第十話
<外地情報隊4課別室 中東・アフリカ班>
「じゃ、あとよろしく、お疲れ様でした〜!!」
この情況下でもきっちり定時であがる柳司令。管理職たるもの率先して定時退隊を心がけるべし、なんて言っているけれど、あの物量の事務仕事を平然と定時で片付けるんだからやっぱり只者じゃない。
しかもその事務仕事の合間にこの別室を徘徊しながらちょいちょい情報を集めて全体像を組み上げて情勢分析とか危機予測シナリオとか対抗手段とかひょいひょい作っちゃうんだからもう意味がわからない。
前から居る杉山さんなんかは、「あぁやってストレス発散してるのよ、あのヒトは……」なんて気にもかけてないし、袖島さんは「ああいうタイプのヒトの脳ってクジラみたいなものなんです。情報目一杯与えて処理させ続けないとダメなんですよ……」とか余計にワケわからなくなるコトを言っている。
最近出向してきた巻島三佐は「……ココってどういう部隊なの? なんであんなおもちゃ箱ひっくり返したみたいな性格のヒトが司令やってるのよ??」って結構本気で悩んでいたけれど、今のところあの司令を一番うまく手なづけているのは三佐だと思う。
私は……なんなんだろ? 確かに国を守るって仕事とは程遠い部隊でずーっと画面見続けてきたから、ここの部隊のほうがまだ自衛官をしている実感はある。でも司令みたいに仕事と女としての人生を、どちらもバランスよく器用にこなしていく姿を見ていると、私なんかまだまだ半人前だなぁって思う。
まぁ、およそ定時で終わらない物量の仕事を部下に押し付けておいて、
「だって管理職って残業代出ないし〜、そもそも私時短勤務だから勤務時間墨守しなきゃいろいろとマズいのよね〜」
なんて言いながら定時ジャストに飛び出していくのはどうかと思うけれど、その様子を伺って他の課員もおおかた19時くらいにはあがっていくから、結局今日もわたしひとり取り残された……。
……そういえば。
このあいだ司令に頼まれた挙句に忘れ去られてた宿題。タンザニア奥地の開発状況の推移。ここ数年、中国系の企業が凄まじい規模で資本投下をして急ピッチで炭鉱や鉱山の開発が進む一方で、まるで取り残されたように手つかずのエリアがあった。
ためしにIGSのHISUI(Hyperspectral Imager SUIte=石油資源・鉱物探査センサー)画像を重ねてみると、レアメタル系の金屬鉱床の分布予測域なのに炭鉱がぽつんと一つあるだけ。いまどき石炭液化プラントなんて採算がとれないと思うのだけれど、ダルエスサラームまでのパイプラインに接続してるところを見るとまともに操業してるみたい……って、これおかしくない?
衛星写真とセンサー画像のレイヤーを重ねた状態で観測域全体のタイムスライダーを前後させると、周りのエリアの掘削施設は月単位で開発が進んで幹線道路に接続したり付帯設備が増えたりしているのに、この炭鉱だけはそうした動きがない。やっぱり採算がとれなかったのかなぁ? そのわりにはプラント脇の滑走路だけはどんどん立派になってるし。
……なによこれ。
炭鉱の地下100mに円形の地下空間ができている。坑道にしてはあまりに綺麗な真円。そしてその円から東側に線が伸びて地表につながっている。まるで素粒子の加速器みたいね……って直径10kmもある。研究施設か何かかしら?
「この施設、赤道直下にあるじゃない……!」
まずは司令に連絡。こういう場合は電話が一番。
「はい、ハルです」
ってなんか子供が出た。
「もしもし、あ〜、あ〜、けっこうです〜ごめんください~ ……ちょっとハル 何してるの!? ホントの電話で電話ごっこしちゃダメっていっつも言ってるでしょっ!! ……あーすいません、柳です」
「……樫木です。お取り込みのところ申し訳ありません」
「あ〜カシキさ〜ん!! どうしたの〜? って味噌汁〜!!」
「……まずは火を止めてきてください」
「ごめん! ちょっと待っててね〜」
ガチャッ、ゴトゴト、
「……もしもし、ハルです」
「こんばんは、ハルくん……」
「カシキさん、いっつもおめめあわせてくれないってママが……」
「ハル! ダメって言ってるでしょ!!」
「ママ! おさかなくろい!!」
「あ゛〜!! またやっちゃった〜」
もう、明日でけっこうです……
受話器を置く樫木の背後に急に湧き起こる気配。ディスプレイに映り込んでいた天井の蛍光灯が人影に遮られふっと消える。振り返る樫木の目に映る男の顔。腕に握られた鈍器が間髪入れずに振り下ろされる。




