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拝啓 愛するご主人様 ~従魔からの手紙~

 お元気ですか?こちらは変わらず元気です。ご主人様の大好きだったふさふさ尻尾も、元気にふさふさしています。今日は、慣れないながらも頑張って、初めて手紙を書いてみています。ご主人と出会った日のことから、僕の前からいなくなってしまった日のことまで。これまでの、楽しかった出来事を思い出しながら。


きっと届くことはないと思うけれど、届くといいなと願いながら。



 ご主人と初めて出会ったのは、僕がまだ赤ちゃんだった頃でしたね。まだ物心ついて間もない頃でしたね。育ての親である犬飼いのおじいさんに連れられて、同じ年の生まれの友達たちと一緒に初めて町へと出てきました。見るものすべてが新しくて、お日様も輝く木々も、人々の喧騒も、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような騒々しさに、僕はワクワクしていたことを覚えています。


 ごった返す人族の数人がおじいさんとお話している横で、僕は色んなものが楽しくて、あっちへきょろきょろ、こっちへきょろきょろ。まだそんなにふさふさじゃなかった僕の尻尾も、興味津々にぴこぴこ動いていました。そんな途中に、ひとりの人族が僕の前に座り込みました。僕が、なんだろう?と首をかしげてみると、かわいいと褒めてくれて、頭を撫でてくれて、抱きしめてくれました。それが、ご主人との出会いでしたね。


 ご主人はまだ駆け出しの狩人で、そのころは剣士のおじさんと、魔法使いのお姉さんと、盗賊のお兄さんとの四人パーティーでしたね。覚えてますよ、だって、犬飼いのおじいさんから僕を引き取るときに、手持ちが足りずにお三方からお金を借りているのを見ちゃいましたから。大笑いのおじさん、呆れた様子のお姉さん、文句を言っているお兄さんとご主人のやり取りを見ながら、楽しい人だなあって思ってたんです。ご主人は、子どもだった僕がそんな昔のことを覚えているなんて思わないでしょう?もしこの手紙を読んでくれたらどんな顔をするのかな、ちょっと楽しみです。


 それからご主人と僕は、どこに行くのも一緒でした。草原に、森に、山に。狩人だったご主人は多くの獲物を求めてたくさんの場所へと赴きました。僕はご主人について行って、狩りのお手伝いをいっぱい頑張りました。駆け出しの狩人だったご主人も、見たことのない景色に驚き、笑い、時に涙しながら、本当に楽しそうに冒険していましたね。僕はたくさんの景色よりも、ご主人の表情の移り変わりを誰よりも近くで見ていられる、ご主人の感動を一緒に感じることができるということが、とても素敵だなあって思っていました。もちろん、いろんな場所に行くのも楽しかったですけどね。


 そんなご主人が一番驚いて、喜んでくれたのは、僕の三回目の進化の時だったのかなと思っています。小さな頃のリトルウルフから始まって、草原の戦いに慣れた頃にワイルドウルフに進化して、二匹目のエリアボス、森の賢者を討伐した時にグランドウルフになって。そして三回目の進化は、ご主人がイベントクエストと言っていた戦いの最中に起こったのでしたね。あれは雷を纏う大狼との激しい戦いでした。


グランドウルフになって多少の魔法は使えても雷の大狼には歯が立たず、絶望的な戦いだったことを今でも覚えています。そんな中でもご主人は、不敵に笑っていましたね。何度雷をくらっても、大きな爪や牙で傷つけられても、決して諦めず果敢に矢を放っていました。そんなご主人が眩しくて、何もできない自分がふがいなくて。


 ああ、ご主人を傷つけるあの敵に一矢報いたい。それが出来なくても、せめて貴女から奴の雷を、牙を退けたいと強く思いました。貴女の矢になれずとも、盾になれたらと強く願いました。


その時でしたね、僕の体は雷の大狼に迫るほど大きく頑強に、たてがみも尻尾もよりふさふさに。額には暗銀の立派な角が鈍く輝く、大地の加護を受けし人狼、ガイアウルフへと進化したのは。


 ガイアウルフは魔獣であるウルフからさらに力と知恵を得た亜人、エレメントウルフと呼ばれる存在のひとつだというのは、以前ご主人を一緒に行った王立図書館で調べていたためすぐにわかりました。ご主人が「亜人に進化出来たらたくさんお話できるのにね」と言ってくれたのがうれしくて、絶対亜人に進化してやるぞと決意したことを覚えていたからです。大地属性の魔法を自在に扱い、近接戦闘と耐久に優れた前衛向けの種族。獣形態は大きな体躯の狼で、人化をすれば人族を基準とした年相応の見た目になり、耳と尻尾に狼の名残がある獣人となるのです。僕はその頃人族でいうと十二歳くらいだったので、小さな体で見た目に見合わぬ力と素早さを持っていたことでしょう。


進化してすぐに僕は、ご主人の盾になるべく雷の大狼に突貫しました。雷属性の天敵である大地属性の術を使い、敵の技をすべて受け、ご主人の放つ大技を助けました。そうして活路を見出したご主人と僕は、何とか雷の大狼を討伐することに成功したのでした。


 戦いが終わって座り込むご主人のもとに、僕は早速人化して駆け寄りました。人化すれば、人族の言葉を話すことができます。読み書きは習わないとできませんが、お話する分には問題ないのです。僕は、ずっと言いたかった言葉をご主人に言いたくて駆け寄りましたが、ご主人は僕を見上げてぽかんとしていましたね。そこで僕はちょっとだけ、不安になったのでした。


 初めての人化で、僕は何か変になっちゃったんでしょうか。ご主人の嫌いな見た目になっちゃったんでしょうか。ちゃんと尻尾はふさふさですが、以前の尻尾のほうがよかったのでしょうか。そんなことを思っていると。ご主人が一言。「女の子だったんだ……」って。今までずっと一緒にいたのに気付いていなかったなんて!僕はびっくりして、尻尾もぴーんとなってしまいました。それからなんだか可笑しくなって、ご主人と一緒にたくさん笑いました。そして少し落ち着いてから、僕はご主人様にギュッと抱き着いたのでした。今まではくんくんしたりぺろぺろしたりしかできなかったご主人は柔らかくて、なんだかお母さんみたいで、お姉ちゃんみたいで、不思議と安心する感触だなあって思いました。そしてずっと言いたかった言葉をいうと、ご主人もギュッと抱きしめ返してくれたのでしたね。喜んでくれてよかったって、ほっとしたことを今でも覚えています。



 それからはご主人に文字を教えてもらったり、一緒に買い物に行ったり、かわいいお洋服を着せてもらったり、美味しいお菓子を食べに行ったり、狩り以外のこともたくさんするようになっていきました。その頃にはご主人も立派な狩人で、僕と二人なら倒せない敵はいない程でした。でも、それ以降は二人だけで狩りに行くことが少なくなっていったのでしたね。



 凄腕の狩人となったご主人はたくさんの人に弓を教え、いろんな人と戦いに行くようになりました。自分より弱い人と狩りに行くときは、僕がついていくとカジョウセンリョクになるとかで、大体はお留守番係をしていましたね。おうちを守るのは立派なお仕事で、きちんと仕事をしていれば、ご主人は色んなお土産を持って帰ってきてくれました。ただいまというご主人に、おかえりといってギュッと抱き着く。それがお留守番クエストの完了報告でした。そのあとに達成報酬であるお土産を貰えるのです。今でもしっかり覚えていますよ。




 それから、ご主人は段々と遠征に行くことが多くなりました。リアルという国のダイガクというところが大変忙しく、ソツギョウロンブンとかいうクエストがなかなか終わらず、それと並行してシュウカツという敵を倒さなければいけないと言っていましたね。たまにふらっと帰ってきては僕と一緒にお菓子を食べて、ゴロゴロして、また遠征。会うたび疲れた顔をしているご主人を見ると、そのクエストについていけない自分がふがいなく、とても悔しい思いをしていたのです。残念なのは、このクエストが人族限定であること。僕のような亜人は、一緒に行けないというのです。お会いするたび、送り出すたび、頑張れの気持ちを込めてぎゅーっとしていたこと、気付いてくれていたでしょうか?




 最後にお会いしてから、もう随分経ってしまいましたね。ご主人は最後に「ソツロンもシュウカツも倒して時間が出来たら、また絶対会いに来るからね」と約束してくださいましたので、いつお帰りになってもいいよう、おうちは毎日掃除して、自慢の尻尾もふさふさにして、帰ってきたご主人にぎゅーっとする準備は万端にしておまちしています。ご近所づきあいも良好です。そして、お帰りになったご主人へ、お伝えする言葉の準備も万端です。ですけど……




 やっぱり、ちょっぴり寂しいです。ちょっぴりじゃないです。いっぱいいっぱい寂しいです。最初に、元気ですって書いた尻尾も、実はしょんぼりしています。



 ご主人に会いたいなあ。ぎゅーってしたいなあ。



こんなこと言うと、ご主人が困っちゃうのはわかってます。お仕事中なのもわかってます。


弱音を吐くのは、この手紙の中だけにします。これからも、いい子で待てます。



 僕はご主人を待つことしかできないけど、だから、ずっと待ってます。



貴女と過ごしたこの家を、貴女と過ごした時のままにして。


ちゃんと笑顔でお迎えします。お留守番の完了報告も忘れません。


貴女に一番伝えたい言葉。


おかえりなさい と だいすき が言えるようにしておきます。




 最後に自分のことばかりでごめんなさい。この手紙はきれいな瓶に詰めて、外つ国にいるご主人に届くよう海へと投げたら、今日もお掃除頑張ります!


それでは、また会える日を楽しみにしています。





                              貴女の従魔 ガイアウルフのポチより

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