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青い世界と、きみが  作者: ひろい
それは序曲であり、単なるはじまり
4/61

#03

 整備された歩行者用エスカレーターで、帰路につく。

 ほぼ街全域に張り巡らされているという、これ。端に人が乗るだけで起動し、その人物が降りるまで止まることはない。だいたい一つの道の横幅いっぱいに四つのエスカレーターが配置され、そしてそれ以上の人間が移動を試みる場合は既に稼働中のエスカレーターに便乗すればいいという代物。これのおかげでぼくは物心ついてからこの方、家と学校以外でほとんどまともに歩いた記憶がない。運動不足という意味でも、気にかかることではある。気象制御装置のことも含め、恵まれすぎた環境というものは人間含め動物植物生物を駄目にすると思う。だけど抜け出せないのが、人間の弱さであり、罰でもあるとも思う。

 自動で動く足場の上で、ぼくは流れゆく景色を見た。

 目に映るもののほとんどすべてが、眼に痛いほどの青で統一された街。どんな時にどんな風に見つめてみても、見えるものはいつも一緒だった。幾何学模様のみで構成された、天突く超高層ビル群。ただこれだけの単語で表しきれてしまう。他にはなにもない。民家と呼ばれるものは勿論、木々も、土の陰でさえ。すべてが機械でオートマチック化された、近未来どころか遠未来さえ思わせるそのフォルム。中央に設置された公園の存在が、逆に違和感しか生み出さないほど。だけどそんな夢の街も、見慣れてしまえば無機質で冷たい、ガラクタの塊としか思えなかった。

 空には、天井に貼り付けられた作り物の星々が瞬いていた。

 学校は、午後五時に終了する。例外はない。そのあと生徒たちは一斉に真っ直ぐに迷いなく帰宅する。それにはぼくも含まれている。他に行くところもない。行ける所もないのだ。ぼくの場合家に着くまでの所要時間は、動かずただ黙ってエスカレーターに乗っていれば片道二十分、歩けば五分というものだ。この時代、今さら不便で時代遅れな交通機関を使おうという奇特な人は誰もいない。それでも一応残ってたりするのだから、不思議だった。維持費とかもかかるだろうし、採算も取れないものを残しておくメリットがあるのだろうか? この実用性一点張りのご時勢に、歴史的文化的資料的価値のものに街が出資しているとも思えないのだが。

 顔を伏せる。のっぺりした黒と、人工的な白光、そして星座が時計回りにめぐるプラネタリウムなんて、見るだけ虚しくなるだけだ。本物の星の輝きに対する憧れが募る。いつか、見たい。

 家の前で何度も繰り返した動作でエスカレーターを降りて、すぐ傍にある建物のドアを開けた。他のものとまったく同じ外観のビルの、エントランス。古臭い鍵なんてものは当然ない。掌をコンソール、目の前のモニターを見つめ、指紋及び虹彩認識システムをパスする。階数をタイプする必要もなく、エレベーターが下りてくる。乗り込むと、すぐに自動で扉は閉められる。そして音も立てずに動く。一秒を待たずに到着。41階。すぐさま扉は開き、そして外に出るとすぐさま閉まる。ほんの僅かそれを見送り、体の向きを変えてぼくはすぐ目の前にある扉を開けた。

 チャリン、という呼び鈴。

「ただいま帰りました」

 すぐさま返事がかえってくる。

「おかえりなさい、透さん」

 圭子さんはぼくが施設に行く前に見たものと、まったく同じ格好だった。今まで色々と家事をこなしてくれていたのだろう。ぼくはそれに微笑みを返す。ぼくに出来るのは、これぐらいのものだ。テンプレートなんて嫌だといいながらこの体たらく。自分が嫌になる。

 ベッドに横たわり、天井を見る。寝る直前のこの時間。ぼくはいつもその日の総括をしていた。無意識に。他人とあまり話すことがないから、毎日考え事ばかりしている。今日も滞りなく、すべてが万事問題なく終わった。圭子さんの晩御飯も美味しかった。何も問題はない。何も起こらない。瞼が重くなってきた。睡魔が訪れたのだろう。抵抗する必要もない。この行為にも、たぶん意味はない。だってきっと明日も、今日と同じような毎日――

 ガクン、と揺れた。

「――――!」

 驚愕。心臓が鳴った。目を剥き、瞼を開ける。まず周りを見回し、状況を確認する。グラグラと部屋全体が揺らいでいる。

 地震だ。

 続いて恐怖心が頭をもたげる。かなり、デカい。机の上の電気スタンドが倒れ、本棚から本が雪崩れ、ベッドが軋んでいる。どっくんどっくんと心臓が脈打つ。シャレにならない。家が倒壊とかしてしまうレベルなのかもしれない。地震なんて初めての経験なので、よくわからないが。

 ぼくはぶるぶると震える体を必死に制して、ベッドから這い出した。文字通り芋虫のようにモタつきながら。そして今度はその下に潜り、頭を抱えた。目を閉じた。施設で幾度か練習したこと。ネットにも載っていた対処法。そうしてぼくは災害が去ってくれるのを、ただ待った。

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