第十五話
どう見てもうだつの上がらない中年男子が出合い系でひっかかって謝罪しながら金せびられてるようにしか見えない昼下がりの店内。春先なのにムダに暖房効かせて西日まで差し込んでるからまぁ普通ならウトウトしがちなんだとは思うけどそこまできちんと出来てる要員は半分ってとこね。ため息混じりに見回してからちょっと文句。
「そこまでお話して頂けるってことはこのお店ちゃんと調べたんでしょうね」
「まぁ、そのあたりは抜かりなくやってますよ。お仕事ですからね」
「山下さん、あなた自身はどうなの?」
「まぁ、ご覧のとおりなキャラでやってますからね、六本木だってこんな下級事務官に監視をつけるほどの資産はないでしょう」
「って、そんなに動きまわってるの? あのヒトたち」
「今や世界の超大国ですからね、物量じゃとても敵いませんよ」
「ここ、いちおう日本でしょ……」
「時々確認したくもなりますよね、この稼業をやっていますと……」
「……そんなに浸透されてるの?」
「まぁ、お恥ずかしいハナシですが、当時のあなたのようにかたくなに民間の通信手段を使っていた要員だけが生き残れたという辺りからお察し頂ければと」
「あんなに税金つっこんで上げた衛星までハッキングされてたってこと?」
「といいますか市ヶ谷自体が、ね」
「……笑うトコ、よね」
「それくらいの余裕は持ちたいものですよね、お互い」
とりあえず頼んだそれなりにおいしいコーヒー(100円なのにスゴイわよね)飲み干して山下さんから100円貰ってお店の外に出て1ブロック歩いてみる。尾行確認くらいは体が覚えてるからまるで世話なし。にしても今更現役復帰だなんてできるのかしら? 育休3年間ありがとうございましたってコトなの? だいたいからして母さんが市ヶ谷勤めとか初耳もいいトコよ。いくら区画化が大事ったって家庭内で38年間偽装とか聞いたこともないわよ!!
100円玉貰った時に一緒に貰った紙片には母の字でこう書いてあった。
「現時刻をもって全ての偽装を解除します。明0900原隊に復帰。1400本部に出頭せよ」
数刻後。山下が店を出て行くと、店内に座っていた男たちも徐々に出て行く。やる気ゼロな時間つぶしの営業マン二人連れ、ラクな現場で長めの昼休みな塗装工、競馬新聞を睨めつけながらラジオのイヤホンを弄ぶ白髪交じりの初老の男などなど。春香が見抜いた人数の倍以上の要員達が三々五々散っていく。営業マン(部下)が営業マン(上司)に尋ねる。
「……5課総出で接触とか、なんなんスカあのねえちゃん?」
「お前は知らない世代か……ああ見えて三佐で育休入った外地情報のエースだぞ」
「……あんなにちっこくて、かわいい顔なのに?」
「おまけにバツイチのシングルマザーだ」
「……佐官なんてナニしたんですか?」
「防大のエリートのハズなのに偽装で一般大学にも通わされて、在学中から朝霞の準備室出入りしてて衛星写真解析じゃ専門家クラス。おまけに大学四年のときにバックパッカー装って中東からアフリカあたりまで隈なくフラフラしてあの辺りの言語全部マスター済みな上にあの見た目だ」
「……なんなんスカ? それ」
「タンザニアで展開してた作戦じゃNGO職員装って現地要員の活動仕切ってたらしいぜ。さすがにあんまり詳しくは知らねえけど、あの無残な結果に終わった作戦でただ一人六本木に尻尾掴ませなかったってハナシらしい」
「……そんなんタダの天才じゃないですか」
「その天才が次のボスってこと」
「……え?」
「それくらいわかろうよ、お前もいい年なんだからさ」
マクドナルド西新宿店の向かいの雑居ビルの脇に一台のバンが止まっている。運転席の後ろに引かれたカーテンの後、目張りされた窓の内側の薄暗い空間に機材と共に詰め込まれた3人の男。
「いつもの接触訓練、だな、これは」
「ホント、いつもおんなじパターン。情報保全隊5課が無能なのはいいけど、監視する方の身にもなってほしいもんだよな」
「……あの女は何なんだ?」
「いちおう録音聞いとくか」
“……ピロリ!!ピロリ!!ピロリ!!”
「……ったく、あのポテトのフライヤーの音、なんとかなんねえのか」
「なんかアレ聞いたら腹減ってきた、マックでも食うか」
「おまえ……いいコト言うな、じゃ、移動よろしくな」
「明白了」
走りだしたバンの車種・ナンバー、監視装置の種別、運転手の人相などをまとめ競馬新聞に赤鉛筆でメモしながらため息混じりにつぶやく初老。
「六本木は使えねえ若者寄越すは、次のボスは子持ちの姉ちゃんだは、いったいどうなっちまってんだ? まぁ……どうでもいいか、もうすぐ定年だし、な」
区画化=情報機関の作戦行動において、要員を互いに隔離運用し、
彼に拘束された場合に漏洩する情報を最小化する原則
明白了=了解