第三話
<練馬区春日町五丁目17番35号 練馬区立春町保育園2Fちゅうりっぷ組>
さやちゃんはハルのことがすきなんだとおもう。このまええんていであそんでるときにものおきのうらでだっこしてきた。それからこうたくんはさやちゃんのことがすきなんだとおもう。おひるねのときにいっしょのコットにはいっておむねさわってあきこせんせいにおこられてた。
そういえばむかしこうたくんがじまんしてた。オレのママなまえがふたつあるんだぜ! って。よるねたふりしてるとパパとママがよくわからないことばでおはなししてるんだって。こうたくんがまねしてたけどホントによくわからないことばだった。たぶんがいこくのことばなんだとおもう。がいこくってとおいんだよね。ひこうきかふねでいくんだよね。ハルもいきたいなぁ、がいこく。
<練馬区春日町五丁目17番36号 エヌパーキング5番>
ルーフキャリアに脚立を載せた灰色のハイエース。脚立同様ペンキと傷にまみれたボディ。窓にはスモークフィルムが貼り込まれ、変形したスライドドアには薄れかけた“光が丘美装”のロゴ。運転席で居眠りする塗装工(棟梁)に助手席の塗装工(見習い)がスマホをいじりながらつぶやく。
「課長……俺たちこんなトコで何やってんすかね?」
「保育園の監視、だろ」
「……そりゃそうですけど、何でこんなコトやってんすかね?」
「群司令のご子息の身辺警護、だろ」
「こんなコトしる場合なんすかね? 市ヶ谷じゃ……」
「その市ヶ谷で起きてるようなコト、ここじゃ絶対に起こさせない、だろ」
「……そうすね」
「……まぁそれはともかく、次お前の番だろ」
「はーい」
ドアを開けパーキング入り口の自動販売機へ駆け寄る土橋三曹。見送る横山一尉は荷室に所狭しと積載された監視機器の微かなファンノイズにしばらく耳を傾け、つぶやく。
「……絶対に起こさせねぇからな」
<練馬区春日町五丁目17番35号 練馬区立春町保育園2Fちゅうりっぷ組>
「ママ〜!!」
ハルくんが両手をぶんぶんふりながら走ってくる。
「お〜そ〜い〜!!」
こうたくんも口をへの字に曲げて走ってくる。
「いつも同じコトで申し訳ないんですけれど、お二人とももう少し早めにお迎えを……」
なんて言うあきこ先生に頭を下げながら荷物とコットカバーを担いで自転車置き場へ歩いていく。こうたくんママのおウチは坂の上の方だからここでさよなら。ハルくんが一緒に帰るって大騒ぎしてるけど、そんなことやってる暇も気もないからさよなら。って思ってたらこうたくんママが自転車寄せてきた。
「今日はおばあちゃんの家に行くからこっちなの〜」
近所に祖父母がいるのによく認可園入れたわよね……なんて思ってても口に出さないのがママ友のたしなみ。
「保育園メールみました? また不審者ですって〜」
見ましたよ。ホントごめんなさい。多分また5課の監視員ですわ。いくら防諜のスペシャリストったって中年男が昼下がりに住宅街うろついてたらタダの不審者よね……なんて口が裂けても言えないから、
「こわいですよね〜ホントに……」
とか適当にお返事するしかないのごめんなさい。
さいきん市ヶ谷勤めのヒトたちがホントに家族ごと消えてるの。こんな物騒なご時勢じゃいくら末端の窓際部隊偽装しててもいずれは狙われる。専守防衛なんて原則、情報機関じゃ通用するハズもないのに、それ墨守しなきゃならない私達は端から勝ち目のない部隊なのかもしれない。戦争は始まっているのに。少なくとも東京では。




