してきた。レノアスは横に飛び退きながら回避するも、次々に迫る杭に追い込まれ、木の幹を蹴って飛び上がり空中で唱言を発した。
「創製! 無数の小さな立方体!!」
周囲に一辺が二センチほどの立方体が百個創製され、眼下の二人に高速の弾の雨を降らせる。レノアスに飛んできていた杭を相殺した銀のつぶては、二人の敵を容赦なく襲い、彼らの全身を貫通した。苔むした地面に黒い液体とともにドシャリと倒れる二人の体。しかし穴だらけのはずの体がブクブクと泡立って修復していき、何事もなかったかのように、のそりと立ち上がった。
「これでも死なないのか。ならば!」
レノアスは瞬時に接近し、起き上がったばかりで緩慢な動きの二人の首を双剣で切断しようとしたが、待機していた三人が、発現で風の刃と岩塊と火の玉を一度に放ってきた。とどめを諦めて後ろに大きく飛び退くレノアス。
レノアスが立っていた地面に大岩がのめり込み、風と炎が混ざり合ってから衝撃波と岩塊を爆散させた。頭が弱点だと直感したレノアスは、狙いを頭に定めて双剣を構えなおす。すると今度は六人全てが戦う構えをした。
「……妙だな。殺すつもりなら、なぜ始めから六人でこない?」
敵は前衛と後衛に別れた。前衛は武器を持つ三人で、後衛は発現を使った三人だ。前衛の三人が駆け出しつつ同時に杭を投げつけた。レノアスは双剣をそのままに、敵の進路を遮るように盾を創製した。
「創製! 摩擦係数ゼロの盾!大!」
その盾は大きく重く作られ、レノアスの前方五メートルに創製されてから地面にめり込む。杭の全ては盾で逸らされた。それと同時に一人目が盾を正面から飛び越えて空中から鋭い槍の一撃を放った。
「創製した盾は一つじゃないぜ」
レノアスは上空にもう一つの盾を創製し、盾を飛び越えたばかりの敵に落下させ、その胴体を盾で上下に両断した。大盾の両脇から二人目と三人目が剣を振り下ろすも、レノアスの双剣でいなされ、体勢を崩した二人は肩から下を斬り落とされてしまった。
レノアスは二人の頭にとどめを刺そうと近づいたが、そうはさせまいと石つぶてと火の玉が飛来した。
レノアスは回避したが、脚に風を纏った俊足の敵に背後をとられた。振り向きざまに剣を振るったが、相手はしゃがんでかわし、すぐに鋭い突きの連撃で反撃する。レノアスはその攻撃を紙一重でかわしたが、同時に足元から岩のトゲと炎の柱が突き出てきたので、反射的に横に転がり距離をとった。
レノアスはその風使いの戦い方に覚えがあった。
「その戦い方は、フレイシアに似ているな。というよりお前がフレイシアに教えたのか?」
風使いはレノアスの質問には答えず三つの風刃を飛ばした。
二つはうまく避け、三つ目は手元に盾を創製して軌道を逸らそうとしたが、風の刃が盾に直撃し深い傷を刻んだ。
「くっ! やはり物理攻撃以外の発現は完全に防げないか!」
風使いは俊足で駆け寄りレノアスに突きの連撃を繰り出してきた。その刺突には風の渦が纏いフレイシアよりも速く重い攻撃なのがわかる。一撃でも当たれば深く抉られ重傷だろう。
レノアスは全神経を尖らせて的確に突きをかわし、上空に創製した百個の立方体を高速で落下させた。
その風使いはつぶやくと頭上に厚い空気の層を発現させ、銀の豪雨を逸らして自らは後ろに飛び退き距離をとった。
ふと見ると先ほど倒した前衛三人は、体を修復させて起き上がり武器を構えていた。風使いを先頭に後衛達もレノアスににじり寄る。
「……弱点はわかったが、この強さの六人だと辛いな」
レノアスは額に汗をかき、呼吸も少し荒くなっていた。
さっきの突きの連続でかすったのか、頬の斬り傷から血がにじんでいる。その時、風使いが聞き慣れた声を発した。
「レノアス」
するとおもむろに風使いがフードをとり正体を現した。
「ライラ先生!?」
そこには七番教室の担当教師であるライラがいた。
レノアスは戦意を維持したままライラを睨んだ。
「……なぜ先生がこんなことを?」
「お前を試す必要があった」
「どういう意味ですか?」
レノアスは双剣を構えたまま六人の動きに注視する。
ライラはそんなレノアスを気にした様子もなく話を続けた。
「私はフレイシア様の護衛のために教師をしている」
「ええ、それはなんとなく気付いていました。それとこれがどう関係してるんですか?」
「六ヶ月後、この国で三国会議が開かれるのは知っているな」
「はい。十年に一度開かれて、三国間の条約更新をするための会議ですよね」
「ああ、そうだ。その会議には外交官とフレイシア様が出席されるのだが、お前にフレイシア様の護衛として同席してほしいのだ。それに相応しいかを試させてもらった」
「……俺じゃなくても先生達や近衛兵がいるじゃないですか?」
「会議での護衛は一人につき一人と決められているため、高い能力の個人が望ましい。集団戦闘を主に訓練している近衛兵では力不足だ。それに我らの特異な体を見ただろう? 我らは裏の部隊。この黒鎧という能力は重要国家機密なので公の護衛はできない。よってフレイシア様と親しく、我らと同等の強さを持ったレノアスが適任なのだ」
「……状況はわかりましたが、俺は人間ですよ。信用できるんですか?」
「学院に入学してからの三ヶ月で、お前の身辺調査は済んでいる。穏健派にも改革派にも属していない完全中立な立場。それはこちらとしても扱いやすい。後腐れがないように報酬も支払おう」
「それなら普通に依頼してくれたらいいのに」
「実際に殺し合わないとわからないこともある。それにお前が人を殺せるかを判断する必要があったからな」
「俺が自分を殺そうとした相手を容赦するとでも?」
「戦闘経験が少ない者は敵の命を奪うことにためらいを感じ、その一瞬の隙を突かれるということがある。シュナーザ王から王女護衛の人選は私の判断で決めていいと仰せつかっているので、お前が迷いなく戦えるか試したのだ」
「ああ、なるほど」
レノアスはライラの人を殺せるか判断するという言葉に、昔味わった苦い経験を思い出した。何もできずに目の前で両親を殺され、自らの弱さ故に妹を奪われ死にかけた。そして樹海で生活し始めると樹海の猛獣に襲われて何度も死にそうになった。それらの経験から、自分の大切な存在を守るには力が必要で、その力を迷わず振るわなければ、全てを失うことを思い知った。
レノアスはもう二度と大切な誰かを失わないために、自分の命を狙う敵には容赦をしないことに決めていた。
「それともう一つ確認したいことがある」
「なんですか?」
ライラの瞳に心の奥底を覗き混むような鋭さが宿る。
「我が国の国家機密を知ったお前は、フレイシア様の護衛を当然引き受けるだろう?」
レノアスはその質問の意味を悟り沈黙した。
ライラが国家機密を明かしたことで、この依頼を断れば口封じに殺されるという意味も含まれていたからだ。決断を強要するやり方に、多少苛立ちをおぼえるレノアスだが、国の今後を左右する内容である以上は、強引でも仕方がないかと納得する。
それに友人であるフレイシアを命がけで守るのは当然のことだ。レノアスはため息をつき返答した。
「……今の話の流れだと俺が断れないのをわかって言ってますよね?」
ライラは表情をくずし、学院ではあまり見せない微笑みを見せた。
「話が早くて助かる」
「わかりました。護衛の件、引き受けますよ」
レノアスは警戒を解き両手を上げて承諾の返答をすると、背後で控えるライラの部下達が武器を収めた。
「お前の助力に感謝する。詳細は後ほど部下から伝えさせる。他に何か確認しておきたいことはあるか?」
レノアスは以前自爆した不審者を思い出した。
「そういえば以前、黒い犬や自爆した黒い人に襲われたんですが、ライラ先生達と何か関係があるんですか?」
「それは改革派の手の者だ」
「改革派?」
「そうだ。我々は鎖国を維持しようとする穏健派に属しているが、改革派は開国し武力で他国に圧力をかけようとする奴らの集まりだ。最近になって不穏な動きが目立ち調査を行っているが、なかなか尻尾をつかめず手を焼いている」
「街で噂になっている発現能力者の行方不明も何か関係が?」
「現在調査中だが、我らは改革派が裏で糸を引いている可能性が高いと考えている」
「この時期に活発に動くということは、三国会議の開催に合わせて何かを企んでいる可能性があるということですね」
「十分にありえるな。お前も襲われたのならこれからも十分に注意しろ。奴らも我らと同じく黒鎧を使うぞ」
「……気を付けます」
ライラ達はそう言うと樹海の奥に消えて行った。レノアスは彼らの気配を探るももはや全く感じられなかった。
「ラディエルトの黒い剣は黒鎧という能力だったんだろうな。なんとなく、あの力は禍々しさを感じる。できれば黒鎧能力者とは戦いたくないな」
樹海の中一人で思案していると、近くで動物の気配がした。
「あ、そういえば狩りの途中だったな。ん? この気配は……」
レノアスが動物の気配に集中し、その方向に視線を向けると、樹海大栗鼠が大樹の枝に座っていた。
「こんな場所にもいるんだな。怒らせたら手がつけられないし、もう疲れてるから放っておこう。そうすると獲物はどうするかな……」
レノアスは天幕がある方向に走り出した。
レノアスが獲物を狩り天幕に戻ると、フレイシアがたき火の用意をして待っていた。
「あ、レノアス、遅かったわね。それが今回の獲物なの?」
フレイシアの視線の先には、血抜きを済ませて羽をむしり取られた樹海大鳥の巨大な肉があった。
「ああ、悪い。上空の鳥を仕留めるのに手間取った」
「猪を落としたっていう大きな鳥の肉かしら?」
「そうだ。今回も大きいから食べきれない時はモヘジを呼ぼう」
「ええ。それはいいけれど、そっちに置いてあるのは何かしら?」
フレイシアの指し示す先には、樹海で獲れる食材が積まれていた。
「肉ばかりじゃ栄養が偏るだろ? だから果物やキノコ、山菜なんかも採ってきたんだ」
それを見たフレイシアは微笑み、わざとらしく口調を変えた。
「ふふふ。気が利く従者ですわね。レノアス、私の専属料理人として雇ってあげてもよろしくてよ」
レノアスもおおげさに口調を変えて、水着のまま綺麗に礼をしてみせ、フレイシアの冗談につきあった。
「王女殿下。私のような者にはもったいなきお言葉。王女がお望みでしたら料理人だろうと従者だろうと、あなたの騎士だろうと努めてみせましょう!」
レノアスの言葉が終わると二人は視線を合わせ、少しの間の後吹き出すように笑い合った。
「ぷはははは! よろしくてよ、ってなんだよ。お前に全然似合わないな」
「ふふふ。レノアスだってその格好で騎士になるとか言われても、様にならなくておかしいわよ」
二人はひとしきり笑い合うと、再び見つめ合った。
青の泉から涼しいそよ風が、二人をひやかすように髪を揺らした。フレイシアはあわてて視線をそらす。
「そ、そういえば。あの後、ルシエが一人で泳げるようになったのよ」
「おお、すごい上達っぷりだな。さすがリソラウス家の血筋というところか」
「でもね、そこにシラスを抱えたイーサンがぶつかってきて……」
「ということは……」
フレイシアがたき火の向こう側を指差した。
そこにはシラスとイーサンが電撃を浴びて気絶したらしく、白目を剥いて口から泡を吹き倒れていた。
すぐ近くでルシエが大きな葉っぱを団扇がわりにして、ふたりを扇いでいる。
「まあ、普通はそうなるよな……」
ピクピクと痙攣しながら横たわる哀れな二人。
レノアスはそんな彼らに同情しつつも大鳥を焼き始め、樹海の幸を使用したスープも作り始めた。
鳥とスープが出来上がる頃には男二人は回復し、楽しい昼食の時間となった。
「このスープすごく美味しいわね! 今度王宮の料理人に指導してもらえないかしら」
「……食べたことない味。でも美味しくてびっくり」
「うまっ! 本当にレノアスさんって料理上手なんですね。ぼくもエリカナ先輩に作ってあげたいな。うひひ」
「ふむ。芳醇な香りと様々な食材の旨味がとけ込んだスープの協奏曲が聞こえる。まるで樹海の食材たちが織りなす大演奏会のようだ。人間、我が家の副料理長として雇ってやろうではないか。感涙に打ち震えるがよい」
「そうか、みんな喜んでくれてよかったよ。まだまだ沢山あるから、思う存分食べてくれ」
残った分は呼ばれるまもなく出て来たモヘジが食べ尽くし、こうして昼食は大好評のうちに終わった。
フレイシアの近衛兵達は周囲の警戒のために出ていたので、一緒には食べなかったが、後でレノアスがスープをあげると、大喜びで食べた。それを見てレノアスは「人は宴と共に生き宴の中で死す。強固なる関係は宴の中で築かれる」というベベラシの言葉を思い出した。
「強固なる関係か……」
レノアスは賑やかな班員達に目を向けつつ、何事もなく三国会議から、学院生活に戻れるだろうかと考えていた。
思惑の違う三国の代表が集まる会議では、何が起きてもおかしくはないだろう。改革派の妨害もあるかもしれない。
そんな場所でフレイシアを守りきることができるのだろうか。
どんな状況にも対応するためには、テトラからもらった術、強制解除プログラムを完璧に使えるようにならないといけない。
「しかし、あれは起動条件が難しいんだよな」
レノアスは一人で眉間にしわをよせ考えていると、ルシエに声をかけられた。
「……レノアス。ルシエ、さっき泳げた」
「ん? ああ、そうみたいだな。がんばったな」
「うん。明日は一緒に泳ぐ?」
「おう、いいぜ。じゃあ対岸まで競争だ」
「わかった。じゃあルシエが勝ったら賞品もらう」
「賞品?」
「賞品はレノアスにする」
そのルシエの発言に目を見開いて驚くフレイシア。
「ル、ルシエ。さすがにレノアスをもらうっていうのはまだ早いんじゃないかしら。だ、だって人間族だし、そういうのはルシエの両親にも相談して、もっと大人になってから決めることよ。絶対そうにちがいないわ!」
フレイシアは力強く身振り手振りでルシエを説得したが、ルシエはよく分っていないようで、不思議そうな顔で話を聞いていた。
「……よく分らないけど、わかった。じゃあレノアスと二人で出かけたい」
「おう。俺にできることなら何でもかまわないが、たぶん勝てないぞ」
「大丈夫。秘策がある」
ルシエの瞳は自信とやる気に満ちていた。
「うひひ。僕は審判をしますね。レノアスさんが優勢だと思いますけど、勝負はやってみないとわかりませんからね」
「はっはー! 古来から高貴な者の趣味は競技の観戦と決まっている。今回はルシエを応援することにしよう」
午後からルシエとレノアスの水泳対決をすることになり、水辺では二人が準備体操をしている。青の泉には他に泳いでいる人影はない。
フレイシアは落ち着きなくそわそわしていた。泳ぎを覚えたばかりのルシエが、レノアスに勝つことはないと思うが、彼女の自信のある表情を見ると勝算がありそうだ。もしルシエが勝ってしまうと二人がさらに親密になってしまう。ただでさえ王女の公務が忙しく、レノアスとあまり過ごせないフレイシアは焦りを感じていた。
ルシエには悪いが応援はできない。レノアスと二人っきりになって欲しくない。
「……レノアス」
「どうした、フレイシア。そんなこわい顔をして」
「私も参加していいかしら?」
「え、俺は別にかまわないが」
その話を聞いていたルシエが近づいてきた。
「……それはだめ」
「なによ、ルシエ?」
ルシエの表情はいつにもなく真剣な様子だ。まるで死地に向かう歴戦の猛者のような覚悟すら感じられる。
「フレイシアには危険」
「え? 私には危険ってどういうこと?」
「それは言えない。秘策だから。とにかくだめ」
ルシエがここまで強く拒否するのも珍しいので、フレイシアは気圧され渋々断念した。
レノアスはすでに位置につき、続いてルシエも位置につく。開始の合図を待つ二人の間には緊張した空気が流れていた。
「うひひ。それでは合図を出しますね。用意はいいですか?」
「おう!」「うん」
二人は水に飛び込む姿勢で構える。
「……では。競争、開始!!」
シラスの言葉に合図にレノアスは飛びこみ、最小限の水しぶきで軽快に進んで行く。
ルシエはレノアスを見送ると、対人戦の時以上の真剣さで唱え始めた。
「発現、いっぱいの電撃、まんまるに集まれ、停滞するビリビリの球体! 電塊!!」
その言葉を言い終えるやいなや、周囲の空気がピリピリとし始め、泉の中央部分に銀の輝きが集まり、徐々に紫色の球体を形作った。空中に留まった電撃の塊。未だ完全ではないのか、たまに小さな電撃が漏れ出すように放たれている。
それはルシエが最近使えるようになった新術で、通常は流動する電撃を停めておくという高度な発現だ。
電塊はゆっくりと泉に降りて行く。
レノアスはそれを見てぎょっとした。
フレイシアは危険だからとルシエが断った理由が分り、勝つための秘策に驚愕した。
「ルシエ!? あなた、まさか……?」
フレイシアは小さく叫んだ。
ゆっくり下降していた球体は泉に触れると、ほぼ泉全体に紫色の電撃を放出した。すでに泳いでいたレノアスは水を介して伝わってきた電撃を全身で受けてしまった。
「うっ!? いたた! ……力が、入らない、ルシエがここまで本気、とは……」
ルシエは術を見届けると、電撃で満たされた泉に入り、しびれて動けないレノアスをゆっくり追い抜いていった。
「おい! ルシエ、発現はずるいぞ!」
「目的のためなら手段を選ぶなと、ウサギが言ってた」
「あのウサギかよ!?」
レノアスはしびれながらも、ピンクの大きなぬいぐるみが「ルシエのためさ!」と胸を張る姿を容易に想像できた。
結局この勝負はルシエが圧勝し、電塊が消えてしばらくしてからレノアスが戻ってきた。
「まさか電塊を使うとは。俺も予想できなかったよ」
「レノアスなら、大丈夫って信じてた」
「……その信頼の方向性は間違っていると思うぞ。ルシエ」
レノアスはしびれただけなので異常は無かった。度重なるルシエとの特訓で、電撃への耐性は想像以上に強くなったが、なんだか複雑な気持ちだった。
「手段は微妙でしたがルシエさんの勝ちです。前もって細かな規則を決めていなかったので、しょうがないですね」
「はっはー! 小さな勝負事にも全力で当たる姿に私は感服したぞ、ルシエ。貴族の矜持が示された良い試合であった」
フレイシアはしばらくルシエの強引さに言葉を失っていたが、電撃を全身に浴びてもあっけらかんとしているレノアスに声をかけた。
「本当に大丈夫なの? レノアス」
「ああ、なんとかな。しかし、秘策と聞いて電撃を放たれるのは覚悟していたが、まさか動けなくなるほどとは予想しなかったよ。今回は完敗だな。ははは」
「あのこったら、もう」
ルシエが裸足でぺたぺたと二人のもとに近づいてきた。
「……レノアス。賞品」
「ああ、どこかに行きたいんだろ?」
「うん」
「わかったよ。それより、ずいぶん電撃を停めておけたな」
「レノアスの特訓の成果」
「いいや、ルシエの努力の成果だよ。家でも電撃の調整の練習をしてるんだろ?」
「うん。最近は気絶させないで、小さい雷で反撃できるようになった」
「ああ。あの使用人達か……可哀想に」
フレイシアは、自分よりレノアスと多くの時間を過ごすルシエを見ながら小さくつぶやいた。
「私だって、努力しているのに……」
フレイシアの心の内にやりきれない思いが湧き上がる。
王女として努力するのはこの国のため、国民のため、母の遺言のため。それは分っているのに、いくら頑張ってもどこか満たされない。何かが足りない。レノアスと出逢ってからそんなふうに感じるようになってしまった。
フレイシアは王女としての公務よりも、レノアスと一緒に過ごす何気ない時間が、自分の空虚な心を満たすことに最近になって気付いてしまった。
それと同時にレノアスがルシエと楽しく話しているのを見ていると、どうにも落ち着かなくて心が締め付けられるように感じてしまう。
フレイシアは認めたくない自分の後ろ暗い感情を強引に押し込め、向き合うことを放棄した。
明日には王都に帰り公務が待っている。
「……楽しめる時には楽しまなきゃね」とフレイシアは気持ちを切り替え、みんなの会話に笑顔で参加した。
その日も賑やかに時間は過ぎていき、次の日の早朝、天幕を片付け近衛兵に守られながら帰路につく。
レノアス達はまた一つ思い出を作り、無事に王都へ帰って行った。
レノアス達が王都に着いてそれぞれの屋敷へ帰るために別れた頃。
王宮の地下深くの遺跡では、レノアスが訓練に使っている空間にテトラが一人照明の無い暗闇で立っていた。
やがてテトラの周囲に十一の光の玉が現れ、次第に人の形に変化していく。その顔はテトラとそっくりだが髪型の違う十二人になっていった。
全員の姿を確認したテトラは感情の感じられない淡々とした声で話し始めた。
「第七万千九百三十二回目の定期報告会を開始します。今回は一年前と現在との状況変化を報告する機会です。固有名称とともに報告してください」
テトラの声が広い空間に反響すると、十一人は順番に口を開き報告を始めた。
「モノ。適格者現る。現在ビーオービー百九十レベルに到達し、なおも順調に進展」
「ジー。状況に変化なし」
「トリ。施設に干渉あり。適格者現れず」
「テトラ。適格者現る。現在ビーオービー百七十五レベルに到達し、なおも順調に進展」
「ペンタ。状況に変化なし。機能の九十七パーセントを損傷し修復不可能」
「ヘキサ。適格者現る。現在ビーオービー二百二十レベルに到達し、なおも順調に進展」
「ヘプタ。適格者現る。ビーオービー開始を進言するが未承諾」
「オクタ。状況に変化なし」
「エンネア。適格者現る。ビーオービー二十レベルに到達するが外部の妨害により停滞中」
「デカ。状況に変化なし。機能の六十三パーセントを損傷し修復進行中」
「ウンデカ。施設に干渉あり。適格者現れず」
「ドデカ。状況に変化なし」
全ての報告が終わりテトラが皆を見渡す。
「適格者は五人ですね。私とモノとヘキサは間に合いそうですが、ヘプタとエンネアは異世界接続点には間に合いそうですか?」
「ヘプタ。現在適格者に進言中です。仮にすぐに承諾しビーオービーを行ったとしても接続点には間に合わない確率が八十七パーセントです」
「エンネア。外部からの妨害により適格者の訓練シーケンスが進行していません。現状で接続点に間に合う確率は五十二パーセントです。部外者の排除をここで決議するなら、九十五パーセントまで上昇します」
テトラはエンネアの報告を聞くと決議することに決めた。
「了解しました、エンネア。我,第四統括管理者テトラの権限において、エンネアの事案に対する決議を行います。部外者の排除に意義のある者はいますか?」
「「「「「「異議はありません」」」」」」
「確認しました。異議が無いようなので、全員一致で部外者の排除、ならびに適格者の訓練シーケンスの再開を決議しました。他に議題が無いなら、本日の報告会は終了とします」
この場に集う皆が声を揃え、自分たちの真なる目的を口にした。
「「「「「「我らはアーファと世界存続のために!!」」」」」」




