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すぐに読める掌編シリーズ

バックミラー

作者: 長月京子

 バックミラー越しに目が合うと、後部座席から女が話しかけてきた。

「娘があした結婚式なんです」

 私は運転に気を使いながら、「それはおめでとうございます」と微笑んでみせる。

「ありがとう」

 女は素っ気無く礼を述べる。あまり嬉しそうではない。

 私は通りすがりのタクシーの運転手でしかない。詮索して気分を損なわれるのも面倒なので、話を逸らす。

「今夜は冷えますね」

 わざとらしく身震いをして、暖房を強めた。

 広い交差点で左折すると、また女が話しかけてきた。

「わたし、娘の結婚に反対なんですよ」

 なんと答えていいのか分からず、私はバックミラー越しに女の様子を伺う。女は鏡越しに私を見ていた。

「最悪な男なんですよ」

 綺麗な顔を歪ませて女が吐き捨てるように呟く。よほど娘の相手が気に食わないのだろう。

「完全に遺産目当てなんです。私や主人のことはどうでもいいの、ただ娘のことが心配で」

 大丈夫ですよと安易に答えることはできない。この手の話は返答を間違えるとややこしいことになる。

 女が危惧するには、それなりに理由があるはずだ。

 これまでの経験で、私には察しがついたが、口にはできない。

「結婚をやめさせる、とても簡単な方法があるんです」

 鏡越しに女は笑う。

「あなたなら、おわかりになるでしょう?」

 私は溜息をつく。どこからそのような噂が広まっていくのだろう。諦めて覚悟を決めた。

「どんな男なんですか」

 女は娘の相手がどれほどの悪党であるかを、私にまくし立てる。

 話を聞く限り、たしかに最悪な男だ。

 聞き取りを終えて、私は最後に尋ねた。

「あなたの名前を教えて下さい」

「藤代雅代です」

「娘さんは?」

「綾香です」

「わかりました」

 私は女の依頼を受けることにした。



 翌日の新聞に大きく殺人事件の記事が出ていた。


「藤代ホールディングス社長、藤代誠一氏(55)の妻である雅代さん(50)が殺害されているのを通りすがりのタクシーの運転手が発見。犯人は依然として見つかっておらず、千葉県警では顔見知りの犯行も視野に入れて慎重に捜査を進めている。藤代氏は本日、長女の結婚披露宴を予定していたが全て取りやめ、雅代さんの通夜の準備を進めているという。長女の綾香さん(27)もお母さんにも喜んでもらえる晴れの日になる筈だったと、心を痛めている様子で、・・・」


 私は事件の三日後になって、ようやくその記事を読んだ。警察の事情聴取や告別式への参列などで慌しかったからだ。

 犯人もすぐに捕まるだろう。バックミラーから訴えてきた女を殺したのは、娘の結婚相手なのだ。どうやら会社の金を横領していたらしい。その事実を突き止めて問いただしたところ、惨劇が起きてしまったようだ。

 私は溜息をついた。

 バックミラーに映る、彼岸の者達。

 彼らはいつのまにかそこにいる。

 私はあの夜、誰も乗せてはいなかったのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どこか魅きつけられる何かがある。 [気になる点] 謎は謎のままでも余韻が残って想像を掻き立てるのではと感じました。 [一言] 作品を読んで僕ならバックミラーはこう書くと感じた掌編を置いてい…
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