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青い世界と、きみが  作者: ひろい
それは序曲であり、単なるはじまり
9/61

#08

 以上がベヒモスの塔が崩れてからのぼくの近況であり、そして関わりあうすべての人間だった。六人。三ッ乃未由。要一。岸辺江梨。鶫沙紀。斡桐刀耶。そして、圭子さん。これら以外の人間とぼくは、関わりあわない。知らない。ぼくの世界は、ここで完結していた。閉じていた。

 だけど一つだけ、いつも気がかりなことがあった。

 一人、足りない。

 そんな感覚が、なぜかいつもついて離れなかった。なぜかいつも、そんなことを思っていた。別段ぼくはつるむというタイプではない。事実この六人にも、共通点などは無い。それぞれの場所で、個々に会い、接触していた。話す内容などもバラバラ。だからみんなを一括りなどには出来ない。だから足りない、という感覚はおかしいのだ。

 この感覚はなんなのか、説明する術をぼくは持っていなかった。



 二週間だった。そんなものかと思った。

 楽園はその、機能を、停止した。

 ベヒモスの塔が崩れてから今までの生活は、それほど劇的に変化したというわけではなかった。ただ、食べ物が温かいものから保存食に変わったり、水の使用量に規制が掛かったり、新しい服の配給が週に三着から一着になったりはした。その間復旧に向けて行われたと思われることは、ベヒモスの塔の残骸撤去作業だけだった。

 街はなにも、動いてくれないのか?

 この意見もひどく他人任せな、無責任なものだとは思うけれど。いくつかの瓦礫のみが散らばったそこには、もう何もなくなってしまっていた。そして、それまでの貯えも消えてしまっようだった。

 まず、食料の配給が止まった。そして水も止まった。電気も来ない。服ももう、増えることはない。さらにそれは、病院ですらも同様だった。ぼくらに残されたのは、徐々に劣化していく住居のみ。いや、それと、そこに住む人間か。戦後、という言葉を思い出していた。瓦礫の山から、生きるすべを探っていく。そんな感覚だった。

 そんな危機的状況下でも、施設だけは機能し続けていた。学生たちはいつもと変わることなく決められた時間に集まり、相も変わらず それぞれの机に着席していた。視線を巡らせて、様子を伺う。みな、無表情だった。この異常事態に対して、何の感慨も浮かんでいないのか、浮かべていないのか。動かないパソコンと回らず警告を与えないモニターを、みんなじっと見つめていた。結局ここに来ても、やることはない。この生きるか死ぬかという状況で、学習などという副次的なものに費やす時間も余裕も事実、無いはずだった。

 それでも、ここに来てしまう。少し、考えた。他にやることもない。そう。それだ。仕事を奪われた人間は、いったいどうなるのか? 人は生きる際、その意味を考える。いわゆる生きがいというやつだ。それを無くした人間は、そののちの人生をどう生きていけばいいのだろうか? たとえばここにいる大多数。いや、それをいわなくてももっと身近で真に迫る例がここにいる。

 ぼくだ。

 毎日起きて食べて寝ること以外では、ここに来ることしかやることがなかった人間。そしてそのうちの食べることといわなかったが飲むことが厳しくなってきた現状、だけどそれを他人に依存してきたぼくには、すべきこと出来ることがない。よくよく考えれば、それは生きているといえるのだろうか? 生かされている、という方が正しいのではないだろうか? ならばこの状況。生きることと生きないことが同義となった人間は、いったいどうなるのか? それこそが、この破滅的状況ではないのだろうか?

 ぼくが生きていると、確認したい。

 青く、無気力なロボットしかいないその中、目に眩い黄色が日差しを反射していた。

「よ。未由、元気かい?」

 何度も繰り返した動作。そして、言葉。この時から、ぼくの時間が始まる。みなと同じようなテンプレートで動くのではない。ぼくオリジナルの個性と、そしてこの子のオリジナルの個性が織り成す。ぼくたちだけの物語。無様で滑稽で楽しく愛おしい、この時間。

 ぼくが生を実感できるのは、この時間だけだった。

「……なんですか?」

 目が眩むような、感覚。

 その反応には昔のような愛想など一切が、影を潜めていた。そこにあるのは露骨なほどの、不審げな表情。

 なにがキミに、そんな顔をさせるんだい?

「――いや、その。なんか最近、あんま調子よくないみたいだから、どうしたのかなって、思って」

「そうですか、大丈夫です、ありがとうございます」

 恐ろしく感情のともらない、順序だてられた硬い物言い。そしてぼくなんか一顧だにすることもなく、早足で去っていった。

 苦笑いをする暇すら、なかった。


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