#04
ぼくは心の中で、様々なことを考えていた。ここで死んだら、ぼくはどこに埋葬されるのかとか、圭子さんがもし死んだならぼくはどこに行くのかなど。結局どれも似通った思考なのだと気づいたのは、完全に地震が収まって、周りを見回す余裕が出来たときだった。
おそるおそる、ベッドの外を見る。
部屋には、無数のなにかが散乱していた。尖っていたり、丸かったり、歪にデコボコしていたり。それがなんなのか、判別できない。まるでゴミ収集所を見ている気分だった。そのよくわからない瓦礫の山を掻き分けて、ぼくは進んだ。途中脛を切った。腕を切った。そこから血が出た。頭を打った。
そんな風にしてぼくは、窓際に辿り着いた。
街の様子が気になっていた。さきの地震は街に、どれほどの影響を与えているのか? もし施設がどうかなっているのなら、明日からの学習にも影響が出てくる。それに歩行者用エスカレーターに始まる街灯や公園などの各種設備の様子も気になる。ぼくは眼を、夜の街に向けた。
まず最初に、無数の灯りが見えた。どうやら電気系統に深刻なダメージはないようだった。もちろん完全にいつも通りではなく、いくつか消えているものも見受けられるが、それは全体からすれば微々たるものだ。この分なら歩行者用エスカレーターの方も大丈夫だろうと思えた。他には、最初に懸念された深刻な建物の倒壊などは――
赤い光。
気づいた。今まで見ていた視界の下方に位置する街の手前ではなく、奥の、高い場所。そこが――燃えている。どこかが、倒壊したのだ。目を凝らし、場所を確認する。
心臓が、止まる心地がした。
ベヒモスの塔が、崩れていた。
「…………な」
呆然と呟き、すぐさま、走る。瓦礫だらけの部屋を駆け抜け、ドアを開いて階段を下り、圭子さんと顔を合わせた。お互い、一瞬言葉を失う。
「あ、あら、透さん、こんばんわ。さ、さっき、大きい地震が……」
「ベ、ベヒモスの塔が……」
そのいつも通りの言葉に、いつも通りの返事を返せない。ただ今見たものを、無様に声にしていた。だけど言葉にすらなってくれない。
それに圭子さんは、
「ベ、ベヒモスの塔……が?」
苦笑い。歪な笑い。それは仮面。現実を、認めようとしていない。
仕方がない、ことだ。
「――――」
ぼくはそれに苦笑いを返し、奇しくも同じ表情だったことにさらに苦笑いを浮かべながら、玄関に向かった。ドアを跳ね開け、すぐ前のエレベータを呼び出し、乗り込み、下界に向かう。
外に出ると、無数の人影があった。
みな、顔が無い。まるで無数の黒子が蠢いているようだ。違う。そうじゃない。向こうに見える炎を逆光に、陰になってしまっているだけだ。そんな小高い影の、街の奥、それは夜の篝火のようだった。お祭りに集まった、人々の群れのようだった。
何が起こっているのか、わからなかった。
*
ドレスのようなひらひらの、肩口から無いノースリーブ型の純白のワンピース。なにもかもが支給品で固められた中、挑発的なほどの奔放さ。それがたまらなくぼくの心を捉えて、離さなかった。
次の日も、学習はいつも通り行われた。そして昼休み。
いつものように中庭にて、あの子が通りかかるのを、待っていた。圭子さんお手製の野菜サンドイッチを口にする。味がしない。圭子さんが悪いわけじゃない。料理が悪いわけじゃない。気にかかっていることに、体の神経の大部分が持っていかれてるだけだった。機械的に、もう一口。何も手につかない。学習も上の空で、回転式モニターから今日だけで五度の警告を受けた。警告は何度貰えば危機的状況に陥るのだろうか? 停学や退学などといった処分はありうるのだろうか? などといった詮無き事を考えながら、その時を待つ。
青い渡り廊下に、白い人影が現れる。
それを見たとたん、体が自然にそちらに向かっていた。何度も繰り返された動作。既に体の方が、それを求めていた。あの、似合ってんだか似合ってないんだかよくわかんないというか勿論外見としては背の低さとか肌の白さとか顔の造形とかで合ってんだけど中身としては微妙という意味での真っ白なヒラヒラドレスと、肩口辺りで揺れるゆるウェーブした黒髪。
「や。未由」
片手をあげて、笑顔を浮かべて。愛想は大事だ。こちらからまず、差し出さなければ。愛想が、欲しければ。仲良くやって、いきたいのなら。
「……なんですか?」
苦笑気味の反応。それが堪らなく可愛く、愛らしい。まるで懐きにくい、ペルシャ猫のようだ。呆れているのか――それとも?
それに早速ぼくは、持ち出したかった話題を振る。