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銀嶺の使徒  作者: 猫手猫の手
第2章 セレンジシア樹海王国
17/42

学院生活 ー 楽しい野営 ー

 白く繊細な装飾で飾られた王宮内を、数人の従者を従えて男が歩いていく。

 上着を着ていても、見るからに筋骨隆々なその男は、三大公爵の一つゼトランベール家の当主ギール・シルフ・ゼトランベールだ。赤みがかった金髪に、頬から顎にかけて髭を生やした彼は、洗練された貴族というより無骨な戦士という雰囲気を醸し出していた。

 彼のの前方から一人、細身の男が向かって来た。ギールは表情を柔らかくしてその男に声をかけた。


「おや、これは珍しい。ヴェストン卿ではないか」


 声をかけられた男はヴェストン・シルフ・ストラトフェルク公爵で、レノアスとフレイシアが表敬訪問した芸術の都の領主だった。


「おお、ギール卿。お久しぶりですね」


「お目にかかるのは半年ぶりかな。体調が優れないと伺ってましたぞ」


「ええ、自領で療養していたのですが、どうしても王宮で片付けなければならない仕事がありましてね」


「例の宝玉かな?」


「察しのよいことで。私が呼ばれるのはそのぐらいしかありませんよ。それが済んだらすぐにストラトフェルクに戻ります」


「ふむ。そうか。見たところ顔色も良くないようだな。ご自愛なされよ」


「はい。お気遣い感謝いたします。それでは」


 ヴェストンは軽く礼をして去って行った。

 ギールは横目でヴェストンの背中を見送ると、背後に控えていた男の一人に話しかける。


「……監視はつけてあるな」


「はい」


「何かおかしな動きを見せたら俺に報告しろ」


「御意」


 ギールはヴェストンから視線を外すと、肩を揺らしながら歩き出す。


「……穏健派の犬め」


 彼ははっきりと苦々しさをうかべつつ、そのまま王宮の奥へ消えて行った。




 その頃レノアスの班員達は、青の泉という美しい観光名所に来ていた。期末試験が終わり、一ヶ月間の休みに入ったため、皆の予定を合わせて行楽に来ていた。

 この青の泉は湧き水が作り出した泉で、対岸までは五百メートルある。泉の底には銀色の砂が広がり、天気のいい日には青空が銀砂に反射し水が真っ青に見える。樹海王国には同じような泉が他にも五カ所あり、遊泳もできるため人気の観光名所となっている。

 王国軍の兵士が定期的に周囲の警備を行っているため、樹海からの動物の心配もなく安全な地域だった。

 王都から馬車で半日ほどの距離で、近くに観光客相手に栄える街もあり、泉の周囲はいつも多くの観光客で賑わっていた。


 レノアス達は泉の近くの野営地に、二つの天幕を張り三日間、のんびり楽しむ予定だった。すでに授業で数回、野営訓練を経験していたので、みな作業は手慣れたものだ。

 そこに不満げなレノアスの声が響く。


「おい、イーサンも手伝え!」


「はっはー! 私の繊細な指先に傷でもついたらどうするのかね? 力仕事は高貴な私に似つかわしくないのだよ」


「そう言うと思ったよ」


「かわりに狩りでは華麗な妙技を披露し、食卓を潤沢に飾ってやろうではないか」


「うひひ。じゃあ、夕飯はかなり期待しちゃいますね」


「……ったく、じゃあ大物をたのむぞ」


「ふん。言われなくとも、この私にかかれば樹海の方から獲物を差し出してくれるだろう。はっはー!」


「お前って、何に対しても呆れるほどの自信だな」


「今まで何回かいっしょに狩りしてきましたけど、その都度うまくいくのは不思議ですよね。うひひひひ」


「そうだな……」


「はっはー! 世界は私を中心に回っているのだよ。今さら気付いたのかね。人間」


 そうこうしているうちに結局レノアスとシラスだけで天幕を張り終えてしまった。

 そこに女性用の天幕を張り終えた二人が近づく。


「レノアス、こっちは終わったわよ。そっちは?」


「ああ、今終わったところだ」


「……ルシエも手伝った」


「おう。がんばったな」


 レノアスはルシエに笑みを浮かべた。

 ルシエも少し頬を赤く染め自然に微笑み返し、その場はほんわかとした空気になる。

 フレイシアは少し早口でレノアスに尋ねた。


「と、ところでレノアス? 夕食のために狩りに出るのよね? 大丈夫かしら」


「ん? ああ、そうだな。イーサンが大物獲ってくるっていうから心配ないと思うぞ。向こうで待機しているお前の近衛の分もなんとかなると思う」


「はっはー! 心配無用だ。貴族らしく上等な獲物を用意しよう」


「うひひ。できれば猪がいいです。猪の姿焼きは野営の定番ですからね」


「……ルシエは香草、探す」


「じゃあ私はたき火に使う薪を集めるわね。調理はレノアスに任せてもいいのよね?」


「ああ、任せろ。一人暮らしは長いからな。樹海の食材だったら何でも美味しくできるぜ」


 こうして男三人は樹海の奥へ入っていった。


「……この辺まで来ればいいか。イーサンの出番だぜ」


「はっはー! 美しく狩りの舞を踊ってみせよう」


 そう言うとイーサンは両指先に集中し唱えた。


発現エクセヴィレン! 華麗なる反響定位の気品漂う音の響宴!」


 右指をパチンとならし、左指も動かす。目蓋を閉じ集中していたイーサンはゆっくりと目を開ける。

 レノアスが動物の位置を聞くために話しかけた。


「それで? どの辺だ? 右か、左か、前方か?」


「ふん。焦ることはない。ところでシラス君、猪でいいのか?」


「ええ、すぐに見つかればいいんですけどね。うひひ」


「そうか。……上だ」


「は? 今、上って言ったのか?」


「ああ、上だ」


 レノアスが上を見上げると巨大な影が空から降って来た。


「か! かわせ!!」


 三人がその場を飛び退いた瞬間、体長三メートルほどの樹海大猪が、地響きとともにその巨体を地面にめりこませた。

 その衝撃に樹々が揺れ、葉を落とす。周囲の小鳥が飛び去っていった。

 もうもうと立ちこめていた土煙が晴れると、高い位置から落ちたためか、白目を剥きぴくりともしない大猪が現れた。


「……なんで猪が空から降って来たんだ?」


「大猪が空を飛んだ、わけないですよね」


「ふん。上を見上げるがよい」


 レノアスとシラスが上空を見上げると、そこでは二匹の巨大な鳥が、甲高い鳴き声を発しながら戦っていた。


「あれは、樹海大鳥か?」


「ひゃああ。でかい鳥ですね。翼を広げたら二十メートルはあるんじゃないですか?」


「餌の取り合いで獲物を落とすとは、獣にふさわしい愚かさではないか」


「おい、イーサン。落ちてくるのがわかるなら、もっと早く言えよ。危うく潰れるところだったぜ」


「はっはー! 私を潰すことなど、どんな巨大な猛獣でもできはしないのだ。はっはー!」


「お前はいいけど、俺達が潰れるんだよ!」


「心構えが足りないぞ、人間。心構えさえできていれば、地に伏すことなどないのだからな。はっはー!」


「うひひ。イーサンさんは心構えだけで何でもできますもんね」


「それより人間、いつものをするがよい」


「はあ……。まあ、肉を捌くのは俺が適任だからな。シラス、念のため上空の様子を見ててくれないか?」


「わかりました。うひひ」


 レノアスは創製で作り出した摩擦力の高い立方体を、猪の後ろ足にくっつけて、猪の頭が下に向くように浮かせ吊るす。

 その後、剣を創製して首を剣で切り、重力にまかせて血を抜いた。


「レノアスさん、あの鳥がこっちに気付いたらまずくないですか?」


「たぶん、心配ないと思うぞ。樹海大鳥は一度戦いが始まると、三日は空で戦い続ける習性があるからな」


「え、三日も続けるなんて。体力ありますね」


「本当だな。そもそもあのでかさで、空を飛べるのが不思議だがな」


「そういえばそうですね」


「ふん。きっと樹海の上位捕食者としての心構えができている鳥なのだ。いずれウトラス領の高級紅茶でも飲みかわしたいものだな」


「……お前なら、できるかもな」


 猪を吊るしたまま運び天幕に三人が戻ると、すでにたき火と香草の準備はできたが、二人の姿はなかった。


「シラス、火起こしたのむ」


「うひひ、了解です。丸焼き楽しみだなあ」


 シラスが火をつけている横で、レノアスは猪の皮を剥ぎ取りにかかった。三メートルの巨体の皮を剥ぐのは重労働だが、レノアスは慣れた手つきで苦もなく終えた。

 イーサンがその様子を見ていて感心したように頷く。


「ふむ、服も汚さずにその手際。当家の専属狩人にしてやってもよいぞ、人間」


「お誘いはうれしいんだが、あいにく俺も忙しくてな」


「そうか。ならば仕方があるまい。だが職に困ったら私がいつでも雇ってやるぞ」


「……憶えておくよ」


 レノアスの作業は終わり、煙の匂いもし始めたようだ。


「ちょっと二人を探して来る。多分泳ぎにでもいってるんだろう」


「あ、お願いしますね、火ももうすぐ大きくなりますから」


 レノアスは泉の周囲に沿って歩き始めた。すでに夕暮れになり、辺りは薄暗い。やがて少し離れた場所で二人を見つけた。ワンピース型の水着を着た二人が水辺で座り、くつろいでいた。薄暗い中でも二人の可憐な美しさはよく目立った。


「フレイシア、ルシエ。猪の姿焼きの準備できたぞ」


「あら。意外と早かったのね。大きいの獲れたの?」


「ああ、なんとかな」


 フレイシアは白地に赤や黄色の花柄の水着を着ていて、彼女の華やかな雰囲気にとても合っていた。


「似合ってるな、その水着。自分で選んだのか?」


 フレイシアは思ってもいなかった褒め言葉に、顔を赤くし動揺してしまう。


「え? そ、そうなの。この前ね、ルシエと一緒に見に行ってきたのよ。ね、ルシエ?」


 一方、ルシエは白の小さな水玉柄の青い水着を着ていた。


「へえ、落ち着いた感じがルシエにぴったりだな。うん、似合ってる」


「……うん。何でもよかったけど。店の人が勧めたから」


 ルシエは少し頬を赤く染めうつむく。

 フレイシアが視線を合わさずレノアスに話しかける。


「ええと、狩りは順調だったみたいね……」


「ああ。空から猪が降ってきて、危うく潰れるところだったけどな」


「空ってどういうこと?」


「樹海大鳥って知っているか? その鳥が空中で喧嘩していて、何かの拍子で捕まえていた大猪を落としたようなんだ」


「……知ってる。大きい鳥」


「おっと、そんなことより、もう焼き始めてるから着替えたら早く来いよ」


「ええ、わかったわ」


「うん。急いで行く」


 レノアスは二人を残し去って行った。

 二人はレノアスが見えなくなるまで彼を見つめていたが、やがて見えなくなり、少しの沈黙が訪れた。


「日も暮れてきたようだし、着替えて帰りましょうか。ルシエ」


「……うん。でも、このままでもいい、かも」


「ええ!?」


 フレイシアはルシエの考えていることが手に取るように分かってしまった。ルシエはレノアスが似合ってるといってくれた姿のままでいたいのだ。間違いない。この娘もレノアスのことを好きなのだと。

 フレイシアは引っ込み思案だと思っていたルシエの意外な積極性にたじろいだ。


「ル、ルシエ? か、風邪ひいたら困るから、着替えたほうがいいわよ。レノアスも心配するだろうし……」


「……うん。じゃあ着替える」


 フレイシアは気付かれないように小さくため息をつき、胸をなでおろした。ルシエは小さな頃から人との関わり合いが少なかったためか、感情表現が極端な時がある。

 本人が気付いているかは分からないが、フレイシアから見るとルシエのレノアスへの態度は好意以外の何ものでもなかった。

 その真っすぐに示されるルシエの好意を見ていると、フレイシアの内心はいつも波立つ。焦りのような、怒りのような、苦しくて、もやもやとした暗い何かが、レノアスとルシエが会話しているだけで湧き出てくるのを感じるのだった。

 フレイシアはルシエから視線を泉に向けた。夕暮れの泉は昼の透き通った青とは違い、紺色にくすんだ曇り空のように見えた。

 フレイシアとルシエが天幕に戻るとすでに巨大な猪はたき火の上で丸焼きになっている。


「あ、フレイシアさん、ルシエさん。もう少しで猪焼けますよ。レノアスさんが特性の調味料を作ってくれるっていうので楽しみにしていてくださいね。うひひ」


「はっはー! 真の貴族たるもの、調味料一つでも優雅に素材の味を楽しめるのだ」


 イーサンはさらりと髪をかきあげる。

 レノアスが猪をたき火の上で回転させながら二人に声をかけた。その猪は体を一本の銀色の棒で串刺しにされていた。


「あと少しだから座って待っててくれ。できたら近衛の人たちにも持って行ってくれるか?」


「ええ、かまわないわよ。……それにしても大きな猪ね。近衛隊の人たちに分けても、食べきれないかもしれないわね」


「うひひ。これだけの大きさですからね」


 その時、シラスの脳内になまりの強い言葉がひびく。


『シラスどん。オラにも食わせてくんろ』


 シラスも心の中で声を出す。


『え、モヘジさん。その状態で食べられるんですか?』


『ああ心配ないべ。一回外にでるからよ』


 シラスが周囲のみんなを驚かせないために話しかけた。


「あのう、みなさん。光る本が出ても、驚かないでもらえますか?」


「光る本って、モヘジのことか?自由に出て来れるんだな」


「うむ。話には聞いていたが、言葉を話す本というやつか?」


「確か禁書のモヘジ、だったかしら。信じられないわね、本が話すなんて」


「……ルシエは特に驚かない。家には動くぬいぐるみがいるから」


「あら、そうだったわね。世の中には不思議なことが溢れているわね」


 やがてシラスの足が光を放ち、銀の粒子が空中に集まり出した。するとその光は本を形作りモヘジが現れた。モヘジはページをパカパカ開いて言葉を発した。


「オラはモヘジっちゅうもんだあ。よろしくしてくんろ」


「本当に出たわね」


「……本がパカパカ」


「はっはー! 思ったより普通の本ではないか」


「イーサン。光っていて飛んでる本の、どこが普通なんだよ」


「ただ光っていて飛んでいるだけではないか。何を驚くことがあるのだ?」


「まあ、お前にとっては自分以外のすべては大したことじゃなかったな」


 レノアスがすかさずイーサンにつっこみを入れる。


「肉はまだだべか? もう焼けたんでないべか。このへんもう良さげだべ」


 モヘジは猪の周りをくるくると飛びまわっている。


「モヘジさん。もう少しですから待っていてくださいね。そもそも本なのに僕たちと一緒に食べるって、変すぎですよね。うひひ」


「オラは食べものから力を得てるからな。食べねえと死ぬど」


 やがて香ばしく肉の焼けた香りが立ちこめてきた。レノアスは肉の厚い部分に剣を刺し、奥の肉を切り出して確認する。


「よし。焼けてるな。じゃあ食べようか」


 その合図で食べ始める班員達。フレイシアは護衛のために近くで野営する近衛兵の人たちに、大きな肉の塊を持って行った。ルシエは皿に置かれた肉を、ふうふうしながら食べている。

 レノアスの考案した調味料は大好評だった。


「うひ! この調味料美味しいですね! レノアスさん」


「ああ。いろいろ試してその味に辿り着いたからな。自信作だぜ。ルシエが取ってきた香草と一緒に食べると、もっとうまいぞ」


「向こうのみんなにも大好評だったわよ。レノアスの調味料」


「おお、そうか。それは良かった」


 レノアスは嬉しそうに笑う。


「樹海で採れた木の実や乾燥させた香草なんかも入ってる。たしか十八種類だったかな」


「そんなに!? 王宮の料理人でもそこまでしてないと思うわよ。意外と凝り性なのね、レノアスって。ふふふ」


「探求者と言ってくれ」


「うひひ。かっこいいですね、それ」


「うむ。専属の狩人から専属の料理人見習いに格上げしてやろう人間。歓喜するがいい」


「……うちで、雇いたい」


「ははは。ルシエに言われると照れるな。考えておくよ」


「……うん」


 フレイシアは二人の会話にヒヤヒヤしていた。まさか自分の家で雇い入れたいなんて言うとは。再びもやもやとするフレイシアだった。

 空中を飛んで皆の様子を見ていたモヘジが声をだす。


「もう食わねえだか?」


 レノアスが周囲を見回すと、もう食べられそうな人はいないようだった。


「ああ。見たところ、みんな満腹のようだな」


「んじゃ、オラが食べてもいいべか?」


「いいぞ。でも、これは相当余ると思うな」


「いいんや。大丈夫だあ」


 そう言うとモヘジは本を口のように開け、肉にかぶりつき勢いよく食べ始めた。目を見開いて驚く班員達。


「うめ! うめええええ!!」


 猪の肉の周りをものすごい早さで飛び回り、一瞬で平らげてしまった。


「ぷはあ。おお、なんだか眠いべ。もう寝るべ」


 そう言い終わらないうちに、モヘジはシラスの足に消えてしまった。

 たき火の上には猪を串刺しにしていた銀色の棒一本だけが、虚しく浮いていた。


「……まさか、本当に全部食べきるとはな」


「すみません、すみません。うちのモヘジが食べ尽くしちゃって」


「はっはー! 見事な食べっぷりだ。豪快で華麗に食べるその勇姿、しかと目に焼き付けたぞ。はっはー!」


「……一瞬でなくなった」


「あの本のどこに肉が入っているのかしら。不思議ね……」


「すみません。僕があとでちゃんと言っておきますので!」


「まあ。食べ終わっていたし、いいんじゃないか? 片付ける手間も省けたしな」


 こうして班員達との楽しい一日目は過ぎていった。

 その日は皆旅の疲れがでたのか、その後すぐに就寝となった。


 次の日は皆で泳ぐことになっていた。

 五人はそれぞれの水着に着替え泉に入る。

 レノアスとシラスは学院指定の青色で、腰から膝上までの水着を着ていた。イーサンは全身を赤地に黄色の横縞が入った派手な水着で覆っていた。

「よーし。泳ぐか」とレノアスは、泉に入りゆらりと泳ぎはじめる。その透明度が高く清涼な水を楽しみながら水面に浮かび、空を仰いだ。

 全身が青に包まれる不思議な感覚を楽しんでいると、何かが水しぶきをあげながら、轟音とともに進んで来た。それは高笑いとともにレノアスの横を高速で通り過ぎ、自分たちの天幕がある対岸にそのまま突っ込み、爆音とともに土煙を上げた。


「イーサン、楽しんでるな……」


 レノアスは気にせず青の世界を楽しむ。

 そこにゆっくりと水面に浮く袋に縋り付きながら、シラスが到着した。


「はあ、はあ。レノアスさん。はあ。浮き袋、ありがとう、ございます。うひひ」


「おう、お前が泳げないって言うから、樹海大蛙の皮でつくってきたんだ。沈まないだろ?」


「ええ。おかげで、僕も水に、入れます。はあ、はあ。というか、泳ぐのって、はあ、疲れますね」


 シラスは元々泳ぎは苦手で慣れていないらしい。

 そこに先ほど対岸に突っ込んでいたイーサンがものすごい速度で迫ってきた。


「はっはー! シラス君、ともに泳ごうではないか!!」


 高速でシラスを抱えると、そのまま高笑いを響かせながら泳ぎ去っていった。


「ぎゃあああああ!! イーサンさあああん! はな、はなして! ぼ、僕泳げなああああああああ!!」


 レノアスは気にした様子もなく浮かび続ける。


「平和だなあ」


 ちらりと自分たちの天幕の方に視線を送ると、泳げないルシエにフレイシアが泳ぎを教えていた。フレイシアの真剣に教える表情を見ていたレノアスはふと思う。


「王女らしくない王女、か」


 王女であるために一生懸命なフレイシアだが、素のフレイシアは、気安い言葉使いに自分一人でなんでもやろうとする無茶な性格で、いつも不安を抱え泣き虫な年相応の娘。


「そういえば、最近、笑うようになったな……」


 出会った頃は表情が硬く、他の生徒と話していても、作りものの微笑みしか見せてなかったが、今は自然と笑みがこぼれるようになった。レノアスはそんなフレイシアが時折見せる、本心からの美しい笑顔につい見とれてしまう。

 王女として産まれたため、自由のない生活を強いられるのは理解しているが、そのために心がすり減り、やがて笑顔が無くなってしまうのではないかと心配になる。

 レノアスはその心配を振り切るように水に潜り、自分の影が水底に写るくらいに透き通った水中を泳ぐ。推進は四メートル程で底には水草の類いは生えていない。あるのは空から降り注ぐ太陽光を反射して輝く銀色の砂。

 少しの間息継ぎもせず泳ぎ、苦しくなったところで水面から顔を出すと、フレイシア達のすぐそばだった。


「あら、レノアス。泳ぎはもういいの?」


「ああ。気持ちのいい泉だった」


 レノアスがルシエに目を向けると、彼女は木の棒に捕まり、水面に顔を付けたまま、足をバタバタさせている。


「ルシエ、がんばってるな」


「ルシエは覚えもいいし、この分だとすぐに泳げるようになるわよ」


「そうだな。フレイシアは泳がないのか?」


「もう少ししたら泳いでくるわ。他の二人は?」


「多分、あの辺り……」


 レノアスが指差す方向を見るフレイシア。

 その先では高さ五メートル程の水しぶきを上げながら、水面を自由自在に突き進む何かがいた。水を蹴る轟音とともに高笑いと悲鳴が聞こえる。


「……あれね。イーサン、楽しんでるわね」


「だな」


 そこで泳ぎの練習をしていたルシエが水面から顔を上げた。


「ぷは! あ、レノアス。おかえり」


「おう。大分足は良くなってきてるな」


「うん。フレイシアのおかげ」


「私はただ基本を教えているだけよ。足の動きを憶えたら次は手を離してみましょう」


「うん。がんばる」


 ルシエは再度水面に顔を付け、足を動かす練習を始めた。


「ちょっと早いが昼食のために狩りに行ってくるよ」


「え? 一人で?」


「ああ。イーサンとシラスは楽しんでるようだしな」


 フレイシアは泉の方を見ると十メートルほどの水しぶきが見えた。


「そ、そうね。二人が戻ったら伝えておくわね」


「たのんだ」


 レノアスは水着のまま樹海に入り走り出すと、すぐに見えなくなった。

 見送るフレイシアはその素早さに驚いてつぶやく。


「レノアスの本気の強さってどのくらいなのかしら……」


 レノアスはしばらく走って、昨日猪を拾った場所に到着した。上空ではいまだに樹海大鳥が戦いを繰り広げていた。


「よし。またここから始めるか」


 呼吸を整え腰を少し落とす。

 まずは全ての感覚を駆使して全ての情報を感じ取る。木々のざわめきと風に乗る樹海の匂い、虫の鳴き声や頬を撫でる風の一つ一つを察知する。その中から不必要な情報を省いていき、最後に残った気配をに集中する。


「……小動物が数匹だけか。もう少し奥に行ってみるか」


 レノアスは集中状態を続けたまましばらく進む。

 樹海の鬱蒼とした巨木の間を抜け、少し開けた場所で止まる。


「……ん? 六人が迫ってきているな」



 警戒するレノアスの前に草色の外套で全身を覆い、フードを被った六人の人影が現れた。




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