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青い世界と、きみが  作者: ひろい
それは序曲であり、単なるはじまり
6/61

#05

「昨日、地震があったね?」

 ぴくん、とそれに未由の肩が震える。

「揺れ、ましたね」

 さらに、少し声が――硬い?

「……あ、うん。そ、それで、ベヒモスの塔も倒れちゃったし、未由の家は大丈夫だったかなぁ、って気になってさ」

 語尾が伸びる。やや、弱気になったため。予想以上の反応の理由は、なんなのか?

「……別に、大したことなかったですよ。わたしの家は丘の上にあるんで、そんなに揺れなかったし」

「そ、そか」

 流れる、微妙な空気。未由はいつもの嘲るような口調ではなくなり、するとぼくの方もいつものからかうような事も言えず、黙ってしまった。

 こんなことになるのなら、しなければよかったか? この話題。

「――そ。そういえば来週から、テスト期間に入るな」

 慌てて当たり障りのない、二人の共通の話題を切り出す。なんだっていい。別にこの子を、不機嫌にさせたかったわけじゃないんだ。ただ単に、話をしたかった、だけなんだから。

 いつもの居心地のいい、幸せな時間をと。

「……そうですね」

 それでも俯かれた顔は、上がらない。声も、いつものようには戻ってくれない。そしてその後はいくらどんな風に話しても、この子からなんらかのリアクションを得ることは、出来なかった。


 ベヒモスの塔とは、ぼくたちの生活の中心にあったものだ。

 その形は、まるでサイのような歪なフォルムをした、一種のオブジェといっても差し支えないものだった。地面から斜めに伸びるその姿からは、無数の角のようなものが生えていた。ある種竹の子のように見えなくもない。表面には苔のようなものも見受けられる。出入り口のようなものも、窓も一切見受けられない。人が住んだり運営したりどころか、そもそもの内部構造との行き来の手段が考えにくい。

 それがぼくたちが住む青い世界の中心に、聳え立つものだった。

 そこから全市民へと水道、ガス、電気、さらには食料、服飾品、さらには住環境や病院までのすべてを、賄っていたのだ。なにもかもがそこから発信、提供されてきたのだ。

 それが、倒れた。これからの混乱は、計り知れなかった。

 そして現状、世の中は事もなしだった。

「透さん、今日のご飯はこれしかないの」

 学習を終え、帰宅した472の食卓で差し出されたものは、保存食の缶詰だった。

 それはここで暮らし始めてから、初めての経験だった。

「ごめんなさいね……どうにかしたいとは、思ってるんだけど」

 いつも温かい家庭料理を提供してくれた圭子さんが、申し訳なさそうに謝る。

「いえ」

 それにぼくは、微笑みで応える。不満など、あろう筈がない。圭子さんは、よくやってくれている。

 悪いことなど、何もない。

「お前はこの青い世界に、満足してるのか?」

 三限目の休み時間。ぼくは不意に、声をかけられた。少しの動揺。久しぶりの感覚。ぼくは緩慢な仕草で、振り返った。

 そこに、要一かなめ はじめがいた。

「要……」

 呟く。それに要は、笑みを返すだけだ。昔からそう。こいつは必要最低限以上の言葉を話そうとはしない。必要な時以外、現れない。だから逆に言えばこうして現れたということは、今が必要な時だということなのだろう。

「久しぶりだな……どうしたんだ、とつぜん?」

 ぼくたちは今、いつもの教室ではなく、自習室にいた。西棟四階階段突き当りの教室で、広さはいつものものの三倍近くある。それに伴い在籍する生徒の数も、六十から七十人ほどいた。それでもかなりスペースは余っているが。それぞれにテーブルが割り振られ、デスクトップパソコンに向かって各々の学習を行っているという点は変わらないものの、前方の教壇の場所に据えられている回転式のモニターはいない。そのせいというかおかげで、まさに自習中という雰囲気が醸し出されている。だからといって他の生徒、というか六歳から八十台後半と思しき人物たちの態度が変わっているというわけでもないのだが。相も変わらず無言で学習を続け、よそ見するものすらいない。だからこそ席を離れ、ぼくの席に向かって片手と腰を下ろして話しかけている要の存在が、より異常に写る。

「質問に答えるべきだ、透」

 要はぼくの挨拶に取り合う様子はなかった。ぼくの数少ない友人の一人。たった二文字で済んでしまう名前というのも、貴重だと思う。凛々しい眉と口元に湛えられた笑みは自信を表しており、常に変わらない。

 いつも不満を、溜め込んでいるような男だ。

「満足だなんて……そんな難しいこと、オレにはわからないよ」

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