番外編 子育て
まぁ手のかからない子だったわね。もっともあまり手をかける余裕もなかったのだけれど。
JICAのケニア地熱発電事業から帰国していたお父さんと結婚して、それから1年後に産まれた春香。ちょうど同じ時期に市ヶ谷地区への移転事業が立ち上がったので、産休4週間で桧町に戻らなくてはならなくて、でも体は元に戻っていなくて、結局お家と春香のことをお父さんに任せっきりにしていたら、ある日二人とも家からいなくなってしまったの。
最初は愛想を尽かされたのだとばかり思っていたのだけれど、何日かして夜中に電話がかかってきたの。プラントのシステムに不具合が発生したので急遽現地に戻ることになったんだ、ですって。現地って何処のことですか? って聞いたら、オルカリアなんて言うのでびっくりしてしまったの。生後5週間の乳飲み子を連れてどうやってケニアの奥地まで行ったのかしら? そういえば未だに教えてもらえてないわね。
それから一日の半分は練馬で、もう半分は桧町で過ごすようになった春香。女性の幹部自衛官がまだ珍しい時代に、託児所などあるはずもない桧町27号館脇の仮設事務所に出入りして、目黒・朝霞・大宮・霞ヶ浦そして十条各地区への施設移転、そして首都近郊部隊の再配置に向けた準備を手がけるわたしの横で、ミルクを飲んだり楠語でおしゃべりしたり眠ったり。
防衛施設庁から来ていた同僚が面白半分にいろいろなコトバで話かけていたら、ある日突然“あちゃか!”なんておしゃべりしてまたびっくりしてしまったわ。
春香が小学校に上がる頃には移転事業も本格化して、プレハブの仮設事務所にも「移転工事局別室」なんて立派な名前がついたのだけれど、仲間内では「庁立桧町保育園」なんて呼ばれていた。まぁこの事務所に配属された婦人自衛官がどんどん子供を産んで連れてくるようになったからなのだけれど、施設庁とはだいぶ揉めたわね。
神聖な職場にこんな小さな子どもを連れてくるとは言語道断!! なんて熱り立つ局のお偉方に、
「そんな神聖な職場に来て偉そうなコト言うヒマあるんだったらその泣き喚いてる子供にミルク飲ませてあげてくれません!? こっちは十条の用途地域変更やら市ヶ谷の埋蔵文化財やらで全然工程が進まなくてロクに帰宅も出来ないんですからねッ!!」
ってお願いしたらミルク飲ませてくれた挙句にホントの保育士さんまで配置してくれてマジ助かったわ。やっぱ防大出のエリートさんは伊達じゃないわね。
……結局定年を過ぎても当時と大して変わらないテンションで仕事をしている上に、春香まで似たような雰囲気で同じような職場にいるの。親としてはもっと女の子らしい職種を選んで欲しい気もあったのだけれど、なかなかうまくいかなものね。子育てって。




