第二十八話
「……この理論を提唱した技術士官、明といったな。今はどうしているのかね」
「アフリカの、例の輸送基地で司令職に従事しております。現地の政治委員によれば“才能と給料のムダ遣い”ではないか、と」
「結構。わかるかね? あのような才能は諸刃の刃なのだよ。中央にいればそれだけでゲームの手駒にされかねない。君の好きな政治ゲームの、な」
「少将。お言葉ですがあの異才を手駒にされているのは少将ご自身では?」
「かつて私が発掘した人材だ。問題でもあるのかね?」
「そのわりには扱いが随分と……」
「いいかね? 優れた才能は不断の努力や時間的な制約といった俗世的なストレスからは切り離しておくべきものなのだよ。僻地で閑職につけておけばこうして新しい理論を導いてくれたりもする」
「“大気圏内における超音速衝撃波の低減”ですか。確かにこの理論は既存の航空戦略を根幹から覆す可能性が……」
「その通り。ステルス機といえどもこれまでは“聞こえて”いたからな。戦闘機だけではない。ミサイル、ロケット、そしてこの基地から打ち上げられる対衛星弾。空を飛ぶモノ全てに共通する最大の障害だった衝撃波がこれほど簡易なシステムで無効化できるとは……。まぁ当の本人は基地騒音の低減策くらいにしか考えていないのだろうが」
「まさか、そんな……」
「君もいずれヒトの上に立つつもりであれば覚えておきたまえ。天才とは得てしてそういうものだ。それをどう使いこなすかで将たる者の器が決まるのだよ」
「……心得ておきます」
にしても……。政治委員が辞去した執務室で中国人民解放軍戦略支援部隊喀什基地司令馬少将は窓の外を見やった。中国国家航天局の天山衛星追跡ステーションとして建設された広大な施設内には、巨大なアンテナ群を擁する通信設備や口径10mの光学望遠鏡4台で構成されたVLT(Very Large Telescope
=超大型望遠鏡)システムが並び、地下50mに建造された対衛星砲の照準装置として機能するようになっている。6年前、重慶の中国人民解放軍後勤工程学院に提出された一編の論文から始まった軍事プロジェクト「神雷」。新理論に基づく超々高出力レールガンを中核とした衛星邀撃システムにより、これまでアメリカとロシアの聖域だった高度100km以上の制宙権を取り戻す第一段階は完了し、作戦はタンザニアの大質量軌道投入システムによる高軌道要塞建造の第二段階に駒を進めていた。先週の大質量弾の試射により、アジアの駐留米軍の指揮通信網に壊滅的な打撃を与えることに成功し、これまで“天山の金食い虫”だの“半世紀遅れのSDI(Strategic Defense Initiative=冷戦時代のアメリカの戦略防衛構想)”だの散々な言われようだったプロジェクトもようやく軌道に乗り、馬は少将への昇進を果たしていた。
先刻北京から届いた指令書には“本番”に向けた作戦要綱が記されていた。この時世にわざわざ連絡員が空軍機で持ち込んだというのだから微笑ましい時代錯誤ではあったが、その内容は前時代的な大言壮語の類だった。
「戦とは相手が居て初めて成立する外交の一手段だと思っていたが、これではもはや戦とは言えんな……」
大洋が、大空が、再び若者たちの血で染まり、大地が飲み飽きるまで続くこれまで幾度となく繰り返されてきた営み。しかし此度の戦は違う。
天山山脈に沈む陽の影が基地の建造物を嘗め尽くし、執務室へ滑り込むその時まで、馬は沈思黙考していた。今後こうした時間を過ごす贅沢は許されないだろう。




