表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見せますが何か  作者: 飯田橋 ネコ
第四部
60/63

第二話

<パリ7区、オッシュ通り75008>


 高層大気を漂う大量の火山灰の影響で、昼間だというのに相変わらず夕焼けみたいな空に覆われていても、さすがは花の都と言われるだけのことはあるこの街。朝の灰掻きとマスク&ゴーグル着用は未だにお約束だけれど、華やかに着飾って街を往く人々の楽しげな様子を眺めていると、有史以来最悪の災厄が起きていることなんて忘れてしまいそうになる。

 北米事案(←市ヶ谷のこの呼び方は正直どうかと思う)のどさくさまぎれに、ここ在フランス日本大使館の駐仏防衛駐在官室付きになって早1年と2ヶ月。防大を出て任官してからの大半を中東・アフリカ方面で過ごしてきた私にしてみれば、こんな任地はちょっと脇腹かきむしりたくなるくらいに違和感が……。


「……赴任されてから1年ちょっと、もう慣れたんじゃないですか?」


 市ヶ谷の山下さん(←なんか出世したらしくて今じゃ“総務部長”サマなんだって、この元レンジャー)が、久しぶりだというのに相も変わらずヒト食ったような口調で喋ってるこの電話は、戦前(←第二次世界大戦のコトね)に外務省がカルカッタ経由で敷設した秘匿回線。

 AT&T社が中国資本に吸収されて、世界中の電話交換機や長距離データ通信網の結節点にあったNSA(National Security Agency=アメリカ国家安全保障局)のバックドアがそっくりそのまま持ってかれちゃって、北京に内緒でお話するのがひどく大変になったこのご時世に、こうしたレガシーな通信手段が全くの手付かずで遺されているなんて、さすがは我が国の官僚機構よね。


「そういう山下さんだって、“総務”の仕事が板についてきたんじゃない?」

「いや、まだまだ楽はさせてもらえませんよ。まぁ、おかげさまで居留地絡みのゴタゴタからは離れていられますけどね」


 北米事案以降、アメリカの西海岸から渡ってくる退避民の玄関口としてフル稼働している鹿島港と成田空港。周辺自治体から徴発した広大な土地にまたがる居留地(エリア)はお約束の“Restricted(たちいり) Area(きんし)”看板と鉄条網で囲われ、シベリアの入植地へと至る中継基地として機能している。性別や年齢、教育レベルや思想傾向で細分化して、開拓に有用な人材を優先的に送り込む、ってのが表向きの目的なのだけれど……。


「技術者を優先的に入植させるのはわかるけれど、あの女性の比率の高さはどういうことなの?」


 あの国で長年実施されてきた人工抑制策、いわゆる一人っ子政策に起因する(いびつな人口構成、わけても異常な男女比の是正のため、「余った男たち」の相手として入植させているのでは? なんて穿った見方もあったのだけど、山下さんの意見は違うみたい。


「たしかに居留地ではいろいろなことが起きますよ。暴動や略奪などは日常茶飯事ですし、エリア外での犯罪も増える一方、先方の自治機能は深刻な機能不全です。まぁ世界最強だと思っていた祖国を追われてアジアの片隅に押し込められて、行き着く先は極寒のシベリアですからね。私が彼らの立場だったら……」

「でも、“彼女”たちは違う、というのね」


 中華人民共和国の主導のもと、米国臨時政府との共同統治という形をとる“シベリア自治区”の開発の様子は、あの国が関わっているにしては珍しく検閲無しで国際配信されている。ツンドラを切り拓いて広大な掘削施設を建造している現場の動画に映っているのは女性ばかり。インタビューを受ける現場監督も、インタビューをする記者も、撮影しているカメラクルーまでもが女性という徹底ぶりには、その真意を測りかねて訝しむ声もあれば、女性の社会進出の象徴として快哉を叫ぶ層もあった。


「やはり(チャオ)報道官の影響なのかしら」


 かつては周国家主席の秘書官としてその名を知られ、今や主席報道官として定例会見を行うまでになった雀思乐(チャオスーラ)報道官。ここ数ヶ月メディアへの露出が極端に減り、健康不安説が流布されている主席に代わり、中華人民共和国の表の顔として活躍するようになった彼女。その裏では中国共産党や全人代の急進的で苛烈な構造改革が進み、国務院の閣僚の半数は女性になっていた。周主席が主導する開明的で革新的な政策、という触れ込みではあったが、それを額面通りに受け取る者はごく少数だった。


「……それはそうと朝霞の“事務所”はどんな様子なの? 全然全く音沙汰ないんだけど」


 宮島陸将(たぬきおじさま)の計らいで“死んだ”ことになってる私は、防衛駐在官室付きの翻訳事務員ってことでこの大使館に出入りしてる。産休中に西新宿の雑居ビルでやってたような偽装任務的なアレだけれど、同じ館内に洋平さん(←こっちは臨時雇用の三等電信官って肩書、今どき電信とかありえなくない?)がいるからいろいろ捗るのよね。ハル君(もうすぐ年長さんなの)のお迎え(15区の日本人保育園通ってまーす)とかお家(コレも15区にあります。お世話になったフランス軍事省統帥部“Hexagone Balard”から徒歩5分!)のコトとか……。

 で、そんなお仕事の合間に大使館の古い資料漁って見つけたのがこの電信回線(4線アナログ式)ってわけ。ひっきりなしに囀る空電やらノイズやらの向こうから山下さんが教えてくれる。


「……公式には存在しなかった事務所ですからね。市ヶ谷(ほんしゃ)の私達もあまりよくは知らされていないのですが、綺麗さっぱり解隊(かいたい)されたようですよ」


 そう、それなら良かった。みんな有事の際の取り決め通りにやってくれたってことね。ということはそろそろ……。


「……それと、これは社長からの伝言です。“機を見て、業務を再開してください”と」


 社長……あのおじさま、まだ働かせる気なのね、この妊婦を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ