第二十二話
やる気のない梅雨前線のおかげでおだやかに晴れ上がった空の下、ハルくんがおともだちと手をつないで横断歩道渡ってる。びっくりするくらいの距離歩いて着いた公園で元気よく走り回ってる。転んじゃっても全然泣かない。また元気に歩いて帰ってきてお着替えして脱いだ服きちんと畳んで手まで洗ってる。ちゃんと椅子にお座りして自分でスプーン使ってきちんとご飯食べてる……。
三角巾にマスクなんて傍目に見たら完璧不審者な格好で徒党組んで遠巻きに眺める2時間。“こどもたちのいつもの姿をご覧頂くために皆さん保育士っぽい姿に変装してくださ〜い”とか言われてこの格好なんだけど、マスクの中で鼻啜りながら(花粉症なのよ、スギの)思う。いつの間にこんなに大きくなったんだろ? っていうかお家のハルくんと全然違う。あきこ先生は“ハルくんこの頃なんでも自分でできるようになりましたよ〜”なんて言ってたけど、話半分に聞いてた。ホントごめんねハルくんも先生も。
お昼ごはん終わるとお昼寝タイム。保護者の私たちは午後2時の保護者会までランチタイム。春日町の駅まで出て新しくできたカフェに入ってみる。前から行きたかったけど全然暇なかったのよね最近……。
「ハルくんママっておいくつなんですか?」
パスタ器用に食べながらさやちゃんママが聞いてくる。最近ハルくんがよく“きょうね、さやちゃんがね……”ってお話してくれるけどこのヒトがママなのね。送りもお迎えも全然時間帯違うから今まで会ったことなかった。
「38ですよ」
「……え」
まぁ背低くて童顔だからよく勘違いされるけど何も絶句することはないわよね。
「ハルがいつもお話ししてくれるんですよ、さやちゃんと遊んだとかいろいろ。仲良くしてもらってるみたいで〜」
「こちらこそ〜、さやもよくお話してくれます〜」
毎回思うんだけど保育園のママさん同士の会話ってホント子供軸に展開しがち。しかもお互いを子供の名前で呼び合うとか普通じゃなかなかないコトよね。そういえばさやちゃんママの名字忘れた……。
「ハルくんママってどんなお仕事されてるんですか?」
こうたくんママが聞いてくる。お迎えの時間によく会うのこのヒト。いっつも18時半ギリギリ。お互い汗かきながら自転車漕いで滑り込む仲間ママ。苗字は寺井……だったかな。
「しじょ……」
“ズンッ”
窓の外に光が走る。床に震えが伝わり僅かに遅れて低い音が轟く。ほぼ同じタイミングでハンドバッグの中で震えだすスマホ。いったいなんだってのよ!? しょーもないありきたりな迷惑メールのわけのわからない文字化け部分がインストール済みの復号アプリで瞬時に変換される。
機密
121503JST(Japan Standard Time=日本標準時)
発:防衛省情報本部統合情報部
宛:防衛省情報本部所属全隊
一 沖縄本島中部で大規模な爆発が発生。
二 嘉手納地区が壊滅の模様。
三 初期評価:大気圏外からの落下物によるものと推定。
弾道弾ならびに核兵器使用の兆候は確認できず。
四 所属全隊員は直ちに帰隊せよ。
以上
沖縄? じゃぁコレは何なのよ? 窓の外には青空に突き上がるどす黒い煙。あれって職場の方角じゃない? 騒然とし始めた店内。呆然としてるさやちゃんママとこうたくんママに“ごめん! ちょっと職場から呼び出し……”とか言ってお会計してママチャリ鬼漕ぎで急ぐ駐屯地。
いつもの用務員さん用出入り口にはいつもはいない警衛さんが小銃持って歩哨してた。集まり始めた野次馬さんたちかき分けてパス見せて入ろうとしたらきっちり敬礼されたけどつられて答礼なんかしないからね。
とりあえず辿り着いたいつもの別室(いちおう群司令のお部屋もあるんだけどこっちのほうが居心地いいのよね)。いつも以上に大騒ぎしてるけど基本的にはこのお部屋の相手って海外なのよね。
「状況は?」
巻島三佐(外地情報隊第4課別室室長心得 航空自衛隊警戒航空隊より出向中、っていうか乗り物酔い酷くてE-767乗務から外されてたのを先月一本釣りしてみました)さんに聞いてみる。
「となりのサウスキャンプで爆発。現在状況確認中です。」
「で、どうして歩哨が出ているの?」
「……嘉手納、横田、それから三沢の姉沼通信所、他にも数か所で爆発を確認。在日米軍はDEFCON2(Defense Readiness Condition 2=最高度に準じる防衛準備状態)。第一師団長は第3種非常呼集を発令。間もなく統合幕僚監部でJTF(Joint Task Force=統合任務部隊)の編成が始まります」
「そう、それで」
「……JADGE(Japan Aerospace Defense Ground Environment=航空自衛隊自動警戒管制システム)の初期評価は“隕石群”ですが、レーダー解析の結果落下軌道に不可解な点があると」
「どういうコト?」
「大気圏内で軌道要素が二回変化している、そうです」
「……終末誘導可能な隕石なんて聞いたコトないわよ」
「わたしも、です」
「司令!」
朝鮮班の杉山さんがスクリーンの一角指差して騒いでる。っていうか未だに呼ばれ慣れないこの呼名……。なんでしょうか? ってナニよコレ?
BTV(China Beijing TV Station=北京電視台)に切り替えたパネルには興奮気味に捲し立てるアナウンサー。ウルムチ市に隕石が落下して市民に多数の犠牲者が出ているとのコト。新疆ウイグル自治区の首府に“落ちた”って、潜在的な脅威の排除と自分も被害者面できるってコトで一石二鳥〜!! 的なアレじゃないでしょうね? なんか淡々と報告聞いてたけどだんだんイラついてきた。これって、この状況って、先月の脅威評価会議(DIHのお偉方への定例報告会 まぁそういう集まり 察して、ね)で報告した予測シナリオCのパクリじゃないの!?
「司令って……預言者かナニかですか?」
まぁ所詮人間の考えるコトだから大方予想はつくけど、それにしたってあまりに早すぎる状況展開よね……。
スマホが震える。画面には“春町保育園”からの着信表示。あ゛保護者会忘れてた! っていうかお迎えどうするよ!?
E-767=航空自衛隊の早期警戒管制機
サウスキャンプ=埼玉県和光市南2丁目の米軍放送送信所




