#41
刀耶の家のドアノブに手をかけ、ぼくは固まっていた。
今更ながら、気づいた。これが初めてだった、ぼくが他人の家のドアを開けるのは。緊張する、いつもこのドアを開けてから、変化が起こった。ぼくは変化を望んでいないのに、変化はいつも向こうからやってくる。
その扉をぼくは今、自らの手で開けようとしている。
なんの為にだ? ぼくは考えた。考えた末出た結論は、部活動を再開させるため、一人で何もしない状態に耐えられないからだった。ぼくは明確な意思があってやっているわけではないと自分で情けなさに笑ってしまいそうになった。だけど一人きりなのは、楽園じゃなかった。
今はぼくしかいない。ぼくがなんとかしなくちゃ。
扉を開く。
「……刀耶?」
声をかける。部屋の中は、暗かった。何も見えない。部屋を見回す。相変わらずもののある気配はない。だからその質量に気づくために、さしたる苦労は必要なかった。
刀耶は部屋の隅で、膝を抱えていた。
「お、おい、刀……耶?」
刀耶を視界に捕らえながら、ぼくはこの部屋がこんなに暗い原因を目の端で探していた。刀耶が背中をつけている壁の上方の、窓が視界に入る。そこには分厚そうなカーテンが、日差しを完全に遮っていた。
「……なにやってんだよ、刀耶? そんなにカーテン閉めたら、暗いだろ……」
そう笑いかけながら、近づく。
ぼくはそれまで、やり直しがきくと思っていた。鶫のことはちゃんとみんなでフォローしてたし、潔子ちゃんはいたし。だから大丈夫だと思っていた。
それが勘違いだと理解したのは、それを見てからだった。
「…………え?」
最初それは、理解できなかった。小刻みに揺れ、細かい言葉が吐き散らされ、そしてその口元に当たるだろう場所からはなにかが、垂れていた。
その状態が――
「と、刀耶……?」
認めたくなかった。
「――わかったんだよ。透」
初めて刀耶が、こちらへコンタクトを試みてきた。
チャンスだと思った。
元に戻る。
「な、なんだよ、喋んないから心配したじゃないか……なんだ、なにがわかったんだよ?」
「それは、な……」
甘かったと、気づいた。
「未由、逃げ――」
「あははははははははははははははははははははははははッ!!」
「きゃっ」
咄嗟に振り返り、入り口でぼんやりと立っていた未由に飛びつくのと、体育座りしてた刀耶がこちらに飛び掛ってくるのは、ほとんど同時だった。
だけど微かな差で、未由をその軌道上からズラすことには成功した。
右肩を、強く打った。
「っ! くぅう……!」
未由を抱えたまま、ドアに向かう。痛む右肩は、とりあえず無視した。どうすればいいかわからないから、とりあえず逃げなきゃと思った。
「せ、先輩……っ?」
未由の戸惑うような声に、ぼくは未由に始めて暴力的な意味合いでなく触れたことに気づき――狼狽した。
「あ、わ、わりぃ……」
「ガァッ!」
そこを突かれ、刀耶に――しがみつかれた。
「う、うわ……!」
突然自分と同体重の男が加速をつけて体の前面にのしかかってきたので、ぼくはそれに耐えられず、仰向けに倒れてしまった。その上に刀耶は、ちょうど馬乗りのような体勢になった。
そして――その口が、開かれた。
口元からぼくの首に――涎が、垂れた。
思い出す――以前要に飛び掛り――その首筋に、歯を立てたことを。
刀耶の顔が迫る。
「や、やめ――」
「やめなさい」
刀耶の頭部が、吹っ飛んでいった。
「………………………………え?」
ぼくはわけもわからず、目を白黒させた。ぼくの体の上にあった刀耶の重みは、もうない。だから体を起こしてみると、部屋の反対側に蹲っている影を見つけた。遠いから視認は出来ないが、あれがたぶん、刀耶だ。刀耶は蹲っている状態から体を起こすよ、そのまま体育座りに戻り、沈黙した。
思い出した。以前の、要とのやり取りを。
反対側を見た。そこには仁王立ちする未由がいた。
「……ったく」
腕組みして呟かれた真意がどこにあるのか、その時のぼくにはわからなかった。
その瞳が、こちらを向く。
「それで、先輩。そこに蹲ってる元気なお友達に用事があるんじゃなかったんですか?」
思い出す。
「あ……あ、あぁ」
ぼくは立ち上がり、再びズキンズキンと痛み出した右肩を抑えて刀耶のそばまで歩いた。
刀耶は俯き、ぼくたちが来た時の最初の状態に戻っていた。
「……刀耶?」




