第九話
<インド洋 中央インド洋海盆>
かつては日本の潜水艦がこのあたりを通ってマダガスカルまで進出していたんだそうだ。カルカッタの祖父は酒が入るとよくスバス・チャンドラ・ボース最高司令官の武勇伝を聞かせてくれたけれど、まさか自分の孫がインド海軍の潜水艦に乗り込むコトになるなんて思わなかっただろうな。
ヴィシャーカパトナムの東海軍コマンド潜水艦隊基地から出港して今日で2週間。去年の今頃はシシュマール級の狭苦しいソナー室で年代物のソナーの面倒見てたけれど、今じゃこのアクラ級の最新鋭統合ソナーシステムの班長におさまってそれなりに賢い連中にいろいろと叩き込む毎日ってワケだ。
4日前から始まった印米日合同海上演習“マラバール”。この艦“チャクラ”の任務は空母“ロナルド・レーガン”を沈めるコトなんだけど、打撃群護衛のバージニア級に四回撃沈されながら一度も補足できねえ。だいたいからしてこのバージニア級、演習中は増音装置を稼働させてるってんだからアタマ来るよな。
グプタ艦長だってちょっとイラついてる。ダートマス出にしちゃ偉ぶった雰囲気無くて仕事しやすいオヤジだけど、さすがに一日に3回も水中電話で“貴艦は撃沈されました”って告げられちゃご自慢のポーカーフェイスも形無しだよな。
「……班長。この航跡」
30分前に真後ろにつけられたバージニア級が離脱して間もないウォーターフォール。うっすら現れた航跡は1時間前に見過ごしたパターンとそっくりだった。今度は流石に見逃さなかったルベイ一等ソナー員が画面上にダーマトグラフで印をつける。にしてもバカにするにも程がある。同じ手を二度食わせて嘲笑おうってんだろうか?
「ソナーより艦長、さきほどのバージニア級がふたたび姿を表しました。方位も全く同じ。どうやら同じ手を喰らわそうとしているようです」
「……そうか。しばらくは騙されたフリを続ける」
「艦長……」
「そうだな、そろそろ仕掛けるか。3分間現針路を維持、デコイを出したらこちらも増音装置を切って針路を変えるぞ」
そうこなくっちゃ、な……
「突発音! 後方より突発音!!」
「なんだって!?」
「こ、この音は……」
ルベイ一等ソナー員が言い淀むのもムリは無い。年に一度の演習とはいえ極めて高価な魚雷を実際に航走させるハズもないのだが、今スピーカーから聞こえてくる持続的なノイズは明らかに長魚雷のパターンだった。解析装置が音紋をライブラリと照合して即座に雷種を表示する。
「Yu-6……だと?」
「まさか……」
アメリカ海軍のMk48/ADCAPと異なり、人民解放軍海軍のYu-6の誘導部にはインテル社製i486DXⅡの模造CPUが内蔵され、周辺回路設計の拙さから目標失探時の自律再補足動作に問題を抱えてはいたものの、この距離・方位からの有線誘導では外れようが無かった。そしてその弾頭部には、指向性爆薬に包まれた純度の低いプルトニウム239が仄かな崩壊熱を抱えながら佇み、たった今デコイを放出し7翼式スクリュー・プロペラを全速力で回し始めたばかりのチャクラの艦尾後方5mで押し潰され、その力を開放した。




