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見せますが何か  作者: 飯田橋 ネコ
第三部
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第六話

 10月りゅう座流星群。ジャコビニ・ツィナー彗星を母天体とするこの流星群は、1926年以前の観測記録のない比較的若い群である。1933年と1946年には1時間あたり12,000個を超える大規模の流星嵐を起こしているものの、それ以外の年の活動は低調に推移しており、他のメジャーな流星群に比してその存在感は薄いものだった。

 この年のりゅう座流星群が後世に語り継がれることとなったのは、概ね次の出来事に依る部分が大きい。6.6年という短周期で回帰するジャコビニ彗星の核から分離し、楕円軌道上を遊弋していた推定長径150mの岩塊が、秒速20kmで落着した北米大陸イエローストーン地区の地表部は直径1.6kmにわたり崩壊。地下5kmまで上昇していた1万k㎥のマグマだまりは、これまで数万年かけて徐々に侵食してきた地殻の圧力の一部を突如として失い、その均衡をとるため構成物質の約1%を気化させ、体積の急激な増加を始めた。

 岩塊の衝突により形成されたばかりのクレーターと衝撃波で薙ぎ払われた広大な森林が20m以上隆起し、無数に生じた地割れから地下へと浸透した川や湖の水が上昇してきた気化マグマの先端と触れ合い、総面積9000k㎡のイエローストーン国立公園全体を爆散させたのは米国山岳部標準時10月8日午前3時のことだった。

 成層圏界面まで貫入する巨大な噴煙が立ち上り、高度200mを超える厚みと数百℃の高熱をもつ火砕流が、時速100kmを超えるスピードで全ての方位へ溢れ出し、ワイオミング州、アイダホ州、そしてモンタナ州を覆い尽くし、数時間のうちに300万人以上の犠牲者が出たものの、この有史以来最悪の災厄のほんの入り口に過ぎなかった。

 数億ギガトンに及ぶ大量の噴出物がジェット気流に乗って東進し、ミシシッピ川沿いの世界有数の穀倉地帯を厚さ数メートルの火山灰で覆い尽くし、東海岸の主要都市の機能を麻痺させ、遠く欧州まで到達するのに要した時間はほんの72時間。

 その僅かな時間のあいだに近代国家としての機能を喪失した米国は、西海岸の主要都市の生存者を集結し、新国家の樹立を企図することとなる。中華人民共和国の主導のもとシベリアの荒野を開拓して建国されるその国の首都、ニューワシントンは伯力(旧ロシア名:ハバロフスク)市に置かれ、開発は急ピッチに進められた。旧約聖書の出エジプト記になぞらえ“Exodus from America”と称されるこの大移動は、文字通り人類史上最大のプロジェクトであり、今後数十年にわたり続くであろう寒冷な気候下で、いかに食糧や燃料を確保するのかを模索する遠大な道程となった。


 国際連合の新本部が置かれた海参崴(旧ロシア名:ウラジオストク)対岸のルースキー島。たった1年の突貫工事で建設された地上70階建ての複合ビル3階の大会議場で総会演説を終えたばかりの周垓傑(しゅうがいけつ)国家主席と随員の一行は、世界各国から集まった首相や国王、国連代表からの万雷の拍手を背に受けながら退出し、廊下を控室へと歩んでいた。傍らに寄り添う秘書官からなにやら耳打ちされ、微笑みながら言葉を交わす主席の姿は、地球規模の大災厄に立ち向かうニューリーダーとして世界中へとリアルタイム配信されていた。


 3011会議室。中華人民共和国国連代表部が間借りする形をとりつつ実質占有している部屋の重厚な扉が閉ざされ、随員たちとも別れ、奥の執務室へと入る主席と秘書官。それまで頻繁に交代していた秘書官が、今の女性になってもう3年になる。私生活では開放的な性分の妻の出奔もあり、数年前に交通事故で一人息子を失っている男やもめの主席の次の相手としては家柄・経歴ともに申し分のない人物であり、その淡麗な容姿はしばしば外国メディアの取材の対象(ターゲット)となっていた。


「このような形で、本当によかったのかね?」

「まぁ、上出来ですよ、主席」

「……たしかに君の言う通りの展開になったわけだが、本当にこうしなければならなかったのだろうか?」

「いまさら後悔してみても始まりません。あの火山は数十年後には今回の数倍の規模で噴火していたのですから」

「本当にそうなのだろうか……」

「それを確かめる術はありませんわ、主席」


 ったくいまさらナニ怖気づいてんのかしらこのオヤジ? せっかく望み通りの立場に登れるようお膳立てしてやったってのに。大体からして私と私の一族の後ろ盾がなきゃ、党の中央政治局に列席することすら適わなかった国務院出の小役人なんだから……だから怖くなっちゃったのかしら?


「計画の全容を知るのは私と主席の二人だけです。お忘れですか? 制宙権の確保、軌道基地の建造、在日米軍と日本国の切り離し、ロシア核戦力の一掃とシベリアへの進攻、そして米国解体による豊富な人的・技術的資源の確保。いずれの作戦も主席が立案してそれぞれの部局を区画して下令されたものばかりですわ」

「君と話をしていると時折怖くなるのだ。私は人民を代表し、党を束ね、この国を導くためここにあるのだと、そう長いこと考えていたのだが……」

「人民のためですわ、主席。すべては30億の人民のためなのです」


 中国共産党を領導し、政策決定を行う事実上の最高意思決定機関、共産党中央政治局の中でもごく少数の委員にしか知らされていない機密事項。中華人民共和国が抱え、その生活を保証しなければならない人民の本当の総数をさらりと言ってのける秘書官。事実上人類(ヒト)の半分近くを占める巨大な民族をどうやって導いていくのか、その大問題の解決の道筋を示した周主席の手腕は高く評価され、対立派閥や政敵からも一目をおかれているものではあったが、ここ数年著しく進化したその政治姿勢や外交手腕の殆どは、主席の公にできかねる性癖や過去の不品行の全ての証拠を握り、その政治生命をいつでも断つことのできるこの秘書官の助言に依るものであった。


「……私はいつまでこの道化を演じていかなければならぬのかね?」

「私の気の済むまでですわ、主席」

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